98話:5章 炎斧

 九百二十層をクリアしたわたしたちは、一旦地上に戻ることにしました。


 この迷宮を攻略する上で、で幾つか気付いたことがあります。

 バハムートの話ではこの迷宮は免疫を持ち、転移を使用すると免疫作用により魔法陣が破壊されるという話でしたが、それでは辻褄が合わないことに気付いたのです。

 つまり、今は亡きセンチネルとクリーヴァの武器召喚です。

 迷宮内での転移が排除されるなら、二度目以降は召喚しようとした瞬間に免疫が発生したはずです。なのに召喚は武器が破壊されるまで、無事使用できていました。


 これについて、色々考察して見たのですが……出た結論としては、『設置』と『配置』の違いでしょうか?

 つまり迷宮内に固定して『設置』した場合、迷宮を改変したと看做みなされ、免疫が発動するのです。

 試しに迷宮内に光球の魔法陣を『設置』し、回廊を明るくしようとして見た結果、繊毛というか触手というか、そんなものがあっという間に湧いて出て、陣を破壊されてしまいました。

 逆に固定せず光球を床に置いただけで『配置』した場合は、まったく反応しませんでした。


 おそらく、魔術効果を発生させるなにかを迷宮内に固定した瞬間、『迷宮が改変された』と認識されるのでしょう。

 ということは、固定さえしなければ転移も使い放題なのでは? と思ったわけですが……

 正直、そんな勇気はありませんでした。

 固定して居ないということは、どこに移動させられているかわからないということです。


 魔法陣を描いた布や石板を、ひょっこりドラゴンが口にして、そこに転移してしまったりしたら?

 魔法陣を世界樹のうろのカーテン代わりに吊るされたとしたら?


 前者なら、転移した瞬間、消化開始で全滅。

 後者なら、八百十二層の高度一万六千メートルからロープレスでバンジーです。

 万が一の失敗すら許されない攻略中に、そんな博打を打つわけにはいかないので、却下です。


 ですがまあ、帰りとなると話は別になります。

 転移先は家の地下室ですし、非常時に備えて周囲の壁から扉から、全方向に頑強を掛けてあります。

 しかもバハムートが見張りに付いているのです。万全といえるでしょう。


 これにより、往路はイーグに風の結界を張り(高山病対策)八百十二層まで運んでもらってショートカット。

 そこからゴーレムを作り、攻略層を駆け抜けるという反則技を使用して、復路は魔法陣の転移でポンと地下室へ移動という交通手段を確立しました。



 そして気付いたもう一つ。

 わたしたち自身と言うか、わたしを除いたメンバーの異変でしょうか?


 不壊の肉体を持つ魔王に、アンデッドのリッチ、それにヴァンパイアという魔王パーティや、百人と言う『軍』を作って攻略したバハムートと違い、わたしたちは普通の人です。

 そんなわたしたちが、彼らに負けないペースで攻略できている事実に、わたしは違和感を覚えました。


 人というのは、緊張を持続させることが難しい生き物です。

 迷宮内という最大のストレスを与える環境で、何日も、何週間も行動する。

 それが如何に無茶か、理解はしています。


 それなのに、わたしたちは容易くそれをやってのけているのです。

 さすがに迷宮内では疲労していきますが、家に戻って一日リフレッシュしたら、あっという間に元通り。

 怪我などが治ることはありませんが、精神の回復速度が半端無い状態になっています。

 そしてこの五年、誰も病気一つしない健康を維持している。

 さすがにこれはオカシイと思いました。そして思い至ったのです。


 わたしたちが常に口にしている水。迷宮内に水袋に入れ持ち込んでいるそれは、世界樹の根から取り出したもの。

 つまり一種の樹液です。

 さすがに繊毛の切れ端から取り出したものですから、噂に聞く霊薬『エリクサー』程の効果は無いのでしょうが、精神を回復させ肉体を正調させる程度の効果はあるみたいでした。

