たまにはデレます

 有栖は兄の言葉に、抱き枕が壊れたという朝に聞いた言葉より驚いてしまう。

 それはそうだ。どこの世界に妹を抱き枕として使う兄がいるだろうか?


「何考えているんですか? アホなんですか? そもそも抱き枕を壊してしまう人の抱き枕になんてなりたいと思ってるんですか?」


 有栖の毒舌が貴音の胸に突き刺さる。

 貴音が何を考えているか意味不明だが、納得させるために説明しなければならない。


「有栖に抱きつけば気持ち良く寝れるかなあって」

「それは白河先輩に抱きついて寝れたからですよね? だったらまた白河先輩に頼めばいいんじゃないですか。嫌がられなかったわけですし」


 図星を言われて反論ができない。

 実際に可憐に抱きついて寝れたからこのことを思いついたからだ。

 でも、貴音にとって抱き枕がないのは致命的なので、なんとか有栖に抱きついて寝れないかと思っている。

 有栖がどうしても嫌というのであれば諦めるつもりだが、嫌とは言われていないので、言われるまでは諦めないだろう。


「どうしても有栖がいい」


 貴音は逃げられる前に有栖を抱きしめた。


「兄、さん?」


 抱きつかれて抵抗するかと思ったがそんなことはなく、少しだけ頬を赤くしている。


「有栖が本当に嫌と言うか、一緒に寝てくれるまで離さないから」


 貴音は有栖のことを絶対に離さないといった感じでさらに力をこめて抱きつく。


「嫌なら離れてくれるんですか?」

「うん」

「じゃあ嫌なんで離れてください」

「何で? ここは一緒に寝る流れじゃないの?」


 貴音は嫌と言われたから離れたが、断られてショックを受けている。


「抱き枕の代わりにされて嬉しい人なんていませんよ」

「そう……なの、か?」


 貴音はこの世の物とは思えない絶望的な顔をして、その場に手をついてしまう。


「何故、そんな顔をするのかが不思議でしょうがないです」


 貴音の様子を見て有栖は呆れている。


 しばらくしてから有栖が貴音に話しかける。


「いつまでも落ち込んでないでシャキッとしてください」


 そして有栖は貴音に近づいて頭を撫でる。

 突然のことで貴音は驚くが、有栖から撫でることなんて滅多にないのでそのままでいることにした。


「兄さんはちゃんとしていたらカッコ良いんですから」


 有栖が頬を赤らめながら言ってくる。

 人のことをあまり褒めることがない有栖に言われたことで、貴音の顔が緩み切ってしまっているので、この顔を見られたくないからそのまま顔を下に向けたままにしている。


「やっぱり有栖はアニメの世界から来たキャラのようだ」

「はいはい。いつも言われているから有り難みがないですよ」


 まだ少しだけ怒っているようだが、さっきよりかは棘がなくなっている。

 その理由はきっと学園のアイドルより自分に好意を持っているとハッキリと示したからだろう。

 有栖は少しだけだがブラコンが入っているから、やっぱり嬉しいのだ。

 ただ、それが抱き枕代わりというのが少し気に入らないから怒っているだけで、兄のことは好きな気持ちはある。


「じゃあ、抱き枕の代わりに……」

「なりませんよ」


 ガーンと、効果音が出そうな程に貴音は再び落ち込んでしまう。


「ただ、抱き枕としてじゃなくて、妹としてならいいですよ?」

「え? 今なんて?」


 少し声が小さかったが貴音は聞き取れなかったわけではない。

 思ってもいなかったことを言われたから、驚いてしまったから聞き返してしまった。


「この距離なら聞こえているはずです。だからもう言いません」


 有栖は顔を真っ赤にして貴音から視線を外す。

 恥ずかしくて貴音のことを見ていられないのだ。


「ツンデレ?」

「ち、違いますよ。また兄さんが無様な姿を見せないようにです」


 有栖は貴音と一緒にアニメを見たことがあるので、ツンデレという言葉を知っている。

 今の有栖の言動は過去に見たアニメのヒロインのようだと自分でも思っているが、どうしてもそれを認めたくないようだ。

 アニメのヒロインのように付き合いたいわけではなく、貴音の妹として側にいたい。ただそれだけを想っている。


「有栖の部屋で話すのって久しぶりだね」

「そうですね」


 二人は普段から良く話しはするがそれはリビングだったり学校の昼休みでが多い。

 今日は貴音が保健室に行ったために一緒にはいなかったが、昼休みは一緒に食べている。


「有栖は俺の写真貼らないの?」

「貼りませんよ。……スマホに保存してあるので充分です」


 後半部分は声が小さくて貴音には聞こえなかった。

 いや、有栖がわざと聞こえないように小さな声で言ったのだ。

 もし聞こえてしまったら兄が調子に乗ってしまう恐れがあるし、何より自分が恥ずかしいから。


「これから一緒にお風呂に入る?」

「入りませんよ。この年で一緒に入るとかありえません」


 さらにお風呂は私からいただきますねと言い残して部屋から出ていった。

 貴音はその間は暇になるので一度自分の部屋にスマホをとりに行く。

 有栖の部屋に戻りベッドでのんびりと電子書籍を読むことにした貴音。


 三十分ほどしたら有栖が部屋に戻ってきた。

 お風呂上がりでまだ髪などが少しだけ濡れていて、貴音には少しだけ色っぽく見えている。


「人のベッドに勝手に入らないでくださいよ」

「有栖の匂いを感じて離れられない」

「シスコンもここまでくると変態ですね」


 有栖は今日だけで何度目かわからないため息をついて呆れている。


「変態なのはいいとしてもシスコンではない」

「変態も否定してくださいよ」


 またため息をついて有栖はベッドに座る。


「とりあえず俺もお風呂入ってくるかな」

「わかりました」


 貴音はお風呂に入った。



 お風呂に入って貴音はまた有栖の部屋に行く。

 有栖はテレビドラマをベッドで見ていたので、俺もベッドに入り見ることにした。


「兄さん? まだ寝ませんよね?」

「寝ないけどダメなの?」


 貴音はベッドに入って有栖を抱きしめていた。

 まだ寝る気はないが、その時間まで我慢ができなくなってしまったのだ。


「ダメじゃないですけど必要以上にくっつきすぎじゃないですか?」


 貴音は腕を有栖の背中にまわしているわけでなく、足まで絡めている状態だ。


「じゃあ離れられないから」


 貴音は有栖の顔を胸のとこまで持ってきて埋めさせた。

 この状態ではどんな顔をしているか確認することはできないが、有栖が抵抗しないところを見ると嫌ではないのだろう。


「兄さん?」


 有栖は貴音のことを呼びかけるが返事がない。

 目を瞑っているし寝息をたてているからもう寝てしまっている。

 でもしっかりと有栖のことを抱きしめていて、どうしても離したくないように見える。


「寝ていても離さないとかどんだけですか」


 有栖はそう言うが嬉しくて少しニヤけていた。

 それは昔もこうして一緒に寝たことがあるからだ。

 昔のことを思い出して嬉しくなり、今度は有栖が貴音の背中に腕を回す。


「兄さんはずっと私の兄さんでいてくださいね」


 有栖もそのまま眠ってしまった。

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