99話:5章 隠し部屋

 その日の探索は、実に順調に過ぎていきました。

 炎斧『アグニブレイズ』は使用者が焼けるので、自宅に放置してきます。これは早めに対応して、実用化しておきたいですね。

 町外れまで足を運び、三十分ほどイーグと戯れてから八百十二層まで運んでもらいます。

 そしてギルドから学んだゴーレム作成術を使用し、九百二十一層まで爆走しました。

 三時間ほどでおよそ百階層を駆け抜け、再び最前線へ復帰。もちろん途中で何度かモンスターは出たのですが。


「時速四十キロ以上で駆けるゴーレムの前に飛び出すとは……愚かな」


 鋼鉄で作られたゴーレムの前に飛び出し、蹴散らされたポイズンモールド――つまり、動く巨大カビを目にして、呟きます。

 この階層ではほとんど最弱の存在ですが、痛覚を持たず、毒を持ち、一定の大きさになるまで切り刻まないと活動を止めないそれは結構な強敵です。

 平時に出会ったら魔術で焼き払うか、切り刻むのですが、今のはゴーレムとの衝突の衝撃で粉々になりました。

 わたしたちを乗せた荷車の質量と相俟って、とんでもない衝撃だったでしょう。


 そんなこともありつつ、お昼過ぎには最前線に復帰しました。

 まず頑強を施した特製馬車を地下室に送り返し、ゴーレムはそのまま維持。

 硬くてタフなゴーレムは、前線の予備としても使えますし、作成時に込めた魔力だけでも一日は維持できます。

 ちなみにデザインは連邦の白い悪魔……ではなく、さすが〇〇〇だ、なんともないぜ!の方です。

 細かいところが作れないので、泣く泣くこっちになりました。


「今日はこの階層のクリアを目標にしよう。いつものように、マール君は何かあったらすぐ後ろに」

「はい」


 索敵役のマールちゃんは敵や罠を見抜くために、常に最前線の危険な場所に居なければなりません。

 その護衛役としてもゴーレムはピッタリなのです。

 最前線にゴーレムとマールちゃんとアレク、その後ろにわたしとマリエールさん。そして最後尾にはレヴィさんとハスタールという万能型を配置。

 フォーメーションを固めてから探信で周囲を探索して……おや?


「ハスタール、前方五十メートル先の足元、崩れそうです」

「早速落とし穴か。九百層以上は罠が多いな」

「いえ、むしろ崩れてないのが不思議なのですよ?」


 階段近くにあからさまに配置されたトラップに、先行する魔王たちが掛かっていないというのが不自然でした。


「連中も上手く躱したか……?」


 これまでこういった罠には、軒並み掛かって踏み潰した痕跡があったのです。

 それがまだ生きていると存在しているという状況に、違和感を覚えました。

 罠の周辺まで進み、マールちゃんとレヴィさんが落とし穴周辺を念入りに調査します。


「これは、妙やな?」

「変ですね」

「何がです?」


 二人して首をひねってるので、待ちきれなくなって訊ねました。

 調べてる間、わたしは再度探信を行い、周辺の敵を探知しておきます。

 嗅覚強化にも探信にも反応は無し。


「これ、落とし穴じゃないよ?」

「そやねん。この下は確かに空洞やけど、床が開く構造になってない……というか、落とし穴にロックがかかっとる」

「何処かから回り込んで潜るとかじゃなくてか?」

「その可能性は、まああるんやけど……それやったらここに落とし穴自体が設置され取る意味がなぁ」

「罠自体はあるのですね?」

「無効化されてるけど、あるよ」


 確かに変ですね。落とし穴の構造は存在するのに、機能していない。

 機能してないから魔王たちは掛かること無く通過できたのでしょうが?


