第4話 魂の奴隷

「これからどうしよう……」


 窓の外の、森と空しか見えないのどかな風景を眺めながらつぶやく。

 野垂れ死ぬか、キメラか。


「キメラになった方が、いっそこっちの世界に馴染めるかもな」


 一人で生きていくには力が必要。

 それと引き替えに、人間をやめる事になるわけだが。

 俺はふと、ルルイェから返された奴隷契約書を開いた。

 そもそもこれ、どういう契約なんだろうか。


 ――魂の契約を交わした奴隷は、主人に逆らう事ができない。


「もし逆らったらどうなるんだ? お、書いてある」


 ――魂が地獄の炎で焼かれ、この世で最も恐るべき苦しみを味わって死ぬ。


「死ぬのか、なるほどなるほど。……じゃねーよっ!!!! なんだこの文言。恐すぎだろう!」


 補足があり、そこにこう書かれてある。


 ――反逆は、主人が直接命じない限り、一発アウトにはなりません。反逆回数がカウントされ、ゼロになれば自動的に罰則が発動します。『反逆カウンター』は奴隷の手のひらに刻印として現れます。


「……あ、ほんとだ。ある」


 左の手のひらに9という数字が書かれてある。

 この『反逆カウンター』が減っていって、0になったら地獄の炎が待っていると。


「……ペナルティの重さのわりには、この補足の文章軽くないか? なんだよ、一発アウトって」


 他にも奴隷がやってはいけない行動が羅列してある。

 憂鬱な気持ちになりながらそれを見ていく。


 ――奴隷は主人から五キロメートル以上離れてはいけない。もし離れれば、二十四時間以内に地獄の炎で(以下略)。


「あっぶねぇ~~! これ読まずにここを出ちゃってたら、死んでたじゃん!」


 しかし、なんでこれメートル法で書かれてるんだろうな。ていうか、なんで俺、読めるんだろう。言葉も通じるし。魔法的な力が働いているんだろうか。

 とにかく俺は、あの子から離れる事が許されず、逆らう事もできないと。

 あの子が俺をキメラにしたいと言うなら、「キメラ1プリーズ♪ ご一緒にポテトとドリンクもいかがですか?」と、0円スマイルまで添えて答えなければならないというわけだ。


