甘えん坊の妹

「落ち着きましたか?」

「まだ」


 有栖が貴音に一緒に寝てほしいと言ってから十分が経過した。

 本来であれば落ち着いてもおかしくはないが、有栖の告白や、未だに抱きつかれているので、貴音は落ち着けていない。


「いつになったら落ち着くのですか?」

「有栖が抱きついていたら無理かも」


 貴音から抱きつくことはあるが、有栖から抱きつくことは稀だ。

 だから落ち着きを取り戻せないのだろう。


「兄さんが一緒に寝るって言うまで離さないです」


 今日の有栖はかなり甘えん坊だ。

 風邪を引いているからなのもあるが、やっぱり貴音と一緒にいたいという気持ちが強い。


「だからこの状態のまま落ち着いてください」

「じゃあ、落ち着かなければずっと有栖とこうしていられるってわけだね。それはそれでいいかも」


 シスコンの貴音にとって妹がこんなに甘えてくるのだから、嬉しいに決まっている。

 しかも普段は毒舌を言うので、そのギャップがたまらないのだろう。


「兄さん、明らかに落ち着いていますよね」

「ソ、ソンナコトナイヨー」

「棒読みで言わないでくださいよ。嘘だとすぐバレますよ」


 流石に十分以上この状態なので、貴音も落ち着いていているようだ。

 でも、このまま有栖に抱きついてほしいという気持ちがあり、つい嘘を言ってしまった。

 でも、すぐに嘘と見抜かれてしまったが。


「嘘をつく兄さんは好きではありません」


 明らかに演技だが、有栖はシュンとして寂しそうな表情をした。


「落ち着いた」

「素直なのはいいことです」


 有栖はそう言い、ニッコリと笑う。


「それでまた一緒に寝てくれますか?」

「俺はそれで構わないよ。有栖が喜んでくれるなら」


 貴音は有栖の背中に腕を回して抱きしめた。

 有栖はその言葉を聞いて嬉しくなる。

 今までは内緒で寝ていたけど、これからは堂々と一緒に寝ることができるのだから。


「もしかしてだけど、最近首についてたアザってもしかして……」

「はい。私がつけたキスマークですよ」


 貴音はやっぱりと呟いて、キスマークがついているとこを触る。


「その、ごめんなさい。勝手につけてしまって」

「気にしてないよ」


 少しくらいは気にしてほしいと有栖は思うが、今は幸せな気分なので文句は言わない。

 これでもうあんな嫌な夢を見ないですむし、何より兄と一緒にいることができる。

 有栖にとってこんな幸せなことは他にないだろう。


「それでいつから俺の部屋で寝るようになったの?」

「兄さんが抱き枕を買った日からですね」

「まあ、そうだよね」


 貴音が予想していた通りだった。

 有栖は寂しさのあまり貴音の部屋に来て、一緒に寝たのだ。


「でも兄さんが悪いんですからね?」

「俺のせいなの?」

「当たり前です。兄さんが私を抱きしめて寝なかったらこんなことにはならなかったんですから」


 有栖にそう言われて、貴音は苦笑いをする。

 もし、貴音の抱き枕が壊れていなかったら、こんな風にはなっていなかっただろう。

 有栖は貴音に抱きつかれて寝るようになって、さらにブラコンになってしまったようだ。


「これで抱き枕ないと寝れない俺に文句は言えないよね。有栖は俺がいないと寂しくて寝れないんだから」

「そ、そうですね……」


 有栖は図星を言われて苦笑いするしかなかった。

 今まで普通に寝ることができたのに、今では貴音がいないとまたあの夢を見てしまうんじゃないかと思い、熟睡することができないだろう。


「でもこうなったのは兄さんのせいなので、きちんと責任とってくださいね」

「うん」


 貴音に断る理由がない。

 妹がお願いをしているのだから、それを答えるのが兄の仕事だ。

 貴音の頭の中ではそんなことを思っているだろう。


「少し疲れてしまいました。横になってもいいですか?」


 貴音は頷いて、抱きしめたまま横になる。

 いくら熱が下がってきたとはいえ、まだ風邪は治っていない。

 風邪で体力が落ちている有栖に、長時間座って話すのは疲れるようだ。


「にい、さん?」


 有栖を抱きしめながら横になったので、貴音は気持ち良さそうに寝息をたてている。


「何で風邪をひいている私より先に寝るんですか?」


 本当にしょうがないですね……と、有栖は思いながら貴音の頬を指でつついた。

 貴音は何かを抱きしめながら横になるとすぐ寝てしまう。

 それは前に体験したからわかっていたことだが、もう少しだけでも起きててほしかった。

 有栖はそんなような顔をしている。


「兄さん、大好きです。もう離れられそうにないです」


 有栖はそう言いながら、貴音の頬にそっと口付けをした。

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