「無効化したのが魔王たちという線は?」

「そりゃないな。罠の周辺にはそういった工作した後が無いもん」

「むしろこれは……隠し部屋じゃないでしょうか?」


 ふむ? 隠し部屋、といえば普通は左右の壁にあるものですが……なるほど、地面の下にあるパターンもありますね。


「なら、罠を起動して、一度下に降りてみるか?」

「落ちなければ安全ですしね」

「了解や。早速解除するで」


 罠の解除はレヴィさんの得意分野です。

 床の縁の僅かな溝を見つけ出し、埃を掻き出し、溝の隙間に工具を差し込みしばらくすると、ガチン! と、意外と重々しい音を立てて落とし穴が起動しました。


「よっしゃ、これで落とし穴を押さえとった留め具は外れたで」

「落とし穴を開けたいんだが、どうすればいい?」

「上に乗ったら開くで?」

「それじゃ落ちるだろ!?」


 ま、まあ……彼女は結構アバウトですので。


「仕方ない、ユーリのゴーレムはまだ必要だし、わたしが小さめの物を作って上に乗せるとするか」

「お願いします、ハスタール」


 このパーティには魔術を使える者が四名もいます。

 これは、いざという時はゴーレム四体体制の前衛が布陣できるという意味でもあります。

 もちろん溢れんばかりの魔力を持ち合わせているわたしなら、十体でも軽く作れますが、自律行動のできないゴーレムへの命令は非常に難しいのです。

 具体的に言うと、空気読みやがりません。

 二体のゴーレムに『マールちゃんを守れ』と命令すると、二体揃って彼女を守りにいきます。

 過去に一度、二体出しているときに『マールちゃんを肩に乗せろ』と命じた所、二体が奪い合いを開始し、マールちゃんが『大岡裁き』のようになってしまいました。

 その時彼女は、『ふみみゃあ!?』と、女性としては愛らしいけど人としては出してはいけない感じの悲鳴を上げて、肩を脱臼してしまいました。

 なおわたしはその後、アレクとハスタールに散々絞られることになったのです。

 ハスタールに関しては、水分的に。


 過去の、体液だだ漏らしになるまでの責め苦を思い出し、死んだような目をしている間に彼のゴーレムは完成しました。

 木の枝を使った、一番軽く弱いタイプのゴーレムです。使い捨てにするなら、これでも充分でしょう。


「よし、乗せるから皆少し下がれ」


 わたし達は巻き込まれないように後ろに下がり、小ゴーレムが落とし穴に乗りました。

 落とし穴は勢いよく開放しゴーレムは落下、地面に叩きつけられバラバラになります。

 中を覗くと、穴の高さは十メートルほど有るでしょうか?

 そこには横穴もあるようなので、隠し部屋という考えは間違いではなかったようです。


「下の階で天井が低くなってたところか?」

「九百二十層は狭かったり高かったり起伏に富んでましたから、そうかもしれませんね」


 見たところ床には槍衾やりぶすまなどの罠は設置されて居ません。

 念のため探信で床を探ってみましたが、罠らしき反応は無し。


「罠は無さそうですね。降りてみますか?」

「そう、だな……」


 彼が悩んでいるのは魔王との距離でしょう。

 迷宮も920層を越え、もはやラストスパート状態。ここはできるだけ先を急ぎ、間を詰めておきたい。

 ですが、追いついたところで、現状では対応手段がありません。


「何か有用なアイテムがあるかもしれないし、中を覗きに行くか」


 彼の判断でわたしたちは降下準備を始めます。

 十メートルなら手持ちのロープで充分降りられますし、わたしやハスタールは飛行魔術があります。

 まずはハスタールが飛行し、マールちゃんを抱えて、床付近まで降ります……むむむ、なんか手の動きがやらしくないですか?

