嫉妬と宣言

 昼休みになったので、貴音はお弁当を持っていつものとこに向かった。


「お待たせ」


 いつものように有栖は既に待っていて、階段のとこに座っている。


「兄さん、遅いです」

「すぐに来たんだけどな」

「それでも遅いです」


 朝までは機嫌の良かった有栖だが、今は物凄く機嫌が悪い。

 その理由は言わなくても貴音にはわかっている。

 貴音が可憐と付き合っているという噂が流れているからだ。


「それで私が休んでいる間に白河先輩と一緒にご飯を食べたというのは本当ですか?」


 貴音が有栖の横に座ると同時に、有栖は貴音に問いかける。


「うん。誘われたから」

「へー、そうですか」


 有栖はプイって貴音から視線を逸らした。


「有栖が冷たくなった」


 最近は貴音にデレデレだった有栖だが、今は視線すら合わせようとしない。

 噂といえど最愛の兄が学園のアイドルと付き合っていると言われたのだから、有栖にとっては面白くないだろう。


「白河先輩に優しくしてもらえばいいんじゃないですか? 仲良さそうですし」


 貴音に抱きつかれて寝る前の有栖に戻ってしまったようだ。

 前のように貴音に対して辛辣な態度をとってしまう。


「確かに一緒には食べたけど、付き合っているわけじゃないよ」

「それは知っていますよ。兄さんが私に黙って誰かと付き合うわけじゃないってわかっていますし」

「なら何でそんなに冷たいの?」


 付き合っていないのがわかっているのであれば、気にしなければいいだけ。

 人の噂も七十五日と言うし、いくら学園のアイドルとの噂でもそのうち誰も言わなくなるだろう。


「それは──私の嫉妬です」

「嫉妬?」

「はい。兄さんが誰かと付き合うって噂を聞いただけでも、胸が締め付けられるように痛いんです……」


 有栖は悲しい顔をしながら胸を抑える。

 貴音に抱きつかれながら寝た有栖は、貴音への想いをどんどんと強くさせている。

 だから噂だけでも我慢できないのだ。


「有栖」

「にい、さん……」


 貴音は有栖のことを思いきり抱きしめる。


「兄さん、学校では……」

「やだ」


 少し抵抗する有栖だが、貴音はそれでも離さない。


「前にも言ったけど、俺は彼女は作らない。だから有栖は安心していいんだよ」

「本当ですか?」

「うん」


 貴音は優しく有栖のことを撫でる。

 頭を撫でられるのが好きな有栖は、少し安心したかのように目を閉じた。

 この状態は誰が見ても恋人同士にしか見えないだろう。


「えっと……何で私は呼ばれたのかな?」


 二人とは違う声がした。

 現れたのは白河可憐だ。

 呼ばれた、と言っていたので、誰かから呼ばれて来たということになる。


「あわわわ……」


 有栖はいきなり人が来たことに驚いてしまい、奇声をあげながら貴音から離れてしまう。

 可憐に見られたことにより、有栖の顔は顔から火が出そうなくらい真っ赤にしている。


「貴音くんは私に彼女を見せつけるために呼んだの?」


 可憐を呼んだのは貴音だ。

 何故、呼んだかはこれから話してくれる。


「見せつけるためじゃないよ。噂について話したくてね」


 その噂について可憐がどう思っているのか貴音は聞きたいと思って呼んだのだ。

 貴音はそんな噂なんて気にしないが、可憐は女の子だし有りもない噂を流されたら困るだろう。


「彼女については否定してくれないんだね……」


 可憐は悲しそうな顔をする。

 可憐は貴音と有栖が兄妹だということを知らない。

 だから抱き合っている二人を見て貴音の彼女だと思ってしまったし、嫉妬をしてしまった。


「えっと、有栖は彼女じゃなくて妹だよ」

「い、妹?」


 思ってもいなかった言葉に可憐は驚いてしまう。

 あんな姿を見て兄妹だと思う人なんていない。

 でも、兄妹だということを聞いて、可憐は少しだけホッとして胸を撫で下ろす。


「妹なのに抱き合うの?」

「うん。家族と仲良くするのは普通だろう?」

「いやいやいや、抱き合うのは普通じゃないよ」


 貴音の言葉に全力で否定をする可憐。


「え?」


 貴音にとって有栖に抱きつくことが普通になってきている。

 だから可憐の反応が貴音にはわからない。


「兄さん、白河先輩が普通の反応です。兄妹で抱き合うのは私たちだけです」


 貴音のよくわかっていないような顔に、有栖は呆れてため息をつく。


「それで、白河先輩は今回の噂についてどうするんですか?」


 有栖は真面目な顔をして、可憐に問いかける。


「どうって言われても特に何もしないよ。単なる噂だしお互いに否定していれば、そのうちおさまるだろうから」


 でも、可憐にとってはその噂が本当になればいいなって少しだけ思ってしまった。


「それが妥当ですね。お互い、変に意識してしまっては、周りを煽るだけでしょうから」

「そうだね」


 どうやらこれで話が纏まりそうだって貴音が思った時に、有栖は誰も予想をしていないようなことを口にする。


「白河先輩は兄さんのこと気に入っているようですけど、兄さんのことは渡しませんからね」


 さっきは可憐が来て離れてしまった有栖だが、貴音に抱きつく。


「いやいや、好意を持っているかなんてわからないだろ」

「わかりますよ。白河先輩は男の子から引く手あまたなのに、兄さんとお弁当を食べたんですから」


 確かにそうだ……と貴音は思った。

 可憐ほど人気があれば、寄ってくる男は数えきれない。

 でも、可憐は明らかに自分に好意を持っていない貴音をご飯に誘った。

 少なからず仲良くしたいと思っているってことだろう。


「幼い頃の私には絶望しかなかった。でも兄さんはその絶望から救ってくれました。私にとって兄さんは全てなんです。だから兄さんを他の人に渡したくありません」


 有栖はさらに力を入れて貴音に抱きつく。


「あはは、シスコン兄にブラコンな妹……難易度高そうだね」


 可憐は苦笑いをするしかなかった。

 自分が気になっている異性が重度のシスコンだと知ったからだ。それに加えて、その妹がブラコン。

 仲良くするだけでも骨が折れそうだ。


「俺はシスコンじゃない」

「兄さん……今、気にするのはそこじゃありませんよ」

「何て言うか、貴音くんは変?」

「そうです。だから兄さんは私の側にずっといるんです」

「だからの使い方が間違っていると思うんだけど……」


 再度、可憐は苦笑いをする。

 それと同時に可憐の胸に何かが突き刺さったかのような痛みを感じた。

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