第8話 バーサーカー

「うわぁっ、なんだこの婆さん!?」


 老人とは思えない俊敏さで襲いかかってきた婆さんが、ルルイェを大根で叩こうとするので、ほうきで防ぐ。


「やめとけ婆さん、見ただろ俺のチート能力!」

「知るもんか! あたしが、どれだけ愛情注いで野菜を育ててると思ってる、クソガキ共!」


 バーサーカーと化した婆さんの一撃は重く、さっきの兵士たちの槍を弾き飛ばしたようにはいかない。

 おまけに二刀流なので、大根を受け止めると、その間にズッキーニで殴られる。


「な、なんでだ……俺のチート能力が通じないっ!? てか、痛い痛いっ、叩かないでっ」


 反射的にルルイェを守ろうと立ちふさがった俺を、婆さんは容赦なく殴る。

 怨念のこもった一撃は重く、骨身にしみる。


「どうなってんだこれ!?」

「もう強化魔法が解けた」

「なぬ!? あれは、俺が転生時に身につけたチート能力じゃなかったのか!」


 ショック!

 もしかしてあれか、アイデアノートに書いてあった『強くなる魔法』か?

 そういや買い物の途中で、魔法を使うのに必要な秘薬の店にも寄ったな。

 今このタイミングで、新作魔法の実験をしやがったのか、このちんちくりんは!


「なんでもいいから、もっかいかけてくれ、この婆さん……つええ!!」

「このっ、このっ、こンのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

「あわあわ……えとえと……」


 ルルイェはテンパっていて、上手く魔法が使えない。

 無理もない。聖騎士団とこの婆さんじゃ、殺気が段違いだ。

 このままじゃ、ふたりともやられる。


「逃げるぞ!」

「待ちな、野菜泥棒!」

「ごめんよ、婆さん! これでカンベンしてくれ!」


 俺は、財布から金貨を掴んで放り出し、代わりにルルイェを小脇に抱えて一目散に逃げ出した。

 野菜代には、充分足りるだろう。


「今度盗みに来たら、八つ裂きにしてやるからね!!!」




 街外れの人通りのない静かな裏通りまで逃げてきた俺は、足を止め、脇に抱えていたちんちくりん魔女を降ろした。


「こ……恐かったぁ~~~~~~」


 疲労より恐怖の方が遙かに強く、俺は婆さんが追ってきてないか、後ろを何度も確かめる。


「こっちの世界に来てから色んな恐い人に出会ったけど、あの婆さんが一番こええよ……」


 鞭を持った奴隷商人も、奴隷を買い付けに来た連中も、魔女も、聖騎士団も、あれほどのプレッシャーはなかった。

 チート能力が継続していても、撃退できたかどうか……。


「……ないんだったな、チート能力」


 一時浮かれていた自分を思い出し、顔が熱くなる。

 すっげー喜んだのに。

 小さい頃クリスマスに買ってもらったテレビゲームくらい、嬉しかったのに。


「そういや、さっきの連中が言ってた沈黙の魔女ってなんなんだ?」


 このちんちくりん魔女にはふさわしくない、カッコいい二つ名だ。


「野菜泥棒の件といい、意外と有名なんじゃないか、おまえ」


 悪い意味で。


「さっきのごはん、美味しかった」


 質問とまったく関係ない感想を漏らす。


「……よほど気に入ったんだな。同じ物は作れないが、味のついた料理なら、作ってやれるぞ」

「ほんとに?」


 ルルイェが瞳を輝かせた。


「材料があればな。こう見えて料理は得意なんだ」


 うちは父子家庭で、飯を作るのは俺の仕事だった。

 本来、自炊なんか頑張るタイプじゃないのだが、美味そうな料理写真をSNSにアップするとフォロワーが増えるので、それ目当てに頑張っていた。


「だから、俺が原形をとどめなくなるような魔法の実験をするのは、やめような」


 …………。


 スルーされた。

 今後も予断を許さない奴隷ライフが待っているらしい。


「帰ろうか。なんか色々ありすぎて疲れたよ」


 こくこく。ルルイェも珍しく俺に全力同意した。


「お待ちを」


 背後から、凜とした声が響いたのは、その時だった。


「なぁ、帰ったら二階の部屋、キッチンに改造してもいいか? コンロとか造ってさぁ」

「許可する」


 塔のリフォーム計画を話し合いながら歩く俺たちの背後から、もう一度、さっきより強く声が響いた。


「どうかお待ちを!」

「? あ、俺たちに言ってたんです?」


 振り向くとそこに……


「おおっ!!」


 と、思わず声を漏らしてしまうほど美しい女性が立っていた。

 流れるようなサラサラの金髪に、雪のように白い肌。緑を基調とした、森をイメージさせる葉っぱみたいな衣装に、腰に短剣、背中に弓矢を背負っている。

 そして、黄金の髪からにょきっと伸びた、尖った長い耳。

 だが、俺が一押ししたい最大の特徴は、ほっそりとした体型にややアンバランスなほど大きな胸。


「巨乳だ!」


 しかもエルフの。

 ていうか、いるんだなエルフ。

 何が素晴らしいって、いかにも「私は気高きエルフ。汚らわしさなど無縁の存在」と言わんばかりの凜とした雰囲気をまとっているくせに、シャツの襟元から胸の谷間ががっつり覗いている事だ。

 巨乳エルフは、俺の視線を釘付けにしている事などつゆ知らず、こちらへ歩み寄ってきて、ルルイェの前に片膝をついた。


「古き者がお一人、沈黙の魔女ルルイェ様とお見受けいたします」

「あ、それそれ。沈黙の魔女と、あと古きなんたらって、なんなんだ? さっきの騎士団の連中、何をあんなに怒ってたわけ?」


 空気を読まない俺の質問はスルーされ、ルルイェはない胸を張って、相手の礼儀に相応の威厳ある態度で答えた。


「いかにも」


 だが、その威厳あるポーズのまま、横滑りに俺の後ろへ隠れる。

 その様子を見て、巨乳エルフさんが戸惑いを浮かべる。


「あ、ただのコミュ症なんで、気にしないでやってください。お話があるなら、そのままどうぞ」

「は、はぁ。……私は、北の大樹海に暮らすハイエルフの一族の者。名をアイシャ・リュシカ・ネシカと申します」


 名乗った後、一呼吸置くと、ハイエルフのお姉さんはありったけの真剣さを込めた目を、ルルイェへ向けた。

 ……俺の後ろに隠れてるから、その視線が俺のお腹に注がれてしまうのが、なんともいたたまれない。


「ルルイェ様にお願いがございます。我らが里を、魔王軍からお救いください!」

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