第三幕
コンタロウ、現わる!
――青っぽく冷たい照明。
足元にはドライアイスの煙がもくもくと充満している。
●星佳
「ここが、あの世?」
◎死神
「はい」
●星佳
「なんだかベタ過ぎて、信じられない」
◎死神
「あれ~ここら辺だったと思うんですよね、迷子のコンタロウくんを見つけたのは、も~う、動かないでくださいって言ったのに」
死神、周辺を掛け足で移動し、上を見たり、しゃがんで足元を探したりしている。
星佳はぼうっと見ている。
そのとき、死神と星佳の背後から黒い影が近付いてくる。二人はまだ気付かない。
○コン
「あの~、もしかして、私を探してます?」
●◎二人
「うわっ!」
二人、後ろを振り返る。
死神は大袈裟に尻もちを付く。
◎死神
「ああ、コンタロウさん」
○コン
「コンタロウ?それは、私の名前ですか?」
●死神
「はい、この子がややこしいとか言うもんだから、あ、いえいえ、そうなんです、あなたに生前とは違う名前を付けてみました」(横で睨む星佳を気にしながら)
○コン
「はあ」
●星佳
「ねえ、どうして彼、影だけなの?」(小声で死神の耳元に囁くように)
◎死神
「たましいは、大体こういうものです。あなたに見る能力がないだけですよ」
●星佳
「ふーん、まあいいや。あなた、本当に、倫太郎の魂なの?」
○コン
「え、ええ、はい、そうだと思います。私の生前の名は遠山倫太郎。スタジオミュージシャンをしていて、つい最近、交通事故で死にました」
●星佳
「そこまで、分かるのに、私のこと、分からない?」
○コン
「…あなたは…」
コンタロウ、うーん、と唸りながら星佳を凝視する。
「…オーディションに来た子ですか?」
●星佳
「何よ、もう!違うわよ、何なの、あなた!だいたい、自分のことを私、とか、言っちゃって」
◎死神「魂は、崇高なものですからね、品格が大事なんです」
死神が付け足すように首を挟む。
星佳、いじけるようにコンタロウの影に背を向け、しゃがみ込む。
◎死神
「だから言ったでしょう、星佳さんの記憶だけ、ないんですよ」
●星佳
「私の記憶だけない倫太郎なんか、倫太郎じゃないわ」
◎死
神「彼は、正確にはもう、倫太郎さんではありませんよ、肉体を離れたら、もっと大きな存在になるのです」
●星佳
「それを、私は認めなければならないの?」
◎死神
「そうですよ、それを認めなければ、彼も、あなたも、報われない。そうして皆、輪廻の輪の中に還っていくんです…彼はこのままでは、永遠に迷い人。かわいそうでしょう星佳さん、彼を本当の彼に戻してあげましょうよ」
●星佳
「うう」
泣きじゃくる星佳。
星佳の肩に手を載せた死神の手を払いのけると、死神は大袈裟に吹っ飛んで転がる。
死神には目もくれず星佳、泣き続ける。
○コン
「あの、泣かないでください」
コンタロウの影、おろおろする。
●星佳
「分かっているのよ、本当は私だって。でもね、私は、目の前のあなたにどんなにさよならって言っても、それは嘘だ」
星佳、しばらく泣いているが、意外にも立ち直りが早く、やがてすっくと立ち上がり、コンタロウの方を向き直す。
●星佳
「ねえ、最後に、もう一度だけ一緒にやろう、ライブ!もう、これきり、あなたが傍にいてくれたら、とか、望んだりなんかしないから」
星佳、コンタロウの影の腕をぐいぐいと引っ張る。
○コン
「いたたた、そんなに引っ張ったら、腕がもげてしまいます!」
●星佳
「あ、触れた!ね、あなたのその声と、腕を貸して!」
◎死神
「星佳さん、乱暴はやめてください」
死神もおろおろしながら星佳を止めに入る。
●星佳
「私、最後に一曲だけ、一緒にやるってもう決めたの。ここだったらあなた、影だけなんでしょう、楽器持っていないんでしょう、だったら一緒に行こう!あなたと私のライブハウスへ」
◎死神
「だめですってー、約束が違うじゃないですか。そんなことをしたら本当にちぎれてしまう」
●星佳
「離せー、変態!」
星佳、また死神を振り解き、吹っ飛ばす。
死神、ころころと転がりながら倒れる。
◎死神
「な、なんて乱暴なお嬢さん…」
●星佳「いやー!」
――ドーンと、雷鳴の音がする。
――ピカピカと照明が光り、やがて暗転。
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