不機嫌な妹

 放課後になり急いで帰る準備をする。

 校門の近くにある大きな桜の木を有栖との待ち合わせにしていて、二人が揃ったら帰ることになっているのだ。

 貴音は謝りたくて可憐のいる教室まで行ったが既にいなくて、今日は諦めることにして待ち合わせ場所に向かう。


 桜の木には日傘をさした有栖が既に待っていて、貴音が来たのに気づくと少しだけ手を振った。


「兄さんが遅れるなんて珍しいですね」


 有栖を待たせたくない貴音は放課後になると、すぐに教室を出て待ち合わせ場所に向かう。

 でも、今日は用事があったので有栖が先に着いてしまった。


「まあ、ちょっとね」


 まさか無意識の内に女の子を抱き枕代わりにしてしまい、そのことを謝りに行ってたから、なんて貴音からは口が裂けても言えない言葉。


「珍しく歯切れが悪いですね。まさか告白されたとかですか?」

「そんなわけがない。俺は有栖一筋だから」

「相変わらずのシスコンぶりはひきますね」


 そんな兄から少し距離をとる有栖。


「俺がシスコンだったら世の中の兄さんは皆シスコンなのでは?」

「それを本気で言う兄さんは怖いです」

「褒めるな」

「褒めてませんよ」


 貴音は周りから見たらどう考えてもシスコンだが、それを認めることがない。

 本人が天然だからその自覚がないのだ。


「まあ、帰るか」

「はい」


 有栖の身体を気遣って帰ることにした。


☆ ☆ ☆


 今日はすぐに家に帰り、お互いの部屋に戻って貴音は部屋着になる。

 貴音の部屋着はTシャツにジャージとラフな格好だ。

 そして昨日探しきれなかった抱き枕をスマホを使って探す。

 早く抱き枕を探さないと今朝みたいにまた情けない姿を有栖に見せてしまうだろう。

 それだけは避けたいと思っているようで、色んな通販サイトで抱き枕を検索をする。

 抱き枕と言っても何でもいいわけではなく、感触や形が大事だ。


「中々見つからない」


 色んな通販サイトを見ても貴音が良いと思える抱き枕が見つからない。

 通販サイトでは感触が確かめられないのでレビューを見て判断することになるが、抱き枕が自分の眠るために必須なためか妥協ができないのだから。

 今まで使っていた抱き枕は気に入ってたのだが、その抱き枕がもう販売をしていなくて買うことができない。

 通販ではなくてフリマアプリなどなら探したらあるかもしれないけれど、他の人が使った可能性があるのを使いたくないので新品のを買うしかない。


 貴音がスマホを弄っていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 家には貴音の他には有栖しかいないので、「どうぞ」と言うとドアが開かれて有栖が部屋の中まで入ってきた。


