100話:5章 リビングメイル
わたしたちが面に近付こうとすると、案の定、鎧は動き出しました。
その事態は予想済みです。
無言で睨みあい……そして戦闘が始まりました。
開幕はハスタールの魔術からでした。
使用したのは風塵。細かな風刃を無数に作り、気圧差を生じさせて威力を倍化させる彼のメインウェポン。
ですがその魔術も、リビングメイルたちには通じませんでした。
よほど硬い頑強が付与されていたのでしょう。続いて放たれたマリエールさんの氷剣の魔術も、同じく弾かれます。
「こいつら硬いぞ、注意しろ!」
その声を受け、続けざまに駆け込んだレヴィさんとアレクが斬り付けます。
一息に六度、魔剣の斬撃を放つレヴィさん。魔力を付与されたそれは、ようやく掠り傷を負わす事ができました。
「いったた……硬すぎやろ」
「頭! 伏せて!」
腕の痺れから動きの鈍った彼女にアレクが一声かけ、グラムによる薙ぎ払いを仕掛けます。
彼の剣は聖剣の名を冠するだけあって、硬く鋭いです。
それを両手で、渾身の力でフルスイング。通常なら真っ二つになってもおかしくは無いのですが、これも受け止められました。
物理的な強度がとてつもないですね。
「ならば……」
敵は二体。
すでに一体はアレクとレヴィさんが斬りかかり、入り乱れた状態です。
余波の強い、威力の高い魔法は、こちらには打ち込めないでしょう。
残る一体はハスタールに向かって移動中、わたしはこれを狙撃しました。
使用したのは熱球の魔術。ただし熱量を効果範囲に固く押し込めた物です。
わたしの魔力全てを込め全力で熱量を上げたそれは、矢の様に飛来し、リビングメイルに衝突しました。
ジュウジュウと音を立て、盾を焼き、鎧を融かし……貫通、とまでは行きませんでしたが、大きなダメージを与えることに成功。
「魔力を直接ぶつけるのは有効のようですね」
ハスタールもマリエールさんも、使用した魔術は現象を起こし、副次的な物理効果でダメージを与える物でした。
「ハスタール、マリエール! 魔力を直接ぶつけるタイプの魔術を」
「承知した」
「そ、そうだと思ってましたわ……ホホホ」
「マリィ、強がらないの」
「う、わかってますわよ」
そうこうしているうちに、ハスタールは完全にリビングメイルと接近戦の間合いに入りました。
一体はレヴィさんに切りかかりましたが、彼女の回避能力は常人のそれを大きく上回っています。余裕を持って攻撃を捌いてます。
残る一体はハスタールに斬りかかりましたが、彼は足捌きだけで剣を躱し、内側の間合いに潜りこみ、カウンターの打撃を与えています。
「やはり物理ダメージは通用しない、か」
物理的に最強の魔王と、マッチアップさせてみたかった気はしますね。
そんなことを考えていると、マールちゃんがアレクと対する側のリビングメイルの足元に、水袋を投げつけます。
ぶつかった衝撃でぶちまけられた水。そこへすかさずマリエールが粘化の魔術を仕掛け、水がスライムのように変化しリビングメイルの脚を取ります。
完全に固める氷結と違い、粘つくそれはしつこく纏わりつき、動きを確実に阻害します。
「いつの間にそんな小技コンビネーションを考案したんですか……」
「わたしも戦闘で役に立てないかなって思って」
てへ、と舌を出して笑う彼女。
愛らしい仕草ですが、発想はえげつないですね。
戦闘中、急に脚を取られたリビングメイルは体勢を崩し、更に残った脚もアレクによって払われます。
仰向けに地に倒れた所へ、右腕の隙間に剣を突き立てます。
「ユーリ姉、左腕!」
その声でアレクの意図を理解。わたしは鎧の左腕に熱球を撃ち込み、完全に溶かしてしまいました。
右腕を突き立てられ、左腕を失ったリビングメイルは、すでに死に体。起き上がることすら一苦労でしょう。
後はレヴィさんが思う存分串刺しにしてくれるはずです。
残るは一体。
「うらぁぁぁぁ!」
