帝国兵編 第0話 地獄の二択

 「ふえっくしょん!あー……さみぃ。どこ見渡しても雪だらけ……いい加減見飽きたぞ……」鼻をすすり上げながらため息混じりにそうつぶやく。目の前は一面銀世界、地面は雪で敷き詰められ空からはゆっくりと風に揺られながら雪が降ってくる。


「こんなに雪が降ってるし積もってるってことは今この世界は冬なのか……だとしてもかなり積もってるな……」積もっている雪は俺が履いてるブーツが半分以上雪で埋もれるくらいだ、歩くにもかなり足を上げなくてはならないからかなり面倒だ。

けれどもそれを除けば至って平和だ、今のところ特に何のトラブルにも巻き込まれていない。


「本当に異変が起こってるのか疑いたくなるレベルだな……けどあいつが嘘をついてるようには見えなかったし……」俺はこの世界に来る前のことを思い出していた。
















俺は全く見覚えがない真っ暗な空間で目が覚めた。目の前には半開きになった扉がありそこから光が見えた。それ以外に何もないことを確認すると体を起き上がらせようとした。すると透けた自分の手が目に飛び込んできた。


「……はぁ、俺マジで死んじまったのか。」大きなため息をついて自分の手を見つめる。俺は学校に忘れ物をして取りに行って帰っている途中に通り魔に刺され死んでしまった。まだ自分は死なないから大丈夫と思っていたのにあっさり死んでしまった、人生っていうのはこういう風に出来ているのかもなと心の中でそう思った。


「おはようございます、雨宮零さん。」突然声がした、慌てて顔を上げると目の前に人の形をした白い霧があった。俺は立ち上がり一定の距離を保とうと後ずさる、ここがどこなのか、こいつが何物なのかがわからない以上気は緩められない。


「そんなに警戒しなくても私は貴方のことを取って食おうなんて考えてないですよ、だから落ち着いてください。」


「断る、いきなり知らない場所で目が覚めていきなり知らないやつに話しかけられて警戒しないやつなんていない。それになぜ俺の名前を知っている?」俺はじっと人の形をした霧を睨みつけている、一度怪しいと思ったらいくら甘い言葉をかけられても気を緩めるな。前いた世界で何度も親から聞いてきた言葉を思い出しながら。


「まぁいきなり知らない人から話しかけられたら誰でも少しは警戒するでしょうね、それに関しては一理あります。で、なぜ名前を知っているかということですけど私は一応私神様的な立ち位置にいますからね、個人の情報を見抜くくらい簡単です。」


「はっ、神様?そんなもんいるわけねぇだろ。俺を油断させるためのウソだろ?その手には乗んねーよ」今どきこんな嘘をつくやつがいるとはな、こんなの誰も信じやしないだろう。


「はぁ……そうですか、ならわからせるしかありませんね……」相手が一歩踏み出すと一瞬でこの空間が凄まじい威圧感で埋め尽くされた。俺は急に放たれた威圧感に押され俺は尻もちをついた。これほどの威圧感、さっき言ってた神様的な立ち位置にいるというのは本当なのかもしれない。


そう思っていると相手がゆっくりと近づいてきた。逃げようとしたがなぜか足が石にでもなったかのように動かなくなっている。足を動かそうともがいているうちに相手が手を伸ばして自分の額に触れようとしていた。あぁ、俺はまた死ぬのか。そう覚悟した瞬間体にある違和感を覚えたと同時に相手の声が聞こえた。


「はい、これで良し。これで私が神様的な立ち位置であること、理解していただけました?」


ゆっくり目を開けてみると透けていたはずの体が元に戻っていた。手首に指をあてるとしっかりと脈があるのがわかる。


「……まさかもう一度身体を得られるとは思ってもみなかったな。」こうなっては相手のことを認めるほかない。俺は先ほどまで疑っていたことを謝罪した。


「いえいえ、貴方の行動は至極当然ですから。あ、そういえば私の名前を言ってませんでしたね、私はアルマ、この扉の先にある貴方が住んでいた世界とは違う世界に住んでいます。」


相手の自己紹介を聞き終えてアルマの後ろにある扉を見る。俺はこの先は天国だと思っていたがまさか別の世界の入り口だったとは……。


「なるほどな……で、あんたはなんで俺をここに連れてきたんだ?」俺は何となくこいつがここに俺を連れてきたんだろうと思い聞いてみる。すると。


「よくわかりましたね」と一言だけ返してきた。やっぱりそうか、というか今までのことを考えるとそうとしか考えられない。


「なんか理由があるんだろう?俺をここまで連れてきた理由が」


「はい、貴方の言う通り、ちゃんとした理由があります。それを今からお話しします」そういうとアルマは俺をここまで連れてきた理由を自分の世界に起きている異変と共に伝えた。


