抱き枕の封印

「うわぁ……」


 遊園地デートを終えて、有栖がいるのは兄でもあり、彼氏でもある貴音の部屋。

 少し前に可憐が来た時に写真を処分して以来に来たのだが、ドン引きしている。


「部屋を元に戻した」

「これは本当にどうしたらいいものか……」


 元に戻したというよりかは、壁一面に有栖の写真だけが貼られていた。

 しかもアニメキャラは一切なく、全て有栖の写真。

 いくら彼氏だといっても、流石にドン引きせずにはいられない。


「家では私とほとんど一緒にいるはずなのに、どうやって貼ったんですか」

「企業秘密」


 人差し指を唇に当ててから、そう答える貴音。


「もう一回燃やしましょうか?」

「それだけは止めてくれ。今では見れない小学生の頃の写真だってあるんだし」


 今現在の有栖は直接みれるのだが、小学生の頃の有栖は写真でしか見ることができない。

 もちろん今の有栖も好きではあるけど、昔の有栖も貴音は好きなのだ。

 写真は有栖が料理をしている時に部屋に戻って貼っただけ。


「写真を貼られる側の身にもなってください。私が兄さんの写真を張ったらどう思います?」

「大歓迎」

「はぁ……兄さんはそういった人でした」


 もう写真については諦めたようで、有栖はため息をついた。

 貴音が写真を貼られるのが嫌って思っていない限り、写真を処分したとしてもまた貼られるだけだろう。

 そもそも言われて処分してくれるようなら、今頃は写真なんて貼られていない。


「私は兄さんの彼女になったことですし、これからは名前で呼んだ方がいいのでしょうか?」


 今までは両想いとはいっても兄妹だったので、呼び方は変わらなかった。

 でも、これからは兄妹に加えて彼氏、彼女の関係になったのだから、名前で呼んだ方がいいのかもしれないと思ったのだろう。


「今まで通り兄さんって呼んでくれ。付き合っても兄妹であることには変わらないから」


 二人は家族の絆を何よりも大切にしており、その絆だけは何があっても引き裂かれることはされたくない。

 だから付き合っていても、有栖には兄さんって呼んでほしいと貴音は思っている。


「付き合っても重度のシスコンなのですね」

「兄が妹を大切にするのは当たり前だから、俺はシスコンではない。それにもう有栖の彼氏だ」

「そうですね。重度のシスコンに加えて私の大好きな彼氏です」

「だから俺は……んん……」


 唇を塞がれたことにより、貴音は言葉を発することができなくなった。

 もちろん塞いだのは有栖の唇で、抵抗するのも忘れ貴音は有栖の唇を楽しむ。

 有栖の頭をがっちりと掴み、どんどんと濃厚なものになっていく。


「ぷはぁ……兄さん、激しいですよ。これ以上はもう少し話した後でです」


 キスにより有栖は既に蕩けてしまっているが、どうやらまだ話しがあるようだ。

 いつもは貴音の部屋に来たがらないのに来たのだから、何かしらの理由があるのだろう。

 少し嫌な予感がしながらも、貴音は「何?」と有栖に問いかける。


「抱き枕を捨てましょうか」

「…………ん?」


 聞き間違えだと思ったのか、再度貴音は「何?」と問いかけた。


「抱き枕を捨てましょうか」

「Why?」


 一字一句聞き間違えていなく、次は理由を尋ねる。

 貴音にとって抱き枕は大切な物で、それは有栖だってわかっているはずだ。

 少し前まで抱き枕に抱きつきながら寝ていたのだから。

 今は有栖に抱きついて寝ているが、抱きつきながらじゃないと寝れないことには変わりない。


「兄さんは私に抱きつきながら寝るから、抱き枕なんてもういらないじゃないですか」

「いやいや、抱き枕高い」


 値段を考えると、すぐに捨てるには躊躇ってしまう。


「高いのは本体じゃなくてカバーの方でしょう。流石にそっちは捨てなくてもいいので、本体は捨てましょう」

「抱き枕がなかったら、二学期にある修学旅行で寝れなくなってしまう」


 中間テストが終わったら、高校生最大の学校行事である修学旅行が待っている。

 学年が違うために有栖と行くことができず、三日間寝ないで過ごさないとならない。


「前にも言いましたけど、一度寝不足で倒れた方が寝れるようになっていいと思いますよ」


 彼氏にも本当に辛辣な彼女だ。


「兄さんは私だけに抱きついて寝ればいいんです」


 頬を赤らめながら、『たとえ抱き枕であっても私以外には抱きついてほしくない』といった眼差しを貴音に向ける有栖。


「捨てれば修学旅行は有栖も行って、一緒に寝てくれるということか?」

「そんなわけないでしょう。てか、修学旅行に抱き枕を持っていくという発想に驚きですよ」


 中学の時は抱き枕を持って行ったと言っていた。

 それだけで大きい鞄がいっぱいなってしまうほどであるが、貴音は抱き枕を持っていくほど。


「なら、修学旅行は行かない」

「行ってください。サボるようならしばらく口を聞きませんから」


 有栖と喋れないことは貴音にとって死活問題であり、「だぁぁ……」と言いながら頭を抱えてしまう。

 抱き枕を捨ててしまったら修学旅行などの泊まりの行事で寝れなくなってしまうし、サボったら有栖が口を聞いてくれない。

 本当にどうすればいいんだろうか?


「有栖は本当に俺が倒れてもいいのか?」

「ですから病気では嫌ですけど、寝不足でならいいですよ」


 辛辣すぎて反論の言葉が出なくなってしまう。


「抱き枕は……せめて……せめて押し入れに入れて封印するってことでお願いします。ちゃんと修学旅行にも行きますから」


 泣きながら有栖に抱きついて有栖にお願いする貴音。


「はあ……じゃあ、それでいいですよ」


 あまりにも必死にお願いされたので、有栖はそれで妥協することにした。

 ベッドに置いてある抱き枕を持って、貴音は泣く泣く押し入れにしまう。


「用事も終わったことですし、私の部屋でイチャイチャしましょうか」

「ここではしないの?」

「絶対にしません。早く出たくてしょうがないです」


 自分の写真が大量に貼られている部屋にいたいとは思わない。


「わかったよ。んじゃあ行こうか」

「はい」


 二人は手を繋いで有栖の部屋に行き、沢山イチャイチャするのであった。

 恋人になった初めての夜で、いっぱい愛し合ったのは言うまでもない。

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