そちらに目をやると、ハスタールが一本背負いの体勢で投げ飛ばし、倒れこんだ所に馬乗りになってボコボコに殴りかかってました。
マウントポジションです。
腕を膝で押さえられ、胸部中央が抉られた身体では連動が阻害され、彼を跳ね飛ばす事も不可能。
これで、こちらも勝負は付きました。
後は彼が押さえてる間にゆっくり焼いてやれば、完全勝利です。
「ご苦労さま、おつかれだったな」
「うひゃー、硬かったわぁ。うちの繊細な指がイカレたら、どないしてくれるねん」
「マールちゃん、ナイスサポートだったぜ」
「マリィも手伝ってくれたんだよ?」
「ホーッホッホッホ、褒めてもよろしくてよ?」
戦闘が終わって気が抜けたのか、思い思いに雑談する皆を置いて、わたしは面を手に取りました。
安堵よりも先に、気になることがあったのです。
面を手に取るだけでは『呪い』が発動しないのは、識別で見た時に把握しているので問題なし。
詳細に調べた結果、付与枠が残り二つ空いてる事を確認しましたが……ふむ?
「ユーリ、どうだ?」
「呪いに関しては問題なく解除できると思います。解除しても、破損することも無いでしょう」
「つまり緊急用の回復手段にはなりうるんだな」
「ええ、まあ使用するとしたら、マリエールさんだけでしょうが」
「ですが……デザインは気に入りませんわ。別の面に複製できませんこと?」
確かに彼女がこの面を着けると、金髪縦ロール般若の誕生です。あまりにもカオスな光景でしょう。
「うーん……この『呪い』が邪魔して……やはり、複製はちょっと難しいと思いますね」
「ま、まあ背に腹は代えられませんので、我慢しましょう」
「そんなに悪いデザインかなぁ? よく見ると愛嬌あるよ?」
「マールちゃん、その感性は同意できない」
これが愛嬌ですか? さすがに無いです。その感性に戦慄です。
「ユーリは、何か気になることがあったんだろう?」
「ええ、まあ……それはちょっと気合入れて研究しないと、わかりそうに無いですが」
「ユーリ姉、こっちの鎧はどう? これ何とか利用できないかな?」
む、確かにあの防御力を持つ鎧を作ることが出来れば、魔王の攻撃を受け止めることも可能になりますか?
「おお、アレクにしてはなかなかの目の付け所。褒めてつかわす」
「なんでそんなに上から目線なんだよ」
一体は胸部が完全に溶け落ちているので、参考にはできないでしょうか?
もう一体はレヴィさんに切り刻まれてますが、刻まれた魔法陣を補完すれば何とか解析――
「これ、頑強じゃないですね?」
「ん? あ、本当やな」
「これは見たことが……無いな」
ハスタールも見たことない魔法陣ですか。別の意味で収穫ですね。
描かれた魔力の流れを辿り、術式の発生させる効果を推測。
「うーん、ここから魔力をこっちに誘導して……あれ、素材の強度を保持する式が無いですね?」
「あれだけ硬かったのにか?」
「ええ、これは別の……なんだか強化とか結合の式が無いのに、あれだけ硬いのは……あれ、これもしかして、時間固定?」
「時間固定!?」
陣を刻んだ瞬間の時間を固定してしまえば、確かに物理的な衝撃では破壊できなくなるでしょう。
破壊力とは、衝撃が時間と共に空間を伝播する結果もたらされる物です。
時間が断絶しているのであれば、衝撃はその時点で途絶えてしまいます。
「じゃあなに、この鎧身に着ければ、ユーリ姉みたいに不老になれるとか?」
「それは無いですね。陣を刻まれているのはあくまで鎧なのです。影響は鎧にしか与えられません」
「じゃあ、それを身体に刻めばどうなるかな?」
「それは……やめた方がいいですね。人間の身体の時間が止まると言うことは、死んでいるのと同義ですよ」
脳のシナプス伝達とかも止まっちゃうかもしれませんし、心臓だって止まるでしょう。
そうなればもはや、生きているとはいえません。
でも、コールドスリープ代わりには使えますか?
