109話:5章 決着
間合いを取り、マサヨシに聞こえないように、マリエールさんと素早く会議。
今の魔王は無敵で不死身です。これらの能力を押さえ込まないと、勝ち目はありません。
そのためにいくつも手を考えてきましたが、彼が不死の効果を受けている以上、手を打っても無駄に終わってしまう。だけど!
彼女はわたしを信頼してくれているので、あっさりと密談は終了します。
「よう、お話は終わったか?」
「その余裕、今にぶっ壊してやるのです」
「ハッハァ! やれるモンならやって見せろよ? んん?」
言われなくともわたしの『見立て』が正しければ、その余裕はあっという間に吹っ飛ぶのですよ。
心の中で言い返しておいて、懐から『切り札』の一つを取り出します。
鬼哭の面。装着者に回復の力と、装備解除不能の呪いを与える面です。後、多少の改造はしていますが。
「魔王マサヨシ……覚悟しなさい!」
わたしは両足と左手、全てを使って地を駆けます。
もはや、身体強化の残り時間は
ジェット機もかくやという速度で肉薄するわたし。
これまで技を軽視してきたであろうマサヨシは、まったく反応出来ていません。
でもそれで、生き抜いてきたのです。彼は。
攻撃を受け、弾き、そして反撃する。
彼のギフトを最も効率よく活かす、その戦術で。
――だからこそ……この攻撃は、当たる!
左手で地を掻き、両足で地面を抉り……マサヨシの懐に潜りこむ。
この距離なら、センチネルもアグニブレイズも使えない!
わたしは右手を彼の顔面に――叩き付けました。
「はぁ?」
間の抜けた声をマサヨシが上げます。その顔面に張り付いた、般若の面。
わたしが右手に持った面を、彼の顔面に押し付けたのです。
「なんだ、コレは……バカにしてんのか、お前?」
「してません、これが最初の一歩なのです」
魔王打倒の為に考案したアイテム、その一つ。
「コケにしやがって……ぶっ殺すぞ、ガキィ!」
振り抜かれる右腕。
剣身の間合いではありませんが、柄で殴り飛ばすことは可能です。そして、それだけでもわたしの身体は致命傷を受けてしまう。
ですが、今死ぬわけには行きません! 崩れた体勢を必死に捻り、直撃を避けます。
その甲斐あってか、お腹の右半分を薙がれた程度で済みました。
「がっふぁ!」
掠った程度。ですが、それだけでわたしの内臓はいくつも破裂しました。
明らかに致命傷。ですが、即死するほどではありませんでした。それは幸運だったのでしょうか?
死ぬほどの苦痛。外傷込みで抉られた方がマシだったかもしれません。部位欠損でしたら、黄金比がすぐさま再生してくれたのに。
とにかく、今わたしは、まだ息があります。ならば――次の一手を!
「マ……マリ、エェェェルッ!」
「なに!?」
ゴム毬の様に跳ね飛ばされ、地面を転がりながら、彼女の名を叫ぶ。
魔王を倒す為のステップは四つ、その一つは今わたしが果たしました。
次は彼女の番です!
わたしの陰に隠れて接近した彼女は、完全にマサヨシの不意を突くことに成功してます。
右手に魔力を宿し、その手の平をマサヨシの腹に掌打の如く叩きつけます。
「喰らいなさい――アルマの仇、ですわ!」
宿した魔力が、マサヨシの体内に浸透していきます。
それを見て、鬼哭の面の改造が上手く行っていたのを確信します。
――いける、あとは……二手!
ですがその一打に安心したのか、マリエールさんの動きが止まる。
そこに叩き込まれる、マサヨシの炎斧。
――待って、彼女は、不死じゃないんですよ!?
咄嗟に念力を起動。瞬間、中身グチャグチャのお腹が死ぬほど痛みましたが、構っている余裕なんてありません。
「間に、合えぇ――!」
かろうじて彼女の身体を浮かし、そうする事で炎斧を胸鎧で受け止めさせる。
時間停止の掛かった装甲なら、彼の攻撃だって受け止めるはず。
そして、宙に浮かせることで、その衝撃を逃がすことも可能なはずです!
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
胸を押し潰された事で、女性としては、ややはしたない叫びを上げてマリエールさんが吹っ飛びます。
何度も地面に叩きつけられ、二十メートル以上を転がり、壁に激突してようやく止まりました。
「ごふっ、がはっ……あぐ……」
吐血していますし、手足も変な方向に向いてますが、どうやら息はあるようです。
意識もあるようなので、彼女なら後は自力で癒せるでしょう。
彼女は見事に役目を果たしました。あとはわたし
打った手は二つ、次は彼の意識をこちらに向けないと。
「無駄だっつーの。無駄、無駄、無駄ぁ! 俺のギフトはなぁ、剣も魔術も効かねぇんだよ! わかるか? わかんねぇよな? お前ら俺に歯向かうバカ共だからヨォ」
「……魔王、マサヨシ」
「んだよ? まだやるか? それとも降参するか? もう許さねぇけどよ」
「わたしが……この世界に来て、最初に学んだこと……なんだと思います?」
時間を稼ぐ、意識をわたしに向けさせる。その為に苦痛を堪え、言葉を紡ぎます。
「あ、この世界? まさか、てめぇも?」
「ええ、生まれは日本ですよ」
「ハ、ハハッ。マジか? マジかよ。俺以外に転生者が居たのか。そうか! よし、じゃあオメーは俺の嫁に格上げしてやる。喜べ!」
コイツは……この期に及んでまだそんな……
ですが、コイツがボケのおかげで、三手目もクリアできそうです。
「その話は、お断りします。その代わり、教えてあげますよ。わたしが……この世界で最初に、学んだこと、それは……『ギフトを封じる』です、よ?」
「……え?」
その声と同時に――
マサヨシの胸から剣が突き出ました。
「あが……ぎゃああああぁぁぁぁっ!