「やるしかないか……」


 どんよりとした気持ちで、俺はあの魔女っ子の奴隷になる決心をした。




「塔だったんだな、この建物」


 ルルイェのところへ行く前に、一度外へ出てみた。

 学校の校舎くらいの高さはあるだろうか。円筒形で、上へ行くほど細くなった塔が聳え立っている。

 周囲は鬱蒼とした森で、昼間なのに暗くて気味が悪い。

 散策してみようかと思ったが、モンスターとか出たら死ぬのでやめた。

 もう一度、塔へ戻る。

 一階は玄関。俺が倒れていた何もない部屋が二階で、三階がバスルーム。

 四階は、寝室とリビングを兼ねたような部屋だった。


「うわ……すっげー埃。まったく掃除してねーな、この部屋」


 棚にもベッドにも、そして床にも埃が雪みたいに積もっていて、長い間使われた形跡はなかった。

 てっきりこの部屋にいると思ったルルイェも、見当たらない。


「そもそもあの子、何者なんだろうな」


 魔法使いというのは嘘じゃない。すでに何度か魔法をこの目で見た。

 だが、こっちの世界に来て、現地人とろくに会話もできてないから、魔法使いってのがどれくらい希少なのか分からない。


「レアだとしても、あの年だし、半人前の修行中ってとこだろう」


 見た感じ、中学生か、もしかすると小学生くらいの年齢だ。

 こんな辺鄙な森の中にぽつんと建ってる塔に、一人で住んでいるんだろうか。

 ファンタジー世界とはいえ、不自然に思える。

 見習い魔女なら、お師匠様とかいそうなものだが、その気配も今のところない。

 階段は、この部屋で終わっていた。

 しかし、さらに上へ上がるための梯子はしごがある。

 この上は、屋根裏部屋のようだ。

 俺は梯子はしごを登っていった。


「なんだこの部屋……!?」


 何千冊、いや何万冊あるか分からない本が、壁を覆う棚を埋め尽くし、それでも入りきらず、ほとんど足の踏み場もなく積まれている。

 隙間に、ほんのちょっとだけ見える床に足を着いて、部屋の奥へと踏み込んでいく。

 軽くぶつかっただけで雪崩を起こしそうで恐い。

 何歩か進むと、本の迷路の奥に、小さなランプの明かりが見えた。

 ぽっかりと空いた場所に座卓のような机があり、ルルイェがいた。


「何やってんだ……?」


 机の上にマス目が区切られた長方形の盤があり、精巧なフィギュアが並べられている。

 フィギュアは二つの陣営に分かれていて、戦争をしているようだった。


「むぅ……」


 盤を睨んで考え込んでいたルルイェが、人差し指を空中でちょちょいとやった。

 すると、盤上のフィギュアが勝手に歩き出し、進行方向にいた別のフィギュアを攻撃して倒した。

 チェスのようなボードゲームらしい。

 しかし、対戦相手が見当たらない。

 と思ったら、卓の向かいに置かれていた卵形の水晶玉のような物が、ぼんやりと虹色に光った。

 それを合図に、敵側のフィギュアが動き出し、さっきルルイェが動かしたフィギュアを攻撃して倒した。

 なにこの面白そうなゲーム。

 俺もつい黙って戦況を見守る。


「むむぅ……」


 ルルイェはいちいち悩んでから駒を動かすが、次のターンでことごとく返される。

 それを繰り返し、みるみる劣勢に。

 いよいよ敵が、ルルイェ軍の本陣を包囲しつつあった。

 ルルイェは表情を険しくしながら、戦士タイプの外見のフィギュアを前に出そうとする。


「ちがうちがう。そこは一度下がって、敵を誘い込むんだ。弓兵を配置して、遠距離でダメージを与えてから戦士でトドメを刺す。定石だろ」

「っ……!?」


 頭上から急に声をかけられ、ルルイェがビクリとする。


「……やだ」


 俺の具申は却下され、ルルイェの兵は猪突猛進。

 案の定、各個撃破され、その数ターン後に決着はついた。


「また負けた……」


 がっくり項垂れるルルイェの前で、敵軍が勝ちどきをあげている。


「すげーな、そのフィギュア。動くんだ。それも魔法か?」

「ゴーレム」


 ルルイェが、軽くドヤる。自慢の品らしい。


「これが? へぇ」


 ゴーレムって、もっとでかい物だと思っていたが、これがそうらしい。


「ねえ、なんでいるの……? 実験台になるの?」


 ぎくり。


「……そ、その話なんですがね、マイマスター」


 俺は、意を決して切り出した。


「実験台になってもいい。けど……」

「いいの?」


 ルルイェが食い気味に尋ねた。

 なんか「信じられない!」って顔で、目をキラキラ輝かせている。


「お、おう、まあ……人体に無害な魔法なら」


 ルルイェは、ごそごそと机の周りを漁り始める。


「あのね、あのね……魔法……考えたやつあるの。人に……かけてみたいって……アイデアノートどこいったかな……」


 なんか急に活発に動き始めたぞ!

 あんまりやる気になられても困るんだが!


「あ、あのな、実験台にはなるけど、お手柔らかにって言うか、死んだり原形をとどめなくなるようなのはNGでお願いできればと……」

「……ない。どこかにいった」


 部屋が散らかりすぎていて、アイデアノートが見つからないらしい。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 てか、アイデアノートって。魔道書とかじゃないんだ。


「……それにしても、座椅子を中心に地層のように物が積まれたこの景色。なんか既視感あるな」


 初めて来た場所なのに、初めてな気がしない。


「ちょっとは片付けろよ、こんなに散らかして」


 俺は片付けてやるふりをして、アイデアノートを先に発見し、こっそり処分しようと試みる。

 だが、


「さ、触らないでっ。散らかしてるんじゃない、そういう配置なのっ」


 あわあわしながら、ルルイェが必死に俺を止める。

 また激しい既視感が俺を襲う。

 親に部屋を勝手に掃除された時、俺もまったく同じ事を言った気がする。

 そうか、似てるんだ。俺の部屋に。


「いでっ!?」


 いきなり左手に、鋭い痛みが走った。

 手のひらを広げてみる。さっきまで9と書かれていた『反逆カウンター』が、8に減っていた。


「やっべ!? 今のでダメなのかよっ!」


 俺の魂が地獄の炎にくべられるまでのカウントが、こんなつまらない事で減らされてしまった!


「……あ、あった!」


 俺がカウンターに気を取られているうちに、ルルイェが、アイデアノートを発見してしまった。

 どうやら、魔法実験が始まるらしい。

 キメラじゃなきゃいいな……。

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