「不治の病に掛かった人が『後世の治療法に全てを託す』って場合には役に立つかもしれませんね」
「そんな物、このわたしの手に掛かれば……それに、世界樹にはあらゆる病を癒す『エリクサー』という霊薬を生み出すこともあると聞きましたわ」
「マリエールさん。そもそも、ここまで来れる人なんてそう居ませんよ?」
「そ、それもそうでしたわね」
この子は、自分がもはや伝説の域にあることを理解して居ないのですかね?
九百二十一層ですよ?
ここまで登った冒険者は、歴史上でもバハムートと魔王、あとはわたしたちだけなのです。
「とにかく今はこの鎧ですね。連結された部分まで効果を及ぼしているとはいえ、メインになるのはこの胸の部分……ここだけ取り外して、加工すれば使えるかもしれません」
「術式の複製は可能か?」
「それは……ちょっと無理かもしれませんね。わたし自身、時間停止なんていう、とんでもない術の知識が無いんで」
「下手に真似ると何が起こるかわからない?」
「ええ」
ハンパな知識で真似して、『装着者にまで時間停止の影響を及ぼす』鎧になっちゃったら、大変なのです。
「一つ完全に潰しちゃったのはもったいなかったですね」
「まあ、仕方ないさ。片方が手に入っただけでも充分な成果だ」
本当ならば、持ち帰ってじっくり研究して実用化したいんですけどね。
「ではこの胸部の部分は……サイズ的にアレクかハスタールですかね?」
「俺は
「私も動きが阻害されるのは、近接戦で不利になりかねないしなぁ」
「じゃあ、レヴィさん……」
「重いのは堪忍や」
スピードを重視するレヴィさんや、体術を駆使するハスタールでは、この胸部鎧は使いこなせそうにありません。
かといって、これほどの防御を持つ物を放置するのはもったいないです。
「ま、マールちゃん……」
「罠を調べる時に邪魔になっちゃいそうで……パス」
このパーティのメイン斥候役を務める彼女の探索力が落ちるのは、確かにマズイですね。
「そういうユーリが着けてみるのはどうなんだ?」
「重くてまともに歩けなくなりますよ?」
胸の部分だけで五キロ近くあるのですよ?
わたしの体重の六分の一です。無理です。
結果、消去法的にマリエールさんが着けることになりました。
「いたたた! 潰れる、潰れてしまいますわ!」
「こんなモノ、潰れろ! へこめ! 抉れろ、こんちくしょう!」
「マリィ、暴れないで! もう、だからもっと運動しなきゃって言ってたのに」
「迷宮探索以上にハードな運動なんてありませんわよ!?」
とりあえずロープで固定して簡易
乳です。
元々が男性型の鎧だっただけに、胸の形が全く合いません。
しかもマリエールさんは無駄に……そう、無駄なほどに乳がデカイのです。
結果わたしは、血の涙を流しながら彼女の胸を鎧で押し潰し、固定することになりました。
男性陣は着付けに参加することが出来ず、また、レヴィさんはわたしたちの様子を見て腹抱えて笑ってます。
「レヴィさんも手伝ってください!」
「アカン、アカンて……おかしーて腹痛いて! あははは」
笑うのも無理は無いでしょう。
完成した彼女の姿は、金髪・縦ロール・般若面・脇から乳肉がはみ出した胸鎧という、なんだかよくわからない存在になっていました。
後日談。
街に帰った時、衛兵にモンスターが出てきたと騒ぎになりました。
マリエールさんは休息日は一日中、部屋から出てきませんでした。
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