102話:5章 霊薬

 さらに一か月が経過しました。

 わたしたちは九百八十一層に達しています。魔王達は九百九十層を攻略中。十層差以内まで詰めました。


「この調子だと、残りはかなりデッドヒートになりそうですね」

「オレたちもあいつらの倍のペースで登ってるから、丁度千層辺りでかち合いそうかな?」

「じゃあ、もう少し攻略のペース上げへん?」

「いや、これ以上はマール君の負担がな」


 わたしたち五人はそれぞれ、相応のギフトを持っています。

 ですがマールちゃんにはギフトが無いのです。個人の努力だけでここまで登ってきたのです。


「そう考えると……頭が下がりますね」

「人間の限界って、上限知らずだよなぁ」

「マール君はある意味、私たちを超える偉人かもな」

「そそそ、そんなことないって! それにわたし、みんなが居ないとお荷物だもん」

「わたくしたちにとってあなたの索敵・探索能力は生命線ですわ。もっと自信を持ちなさい」


 恐縮する彼女を持ち上げるわたしたち。

 ま、この後に持ち上げたら落とすんですが。


「というわけで、マールちゃん。索敵もうちょっと頑張ってね?」

「ふえぇ!?」

「鬼か、ユーリ姉」

「だが、このままだと先を越されかねないしな。ここは踏ん張りどころだ。済まないがよろしく頼む」


 ですが、確かに過密ではあるのです。

 現在、わたしたちはリアカーを引いたゴーレムに疲労回復用の『世界樹の水』を満載して探索を進めています。

 念のため、自宅の水瓶も転移魔法陣の上に乗っけて置きました。

 ついでに空の水瓶を送りかえすと、自宅で待機しているバハムートが補充してくれる予定です。タダ飯食ってるのですから、これくらいは役に立ってもらいましょう。

 更に装備も色々と変更しました。

 九百二十層からの六十層でもそれなりに武装などは見つけたのですが、現状より上の物はなかなか見つかりませんでしたので、改良程度ですけど。


 まず、マリエールさんの『鬼哭の面』ですが、本人が真剣に嫌がったので、わたしが持つことになりました。

 呪いの解除はまだできませんが、ついでにいくつかの改造を加えておきます。

 これについても、マリエールさんと相談済みです。


 次にハスタールの『獣王の爪』ですが、攻撃力はあまり無いわりに頑丈なのが取り得のこの武器、彼の手首に過大な負荷をかけていることが判明しました。

 そこで水蔦のマントの残骸を利用し、グローブを作りました。

 強靭が付与されているので、衝撃緩衝能力も結構あります。


 最後にアレクですが、彼の欠点を補う為に別の転移魔法陣を用意しておきました。

 彼は魔術に関して大きな穴があるので、そこを補えればという考えです。

 ただし、こちらの効果は正直不明としか言いようがありません。

 気休めとは伝えていますが……


 後、自宅ですが、転移魔法陣がポコポコ増えたので、地下をさらに一層増築しました。

 水、予備武器、アイテム、食料など個別に転移魔法陣を設定してたら結構な面積を取られてしまったのです。



「……あ」

「何か見つかりましたか?」

「うん、ここの角の先、転送テレポーターの罠だよ」


 転移罠というのは……まあ、温泉旅行の時のアレですね。この迷宮でも何度か目にしています。

 転送先に転送される物体以上の空間がないと起動できないという制限はあるのですが、ここは地上一万八千メートル以上の上空。スペースには困りません。

 本来なら呼吸も難しい高空なのですが、そこはそれ、樹木の中というのは酸素に溢れています。いや、世界樹が内部に何か結界のような物を作り、内部を保護している感すらあります。


