110話:5章 破界
うっすらと目を開くと、そこにはいつものメンバーが顔を揃えていました。
ハスタールも、レヴィさんも、アレクも……みんな無事です。
「よかった。無事だったのですね?」
「今のお前がそれを言うか?」
「わたし、死んでました?」
「ギリギリ、【治癒】が間に合いましたわ。今はあれから三十分と言うところですわね」
どうやら、それほど時間は経っていないようです。
周囲の様子を探ると、マサヨシの死体はそのまま放置されています。
「見事にやってのけたな。さすが俺の嫁だ」
わたしの視線に気付いたのか、ハスタールは優しく頭を撫でてくれます。
「この死体、どうする? 不死になれるとしても、こいつの肉とかは喰いたくねぇなぁ」
「さすがにそんな変化は無いと思いますよ、アレクさん」
「本気で倒すとは思わんかったわ。どエライもんやなぁ」
「あなたが巻き込んだと聞いていたのですが、酷い言いようですわね?」
こんにゃろう、勝てると思ってないのに巻き込んだのですか?
「あ、いや。ウチは信じとったで! ユーリちゃんやもん」
「はぁ、まあいいです。それより……」
もう一度空を見上げます。
薄暗い、それでいて青を濃く残す空。
……やはり話しておいた方がいいでしょうね。
「魔王マサヨシですが、話をした結果、わたしと同じ出身の者と判明しました」
わたしはすでに知っていましたが、改めて皆に話すのは初めてです。
「ユーリの? そういえばユーリはどこ生まれなんだ?」
「異世界です。こことは違う法則と、文明を持った」
「なっ、なに!?」
そりゃ驚くのも無理は無いでしょう。自分の嫁が『わたし、異世界人だったの!』とか言い出したら、わたしなら精神科医に運び込みます。
「わたしも彼も、そこで生まれ、育ち……そして死にました。もちろん不死なんかじゃありませんでしたし、あっさりとあの世行きです」
「そうか……そう言われるとなんとなく納得できるかもな」
「ま、ユーリ姉だし」
「ユーリちゃん、どっか浮世離れしてたものね」
「あなたの非常識な応用力はその世界のものですのね。あら、でも魔王は?」
「アレクは後でオシオキなのです。それはともかく、気が付いたらこの世界に居たんですよ」
神様云々は伝えるのをやめておきます。そこまで行くと、さすがに危ない人なのです。
「彼の例もあったように、こっちに来たわたしの同郷人は、非常に強力なギフトを持ってることが多いようです。わたしもそうですが、それに必ずしも善人とは限りません」
「マサヨシのヤツはすっげー自己中だったしな」
「まぁ、わたしだってああなっていたかも知れませんしね」
「それは無いな」
「無いですね」
速攻で返すハスタールとマールちゃん。高評価は嬉しいのですが、環境次第ってやつなのです。
「人が変わるのは大きな転機が必要なのですよ? わたしは酷い目に遭って、力と勤勉の必要性を学びましたが、彼はその機会が無かっただけかも知れません」
「ギフト次第ではユーリもああなっていたと? 断言するが、絶対無い」
「そやねぇ、あれは天性とは言わんけど、性根から来た性格やと思うで」
わたしも、別にアイツを擁護する気はないので、引っ張るつもりは有りません。
「とにかく、わたしの故郷にも悪人はいます。そして、そういうのが強いギフトを持ってこっちの世界に来ると――」
「今回の魔王騒動のようになる、か?」
「です」
「だが世界樹の芽ってもう無いんだろ? マールちゃんから何があったか聞いたよ」
「『今』はありません。でも『未来』はどうです?」
「未来言うたかて、芽は数百年に一度しか生えへんねやろ。ウチらもう関係ないやん」
「皆には無くても、わたしたちにはあるんですよ」
不老不死のハスタールとわたし、それにバハムートには。
「ああ……」
「今回はみんなという逸材が一緒でしたが、次もそうとは限りません。むしろこれほどの面子が揃うなんて、二度と無いでしょう。アレクやマールちゃん、レヴィさんやマリエールさんレベルの人材が存在しない可能性の方が高いのです」
「それは、そうだろうな」
「それに次の『問題児』が、マサヨシ級のバカとも限りません」
「むしろ、そうじゃない可能性の方が高そうですわね」
「だから、わたしはこの世界樹を吹き飛ばそうと思います!」
「極論ですわ!?」
もっとも驚愕したのはマリエールさん。
治癒術と信仰は切っても切り離せないので、ここで彼女が反対するのは当然でしょう。
「世界樹は信仰の対象でもあるのですわよ! それを破壊するなんて……治癒術師にとっては死活問題ですわ」
「マリエールさんは世界樹信徒でしたか?」
「いえ、わたくしは水神エイルの信徒ですが」
「なら影響はありませんよね?」
「わたくしだけの問題じゃありませんのよ」
この世界にも世界樹以外の神様の信仰があります。太陽神ホルスと水神エイルはその中でも二大宗教と言えるでしょう。
