第2話 奴隷市場の出逢い
「あんたもかい、兄ちゃん」
錯乱して叫ぶ俺に、隣の男が小声で話しかけてきた。
俺と同じ、日本人っぽい見た目だが、俺より一回りガタイが大きい。
「どういう……意味です?」
イカつい顔をしてたので、途中から敬語にする。
「あれだろ? 神様の遣いを名乗るスク水エプロン姿の美少女に、モテモテハーレム生活を保証するとか言われて、サインした口だろう」
「……いや」
「違うのか? 日本人に見えたからてっきり……」
「……黒服でサングラスの男でした」
「そ、そうか。それは気の毒にな……」
何その待遇の違い。
あんちゃんの眼差しにも、哀れみが浮かぶ。
「あいつら、ターゲットが気を許しそうな姿で現れるって言うからな。おまえの潜在的好みが、黒服サングラスだったんだろう」
「いや、意味分からんし! ていうか、何なんですこれ。俺、どうなっちゃったんです?」
「転生詐欺だ」
「てんせい…………さぎ?」
「サインしたんだろう、魂の契約書に。あれは、奴隷契約書だ。
なんですと。
「奴らは色んな世界から人生に行き詰まっている人間を勧誘し、騙して契約書にサインさせ、こちらの世界で売る、人買いなんだよ」
「……………………騙されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「うるせーぞ!」
ビシィィ!
鞭が飛んできて、俺の足下を打った。
「ひっ」
それで注目を集めたのか、値踏みしていた観客――つまり、奴隷を買い付けに来た連中の一人が、隣のあんちゃんに目を付けた。
「いい体しているわね。買うわ」
「へい、まいどあり!」
ぶよぶよに太った金持ちそうなマダムが、ごちそうを前にした豚みたいな目つきで、舌なめずりしながら言った。
「……どうやら俺の行き先は決まったようだ。お互い生きてたら、また会おう」
ニヤッとほくそ笑むあんちゃん。
それが強がりだって事は、聞かなくても分かった。
「ああ、絶対だぞ、スク水エプロンのあんちゃん!」
鎖を引かれていくあんちゃんに、俺は精一杯呼びかけた。
こちらの世界で初めて優しい声をかけてくれた人は、あのぶよぶよのマダムにどんな扱いをされるんだろうか。想像するだけで身震いする。
しかし、悲劇に酔っている暇はない。その後も、奴隷は次々に売れていく。
さっきのあんちゃんのような、ガタイのいい男。そして、若くてキレイな女の子から順番に、買い手が付いていく。
気がつくと、壇上は随分と寂しくなっていた。
俺と、もう一人、ひょろっとした男と二人だけが取り残されている。
「……なんだろう、この感じ。小学校の時、先生が“じゃあ好きな人同士でグループ組んで”って言った時のような」
まさか、こんな異世界の奴隷市場で、あの時の気分をリバイバルされるとは思わなかった。
ひょろ君も同じ気持ちのようだ。お互い横目で牽制し合う。
「頼む……もう誰でもいい。あいつより先に俺を買ってくれ!」
祈っていると、気むずかしそうな老人が、舞台の下まで来て、俺とひょろ君を見比べた。
「あっちのやせてるのを」
「なんで!?」
思わず叫んだ俺に、老人が答えた。
「髪に艶がある。健康な証拠じゃ」
ですよねー。奴隷にとっては健康第一ですもんねー。
乱暴に鎖を引っ張られて壇上から降ろされながら、ひょろ君が俺を一瞥して勝ち誇るように笑った事は、一生忘れないぞ!
ぽつん。
ついに、壇上に俺だけ取り残された。
あれだけ狭かったのに、こうして見ると案外広いなー。
「今日はもう店じまいだな」
「こいつどうします?」
そんな会話を、奴隷商人が始める。
「持って帰ると飯代もかかるし、捨てていくか」
おいおい、待ってくれ。騙して連れてきといてそりゃないだろう!
ネットゲーのレアアイテムも、ソシャゲのランキングも、ダウンロードしたけどまだ見てない4TB分のエロ動画も、全てかなぐり捨ててここに来たんだぞっ!!!!
