113話:番外 肉食獣たちの宴

 ユーリの出産から、そろそろ半年。

 わたくしこと、マリエール・ブランシェはベリトの別宅で暇を持て余していました。


「んー、そろそろマールちゃんも予定日かなぁ? マレバに向かわなアカンのとちゃう?」


 ソファの上で胡坐を組んで酒盃を呷るレヴィ。

 色々見えてて行儀が悪いですわね。まあ、わたくしも寝そべって干し肉齧ったりしてますけど。


「そうですわねぇ。でもマレバなら転移を設定していますから、すぐ行けますわね」

「そやねぇ。久し振りに集まったんやし、もうちょっとのんびりしたいねぇ」


 周辺の町を回り、信仰に拠らない回復術を広めて回っていたわたくしたちは、久し振りにベリトに戻ってレミィさんと三人で酒会を開いています。

 女だけと言うのが、少々寂しいですわね。わたくしも、もう結構な適齢期ですし。


「はぁ、男持ち共が羨ましいですわね」

「アストくん可愛かったねぇ」

「ハスタール師を諦めるのが早すぎたかしら?」

「ヤメとき? ユーリちゃんが殺しに来るで?」


 流石に彼女の相手はしたくないですわね。あの魔力に戦術では、わたくしでは勝ち目はありませんもの。


「それはともかく……あなたたち、少し緩みすぎじゃない?」

「そぉかぁ?」

「ふつーですわよ、ふつー」


 それに気心の知れた女しか居ない宴会なのですから、多少は羽目が外れたところで……


「下着丸出しで杯呷ってるのは流石にやりすぎよ! それにマリーさんも寝そべって干し肉齧らないの! 色々めくれ上がって大変なことになってるわよ!?」

「レミィは気にしすぎやでー」

「女しか居ないのですから、問題ありませんわよ」

「ちょびっと無防備な方が男にはモテるで?」

「ユーリちゃんみたいな無邪気無防備系ならともかく、いい歳した女がそれやるとオバサンくさいわよ」

「お、オバサン!?」


 わたくしはまだ二十歳ですわよ!?

 レヴィだってまだ二十四歳。まぁ、彼女がそう呼ばれるのは構いませんか。


「ちょっとは人目を気にしろって言ってるのよっ! そんなだから男っ気が無いのよ」

「そ、それとこれとは!」


 いきなりの指摘に少し慌てましたが、そういえば最近男性から声を掛けられたことが無い?


「そういえば、ここ一年……いえ、それ以上ナンパされてませんわね?」

「そない言われたら、ウチかて……あれ? でも二年前は結構声掛けられてたはず?」

「わたくしも、迷宮攻略の頃は頻繁に誘われていたのですが?」


 ここ二年、男性からのナンパがぱったりと止まっていることに気付きました。

 どういうことかしら?


「それだけだらしなさが滲み出てたら、男性だって敬遠するんじゃない?」

「レミィ、いくらウチかて人前でこんな格好せぇへんで?」

「そ、そうですわよ。わたくしにだって、常識はありますもの」

「急造で取り繕ったところで、隠しきれるはず無いでしょう。男って意外とそういうところ、ちゃんと見てるわよ?」

「そ、そうなのかー!?」


 それよりも、なぜこの二年で急激に緩んでしまったのか、それが問題ですわ!

 原因がわからなければ、修正したところでまた元に戻ってしまいますもの。


「問題はこの二年で、なぜここまで緩みきってしまったか、ということですわね」

「そういう分析とか対応って、ユーリちゃんの仕事でウチは苦手やねん」

「まじめに考えなさい、事はあなたも含めた問題でしょう!」


 この二年、レヴィと共に各地を旅しましたが、その間、ユーリたちの異常性というのを散々思い知らされました。

 状況に応じて魔術を開発するユーリさんと、魔道具を開発するハスタール師。

 その適応力と開発力は、一度経験すると代替が利かないほど、楽が出来るのですから。


「最大の問題は人目が無いこと。つまりあなたと二人っきりの旅が続いたから、人目に対して鈍感になってしまった、ということかしら?」

「せやったら、新しく人雇う?」

「わたくしたちの力量で、そう簡単に雇えるはずも……いえ、そもそも雇うのが女性なら同じ状況に嵌まってしまう可能性が」


 あの時期、なんだかんだでハスタール師にアレク君と言う男性の視線があったから、わたくしもそれなりに身だしなみには気をつけていましたもの。

 ということはやはりパーティに迎えるのは男性がベスト?