 なので転移先が安全かどうかは、全くの不明です。

 ちなみに魔王も三度ほど幹の外側の壁面に転移させられ、一万メートル超のロープレスバンジーをかましています。

 飛行できる吸血鬼やリッチが死ななかったのが惜しい。ちなみに魔王も無傷でやがりました。

 この一件で世界樹周辺百メートルに上空警戒網がしかれたり、建築物が撤去されたりと大騒動でした。


「どこに出るかは、わからないか?」

「ですね」

「無視する?」

「それが賢明か」

「でもなんか変なんだよ? あからさま過ぎると言うか、わざと目立つところに置いてる感じ」


 目立つ? 転移というのは罠として使われるとばかり思っていましたが。


「罠じゃなく、通路のバリエーションの可能性、ですか?」

「かも?」


 これは悩みますね。定番の迷宮外ポイ捨てテレポーターなら無視しても良いのですが、そうでない可能性ですか。

 そう見せかけたポイ捨ての可能性だってあるわけですし、わたしやハスタール、レヴィさんは飛行の魔術が使えるので、外に出ても問題ないですが、どうしましょうかね。

 単独で先行偵察に行ってもらうにしても、飛んだ先がモンスターの巣と言う罠の可能性もあるし。


「うーん?」

「よく考えたら、このメンバーだと飛べないのはアレク、マール君、マリエール君の三人か。飛べるのが三人いることだし、それぞれ抱えながら転移すれば、外に放り出されても平気ではあるな」

「全員で飛べば、モンスターの巣に飛ばされても平気、と?」

「一人で偵察に行くよりは対処できるだろう」

「そもそも、この先を見に行く必要ってあるのん?」

「それは……無いかも知れんし、有るかも知れん」

「面倒くさいからさっさと行っちゃおうぜ」


 主道を外れたところに、ぽつんとある転移罠。

 隠そうとすらしていないので、主道にあれば魔王たちでも気付いたでしょう。それに、気付いたとしても何度も痛い目を見た彼らでは、この先は踏み込んでいない可能性が高いです。

 鬼哭の面のように、見落とされたアイテムが落ちている可能性もあるので、ここは脳筋のアレクに乗っておくのも手でしょうか?


「確かに悩んでる時間がもったいないかも知れません。ここは後悔しないために、さっさと目を通しておく方に票を入れておきます」

「それもそうか。なら外に飛ばされないよう、各人飛べる物とペアを組むように。あー、マリ――」

「ハスタールはアレクと組んでください!」

「……ちぇ」


 この人、実は巨乳好きなんじゃないですかね?


「マールちゃんはわたしと。あまり重い人は支えきれませんので」

「失敬な! わたくしは重くありません」

「ムカつくのですよ、その脂肪の塊を押し付けられたりすると!」

「脂肪だから軽いのですわ!」

「はいはい、じゃあマリィはレヴィさんとになるね。さっさと行くよー」


 だいたいにして、わたしが安定して触れるのはアレクとマールちゃんだけなので、消去法的にこういう組み合わせになります。

 残念そうな表情のハスタールとアレク。あなたたちと言う人は……


「たまにはフカフカの感触も……あ、いや、なんでもない」

「マールちゃんはダメでも、せめてレヴィさんくらい……あ、なんでもないです、はい」

「ひょっとしてわたし飽きられてます? これが倦怠期というヤツでしょうか!?」

「そ、そんなことは無いぞ! ユーリなら何日だって、ぶっ続けで可能だぞ! いつだって何回だって大丈夫だ」

「人前で言うなや」

「ハイハイ、行きますわよ二人とも」

「とりあえずアレクさんとハスタールさんには、オシオキしておきますね?」


 マールちゃんがバカな男共にデコピンを一発くれてから、わたしたちは魔法陣に足を踏み入れました。

 気持ちはわからないでも無いですけどね。



 踏み入れた先は真っ暗な空洞でした。

 わたしは即座に光球を発動させ、空洞を照らします。

 こういった必須魔法で消耗の少ない物は、魔力に余裕のあるわたしの担当になってます。


「なにもない、ですね?」

「罠の類も、敵の気配も有りませんね」

「ハズレか?」

「少し、念入りに調べてみます。マリィ、周囲の警戒よろしく。後ユーリさんも手伝って」

「了解なのです」


 マールちゃんが床や天井を照らし、木の棒などで叩いたり、床を這ったりしつつ周辺を探索します。

 わたしも探信で壁や床の構造を調べ、嗅覚強化で敵の臭いを――


「うぐっ!?」

「どうした! 何か見つかったか?」


 嗅覚を強化して初めて気付きましたが、なんでしょう、この青臭い匂い?

