第7話 沈黙の魔女

「ルルたん、なんか言ってるぞ。あれ俺たちの事じゃないよな? な?」


 俺は、必死にルルイェの肩を揺さぶるが、


「ずるずる。はぐはぐ」


 汁がこぼれようが何しようが、ルルイェは食べるのをやめない。

 こいつ、味のついた飯を生まれて初めて食ったんじゃないか。食うのに夢中で、なんたら聖騎士団の存在など一向に意に介さない。

 もうこいつを担いで逃げようか。


「……それが貴公の返答か。なるほど、沈黙の魔女とはよく言ったもの。よかろう」


 なんたら聖騎士団の人が、腹をくくったって顔をした。


「我らは邪悪な魔女とは手を結ばぬ。よって、ここで成敗いたす!」


 ギラリと陽射しに輝く白刃を、俺たちへ向けて叫んだ。

 槍を構えた兵隊の後ろに控えていた弩兵が、クロスボウに矢をつがえる。


「おいっ! 死ぬ、マジで死ぬって!!」

「はぐはぐ……」

「ルルたーーーーーーーーん!!!!」

「撃てぇぇ!!」


 ヒュンヒュンヒュン――

 クロスボウが矢の雨を降らせた!


「っ――!?」


 俺は食べ終わった丼を頭に被り、念仏を唱えた。

 その横でルルイェが、口に麺を頬張ったままもごもごと呪文を唱え、煩わしそうに箸をちょいちょいと振った。

 突然、猛烈な突風が吹き抜け、飛来した数十本の矢を吹き飛ばし、ついでに、包囲していた兵士たちをなぎ倒した。

 危うく落馬しかけた聖騎士のおっさんは、ギリリと奥歯を噛み締める。


「おのれ、魔女め……。突撃ぃぃぃぃ!!!!!」


 兵士たちが体勢を立て直し、槍を振り上げて襲いかかってきた。


「きっ、来たぞルルたん!」

「……」


 ルルイェが、さっき市場で買ったほうきを取って、俺に渡した。


「へ?」


 麺を咀嚼している最中のルルイェは、あごでくいっと背後を指す。


「これで戦えってか!?」


 こくん。肯定。


「いやいやいや無理無理無理! ケンカだって一度もしたことない平和主義者なんだぞ!」

「……」


 もぐもぐしながら、俺を見るルルイェ。

 その目は「いいからやれ」と命じていた。

 逆らうと反逆にカウントされるやつだ……。

 そうこうしてるうちに、敵はそこまで来ていた。

 槍が突き込まれる。


「くっ!!!」


 俺は無我夢中で、手に持っていたほうきを振り回した。


 ガッキィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 ものすごい音がして、俺に襲いかかってきた槍が弾け飛んでいった。


「あ、あれ??」


 槍を失った兵士も、一瞬何が起こったのか分からなかったようだ。

 だがすぐ気を取り直し、剣を抜いて攻撃してくる。

 俺はまた夢中で箒を振り回す。

 すると、


「うわーーーー」


 雑魚っぽい声をあげて、フルプレートを着込んだ兵士が、後続を巻き込みながら吹っ飛んでいった。


 ざわっ……。


 突進しようとしていた他の兵たちが、それを見て勢いを止めた。


「このほうき、すげーな……」

「ええい、怯むな、敵はたった二人だぞ! かかれぇぇーーい!」


 複数人が同時に攻撃してきた。


「うわわっ」


 俺はほうきの柄を持って、ぐるんと一回転した。

 今度は五人くらいいっぺんに、兵士が吹っ飛んでいった。


「もしかして、俺がすごい? これがチートってやつか!」


 異世界転生したら、なんの苦労もなくチート能力を身につけているというのは基本中の基本じゃないか。

 日本人のごく平均的な力は、この世界では超人的、っていう設定なんだたぶん!


「おらおらどうした雑魚ども!」


 俺は急に調子に乗って、ごつい鎧をまとった兵士たちを蹴散らしていく。

 持ってる武器がほうきだけに、まさに掃除をするがごとく。

 あっという間に、ほとんどの兵士を片付けてしまった。


「無敵!」

「お、おのれぇ」


 指揮官のおっさんが、馬の上でわなわなと震えている。


「貴様、何者だ! 沈黙の魔女の手下か!」

「さっきから言ってる沈黙の魔女ってなんすか? あのちんちくりんの事言ってんの?」


 無敵の力を得て、俺は完全にいい気になっている。


「勝負しろ、若造!」

「いいけど、あんた負けるよ」

「望むところ! はいやっ!」


 馬の腹を蹴り、聖騎士さんが突進してきた。

 俺はほうきの柄を握って、すれ違いざまに突き上げた。


「どわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっっ!!!!??」


 ギャグマンガみたいなポーズで、聖騎士のおっさんはどこかへ飛んでいった。


「百年早いんだよぉぉぉ!!!!」

「た、隊長っっ」


 指揮官を倒された事で、敵は総崩れになり撤退していった。

 そんな騒ぎとは無縁に、ラーメンのスープを最後の一滴まで飲み干したルルイェ。

 丼をカウンターに置いて、


「げぷ」


 満足そうに天使の吐息を漏らした。


「やっと食い終わったか。まあ、敵は俺が片付けちまったけどな。いやー、楽勝楽勝」


 ルルイェ以上に満足げに笑いながら、帰り支度をしていると、兵士も街の住人も逃げて閑散とした広場を、老婆が一人歩いてくるのが見えた。


「さっきの野菜売りの婆さんじゃん。もう大丈夫だよ、戻ってきても」


 気安く声をかけるが、よく見ると婆さんは笑ってない。

 憎い仇を見つけたって顔でこっちを睨んでいる。


「沈黙の森の魔女ってのは、そこのあんたかい?」


 低い声で尋ねる。

 こくん。

 ルルイェが肯定すると、老婆の口元に、笑みが浮かんだ。

 暗い、復讐者の笑みが……。


「くくく、そうかい……あんたかい……うちの野菜をごっそり盗んでいく、クソ野菜泥棒は」


 婆さん、特大の大根とズッキーニを左右の手に握りしめ、走り出した。


「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

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