「そやなぁ、ついでの彼氏候補にしてしまえばバッチリや!」

「あら、じゃあ私も彼氏を探してみようかしら」

「レミィはウチらをエサにしてるだけやん!?」


 ですが、パーティ内でカップルが成立する可能性は高いと聞きます。

 付き合う男性を育成しつつ、仲を深めるにはいい案かもしれませんわね。


「青田買い、と言えば聞こえが悪いですが、ハスタール師もある意味青田買いでユーリさんを手に入れたわけですし」

「あっははは、それで決まりやね。ほなレミィ、若くて、ええ男で、素質があって、そこそこの腕してて、ウチらの役割を活かせる連中紹介してぇな」

「アホかー!?」


 いくらなんでも、それは無茶よレヴィ。


「まぁ、無理に付き合う相手でなくてもいいし……でも最低限、役割を埋めてくれる相手は欲しいですわね」

「むぅ、それなら……あなたたちの役割っていうと」

「斥候のレヴィと、回復役のわたくしですわね」

「となると、欲しいのは前を抑えるタンクと、アタッカーね」

「物理と魔術、両面で欲しいですわ」

「そんな都合のええのん、おるかぁ?」

「お前が言うなー! って、あれ……?」


 レヴィに突っ込みを入れた後、レミィさんは考え込んでしまいましたわね。


「ひょっとして心当たりが?」

「ええ、ちょうどパーティに欠員が出てるところがあるわ。三人組で年齢は二十代半ばから後半。腕はピカイチ。顔もまぁまぁ。役割は物理アタッカーとタンクと火炎系魔術師」

「おお、バッチシやん!」

「仲間の斥候と回復役が結婚引退で抜けちゃって、困ってたところらしいわ」

「それはまた、都合のいいタイミングですこと」

「ウチらも知ってる連中なん?」

「名前は有名よ。『森の熊フォレスト・ベア』って言えばね」



  ◇◆◇◆◇



「ぶえっくしょ!」

「うぉ、きったねぇなぁ。オリアス、くしゃみするならあっち向いてやれよ」

「いや、スマン。急に肉食獣に背後から狙われたような悪寒が走ってな」

「なんだ、風邪か? だったら食欲も無いだろ。その肉くれ」

「やらん。ケール、お前は自分の分だけ食ってろ」



  ◇◆◇◆◇



「あー、あいつらなぁ……」

「あら、レヴィは彼らを知ってるのかしら?」

「ちょっとした顔見知りやねん。確かリーダーのジャックは、かなりおバカやったわ」


 レヴィは渋い顔ですけど、ネームバリューは超一流ですわ。飛竜殺しワイバーン・キラー森の熊さんフォレスト・ベア

 上手く捕まえることができれば、わたくしも念願の彼氏持ちに……でもバカは嫌ですわね?


「おバカなのはちょっと困りものですわね」

「あら、それが庇護欲を刺激するってのも有るわよ? 私は結構いいかも」

「わたくしの好みはもうちょっと理知的でクールな方ですの」

「それならオリアスさんがそのタイプよ。ちょっと魔術オタクだけど、真面目な時のハスタール君みたいな性格よ」

「それは……どストライクですわ!」


 アタリを引いたかもしれません。これは逃がす手はありませんわ。


「ウチはもモヤシより、頼りになるのがええなぁ。アレク君とは言わへんけど」

「ケールさんがタンクで頼もしいわよ? 打たれ強さならアレク君以上かも」

「ほほぅ、それは……ええやん」


 自分で言うのもなんですが……この時、三人の目がギラリと光った気がしますわ。


「……決まりやね」

「決まりですわね」

「なら、早速連絡取っておくわね。ジャックさんは私にちょうだいね」

「えーよえーよ。ウチは興味ないし」

「わたくしもですわ」



  ◇◆◇◆◇



 一週間後、ベリトで奇妙な噂が流れた。

 いわく、『熊が食われた』と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

破戒眼のユーリ ~最強師弟の不思議な関係~ 鏑木ハルカ @Kaburagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