 あまりにも濃密な草の臭いみたいな?


「草の臭いが強烈で。臭いが濃すぎて、発信源がわかりません」

「ここは、確かに植物の香りが強いな。嗅覚強化しなくてもわかるほどだ」

「草の臭い……あ、ユーリさん、ひょっとしてあれじゃない?」


 マールちゃんが指し示した先には、壁に樹液の垂れた跡があり、その下には垂れた樹液が固まっただろう固形物が。

 わたしは速攻で識別を使い、鑑定してみました。


 ――霊薬『エリクサー』

 世界樹の樹液が溜まり固まった物。固形化し丸薬状になることで、より濃密な効果を得るに至った。

 あらゆる怪我や病気を癒す効果がある。


「うわぉ!?」


 これを叫ばずしていつ叫ぶと言うのでしょう。まさか、伝説の霊薬が転がっていたのですから。

 わたしは皆に識別の結果を教え、ありったけ回収するように指示しました。


「マジでか」

「うそ、これがあの!?」

「わたくしの存在意義が揺らぎますわね」


 これを持ち帰ったら、国が買えるほどの値段が付きますよ? まあ、わたしたちの資産はすでに国家予算級の額になってますが。

 九百層からホイホイ伝説級のアイテム持ち帰っては等分で分けるので、マールちゃんですらとんでもない資産を持っています。


「回収できたのは、三つか」

「充分なのです。瀕死の重傷もこれがあれば一気に治せるんです。これは戦力になります」

「誰が持っておく?」


 アレクの問いに少し悩みました。

 わたしとハスタールは不死があるので、大丈夫でしょう。

 となると、前衛でしょうか?


「まず前衛で不死じゃないアレクとレヴィさん。あとは後衛のマリエールさんかマールちゃんのどっちかが無難でしょうか?」

「わたくしは大丈夫ですわ。この胸鎧があれば致命傷は免れるでしょうし、生きてさえいれば自力で治せますもの」


 彼女の胸鎧は時間停止の掛かったリビングメイルの残骸を流用した物です。

 物理的な干渉を完全に遮断してしまうそれは、無敵の防御力といっても過言ではありません。

 ただし、鎧に押し潰されて、横から乳がはみ出していますが……くっ!


「ぐぬぬ。あ、じゃあ、マールちゃんが持っていてください。使うタイミングを間違わないように」

「い、いいのかな、こんなスゴイの?」

「さっきの唸り声は一体なんなのかしら」


 伝説級の霊薬を手にするということで、彼女は例によって緊張状態です。

 これで一度だけ、マリエールさんが二人居るような状況を作れるようになったでしょう。


「遠回りした価値があったな」

「約一時間の寄り道ですね。この霊薬が手に入るなら充分なリターンです」


 わたしはこっそり、この霊薬の入手により魔王戦のシミュレーションがどう変化するか計算してます。

 不破の防御力と、無敵の攻撃力。これを相手取るのですから、こちらも相当なタフネスが要求されます。

 さらに二人の腹心と、それを守るリビングメイル。


「この薬でタフネスくらいは補えればいいんですけど」

「ユーリ?」

「いえ、少し魔王戦をシミュレートしていました」

「勝ち目は?」

「内緒です」


 ある、とは断言できませんし、無い、なんてとても口にできません。


「せめて腹心たちを分断できれば、ってことだけ言っておきますね」

「ふむ? まあ、そこは状況次第で何とかするさ」



 残りは九層。

 そろそろ覚悟を決めないといけないところまで来ました。

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