 結果わたしたちは常に、心身ともに充実した状態で、迷宮に潜ることができています。

 ええ、状況適応で解毒してしまうわたし以外は。


 後、水の効果でハスタールが毎晩元気なので、どうにかしてください。



「なんでしょうかね、これ……」

「なにって……斧じゃん?」

「んなこたぁわかってます。何でこの期に及んで、こんな使えないモノが出てきたか、ということです!」


 イフリートは倒されると、その翼だけを残して消滅しました。

 そしてその翼は斧へと変じ、今ここにあるのです。


「それ程使えないか? とてつもない魔力を感じるんだが?」

「そやで、ウチの見立てでもウチの持ってる紅蓮より、数段上の業火が付与されとる。使えんいうことは無いはずやで」

「識別持ちのわたしが気付かないはず無いでしょう? 使えないと言ったのは別の方向性で、です」

「そーか?」

「ちなみに名前はアグニブレイズ。十四歳くらいの感性にビンビン来ますね」


 この斧は二メートル近い大きさと言うのにとても軽く、わたしでも持ち上げることが可能です。

 わたしにはサードアイがあるので使いませんけどね。


「まあ、試しに使ってみてくださいよ、レヴィさん。合言葉コマンドワードは『発火イグナイト』です」

「……? 『発火』」


 彼女が口にした瞬間、アグニブレイズから猛烈な炎が噴き出しました。

 炎といえば赤と思いますが、斧から噴き出したそれは、すでに白を通り越して純粋な光の域にまで達してそうです。


「ぬわあぁぁぁぁ!?」


 ちなみに炎は全体から噴き出したので、レヴィさんは手をこんがりと焼かれてしまいました。

 ……マリエールさんがいるし、大したことにはならないでしょう。


「ね?」

「『ね?』ちゃうで! 熱いやん!?」

「ほら、癒しますから手を出してくださいまし」


 あ、彼女が接触して魔術を使わないといけないなんて、結構重傷だったようです。ちょっと反省。

 マリエールさんはさすが水の弟子と言うべきか、フォレストベアのベラさんと違い、通常の治癒術程度なら遠隔で軽く癒せてしまいます。

 さすがに重い傷だと接触でないと癒せないようですが。


「うん、とてつもない魔力だな」

「ですね。武器としては失敗作ですが」

「使えないな」

「使えませんね」

「そこの師弟! ウチの惨状を見てなんか一言無いんかい!」


 レヴィさんは頷きあうわたしとハスタールに不満があるようです。


「自業自得じゃないですか?」

「ユーリちゃんが使え言うたやんかぁ!」

「子供じゃないんだから地団駄踏まないでくださいよ。口で説明しても納得しにくいと思っただけなのです」

「まさか柄からも火が出るとか、思わんよなぁ」

「なあ、これ先行してる魔王たちも持ってるのか?」


 わたしはアレクの一言で、事態の深刻さに気付きました。

 完全耐久を持つ魔王マサヨシなら、この斧を存分に使いこなせそうです。


「持ってる……でしょうね」


 五階層ごとに出る番人は、種族が固定されています。

 わたしたちが戦ったということは、魔王も戦ったということです。

 そして、そこを突破したということは、彼らもこのアグニブレイズを手に入れたということで。


「使う使わないは別として、対策は考えておかないといけないか」

「面倒な……」


 わたしたちとて、この五年ただレベリングだけをしていたわけではありません。

 力尽くではあの魔王は倒せない。その為の対策をいろいろと考えてはいるのです。

 しかしここに来て、更に懸案事項が増えるとは。


「幸い、アグニブレイズには頑強が掛かっていないので、このままじゃマサヨシが振ることはできないでしょうけど」

「でもあの人たち、センチネルを持って行ったんでしょ? ユーリちゃんみたいに解析して付与できるようになってるかも」

「面倒な技術を発見しましたわね。わざと未完成にして後付で魔力充填するなんて」

「センチネルの魔力はもう切れているはずですけど。でも、そこかしこに残っている戦闘の痕跡からすると、まだ使ってる。ということは」


 迷宮の回廊は上層に近づくほど狭くなってきています。

