第6話 コミュ症魔女、街へ行く!

「うわぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~………………ごはっ」


 推定三メートルほどの高さから投げ落とされた俺は、しばらく地面を転がった後、大きな岩にぶつかって止まった。

 むくっと起き上がって、風に乗って漂うように安全に降りてくるルルイェに猛抗議した。


「ルルたん! もうちょっとマシな降ろし方ないのかよ!」

「はううっ」


 激しいつっこみに怯えたせいで、浮遊するための魔法の効果が途切れて、ルルイェはストンと地面に落下した。


「はぐあっ」


 お尻をさすりながら起き上がると、ルルイェは俺を恨めしげに睨んだ。


「……ちゃんと防御魔法をかけた。だから、痛くないはず」

「? そういえば、どこも怪我してない」


 浮遊魔法でタンポポの綿毛のようにゆっくり降りようとしていたルルイェの方が、お尻にダメージを負っていた。

 いや、防御魔法かけたからって、あの高さから放り出すのはやめてほしいが。

 バサッバサッ、と緩慢な羽ばたきが頭上から聞こえる。

 見上げると、巨大な飛龍が空中を旋回していた。


「ワイバーンは、ここで待つ」


 まだお尻が痛くて涙目のルルイェが命じると、ワイバーンは空き地に降り立ち、翼を閉じた。

 近くで見ると分かるが、それは精巧な造りの石像。

 つまり、ワイバーンをかたどったゴーレムだった。

 塔を出発する時、ルルイェは俺を玄関ではなく屋上へと連れて行った。

 そこでしばらく待っていると、あのワイバーンが現れて、背中に乗せるのではなく、左右の足についたでかくて凶悪な鉤爪で俺とルルイェを掴み、そのまま飛んでここまで運んできたというわけだ。


