月の光

◎死神

「でも、そうならずに、ここに、お化けみたいに存在している。今はいいんです。でも、時が経つに連れて、散れなかったハクは……」


●星佳

「……どう、なってしまうんです?」(神妙に)


◎死神

「……鬼になる……いわゆる、地縛霊ですよ」(客席を向いて)


 ――衝撃の音。



 ――音がやみ、静かになる。


◎死神

「そして、そうしているのは、星佳さん、あなたですよ。あなたが、彼を離さないから、彼にちゃんとお別れを言わないから、彼はいつまで経ってもこの世に未練を残して、留まろうとする。あなたを放っておけないんです」


●星佳

「私の、せいなの?」


◎死神

「自覚がないのも仕方ないでしょう、こちらの世界のハクタロウくんは、透明の骸と一緒です。あなたがどんなに語りかけても、しゃべることもできないし、あなたに応えることもできない。残留思念の詰まったゴミ袋です。あなたと、あなたへの未練を燃料にして動く真夜中の、月に照らされたメリーゴーランドやバンパーカーみたいなものです」


●星佳

「……そういえば、輝く月の夜にしか、この現象は起きないんです」


◎死神

「月の光は、陰の光。ハクの力を強めますからね。そういえば、今日も綺麗な月が出ていましたよ」


二人、天井の灯りを見る。


●星佳

「スポットライトの灯りって、月みたいですよね」


一曲。(○○)


曲が終わる。


●星佳

「……あっちの世界にいる彼とは、お話することができるの?」


◎死神

「ええ、できますよ、肉体はありませんけどね」


●星佳

「なんて言ってるんです? 私のこと、何か言っていますか?」


◎死神

「あなたのことは、覚えていませんよ」


●星佳「え……」


◎死神

「コンタロウくんが持っているべきたましいの記憶の大部分、あなたに関する記憶ばかりですが、ハクタロウくんの中に閉じ込められて、まだ、あちらの世界には来ていません。だから、私がこの手紙を頼りにあなたを探して会いに来たんです。星佳さん、彼等のたましいを解放して、成仏させてあげましょう」


星佳、しばらく黙り込み、考えている。


●星佳

「そっか、私のせいか…、私のせいで、倫太郎、苦しんでいるんだね」


◎死神

「あの世に行ったたましいは、もう苦しみませんよ。けれども、不完全なたましいは、哀れなものです」


●星佳

「貸しっぱなしのCD」


◎死神

「え?」


●星佳

「倫太郎に貸しっぱなしのCDがあるんです。思い出の、大事なCDなんです。返してもらってないんです。その場所、聞いておくの忘れたの。私の、思い付く未練ってそれだもの。私のことは覚えていなくても、それは分かるでしょう?」(泣きそうな声)


◎死神

「そうですね、おそらく」


 ――暗転。

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