 有栖も部屋着に着替えており、白いワンピースを着ている。

 その格好は肌が白い有栖とマッチしていて、彼女以上にワンピースが似合う人は中々いないだろう。


「どうしたの?」

「いえ、少し聞きたいことがありまして」


 少し歯切れが悪そうにしている有栖。


「今朝あんなに眠そうにしていたのに何で今は元気なんですか? 学校には抱き枕なんてないのに寝たわけではないですよね?」


 それを聞かれて貴音はドキッとしてしまう。

 可憐が抱き枕代わりになって一緒に寝たなんて言ったら、何を言われるかわかったものじゃない。

 貴音は何か言い訳を考えるが、有栖の前では何を言っても無駄だろう。

 十年もの間ほぼ毎日一緒にいて嘘はすぐに見破ってしまうし、嘘がバレてしまったら嫌われてしまう恐れもある。


「何か言ってくださいよ。それとも言えないことがあるのですか?」

「えっと、午前中は保健室で熟睡してた」


 嘘はついていない。ただ女の子と一緒なのは省くことにした。


「嘘はついていないけど、何かを隠している顔ですね」


 見破ってしまっている。

 それを言われて貴音から冷や汗が大量に溢れてきて、バレバレな状態だ。


「そういえばあの白河先輩が保健室にいたってクラスの男子が話してたんですよね。関係あるんですよね」


 有栖の顔は笑顔だが、貴音にとっては怖いとしか思えない。

 学園のアイドルと言われる可憐は学年問わず有名で、有栖も知っているようだ。


「えーと、確かにちょっと話したりはしたけど」

「そうなんですか。てっきり寝ぼけて白河先輩を抱き枕にして寝てしまったと思ってましたよ」


 貴音はいくらなんでも鋭すぎるって思い、さらに冷や汗が流れている。


「はい。その通りです」


 隠し通せないと思って有栖に全て話すことにした。

 その事を言うと有栖はやっぱりと呟いていからため息をつく。


「許してくれたとはいえ、気をつけてくださいね」

「はい」


 貴音は有栖の言葉にただ頷くことしたできない。


「兄さんは白河先輩のこと好きなんですか?」

「いんや、今日初めて知ったし、有栖じゃないから興味が一ミクロンしかない」

「だからシスコンはいりませんから。でも兄さんがほんの少しとはいえ、女の子に興味を持つんですね」


 有栖は自分の兄に対して毒舌だが、そうなってしまうのは無理がない。

 好意を持ってくれるのは嬉しいけれど、、少し過剰だと思うことがあるからだ。

 兄がいる友達にどんな感じなのか聞いたことがあるが、中学になってから一緒に登校をすることがないし、口数も少ないと言っていた。

 それを聞いて自分がブラコンなのを少しだけ実感してしまい、シスコンの兄を意識してつい毒舌になることがあるのだ。


「俺だって女の子に興味はある。見よ、俺の部屋にある写真の数々を」

「私か銀髪のアニメのキャラばっかりですけどね」


 貴音の部屋には有栖の写真やネットで拾った銀髪のアニメキャラをプリントした写真がいっぱい壁に貼ってある。

 最初はかなりひいていた有栖だが、今となっては慣れてしまっていて、そんな自分が怖いと思ってしまう。


「とりあえず寝れた理由はわかりました」


 有栖はそう言い、貴音の部屋から出て行った。


☆ ☆ ☆


 夕飯の時間になり、リビングに行く。


「何でカップ麺?」


 今日の夕飯はコンビニとかで買えるカップ焼きそばだった。


「女の子を抱き枕代わりにして寝てしまう人にはこれで充分です」

「えええー……」


 有栖は今まで余程のことがない限りは、栄養を考えて料理を作っている。

 でも、今日は機嫌が悪いようでご飯を作っていない。


「文句を言わないで食べてください」


 貴音はしょうがないから食べることにした。

 有栖はカップ麺を食べてすぐに自分の部屋に戻ってしまう。


 ご飯を食べ終わってからもスマホで抱き枕を探す。


「どこか店に行こうかな」


 やはりネットでは感触が確かめられないから、良いやつかどうか判断がつかない。

 なら、抱き枕が売っている店に行けば感触が確かめられるからそっちのがいいと思ったのだ。


 でも、それだと今日は寝れないのでスマホを机に置いて部屋を出る。


「有栖、入っていい?」


 貴音は有栖の部屋の前まで行き、ノックをする。

 部屋の中からどうぞって声がしたので、貴音はドアを開けて部屋の中に入る。


「なんですか?」


 明らかに機嫌が悪そうな声で貴音に問いかける。


「いや、有栖と話がしたくて」

「そうですか」


 貴音の回答につい素っ気ない態度をとってしまう有栖。


「有栖が冷たい」


 有栖が貴音にそんな態度を取ったのは兄妹になったばかりの頃以来なので、少しだけ戸惑ってしまう。

 理由は可憐を抱き枕にして寝てしまったから、というのはわかっているが、どうしたら許してくれるかわからないでいる。


「そう思うのであれば反省してください。今日の兄さんは酷かったです」


 そう言われると、ぐうの音も出なくなってしまう。

 今日の貴音は有栖に言われた通り酷い行動をしていた。

 眠気で保健室に連れられるし、女の子を抱き枕にしたりと散々だ。


「じゃあ、今日は有栖を抱き枕にして寝るしかない?」

「はあ?」

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