その規模は、世界樹信仰の十分の一にも満たない有り様です。
ご本尊がドンと屹立してる信仰は、やはり強いのです。
「もしマサヨシが不死のまま地上に戻っていたら、どうなっていたと思います?」
「それは……」
あの性格で蛮地にすっこんでいるとは思えません。
このフォルネリウス聖樹国に侵攻し、人の領域を支配した可能性は否定できないです。
そうなればあの性格です。女子供は奴隷行き。歯向かう男は皆殺し。クーデターを起こそうにも殺せない、死なないという最悪の暴君が誕生したことでしょう。
「はっきり言います。わたしはわたし個人の未来の為にこの世界樹を破壊したい。信仰とか戒律とかどうでも良いことなのです」
「……………………」
マリエールさんは言葉を失っています。
マサヨシの暴虐を目にし、その結果必死に抵抗して、かろうじて平穏を手に入れた。
だからこそ、次は無い。その言葉が彼女には重く圧し掛かっているでしょう。
「仕方の無い……こと、ですのね?」
「はい」
「――あなたに、任せますわ」
噛み締める様に言葉を吐き出す彼女。
今の彼女には関係ないことかも知れない。ですが、その『次』には彼女の子孫が絡んでいるのかもしれません。
だからこそ、彼女は受け入れたのでしょう。
他の皆も異論は無さそうです。持ち運びしやすいように布に刻んだ転移の魔法陣を開き、わたし以外の人たちを帰還させます。
バハムート? まあ、死なないでしょ、彼も不死ですし。
その日、フォルネリウス聖樹国首都ベリトにて、巨大な魔法陣が複数観測された。
魔法陣は円を描き、雷を疾らせ、世界樹を半ば近くまで撃ち砕き、消失した。
この現象について知識人による多くの推測が交わされたが、最も多かったのは……風の賢者による、魔王撃退の魔術と言う意見だった。
ベリト郊外。わたしの元にイーグが舞い降りてきます。久し振りに会うので、とても嬉しそうなのです。
「もう帰っちゃうの? 残念だわ」
「これ以上この街に留まっていたら、暗殺されそうなのです」
「本尊ぶっ壊したからなぁ」
イーグに荷物を積み込みながら、ハスタールが答えます。
見送りに来たレミィさんは世界樹を見上げ、溜め息を吐きました。
わたしの魔術でへし折られた世界樹は、五百層前後の高さまで低くなってしまいました。それでもエベレストより高いのですけどね。一万メートルですか。
さすがに信仰の大元を破壊したとあっては、風当たりが強く、この街には居られなくなってしまいました。
世界樹と一緒に吹き飛ばしたバハムートも、あれから姿を現しません。まあ死んでないでしょうし、そのうちひょっこり顔を出すでしょう。
魔王の死体も、あの破壊の嵐を受けて、無事には済まないでしょう。
「まあ、そりゃ仕方ないかも。魔王に芽を与えるわけには行かないし、ギルドとしては最大限あなたを擁護するつもりではあるけど」
「世界樹信徒としては、面子を叩き潰されたようなモンだからなぁ」
「でも、わたしたちもいるし、きっと大丈夫ですよ!」
「ハハ……『裏切者』の次は『神殺し』やでぇ……」
「もう、今更のことでしょう! 世界樹と言う信仰の拠点が無くなった以上、わたくしたちのやることは沢山有りましてよ!」
レヴィさんがマリエールさんに発破を掛けられています。彼女たちはコンビを組んで、世界を旅するそうです。
信仰の源を破壊され、治癒術を使えなくなる人も多い。その混乱を少しでも和らげる為、だそうです。
ただし、『水神信仰を拡大させる、大きなチャンス』と言う、野心的な面も少しはあるでしょう。
「ま、今まで住んでた家を売るわけでも無いので、時折こっそり戻ってきますよ。転移の魔法陣もそのままですし」
「あいかわらず、入管の意味無いわねぇ」
「抜け道を探すのは得意なので」
「さすが掟破りの常習犯。そうだ、ユーリちゃん」
「なんですか、その掟破りって?」
「そっちのはどうでもいいの。今、街であなたのことなんて呼ばれてるか、わかる?」
世界樹を破壊し、街に戻って、今で丁度一週間ほどでしょうか?
その間、二日はみんな揃って家でゴロゴロして、三日目から宴会してました。
自宅に保存した食料や水の処分も兼ねて、です。
それから街でわたし達への風当たりが悪いことを知り、引越しを決めて、大きな荷物はマレバの庵の方に転送したりと忙しかったので、街の噂とか耳にする暇はありませんでした。
「知りません。そんな暇はなかったのです……『破戒』、ですか?」
掟破りの戒律破り。そんな事件をいくつか起こしていたので、わたしのことをそう呼ぶ人たちがいるのは知っています。
「残念、違うわよ。あなたの紅い眼と、世界樹を破壊した暴挙、それに魔王すら倒す実力に敬意と恐怖を込めて、こう呼んでるわ――」
彼女はそこで軽く間を置いて告げます。
「『
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