詐欺に引っかかって、奴隷として売られ、さらに売れ残るとかあんまりだっ!!!!!
無情にも片付けを始める奴隷商人たち。
野次馬も、あれだけ沢山いた客も、もう誰も残っていない。
……ん? いや、一人いるぞ。
広場の隅っこの壁際で、ぼーっと突っ立ってこっちを見ている。
トンガリ帽子に、ローブをまとった、ちんまい……女の子か?
その少女に、奴隷商人も気づいた。
「嬢ちゃん、買うのかい?」
「ぇ……。えっと……ぁ、の…………」
少女は、視線をキョロキョロさせながらもごもご何か言うと、俯いてトンガリ帽子のつばで顔を隠す。
「買うのか、買わないのか。どっちなんだ?」
その態度に苛立った奴隷商人が軽く凄むと、少女はビクッと小さな体を跳ねさせて、ぼそぼそと答えた。
「か……買い……ませ……」
「あんだって? 聞こえねーよ!」
「ますっ。……買います!」
奴隷商人たちは、どうやら客らしいと分かって態度を軟化させる。
が、俺は見逃さなかった。
「……今、“やべぇ、言っちゃった。そんなつもりなかったのに”って表情しなかったか、あの子」
おずおずとこっちへ近づいてきた少女に、奴隷商人が言う。
「売れ残りだ、安くしとくぜ」
「ぁ、ありがとう……ございま……もごもご」
おどおどしながら少女がお金を払うと、奴隷商人が用紙を手渡した。
あれは、俺が黒服にサインさせられた書類だ。
「奴隷契約書だ。サインすれば、あれはあんたの物になる。何に使うつもりか知らないが……あんたそのナリ、魔法使いかい?」
こくこくと、少女が頷く。
「なるほど、魔法の実験台か……。ま、その程度しか使い道ねーやな」
なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!???
それって人体実験って事っすか? 研究中の新作魔法を試しにかけてみよう、みたいな?
こっちの世界って人権はないの? 捕虜の扱いを定めたなんとか条約とかそういうのとか? 動物愛護法とかでもいいからさ!
「契約成立。さあ、持って帰ってくんな」
言われるままにサインを済ませた少女が、壇上へと上がってきた。
おそるおそる俺に近づいてくる。
トンガリ帽子の下に見え隠れする素顔は、まだあどけない。小学生か、いや、発育の遅れまくっている中学生って感じに見える。
無表情で感情の読みづらい顔だが、色白なせいで、少し紅潮しただけで桃みたいにほっぺが赤らむ。
別の出逢い方をしていたら、「お、可愛い子発見」くらいには思っただろう。
だがこいつは、俺を人体実験に使おうとしている、マッドサイエンティストならぬ悪い魔女だ。
悪い魔女っ子は、買ったはいいが、俺をどうやって持って帰ろうか思案している様子だ。
「君!」
「??」
「そう、君だ。まだ若いんだから、悪事に手を染める前にお父さんとお母さんによく相談した方がいいぞ。少年法が守ってくれるとか、そんな甘い事考えてないか? 残念だが、この世界にはそんな都合のいい法律はない。と思う。もし警察に捕まったら……」
「眠りの精霊よ……この者を……ごにょごにょ」
悪い魔女っ子は俺の話を聞かず、なんか呪文っぽいものを唱え始めた。
魔法の効果なのか、俺のまぶたは急に重くなり、立ったままうつらうつらし始める。
まずい、この睡魔に負けたが最後、次に目を覚ました時にはキメラの一部にされてしまってたりする事になるぞ。
「おい嬢ちゃん! 何ちんたらやってんだ、早くしな!」
「は、はひっ」
奴隷商人の怒声に跳び上がって、呪文詠唱を中断させられた魔女っ子は、手に持っていた杖を振り上げた。
「……え? や、ちょっと待て、何する気だっ!?」
ゴツン。
物理的手段で、俺は眠りの世界へと誘われたのだった。
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