カラオケ

「何で私たちはここにいるんでしょうか?」

「それは私が連れてきたからだよ」


 貴音、有栖、可憐の三人は放課後になってカラオケに来ていた。

 昼休みに有栖が少し暴走気味になってしまい、可憐に謝ったところ、二人は可憐によりカラオケに連れて来られたというわけだ。


「ずっと思っていたんだけど、貴音くんってあの時はどうして保健室に来たの?」


 あの時とは貴音が可憐を抱き枕代わりにして寝た時のことだろう。

 可憐は貴音のことは良く知らないが、サボってまで保健室で寝る人なんて思えない。

 だから聞いてみたようだ。


「えっと……」


 貴音は本当のことを言うか迷っていた。

 抱き枕がないと眠れないということを言ったら、有栖のように呆れてしまうんじゃないかと思っているからだ。


「兄さんは抱き枕がないと寝れないという変わった人なんですよ。前日に抱き枕を壊してしまい、一睡もできなくて保健室まで連れて来られたわけです」


 迷っていたところ、有栖が代わりに話してくれた。


「本当に変わってるね……」


 有栖はあはは、と苦笑いをしながら頬をかいた。

 抱き枕がないと寝れないなんて聞いたことがない。

 ましてや睡眠不足で保健室に運ばれる人がいるなんて思ってすらいなかった。


「何で勝手に言う?」

「白河先輩は兄さんの被害者なんですよ。説明を求めてきたのですからきちんと言わないといけません。兄さんが言いたくなさそうだったので、私が勝手に言いました」


 確かにそうだ。

 可憐が許してくれたとはいえ、何でこうなったか説明しなければいけないだろう。


「今はきちんと寝れているの?」

「うん。抱き枕買ったから」

「残念。もし、寝れなかったらまた抱き枕代わりになってもいいかなって思ったんだけど」

「んなっ」


 可憐の言葉に有栖は驚きを隠せない。


「そ、そんなのダメに決まっているじゃないですか。そもそも男女が同じ屋根の下で一緒に寝るなんて不潔です」


 有栖にとって貴音が他の女性と抱きしめながら寝るのはなんとしても避けなければならない。

 そして何より可憐と一緒に寝たことによって二人が一線を越えてしまうんじゃないか? なんて思ってしまう。

 有栖から見ても可憐は可愛い。

 貴音の言葉を借りるのであれば、アニメの世界から来たと思えるくらいに。

 貴音だって男子高校生……いつ可憐に欲情したっておかしくない。

 だからそれを阻止するのは有栖にとって最優先事項だ。


「えー、有栖ちゃんだって貴音くんと同じ屋根の下で暮らしているじゃない」

「私たちは兄妹だからいいんです」


 有栖はそう言いながら貴音に抱きつく。

 一度、可憐の前で抱きついたからなのか、それとも可憐に貴音を渡したくないのか、貴音のことを抱きつくことに抵抗がなくなってきたようだ。


「むうー、兄妹を隠れ蓑にしてズルい」


 可憐は有栖の気持ちが兄妹としてだけでないことに気づいている。

 貴音と仲良くするにあたっての一番の障害となるのは有栖だ。

 まさか気になる異性のライバルが妹だなんてどれだけ特殊な状態だろう。

 いくら世界が広いといっても、指で数えられるほどかもしれない。


「に、兄さんも何か言ってください。言うことはわかっていますね?」


 兄さんなら絶対に断ってくれる……有栖はそう思って貴音にたくした。


「何て言うかラブコメみたいな展開だな」

「何言ってるんですか?」

「思ったことを言ったんだけど」


 男一人に女が複数人いるというのはアニメでは良くある展開だ。

 だからって何か思うわけではないが、他の人からしたら羨ましい状態だろう。


「それできちんと断ってくれるんですよね?」


 有栖は断ってという部分を強調して言った。


「別に有栖ちゃんの言うことを聞かなくてもいいからね? 自分が思ったことを言って」


 可憐にとってもう一度貴音に抱きつかれて寝れば、この気持ちがハッキリとわかるかもしれない。

 だからもう一度貴音に抱きつかれて寝てみたいと思っている。


「悪いけど俺にとっては有栖が最優先。だから断るよ」

「そっかー」


 わかっていたことだが、やっぱり悲しい。

 少し涙が出そうだったが、可憐は何とか我慢した。


「でも、友達としてなら仲良くしてもいいでしょ? 私に下心なく話してくる男の子なんてそうはいないし」

「まあ、それならいいけど」

「ありがとう」


 可憐は悲しい気持ちを抑えて必死に笑顔を表に出す。


「仲良くしてくれるなら今度は名前で呼んでほしいな?」

「可憐でいいのか?」

「うん。ありがとう」


 貴音が自分のことを名前で呼んでくれたのが、可憐にとって唯一の救いだ。

 抱きしめてもらうことはできなくとも、仲良くなれるのだから。

 そもそも知り合ってそんなにたっていないのだから、抱きしめて寝るのはまだ早い。

 これから仲良くしてこの気持ちを確かめればいい。


「せっかくカラオケに来たんだから歌おう」

「そうだな」


 三人は残り時間ギリギリまで歌った。

 貴音がアニソンばっかり歌っていたので、可憐は今夜からアニソンを聞くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る