理由
晩ご飯とお風呂を終えた貴音と有栖は、有栖の部屋でのんびりとしている。
有栖は本当に一秒も離れたくないようで、お風呂でさえも貴音と一緒に入った。
顔を赤くしながら湯船に浸かっている有栖を見て、貴音は可愛いと思いながら有栖にずっと抱きついていた。
「一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「何?」
「兄さんは何で抱き枕がないと寝れないんですか?」
ベッドの上で後ろから抱きしめられている有栖が貴音に聞いた。
抱き枕がないと寝れないのは以前から知っていたが、今までその理由を聞いたことがない。
以前から気になってはいたが、聞くほどではなかった。
でも、ブラコン度が増した有栖は、貴音が何でこうなったのかを知りたい。
「知りたいの?」
「はい」
有栖が知りたがっているので、貴音は話すことにした。
「俺が抱き枕がないと眠れなくなったのは母さんのせいだね。今の母さんじゃなくて俺を生んでくれた母さんね」
「確か事故で死んでしまったんですよね」
「うん」
昔の貴音は親にべったりだった。
それは母親の影響があったからだ。
寝る時はいつも貴音に抱きついて寝ていた影響なのか、貴音は母親のことが大好きになった。
小さい子供なのだから母親のことを好きになるのは良くあることだが、貴音は別格だった。
物心がついた貴音は母親に抱きついて寝るようになり、それが当たり前になる。
「母さんと抱きついて寝ている時は幸せだった」
「まさかの兄さんがマザコン?」
「子供は誰だって母親に甘えるだろう?」
「そうかもしれないですけど、普通、抱きついて寝ますか?」
母親と寝ることは良くあるかもしれないが、抱きついて寝るのは少ない。
有栖だって親と抱きついて寝たという記憶はないし、友達だってそんな人は少ないはずだ。
「普通じゃないの?」
「世間とはかけ離れた考えを持つあたり兄さんですね」
有栖はため息をはいてからまた貴音の話を聞く。
「俺が五歳の時に事故で死んでしまった」
そう言うと、貴音の目尻にはうっすらと涙が溜まっていた。
死んでしまった時のことを思い出したのだろう。
あの頃の貴音にとって母親は何よりも大切な存在で、この先もずっといるものだと思っていた。
それなのに事故で母親を亡くしてしまったのだ。
悲しくないわけがない。
「俺は母さんを亡くしたショックで不眠症になっちゃったんだよね」
まだ五歳の子供が不眠症になる。
本来ならあんまりないことだけど、貴音にとってそれほどショックなことだったのだろう。
そして自分が母親に抱きついていないと寝れないことに気づく。
「最初は父さんに抱きついたけど寝れなかったよ」
男の身体はやっぱりゴツゴツとしている。
そんなのに抱きついても眠ることはできなかった。
「そんな俺を見かねた父さんは抱き枕を買ってきたんだよね。それも母さんの身長と同じ大きさの」
「それで眠れるようになった……と?」
有栖の言葉に貴音は頷く。
買ってきてくれたのはキャラの絵が描いてあるやつではなかったが、父親に抱きつくよりかは全然良かった。
それにより抱き枕があれば眠れるようになったのだ。
「兄さんも変わってますが、抱き枕を子供にプレゼントする父さんも変わってますね」
「まあ、父さんも子供があんな状態なのを見てられなかったんじゃないか? あの歳で心療内科まで行ったし」
あまりにも眠ることができなくなったのか、貴音は五歳で心療内科を受診した。
睡眠薬は五歳の子供には基本的に飲ませることができない。
貴音の父親は母のことを抱きついて寝ていることを思い出したので、抱き枕を買ってきたのだろう。
その結果、貴音は寝ることができた。
「そうなんですね……」
有栖は少し悲しそうにしながら振り返り、貴音のことを抱きしめる。
「その後にすぐ新しい彼女を見つけて結婚するとは思わなかったけど」
「あはは……」
妻を亡くして一年ほどで再婚してしまった。
「まあ、再婚してくれて良かったけどね。有栖と出会うことができたし」
貴音は有栖の頭を撫でる。
「そうですね。再婚してくれなかったら、兄さんと出会うことができませんでしたし」
親が再婚するまでは二人は知り合いではなかった。
もし再婚していなかったら有栖とこうして過ごすことはなかっただろう。
「兄さんはもう眠れなくなることはありません。私がずっと側にいますから」
「そうだね」
二人は今日も抱き合いながら眠りについた。
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