幸せな気持ち

「抱き枕代わりにして寝るの?」

「うん」


 確かに可憐は前に抱き枕の代わりになってもいいと言っていたが、フラれたにも関わらずそんなことを言うとは驚きだ。

 普通なら抱き枕代わりにされて嬉しい人なんていないだろうけど、可憐はせめてもう一度だけでも抱きしめてほしいと思っている。


「可憐はそれでいいの? 付き合えるわけじゃないんだよ?」

「うん。問題ないよ」


 もちろん付き合えることに越したことはないが、無理なら最後は抱きしめてもらって笑顔になりたい。

 これ以上泣いてしまったら貴音に悪いし、すぐにフラれた傷がするわけじゃないけど、諦めることができる。


「可憐がそれでいいなら……」

「ありがとう」


 辛い気持ちを押し殺しながら笑顔になる可憐。


「有栖が何て言うかわからないけどね」


 もし、貴音が他の人を抱き枕代わりにして寝たら、有栖は間違いなく嫉妬するだろう。

 今こうやって貴音が話しているだけでも落ち着いているわけではないはすだ。


「本当に貴音くんは有栖ちゃんのことばっかりだね。有栖ちゃんと付き合いたいって思ってる?」

「それは……」

「隠さなくてもいいよ。誰から見ても貴音くんが有栖ちゃんのこと好きなわかるし」


 貴音が有栖を優先するのは誰もがわかっていることだし、今は恋人同士のような雰囲気を醸し出している。

 二人が兄妹として見ていないのは誰だってわかりきっているのだ。


「そうだね。こんなのアニメの世界だけかと思っていたけど、今は有栖と付き合いたいって思ってるよ」


 義理で結婚することができるとはいっても二人は兄妹……異性として意識するのはアニメやゲームの中だけと思っていた。

 でも、今は有栖と付き合いたくてしょうがない。


「本当に有栖ちゃんが羨ましい……」


 本当に有栖の全てが羨ましい。

 現実離れした容姿でとても神秘的……周りはそのせいであんまり近寄らないが、たとえ兄妹であったとしても好きになるのは不思議ではない。いや、兄妹であるからこそ好きになったのだろう。


「悪いな」

「ううん。有栖ちゃんが相手ならいいかなって思うよ」


 他の人ならまだ諦めたくないが、相手が有栖であれば納得もできる。


「抱きしめて寝るってことは今日泊まる気でいるの?」

「どうしようか? 泊まる準備は全くしていないけど……」

「そもそも泊まりは許可でるの?」

「わからないや。泊まったりしたことないし」


 流石に泊まりとなると親が許してくれない可能性がある。

 許可が出るならともかく、出ないのであれば夜には帰った方がいい。


「じゃあ、しょうがないから今からしようか」

「え? きゃ……」


 貴音は可憐をベッドに押し倒して横になる。

 そして有栖を抱きしめる時のように可憐を抱きしめた。


「え? え?」


 いきなりのことで可憐はついていけなくなる。

 確かに抱き枕代わりにしてほしいとは言ったけど、今こうやって抱きしめられるとは思ってもいなかった。


「おやすみ」


 貴音はそう言うと寝息を立てて寝てしまう。


「寝るの早……」


 抱き合いながら話せればよかったけど、貴音は一瞬にして夢の中。

 しかも前みたいにしっかりと抱きしめられて、まともに動くことすらできそうにない。


「本当にありがとう」


 可憐は貴音の背中に腕を回して、この幸せを味わう。

 こうしてもらうのは最後になるとはわかっているが、幸せな気持ちでいっぱいだ。

 このまま時間が止まってくれればどんだけ嬉しいことか……。

 でも、こうやってされるのは今日か最後。

 フってしまったのだから、もう貴音が抱きついてくれることはないだろう。


「ずっとは無理だけど、有栖ちゃんが来るまでこのままでいさせてね」


 少しの眠気に襲われた可憐であったが、寝てしまったらこの気持ちを味わうことができないので、このまま起きて過ごすことにした。

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