101話:5章 最後の休暇

 鎧との戦闘から一か月

 わたしたちは三十層を駆け抜け、九百五十一層まで到達しました。ボスとの戦闘はおよそ六回にも及びます。

 魔王マサヨシはどこまで登ったのでしょうか? それとも敗北……は、しそうに無いですね。

 がむしゃらに先を進めたい気持ちはありますが、ここで焦れば全てが水泡に帰す可能性だってあります。

 世界樹の根から取り出した水も切れましたし、わたしの疲労も限界に近いです。というか、この近辺にはバハムートの設置した未使用の魔法陣があったはずです。

 すぐに戻ってこれるなら、ここで一旦戻るのも手でしょう。

 ということで、情報を集める為にも一度地上に戻ることにしました。おそらく、これが最後の休息です。


「んあぁぁ! 一か月ぶりか。日の光がまぶしいな」


 ハスタールが大きく背を伸ばし、久方ぶりの日光浴を堪能しています。

 迷宮探索者の最大の特徴は、日を浴びていないことから、全員が腕のわりに日焼けしていないことです。

 これは普通の冒険者と明確な差が出ていて、魔術師の場合だとそこらのモヤシ青年と間違えられるほどだそうです。


「おかえりなさい、ご無事で何より。今回はどこまで登れましたか?」

「ああ、三十層ほど稼いで、今は九百五十一層だよ」

「三十層、それは凄い! さすが風と水の賢者様の一行だ。あと一か月もあれば制覇できるのではないですか?」

「ま、ここからがキツイそうなんだけどね」

「え? その話はどこから……」

「おっと情報源は内緒だぜ」


 すっかり顔なじみになった門番さん……名前はヤーガさんと言うらしいですが、彼とアレクが気安く立ち話をしています。

 わたしたちと魔王を除いた最前線は三百七層。

 そんな中で迷宮終盤を突っ走るわたしたちは、生きた伝説とも言われています。

 それに合わせて、わたしたちは本名をギルドの上層部に公開しました。そこいらのポッと出が九百層では、逆に説得力が無くなりますので。

 ギルドも名前を騙ったことにはいい顔をしませんでしたが、魔王が着々と不老不死に迫っている現在、それを阻止できそうなわたしたちを邪魔するわけにもいきませんでした。よって、お咎めなし。


「それでさ、『あいつら』はどんな様子?」

「ほんの一週間ほど前に帰ってきましたよ。その時は九百七十層攻略って言ってました」

「十層は詰められた、か」


 あと一か月でわたしたちは980層ベース。その頃彼らは……過去から概算して、九百九十層ってところですかね?


「ギリギリに間に合うか? 厳しいところだな」

「すみません、わたしに世界樹の水が効けば……」


 わたしの疲労が無ければ、もっとペースを上げられたんですがね。状況適応の解毒作用で……って、ああ!?