 そしてそのあちこちに、爆発したような抉られたような痕跡がチラホラ見受けられるのです。

 もちろん世界樹はその跡を癒すべく再生していましたが、それで癒しきれないほどの破壊痕が残されていたりします。


「あのリッチなら、解析して魔力を充填くらい平気でやりそうですね」


 あの速くて正確な、教科書に載せたいくらいの精密な術式展開。

 それを自在に使いこなす練度。

 この世界に来て、ハスタールに匹敵する精度というのは初めて見ました。

 あ、バハムートは除きます。


「バハムートか。彼ならどう対処するですかね?」

「その斧? だったら近づく前にこっちが先に焼いちゃうね!」

「そんな簡単に済む相手じゃないでしょう、大体わたしたちは火を噴けません!」


 この竜王様、最近すっかり自宅に居付いています。

 しかも、いつの間にか会議にナチュラルに混ざってくるし!


「いや、そろそろ晩ご飯かなぁって」

「犬ですか! メシ時になると現れるとか、ダメすぎでしょう!?」


 帰ってからお茶飲みながら会議していたので、まだ食事の準備はしてません。

 この中で水の効果を受けられないわたしが、一番疲労しているのです。

 もう少しゆっくりしたい。


「なら今日は俺が飯を作ってやろう」


 そう言って席を立ったのはハスタール。

 大丈夫でしょうか? 彼、料理は上手いのですが、その……ワイルドなので。


「おお、そういえば賢者君の手料理は食べたことが無かったね!」

「ハスタール様の料理……どきどき」

「マリエールさん、彼はあげませんよ?」

「だ、誰も取ったりなんてしませんわ!」


 マリエールさんにも、ハスタールの状況は説明してあります。

 まあ、仲間ですから致し方ありません。

 席を立つこと三十分。やたら手際よく肉を切り、焼き、野菜をちぎり……あっという間に完成しました。

 出てきた料理はオーソドックスなステーキに、木苺の乗ったサラダ?


「ハスタールが普通の料理を出すなんて」

「失敬なことを言うな。俺だってちゃんとした料理くらいできる」

「いっただっきまーす!」

「師匠の料理って、どことなく戦場な風味がするよなぁ」

「アレク、明日俺と魔術演習な」

「死ぬし!?」


 最近ハスタールは剣でアレクに敵わなくなったので、魔術で対抗しています。

 そうなるとアレクに勝てるわけがありません。

 レヴィさんとバハムートは、出てきた料理に有無を言わさず齧りついてます。

 胡散臭げな視線を送る、わたしとアレクとマールちゃん。

 ステーキを眺め、なんだか違う意味の涎を垂らしてそうなマリエールさん。


「おお、美味! 淡白な感じで歯ごたえもしっかりあって、イイ肉だねこれ。それにこっちのサラダも果物の酸味がさっぱりして美味しい」

「お気に召して何よりだな」

「ちなみに何の肉です?」

「迷宮で狩ったコモドドラゴン」

「ぶっふぉ!?」


 口に含んだ肉を噴きだすバハムート。汚いですね。

 ちなみにコモドドラゴンは下位のドラゴンの一種で、羽が退化して巨大なトカゲみたいに見える奴です。

 下位なので、ファブニールのように不死性は与えないはずなので安全です。


「そ、それはこのボクがドラゴンの王と知っての……」

「ちなみにこっちのサラダはヘビイチゴな?」

「げっふぅ!?」


 元の世界のヘビイチゴは『蛇が居そうな所に生えるイチゴ』という意味でしたが、こちらの世界のヘビイチゴは『蛇が食べると死ぬイチゴ』です。

 もっともどちらも俗説で、ヘビは居ないし、食べても死にません。

 キツ目の酸味に、ほんの少しピリッとした刺激もあり、子供のオヤツとして食べられています。


「キミとはいつか、本気で決着をつけねばならないようだね」

「望む所だ。迷宮で鍛えた私の実力をお見せしよう」


 ふふふふふ……と不穏な笑いを浮かべる二人。

 まあ、そんなわけで、わたしたちは新しい装備を手に入れたのでした。

 ……使えないけど。

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