甘い空間

「どうした? 大丈夫か? 熱はないようだけど」


 貴音は有栖のおでこに手を触れて熱があるか確認する。

 でも熱はないようで、おでこから手を離す。


「私は正常ですよ」

「でも有栖がずる休みしようとか言い出すなんて……」


 そんなこと言うなんて思ってもみなかった。

 有栖は真面目で今まで学校をサボったことなんてない。

 だから貴音は有栖の言葉に驚いている。


「学校では兄さんといれる時間が少なくなってしまうから……」


 学年が違う二人は一緒にいれる時間が昼休みくらいしかない。

 そんな有栖が貴音とこうして一緒にいれるのは家くらいだ。

 しかも二人は兄妹なので、外ではこうしてくっつくことも難しい。


「兄さんとずっと一緒にいたいんです」

「よし、今日は休もう」


 抱きつきながら有栖にお願いされたら、貴音に断ることができない。


「でも、休むのは今日だけですから。明日からはきちんと学校に行きます」


 有栖は根が真面目なので、サボるといっても一日だけ。

 次の日には普通に登校するだろう。


「いっそうのことこのままずっと引きこもって一緒にいるのはどうだ」

「兄さんはアホなんですか? 高校中退なんて絶対に認めませんからね。きちんと卒業してくださいね」


 ブラコン宣言しても有栖の毒舌は健在。

 確かに兄とずっとこうしていられるのは魅力的だが、貴音にはきちんとしたとこに就職してほしい。


「ところで、何で有栖はブラコンなんだ? 家族と仲良くするのは当たり前だからブラコンじゃないだろ」

「そういった考えしかできないのは流石兄さんですね」


 有栖はため息をついて、また喋り出す。


「確かに家族は大事ですけど、私は父さんとはくっつきたくありません。兄さんとだからこうしていたいんです」

「だからブラコンだと?」

「はい」


 むぎゅーって言わんばかりに貴音に抱きついて離れない有栖。


「とりあえず学校に休む電話いれるか」

「はい」


 電話をするために移動しようとすると……。


「電話する時くらい離れない?」

「嫌です」


 貴音が電話しようにも有栖は離れようとしない。

 それどころかさらに力を入れて抱きついてくる。


「抱きつかれたまま電話は嫌ですか?」

「嫌じゃない」


 本当に妹に甘い兄だ。


 普段から真面目に授業を受けている二人は、サボりと思われることなく休むことができた。

 電話を終えたら、リビングにあるソファーでまったりとする。


「初めてサボっちゃいましたね」

「そうだね。てかどうするの? 外には出れないし」


 病欠という理由で休んでいるから外に出るわけにはいかない。

 かといってこのまま家にいるのは暇だ。


「私はこのままでも充分ですよ」


 有栖にとって兄とイチャイチャできるのだから、このままでも問題ない。

 むしろ一日だけでは足りないくらいだ。


「前に見たアニメの続きでも見る?」

「ダメです」

「何で?」


 今までは二人きりでアニメを良く見ていたが、今日は有栖が拒否してきた。


「アニメを見たら兄さんはそっちに集中してしまいます。今日は私だけを見てください」

「わかった。そうしよう」


 貴音にとって有栖は最優先。

 その有栖が自分だけを見てと言うのであれば、貴音は有栖だけを見るだろう。


「じゃあ、やってほしいことがあるんだけどいいかな?」

「何ですか?」

「それはね……」


 貴音は是非ともしてみたいことがあったので、やってみることにした。

 今の有栖なら自分の言うことはほとんど聞いてくれると思ったからだ。


「これは、恥ずかしいですね……」


 今までこんなことをしたことない有栖は、頬を紅潮させている。


「だってアニメとか見れないから」

「そうかもしれないですけど……」


 貴音は有栖に膝枕をしてもらっている。

 外ではタイツを履いている有栖だが、家では生足のことが多いので、貴音の頭が直接肌に触れている状態だ。


「これはアニメにのっといて耳掃除でもした方がいいのでしょうか?」


 兄妹物のアニメでは膝枕で耳掃除をしているシーンが結構ある。

 だからやった方がいいと思ったのだろう。


「いや、特にしなくてもいいよ」

「何ですか?」


 せっかくできると思ったのに、拒否されて悲しくなる有栖。


「最近したばっかりだし」


 したばっかりなのに今やる必要なんてない。


「じゃあ、今度は私がしていいですか?」

「わかった。その時はお願いするよ」

「はい。約束ですよ」


 二人は手を繋ぐ。

 端から見たら兄妹と思う人なんていないくらい甘い空間を作り出している。

 そしてその空間は夜まで続いた。

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