「しまった」

「ん、どうかしたか?」

「状況適応って、解除可能なギフトじゃないですか!」

「……あ」


 身体を中身から作り変えてしまう『竜の血』は、黄金比の効果で元に戻されてしまうかもしれません。

 ですが身体の疲労を抜くだけの『世界樹の水』ならば、わたしの身体は『元の状態』に戻るだけなので、黄金比も悪さしないはずなのです。

 つまり、一日冒険して、その日の終わりに状況適応を解除して水を飲んでおけば、翌日にはスッキリだったはずなのです。


「そうか。それがあれば、もうちょっと無理ができたか」

「申し訳無いです。気付くのが遅れました」


 元々、世界樹の水の効果はつい最近まで気付かなかったので、大勢は変わらないかもしれませんが、ここに来てその差は歴然と現れてくるでしょう。


「まあ、気にすることは無いさ。どうせ地上には戻って、情報集めやら食料やらはしておかなきゃならなかったんだ」

「そう、ですかね?」

「それに地上に戻らないと、武具の調整すらできんだろう?」


 そう言って彼がマリエールさんに視線を飛ばします。

 視線を追ったヤーガさんも、その先を見て――


「ぶふっ! ぷくくく……」


 必死になって笑いを堪えてました。

 金髪縦ロール般若ハミ乳は、さすがのインパクトがあったようです。


「呪いますわよ?」

「い、いや、なんですかこれ、モンスター?」

「残念だが、マリエールだ」

「ハスタール様、何が残念ですの!?」


 マリエールさんが彼に食って掛かりました。その様相はまるで『ぷんすか!』と言う擬音まで見えそうな程です。

 ちなみに彼やわたしの本名については、門番の人やギルドの一部には公表してあります。

 彼もその情報を耳にした一人ですね。


 元風の賢者、現風の賢者、元隻腕の重剣士、元怪盗リヴァイアサン、水の聖者(予定)。


 ここまでの人材が揃っていたからこそ、追撃を許されたと言っても過言ではないでしょう。

 慣れてる門番のヤーガさんですらこの有り様なのですから、街の人たちの反応は推して知るべし。

 わたしとレヴィさんは、存分にその混乱を堪能させてもらいました。

 ……さすがに『モンスターが出た!』と騎士団が出張ってきた時は焦りましたが。



 さて翌日。

 試験的に『世界樹の水』を状況適応無しで摂取して見たところ、わたしの疲労はあっさり消えてなくなってました。

 これまでの苦労って一体?

 ともあれ、昼から精力的に活動することになります。


 え、なぜ昼からって? 迷宮内だとデキないので、ハスタールが溜まってるってヤツなのです。

 で、わたしも『しかたないにゃあ、いいよ?』と応じたわけでして。察しろ!


「で、体調戻ってるはずなのに、目の下にクマ作って私のところに来たの? アホですか」

「ほっといてください。それよりレミィさん、『連中』の動向はどうなんです? 九百七十層と聞きましたが」


 ギルドのカウンターに専用の踏み台を用意してもらい、レミィさんと情報交換します。顔だけチョコンと出す様子が気に入ってたレミィさんは、最後まで反対していましたが、わたしがシンドイのですよ。

 他にも、迷宮内の拾得品やらなんやらを売り飛ばす目的もありますが。

 彼女は山積みの素材やら美術品やらを鑑定しながら、帳面に書き込んでいきます。


「そうね、今は九百七十一層。無事番人は倒したみたいね」

「……いつも思うんですが、なんでそんなに正確な位置がわかるんです?」

「彼らに貸し出してる背負い袋にちょっと細工をしてあるのよ。発信で位置はまる見えよ」


 彼らも何もしてないわけでは無いのですが、わたしたちより長期間迷宮に潜る以上、収集品の数は比例して多くなります。

 そこでギルドが丈夫で大きく軽量な背負い袋を提供し、ゴーレムやリビングメイルでそれを運搬しているらしいです。

 相変わらず力技な連中ですね。


「危なくないですか、それ?」

「ギルド参入者の安全確認のためと言っておいたわ。いつでも救助に向かえるようにって。九百層以上とか行けるわけないのにねぇ」


 ケラケラ笑いながら、手を振って見せる彼女。

 確かに九百層以上に行ける冒険者なんて、わたしたちしか居ません。

 ギルドでもその実力は知れ渡り、ここで話してる間も他の冒険者は遠巻きに見つめるだけです。

 この五年、トップランナーの遥か先を行くわたしたちは、この街でもかなり有名に――


「おいガキ、いつまでもカウンターを占領してんじゃねえ! ここは遊び場じゃねぇんだぞ!」


 ――なってませんね?


「ガキというのはわたしですか?」

「あ、ユーリちゃん。この人昨日登録したばっかの新人さん」

「なるほど、新入りなら知らないのも無理はありません」

「んだと? この未来の英雄様にデカイ口を……」

「ちなみにギルド内での暴力行為は禁止デスヨー」


 レミィさん、その棒読み口調、止める気ないでしょう?


「ちなみに彼の登録試験の結果は?」

「一週間。悪くない成績ではあるわね」


 平均より三割ほど少ないですね。有望です。

 潰さないように手加減はしましょう。

 踏み台から降りながら、そんなことを考えます。わたしは自重できるオンナなのです。元男だけど。


「何をごちゃごちゃ言ってんだ!」


 彼はそう叫ぶと、大振りのゲンコツをわたしに落としてきました。

 手加減はしてるようですが、それでもこれは遅い。迷宮内で切磋琢磨してるわたしにとって、まさに『ハエが止まる』という奴です。

 わたしは後衛ではありますが、緊急事態に備えて前衛の独特の体捌きも会得しています。

 身体強化は切り札だから別として、新たに開発したのが念力の魔術を使用する方法。


 ――つまり、魔術でわたし自身を動かせば良いのですよ!