「鷲に捕まったウサギってあんな気分なんだろうな……」


 恐かったし、激しく揺れて気持ち悪くなり、途中で吐きそうになった。

 というか吐いた。

 一口だけ食った、あのまずいインスタントおかゆを。

 ここはもう、イルファーレンの街から目と鼻の先。街の城壁が遠くに見えている。


「じゃあ、行こうか」

「……お、おう」


 ルルイェは緊張気味に頷いた。




「へぇ、すごい活気だな!」


 見る物全てが物珍しく、ついはしゃいでしまう。

 石造りの大きな建物が建ち並び、通りは人で溢れている。

 こっちの世界に来て、初めてこんな大勢の人間を見る。

 あっちにいた頃も、引きこもってたので、生身の人間を見る機会はほとんどなかったが。

 そんな俺の後ろから、


「あ、あんまり早く歩かないで……」


 と、ルルイェはこそこそ付いてきていた。


「まずは、買い出しだ。市場とかあるのか?」

「おどおど……」


 ダメだ、使い物にならない。


「そういうのってだいたい広場でやってるし、大通りを行けば自然と着くだろう」


 RPGで得た俺の知識は正しかった。大通りの先に、街のどこからでも見えるほどの大きな大聖堂があり、そこの正面の広場で、市場が開かれていた。


「おお、食材の山! なぁルルたん、何買う? 何食べたい?」

「キョロキョロ……」

「マジでダメだこいつ」


 俺は気のよさそうなお婆さんがいる露店をターゲットに定めた。


「いらっしゃい。今朝取れたての野菜だよ」

「どれがオススメ? シチューとかにしたら美味しいやつを、適当に見繕ってよ」

「はいよ」


 俺が婆さんと話す姿を見て、ルルイェは、ぐるぐる目を回して心神喪失状態に陥っていた。


「ルルたん、お金いいか」


 財布ごと渡されたので、入っていたコインを適当に渡す。


「たまげた。これ、古代アデニア銀貨だね」

「なにそれ?」

「ずっと昔に滅んだ古代王朝の通貨だよ。まだ残ってたんだねぇ」

「へぇ、珍しいんだ」


 日本で言う、聖徳太子の一万円札みたいなものだろうか。

 あれ、うちの親がまだ大事にタンスにしまっている。将来価値が上がるに違いないと言って。


「よし、次は肉屋だ。その後は掃除道具と、あと服の店行って俺の服を……」

「……本」

「?」

「本がほしい」


 一瞬だけ正気を取り戻したルルイェが主張するので、本の店も行き先に加えた。




 市街地を一巡りし、あらかた買い物を済ませた俺たちは、また市場へと戻ってきた。


「ほんとでけぇ建物だなぁ」


 改めて大聖堂を見上げて感想を漏らす。

 高層ビルくらいの高さがある。


「本屋の爺さんが言ってたけど、こっちではメジャーな宗教の聖堂なんだってな」

「へぇ」

「なんで知らないんだよ。おまえはこっちの世界の住人だろ」

「……興味がない」


 ばっさりいったな。

 そうか、ならしょうがない。


「買い忘れはないかな」


 そう何度もあのワイバーンで送迎されるのは嫌なので、しっかり確認する。

 その横で、ルルイェが何かをぼーっと見ていた。

 視線の先を追うと、食べ物を出している屋台があった。


「いい匂いだな。そういや、腹減ってたんだった」


 ワイバーン酔いして失せていた食欲が、戻ってきていた。


「食いたいか?」

「全然」

「よだれ垂らしながら言っても、説得力ないぞ」


 ルルイェは、慌ててローブの裾でよだれを拭く。

 帰ったらこれも洗濯だな。


「行くぞ」


 預かった財布が、もはや自分の物であるかのように、俺はルルイェを引っ張っていく。


「や、やだ……やだぁ……!」


 足をつっぱって抵抗するルルイェ。

 狭いカウンター席で、他の客と一緒に食事をするのが嫌なんだろう。

 気持ちは分からんでもないし、俺も普段なら嫌なのだが、異世界だという開き直りからか、今は全く気にならなかった。

 そう言えば、嫌がるのを無理矢理引っ張っていってるのに、『反逆カウンター』がカウントされない。なんでだろう?


「へい、らっしゃい」

「何が美味いの?」

「うちは何でも美味いよ」

「何でもが一番困るんだよなぁ」


 店主とやりとりしている横で、ルルイェは隣の客が食べている料理を、物欲しそうに見ていた。おかげで、隣の客が食べにくそうだ。

 丼に汁と一緒に入った麺料理。こっちの世界にもラーメンがあるのか。

 チャーシューの代わりに、タレを付けて香ばしく焼いた鶏肉が載っている。B級グルメ感満載で、空っぽの胃袋を刺激する。


「おっちゃん、あれと同じのを二つ。一つは大盛りで」

「……もう一つも」


 イルファーレンの街に来て、ルルイェが初めて俺以外の人間と取ったコミュニケーションがこれだった。


「はいよ、大盛り二丁ね」


 異世界流のラーメンが、カウンターに出された。

 箸を手に、早速食べる。

 ずるずる……。


「うめぇっ!!!」


 ルルイェも、フンスフンスと鼻息を荒げながら、俺の横で同意の頷きを繰り返している。


「兄ちゃん、よそ者かい? いい食いっぷりだね」

「ちょっと遠くからね。俺の故郷にも似た食べ物があってさ……なんか思い出しちゃうな」


 もう何年も帰ってない故郷みたいに言ってるけど、異世界へ連れてこられたのは今朝だ。


「お嬢ちゃんも、いい食いっぷりだね」

「ぉ……ぉぉ……おかわりっ」


 空っぽになった丼を高らかと掲げるルルイェ。食うの早いな。

 普段、魔法で出したまずいインスタントおかゆと、農家から盗んだ野菜しか食ってないから、ちゃんと味の付いた料理が美味くてしょうがないんだろう。

 俺も半日以上ぶりの食事を堪能する。


「おっちゃん、マジで美味いよ。これなら東京で店出しても、いけるって。テレビの取材とか来ちゃうかも。めしログで話題の有名店になって、支店も出して、おっちゃんキャラも濃いからタレント活動もしちゃったりして、ゆくゆくは成功者の仲間入りだね」


 そんな事言いながらずるずる麺を頬張っていると、満席だった店に、いつの間にか俺たち以外客がいなくなっていた。

 あれだけ賑わっていた市場にも人通りが絶えている。

 カウンターの向こうにいた店主は、今日の売上金を袋に詰めて、ちょうど今どこかへ逃げていった。

 東京に店を構えた店主のサクセスストーリーは、途中から俺の独り言だったらしい。


「なんだ?」


 丼を持ったままのんきにしていると、広場に、フルプレートを纏った兵士が走ってきて、ずらりと並んだ。


「事件か? さすが異世界、物騒だな」

「ずるずる。ずるずる」


 ルルイェは食べるのに必死で、周囲の異変になど気を配る余裕はない。

 兵士たちが槍を構えた。

 まるで、今からここで戦争でもおっぱじめそうな空気だ。


「なぁルルたん。なんかやばそうだぞ。俺たちも逃げよう」

「はぐはぐ、ずるずる」


 兵士の壁が割れて、馬に乗った、白銀の鎧と深紅のマントを翻した立派な騎士が進み出てきた。


「我らはシャピール聖騎士団! さきほど、沈黙の森より魔女の操る飛龍が来訪したとの報告があった」


 え、飛龍?

 魔女?


「貴公が、かの偉大なる古き者が一人、沈黙の魔女だな!」


 騎士のおっさんが、剣を抜いた。


「おとなしく投降するなら安全を保証しよう。だが抵抗するなら、大陸に聞こえし我らの武勇、身をもって知る事になるぞ!」

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