 わたしがその疑問を口にすると、慌てて彼は否定します。


「そ、そんなことは無いぞ? 彼女も重くなって来たから少し抱えなおしただけで……」

「わたしは重くないですよ、ハスタールさん!」

「いや、太いとかそういう意味ではなく」

「マール、わたし『は』ってどういう意味ですの!? 何か含むところがあるように聞こえるのですが!」

「浮気はあきまへんなぁ」


 レヴィさんが面白そうに引っ掻き回しに来ました。アレクはジト目です。

 まあ、他の女を『抱いた』彼には、夜に存分にオシオキしておきましょう。わたしを存分に撫でくり回すが良いのです。

 ひとしきり緊張をほぐした所で、地下(?)の探索を始めます。

 ロープでは支えきれないので、ゴーレムは上階に放置しておきました。

 地下の横穴の先には扉が設置され、奥は広めの空洞になってるようです。


「案の定、隠し部屋やね」

「ユーリ、探信の結果は?」

「正確にはわかりませんが、十メートル以上の空洞があるみたいですね。嗅覚強化でも生物の反応は無しです」

「罠とか鍵は掛かってないみたい」

「アレク、念のために戦闘の準備はしておけ?」

「了解っす」


 ハスタールとレヴィさんも前に移動し、前掛かりの状態でマールちゃんが扉を開きます。

 室内は明かりも無く、視界が効かないので光球を前方に飛ばしてみたところ、十メートル四方の円形のホールになっていました。

 部屋の中央には鎧が二体立ち、その間には台座が設置されています。台座の上には面が一つ、ぽつんと乗っていました。

 あの面のデザインは……般若?

 とにかく、わたし達は鎧には近づかず、まず探信で部屋の罠を調べます。


「部屋に罠はありません。ただし中央から凄い魔力の反応がありますね」

「それは俺も感じるな」

「オレは感じないけど?」

「わたしもです」

「そこの魔力的不感症カップルは置いとくとして、あの鎧は明らかに罠、です」


 わたしが前方に識別を掛け、鎧を鑑定します。

 結果はハイエンチャント・リビングメイル。リビングメイルの強化版です。

 そして中央の面は『鬼哭の面』と呼ばれる、半分呪いが掛かったようなアイテムです。


「あの鎧はハイエンチャント・リビングメイル。強化リビングメイルでかなりの強敵です。面は『鬼哭の面』と呼ばれ、着脱不能になると同時に、強力な再生力を装備者に与えるものですね」

「呪われアイテムじゃん」

「あのレベルの呪いなら、わたしでも解呪はできますよ?」

「ユーリ姉、便利だなぁ」

「人をアイテムみたいに言わないでください!」

「さて、どうするか?」


 近づけば、鎧が動き出します。それは識別でもわかりました。


「この程度の品ならスルーしてもいいのでは?」

「俺たちはともかく、不死を持たない者にとっては『強再生』の能力は惜しい」

「ですが、わたしたちにはマリエールさんが居ますよ?」

「ホーッホッホッホ! もっと頼ってもよろしくてよ?」

「マリィ、静かに」

「はい、ですわ」


 有頂天モードに入りかけたマリエールさんを、マールちゃんがあっさりと鎮めます。

 もはやマリエールテイマーの領域ですね、彼女。

 そういえば、アレクも躾けられてたなぁ。


「そのマリエールくんが怪我した時はどうする? 彼女が、俺たちでは手に負えないほどの怪我を負った時、この面は役に立つ」

「それは……確かに」


 ヒーラーの生存と言うのは、迷宮内において最優先で確保せねばならない問題です。


「マリエールの役に立つんなら、さっさと回収していこうぜ!」

「あのリビングメイル、かなり強いですよ?魔王が連れてた奴よりは数段上です」

「それこそ、丁度いい腕試しだよ」

「それもあるな……あれから五年、どの程度強くなったか試してみるか」


 強さを計る的な会話してますけど、確か前のリビングメイルは、クリーヴァの一撃で落としてましたよね?

 元になる比較対象の強さが不明なままなのですが。

 まあ、彼女の安全を確保すると言う目的には賛同できますし。



 ここは一つ……殺るとしますか!

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