 ブンブンと拳を振り回す彼。それを念力を使用してヒラヒラと躱すわたし。


「うぷっ、これ連続して使うと酔いますね」

「ユーリちゃん、ギルド内は嘔吐禁止ですヨー?」

「わかってますよ!?」

「ユーリちゃんのゲロって、なんだかイカ臭――」

「ダ・マ・レ!」


 下ネタに漏らしだしたレミィさんを一言で封じておいて、わたしは回避方法を変更しました。

 自分が動くから酔うんです。彼を動かせば良いのですよ。

 というわけで、疲れてヘロヘロになるまで、パンチの軌道を念力で逸らしてやりました。


「で、まだやります?」

「な、ナニモンだ、お前」

「あれだけ動いてまだ喋れるだけ有望ではありますね。彼女はユーリ・アルバイン。この世界樹迷宮の真のトップランナーの一人よ?」

「なっ、こんなチビが!?」

「オーケィ、そこへ直れ。擂り潰してくれる」


 背が低いのは自覚していますが、改めて他者の口から指摘されるとムカッ腹が立つものです。


「ユーリちゃん、ギルド内は去勢禁止ですヨ?」

「そんな規則は見たことがありません!」

「新しくできたの、ほら」


 彼女が指した張り紙の下の方には……


 ギルド内でユーリ師の暴力行為を禁止する。

 ギルド内でユーリ師の嘔吐行為を禁止する。

 ギルド内でユーリ師の去勢行為を禁止する。


 と、書き足されていました。

 そういえば過去に一度、わたしに絡んできた不心得物の急所を蹴り潰した記憶があります。

 蹴り潰した感触でゲロった記憶も。

 これはその時に書き足されたのでしょう。ですが……


「一応、尊称は付けてる様ですが、なぜにわたし限定なんですか!」

「こんなことするのはあなただけだからよ。潰された人は糞尿ぶち撒けるわ、あなたはゲロぶち撒けるわで掃除大変だったのよ」

「ゴメンナサイ!」


 掃除の後始末まで押し付けてしまったのですから、言い訳しようも無いです。

 今のやり取りの間に、期待の新人君は尻尾を巻いて逃げ出していました。

 引き際が鮮やかで清々しいですね。


「むぅ、逃げられてしまいましたか」

「逃げなかったら本当に潰してたの?」

「まさか。片方だけで許してあげます」

「お願いだからヤメテ?」


 軽口は叩いてますが、そこは彼女もプロ。手の方はせわしなく動かして、拾得品の計算を終えたようです。


「それでこっちの仕事の方だけどね。美術品や素材の合計金額が、金貨で八十万枚越えるんだけど……」

「持ち運べるはずも無いので、預金でお願いします」

「そうね、こっちだってこんな大金、用意できないしね。それでこっちの装備品とかはちょっと値が付けられないわね」

「どっかに売れませんか?」

「オークションに出せば、好事家が飛びつくのは間違いないわ。それに冒険者も、全財産はたいてでも欲しがるかも」


 値が付かないと言ってきたのは、切れ味を永続強化された長剣や、槍。それに重装備の盾や鎧など。

 この永続強化はいつかモノにしたいですね。

 とにかく現状では、どれも重くてわたしやマールちゃん、レヴィさんには向いておらず、ハスタールやアレクはそれ以上のものを持っている、という使い道の無いものです。

 地下室に死蔵していても仕方ないので、というかすでに大量に死蔵してますし、オークションに流した方が経済の発展に繋がるでしょうか?


「では、そちらの手配はお任せします。手数料は二パーセントで」

「少なっ!? せめて十パーセント頂戴よ」

「じゃあ二パーセントで」

「増えてないじゃない! せめて八パーセントよ」


 それから長い時間、彼女と熾烈な戦いが繰り広げられました。



 結果、六パーセントを取られることになりました。

 五パーセントまではいけると思ったのですが、レミィさんは強敵です。

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