異世界奴隷と千年の魔女
紺野アスタ
第1話 夢にまで見た異世界転生!
両手両足を鎖で繋がれた状態で、俺は壇上に引っ張り上げられた。
舞台、と呼ぶには粗末な台の上には、俺と同じ状態で不安そうな表情を浮かべている男女が並べられている。
眼下には、こちらへ熱い視線を注ぐ、老若男女の観客たちが。
「さあさあ、早い者勝ちだよ! 活きのいいのから、さっさと落札しちまってくれ!」
肩と胸元と腰回りだけを覆った革の鎧の隙間から、屈強な筋肉をもりもりさせている世紀末風なおっさんが、観客たちに呼びかけた。
何あれ、ビキニアーマー?
「どうしてこうなった……」
ここは奴隷市場。
異世界の。
今から俺は売られるらしい、どこかの誰かに。
こんな事なら、異世界になんて来るんじゃなかった……。
その日俺は、いつものようにネットゲーの合間にソシャゲをし、ソシャゲの合間にSNSにつぶやいて、またネットゲーに戻り、ソシャゲをして、エロサイトを覗き見しているうちに、気がつくと夜明けを迎えていた。
いつもの日常。
そんな重複気味の表現で強調したくなるほどの、日常オブ日常。
明け方、朝日とともにようやく訪れる眠気に従って寝るのがパターンなのだが、その日は違った。
「……あれ? ここどこだ?」
フッ、と意識が途切れた瞬間、俺は知らない場所にいた。
薄暗い部屋に、事務机が一つ。
まるで、刑事ドラマの取調室のような。
黒服にサングラスという、悪の組織の下っ端モブキャラみたいな男と、机を挟んで俺は向かい合っていた。
「できる限りお客様のご希望に添えるため、事前にアンケートのご記入をお願いしています」
「アンケート? ってか、あんた誰?」
「話を聞いてなかったのですか?」
「……すいません、ちょっと寝ちゃってたみたいで。ここどこです?」
黒服は、やれやれって顔で説明する。
「ここは異世界転生案内所です、シノノメ・タケル様」
「異世界転生案内所」
つい繰り返してしまう。
聞き間違いかと思ったが、黒服は訂正せずに話を進める。
「超強力な武器とたっぷりの資金をご用意いたしますので、異世界へ転生し、魔王軍と戦っていただきたいのです」
「……知ってる」
「ええ。この説明をするのは二度目ですからね。シノノメ様は、途中で寝てしまったようですが」
「じゃなくて、見た事ある。アニメとかラノベで!」
俺は椅子から立ち上がってガッツポーズした。
「ついに俺にも巡ってきたのか、転生のチャンスが!」
日々、部屋に引きこもってゲームとネットに明け暮れながら、待っていたんだ、いつかこういう日が訪れるのを!
「では、こちらのアンケートを」
「なになに……異世界へ行ったら何がしたいですか。三つまでご記入いただけます……。これ、何書いてもいいんですか?」
「ええ、構いません。あくまで希望ですから」
「待って、ちょっと時間をください」
「あなた今、そう言って寝ちゃったんですよ?」
どうやら長考してて、そのまま寝落ちしたらしい。
今度はそうならないよう、目を開けて考える。
「……まずは、なんつってもチート能力だよな。異世界転生の定番だ。次は、そうだな……勇者って肩書きがほしい。肩書きって大事だよ。元祖○○とかどこそこの天然水とか書いてあるだけでありがたみが増すし。あとは……」
俺は、悩んでるふりをしていったん黙り込む。
まるで、思いつかないからしょうがなく付け加えた風を装おうとしているが、実のところ一番目に持ってきたいそれを、なるべく恥ずかしくなく自然に口に出すために。
「……ハーレム展開とか、勢い余って脱童貞とかそういう……ね」
チラッ。
顔色を伺うと、黒服はにっこりと微笑んだ。目元はサングラスで隠れているが。
「お安いご用ですよ。あっちの世界では、強い者が正義。強さイコール魅力であり、ただそれだけで若い女たちが寄ってきます。まして勇者ともなると、結婚したい職業ナンバー1ですからね。わざわざ希望を出さなくとも、ハーレムくらいは余裕です」
「マジか……」
ペンを持つ手を震わせながら、俺は、三つ目の願いを書き込んだ。
「承りました。では、こちらにサインを」
「ちょい待って。これって、サインしちゃったらもう戻れないんです?」
「異世界に転生したら、戻ってくる事はできません。その見返りは、今ご説明した通りです」
「ハーレムと脱童貞」
「最強の武器と資金です」
「……でも、危ないんでしょう? だって、戦ったりするって」
「大丈夫です。そんじょそこらの敵に負けるような武器じゃありませんから。それに、無理に戦う必要もありません。強力な武器で適当にモンスターを狩りながら、悠々自適にセカンドライフを過ごす。そういう人の方が、実際多いです」
「いいんですか、そんなので?」
「ええ、十分戦力になりますから」
「……どうしよっかなぁ。戻ってこられないんじゃなぁ」
引きこもりの俺に、現世への未練はミジンコほどもない。
ただ、何ヶ月もかけてレアアイテムを集めまくったネットゲーと、乏しい課金力を効率化とプレイ時間でカバーし、ついに全国ランキング十位圏内を射程に捉えたソシャゲだけが未練だった。
「これも二度目の説明になりますが、シノノメ様。あなた今、死にかかってますよ」
「へ?」
「ほら」
幽体離脱したみたいに、足下に、パソコンの前で突っ伏してピクリとも動かない俺の姿が浮かんだ。
長年の不摂生で肌は土気色をし、まだ十代なのに白髪の交じる姿は、まるでサキュバスに精気を吸い取られて干からびた死体みたいだった。
「なにあいつ!? えっ、あれ、俺なの?」
「ゲームのやり過ぎです。ですが、すぐに救急車を呼べばギリギリ助かるでしょう。もしお望みでしたら、あなたを元の肉体に戻した後、私どもで手配しておきますが」
「……」
俺は、惨めに死にかけている自分を見下ろしながら、思った。
今すぐ戻れば助かるにせよ、その後の社会復帰は難しそうだ……。
というか、ゲームの中で万能感に浸りまくっている間は気づかなかったが、こうして客観的に自分の姿を見せつけられると、こう真顔になるというか……正直、生きててすみません。
「……あ、あと一つだけ、質問いいっすか」
「なんでしょう」
「どうして、美少女じゃないんです?」
「はい?」
「あんたですよ。こういうのって普通、ヴァーチャルな美少女ナビゲーターとか、神様のお手伝いをしてるメイドさんとか、セクシーな女神様とか、そういうのが来るものでしょう?」
なんで黒服にサングラスの男なんだ。
「契約者に与える影響を少なくするためです。若くて魅力的な少女に勧誘されると、ろくに考えもせずサインしてしまう方がいらっしゃいますから。そういう人に限って、後からクレームが来るんですよね……」
なるほど、ぐぅの音も出ない明瞭な答えだ。
「サインします」
「よくぞご決断くださいました。ではこちらの魂の契約書にお名前をフルネームで――」
あの後、何がどうなってこうなったか、記憶にない。
意識を取り戻した時には、拘束され、鎖に引かれていた。
そして、壇上に登らされて今に至る。
ここが異世界である事は間違いなさそうだが……。
「どうなってんだこれ! おい、黒服! 最強の武器はどうした? たっぷりの資金は? ハーレムは!? うおーーーーい!!!」
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