「なるほどな……魔物が急に活発になってそれが魔王復活のためだと思った。そして自分一人じゃ手におえなくて別世界の人間を連れてくることにしたってことか。」


「理解が早くて助かります。そういうわけで貴方には私の世界を救う手伝いをしてほしいのです。」いやはやとんでもない展開になったものだ。それでも困ってるやつを見捨てるわけにはいかない。


「わかった、あんたの世界を救う手伝いしてやるよ。生き返らせてもらった礼だ」そう格好つけたのはいいが正直なところ不安しかない。何しろ未知の世界に何の準備もなしに飛び込むのだから。


「ありがとうございます。ではまたいつかお会いしましょう。あ、最後にもう一つ。お役に立つかと思い力を与えました。それでは。」そういうとアルマは消えていった。


どんな力なのか教えてくれればいいのに、と心の中でつぶやく。そして俺は扉を開けて異世界へと突入した。


















これが俺がこの世界に来る前に体験したことだ。

こんな摩訶不思議な体験もう二度とないだろうと思う。


「それにしても……もう結構歩いたはずだがどこかに町か村かないものか、この寒さの中で野宿なんかになったら確実に死ぬぞこれ……」


この世界に来てからどれくらい時間が経ったかはわからない、でももうすでに1時間くらいは歩いているような気がする。それでも村一つ見えてこない。いくらなんでも何もない雪原に放り出すのはどうかと思う。出来れば村の近くとかにしてほしいものだ。


「まっ……でもこれはこれで楽しいからいいけどな。」こういう知らない場所を散策していくのは好きだ。自分の知らないことがたくさんあるからそれを知るのが俺の楽しみの一つだ。この雪原でも新しい発見があるかもしれない、そう思うと自然と口角が上がり笑みを浮かべていた。


―しばらく雪原を歩き回っていると数メートル先にテントが張られているのが見えた。もしかしたら中に人がいるかもしれない、中に人がいれば近くに町や村があるかどうかもわかるし何より話し相手がいないことがかなり退屈だった、出来れば何か話ができたらなと期待して小走りでテントに向かった。


テントの近くまでたどり着くとテントの中から話し声が聞こえる、どうやら三人ほどいるようだ。誰か出てくるまで待つかこちらから声をかけるかテントの前で迷っているとテントの入り口が空いて中から人が出てきた。


「あ、どうも、はじめま……して?」俺は出てきた人を見て困惑した。テントから出てきたのは
















甲冑を着た人だった。俺の想像の斜め上を行く見た目だった、俺とテントから出てきた人はしばらく固まって。先に口を開いたのは俺だった。


「え、えーっと……実は俺迷っちゃって……どこかに町か村かは――」

「動くな!!」


近づいて話しかけようとした俺の言葉を遮り男性は叫んだ。その声の大きさに驚いて俺は反射的に気を付けの姿勢になった。男性の叫び声を聞いたほかの二人も出てきた。予想通りその二人も甲冑を身に着けていた。


「貴様は誰だ?どこから来た、言え!」凄まじい声量で迫ってくる男性に思わず俺は後ずさる、それに気づいたのか男性は剣を抜いて俺ののど元に切っ先を向けた。


「動くなといったはずだ、いいから質問に答えろ」

「ハ、ハイ……答えます」自分でもあきれるくらい情けない声が出た


俺は雪原で剣の切っ先を向けられたまま質問攻めを受けた、名前や何者なのか、どこから来たのかを。俺は素直に自分の名前やどこから来たのかを答えた。しかし。


当然信じてもらえるわけもなく何度も嘘をつくな!と髪を思いっきり引っ張られたり頭部を殴られたりした。けれども俺が説明したことは紛れもない事実、それは俺自身が一番よく知っている。だが俺もこの兵士たちの立場ならば同じようにしていただろう。


何度も口論してついに堪忍袋の緒が切れたのか俺は腹に手加減などみじんも感じられないパンチをもらいあまりの痛さに嘔吐して雪原に倒れこんだ。当たり所が悪かったのかだんだんと視界が黒くなっていく。


「お前に今から二つの選択をさせてやる。一つはこのまま放置されて凍死、もしくは獰猛な獣に襲われ食い殺されるか。もう一つは我が帝国の奴隷となり死ぬまで働くかどちらかだ、さぁ選べ。」


そんなのは……せんた……く……なんて……言わ……ねぇだ……ろ……


当然答える暇もなく視界が完全に黒に染まり気絶した。

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