この世界に来て、初めて受けたであろう、死ぬほどの苦痛。
まるで標本に貼り付けられた虫のように、じたばたと手足を躍らせます。
「なん、だ!? なんで!?」
「わたしだって居るんですよ! アルマさんに、トーニさん。それにハンス君の仇です!」
剣を突き立てたのは、今まで隠れていたマールちゃん。
彼女の額を飾る装備品、『梟の瞳』は感知力と同時に隠密性も強化します。その力で背後から忍び寄り、致命傷を負わせることに成功したのです。
その一撃は心臓を的確に抉り、胸を貫いています。
剣で貫き、更に傷口が開くように
確実に致命傷を与える動きを見ると、やはり彼女もここで経験を積んできたのが、よくわかりますね。
剣を
「わたしはね……このギフトで、散々な目に遭いました。だから学んだんですよ、ギフトを封じる方法を。そして、実行したんです。鬼哭の面に”完全耐久”の……ギフト封じを付与して」
「こ、こいつの……くそ、外れねぇ!? それに再生しない……なんでだ? 俺は不死になったんじゃ!?」
「いいえ。あなたはもう、『不死』じゃありませんわ」
ゆらりと立ち上がるマリエールさん。傷を癒し終えたようですね。
その目は憎悪と歓喜に揺らいでいます。
「世界樹の芽を口にしても、それに身体が適応するまでは時間が掛かりますの。今までのあなたは確かに『不死』の再生力を持っていましたが、それは体内の芽が持つ生存本能の余波に過ぎませんのよ?」
「ええ、わたしの
腹部の苦痛で切れ切れになりながらも、会話を続けます。
まだ最後の一手が残っているのです。死ぬことは出来ません。
「だから、消してあげました。わたくしの解毒の魔術で。感謝なさい」
「なっ、そんな……そんなチャチな魔術で……」
解毒は初期の頃でも覚えられる、治癒術師としては比較的単純な魔術です。
それでも世界樹の芽を消し去るレベルとなると、容易では有りません。
ですが、マリエールさんの魔術が世界樹にすら影響を与えることができるほど強力なのは、五年前の入試の際に知っていました。
体内にある異物を消し去る解毒。これで未だ消化されず、取り込まれていない若芽を消し去ったのです。
「今のあなたは完全耐久を封じられ、『不死』すら失った、ただの怪力バカですわ」
「鎧も着ない自信過剰が
「くそっ、外れろ! 外れろ、ってんだよ!」
装備解除不能の呪いが付いた鬼哭の面は、そう簡単に外れませんよ。
それに、この場でそれを外せる技術があるのは、わたしだけです。
後は最後の一手を打つだけ。
「その面は、解除不能の……呪いが掛かって、います。外れませんよ。それこそ
「は、ははっ……そうかよ、そりゃ……教えてくれて、ありがとうよ! このマヌケが!」
そう言って彼は鬼哭の面を殴りつけました。
頑強すら付与していない、壊れやすい鬼哭の面を。
耐久度の落ちている面は、あっさりと砕け散り――
クシャッと丸めた紙を踏み潰すような音を立てて、マサヨシの頭部は粉々に弾けました。
頭の中身を盛大に撒き散らし、元の国では放送不可能な感じの痙攣を繰り返すマサヨシの身体。
座り込んだままのわたしの足元に、マサヨシの眼球が転がってきました。
「あなたが、生き延びる方法は……一つだけ。その面を、付けておくこと、だけだったんですけど、ね?」
そう言って震える足を動かし、眼球を踏み潰しました。
ぷちゅりとした感触が伝わってきます。
鬼哭の面の再生力。
それはもちろん、世界樹のそれとは比較になりません。
ですが、致命傷を負った彼の命を繋ぎとめていたのは、間違いなくその面の力だったのです。
心臓を貫かれ、抉られ、大量の血を失いながらも意識を手放さなかったのは、そのせい。
ですが瀕死になった経験はおろか、怪我をしたこともないであろう彼には、それが理解できなかった。
だから、わたしは誘導しました。
苦痛に冷静な判断力を失った彼を。自らの命綱を手放す方向へ。
それが、最後の一手です。
「最後まで……バカな男でしたわね」
「死に瀕して、冷静な判断なんて、できませんよ。わたしは……それをよく知ってます」
死んだ経験が無い。
もちろん、そんな経験が有るのはわたしやハスタール、バハムートくらいでしょう。
ですが彼は、命の危機に陥った経験すらありません。
高度一万八千メートルから放り出され、地面に巨大なクレーターを作っても、生きていたんです。
「彼のギフトは、過保護なまでに彼を護り……だからこそ、危険に対応する能力が、彼には無かったんです」
「知ったことか、ですわ」
「ところで……」
へたり込んだままのわたしは、マリエールさんを見上げ、重要な話を告げます。
「早く、治して……くれません、か? もうマジで、死にそう、で……す」
「ああっ、すみませんわ! 復讐を果たした達成感ですっかり忘れていましたわ!」
「マリィ! やったよ、わたし……わたしたち、魔王を倒したんだ!」
そこへマールちゃんが飛びついてきます。
涙ながらに歓喜の声を漏らす彼女に、マリエールさんが慌てます。
「ちょ、マール! 今はダメです、ユーリさんの治療があるから!」
「あ、ゴメンナサイ! ユーリちゃん、無事?」
「いえ、もう……限界です……」
そう言って、わたしは意識を手放しました。
もう、ゴールしてもいいよね? なんて、ね。
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