5章:世界樹編

97話:5章 5年後……

 魔王マサヨシとの戦闘、そして敗北から五年が過ぎました。

 迷宮攻略はゴーレム輸送網の拡充により、着々と進み、現在は四百二層まで進行しています。

 数百年掛けて二百三十二層だったことを考えれば、五年で百七十層進めたのは、まさに奇跡と言える成果です。

 魔王はそのトップランナーたちを遥か後方に置き、現在は九百五十層の辺りを彷徨っているのだとか。

 連中はもう数か月に一度くらいしか街に降りてきません。


 わたしたちもそういった人たちを遥か後方に置き、九百層を超えています。

 ですが、わたしたちは月に一度は街に戻るようにしていました。

 五百層と八百層(正確には五百四層と八百十二層)にほらの様な穴を見つけ、そこから出入りできることを発見したからです。

 そこまでどうやって登るのか……それが最大の問題でしたが、年月があっさりとその問題を解決しました。

 イーグが最初の脱皮を迎え、十メートルを超える巨竜へと育ってしまったからです。

 彼がわたしたちを三人ずつ背に乗せ、ショートカットの為に運んでくれました。

 ただし、その巨体が迷宮内では邪魔になり、今度は中に入ることができなくなってしまいましたが。

 今、彼には郊外に洞窟を作ってあげ、そこで生活させています。

 最初は街の人もパニックに陥ってましたが、今は慣れた物ですね。すっかり守り神扱いです。


 攻略が進んだ理由の一つに、マリエールさんの参加でパーティの戦力が安定したのもあります。

 そして彼女の参加に伴い、マールちゃんも迷宮攻略に踏み切ったことが大きいです。

 曰く『お友達を見捨てて、帰れないよ』だそうです。

 震えて、泣いて……それでも彼女は前に進みました。本当に強い子です。

 彼女は今、迷宮での急成長と『竜の血』を使用した効果で急激にその実力を伸ばし、フォレストベアのバーヴさんにも匹敵する実力を持っています。

 人手不足と言う致命的な問題を解消し、マールちゃんの罠探知能力と、街に帰る事無く継続的に探索を進めることができるようになりました。


 そしてわたしたち個人も、あれから大きく変わりました。



「っと、ここの断崖を登れば後はボスだけか?」


 アレクが大きな段差を器用によじ登り、で身体を支え、ロープを垂らしてくれます。

 そう、マリエールさんの参加による大きな恩恵の一つがこれです。

 アレクは今、両腕が存在します。彼女の再生魔術により、左腕を再生させることに成功したのです。

 これにより、彼は過去の様な偏った戦術だけでなく、変幻自在の剣術を扱えるようになりました。

 両手剣に限って言えば、もはやハスタール相手では稽古にもならない程の腕前です。


「迷宮の中に崖があるとか、本当にもう……なんというか、ふざけた迷宮だな」


 そう言ってわたしを背負い、ロープをよじ登るハスタール。

 彼の腕には獣の牙で作られた鈎爪が装着されています。

 彼は剣から、格闘術主体の戦闘法へ完全にシフトしました。元々格闘の方が得意だと言っていたので、元の鞘に納まったというべきでしょうか。


「この規模だから、あってもおかしくは無いんやけどねぇ」


 レヴィさんはロープを使わずヒョイヒョイと壁を登っています。

 その腰には、真新しい小剣ショートソードが二本。

 この迷宮の七百層近い階層で発見したものです。

 水と火の属性を付与された逸品。そこに更にわたしの付与を追加して、竜の素材並に強化された物なのです。


「ままま、マール、落とさないで……絶対、絶対落とさないでくださいまし!?」

「重い重い! 重いから暴れないで、マリィ!」

「わたくしが重いとか失礼ですわ!」


 わたしと同じく運動の苦手なマリエールさんは、マールちゃんに担がれてます。

 彼女たちはあれからとても仲良くなって、マール、マリィと呼び捨てにする仲です。

 お揃いの皮鎧レザーアーマーと相俟って、とても微笑ましいですね。

 あの皮鎧はイーグの脱皮した皮から作りました。

 さすがファブニールの末裔だけあって、その皮の防御力も半端無いものが有りました。

 そこらの金属鎧より硬く、ローブより柔軟です。


 ここで、これまでに入手した装備を説明しましょう、

 まず、ハスタールの爪装備『獣王の爪』。

 これは六百層辺りで手に入れたと思います。

 軽く、硬く、そして手の動きを阻害しない。魔術師でもある彼に最適な武具かもしれません。

 この爪で肉を裂き、食い込ませて投げ、体勢を崩した所に魔術を叩き込むのが、彼の黄金パターンと化しています。


 次にレヴィさんの双剣『クトゥグァ』と『ハイドラ』。

 合言葉でクトゥグァは火を纏い、ハイドラは冷気を纏います。

 属性的に両方が効く相手はあまり居ませんが、両方が効かない敵もあまり居ないので、安定した戦力になってくれてます。

 なお本人はこの双剣を『紅蓮』と『クール棒』と呼んでいます。

 その名前、どっかの球団に居ませんでしたかね? 元の世界の話ですが。


 そしてアレクの大剣『グラム』。これは九百層を越えた辺りで入手したものです。

 センチネルよりも遥かに細身ですが、その刀身の長さは匹敵するほど長大です。

 そして切れ味は遥かに上で、素材的な強度も上回ります。

 アレクの筋力ならば片手で使用する事も可能で、攻撃力が上がり、彼は更に前のめったと言えるでしょう。


 他にも治癒の力を増幅させる『世界樹の枝』という名の杖や、感知力や隠密性を強化する額飾り『梟の瞳』等、盛りだくさんです。

 なぜこれほどのアイテムを、先行する魔王たちに奪われずに入手できたかと言うと……ライカンスロープを潰しておいたのが効いていたようです。

 彼らはあのパーティで斥候役だったのでしょう。


 一年で踏破する勢いだった魔王たちは、あの戦い以降その速度を大幅に下げることとなりました。

 罠に掛かっては魔王が踏み潰す、そんな方法で探索しているのでは速度が上がるはずもありません。

 結果として、重要で貴重なアイテムほど巧妙に隠された迷宮において、そのほとんどを見過ごすことになっています。

 おかげで後発のわたしたちが、美味しい思いをさせてもらっているわけです。

 彼らが罠を踏み潰した後、お宝を回収しつつ比較的安全に探索を進めることができました。


「ま、あいつらが想像以上に腕力馬鹿だったおかげで、楽にここまで来れたとも言えるわな」

「少しは溜飲が下がりましたか?」

「ほんの少しだけな」

「俺はセンチネルを奪われた恨み、まだ忘れちゃいないぞ?」

「アレクさん、そっちだけなんですか?」


 マールちゃんがプッと頬を膨らませます。

 彼女はこの五年であちこち出っ張ったりへこんだり……ええ、羨ましくなんか無いんですからねっ!

 そんな彼女がほっぺを膨らませて見せる仕草は、なんと言うか、反則なのです。


「マールこそ、わたくしたちの目的を忘れないでくださいまし?」


 そういうマリエールさんは、一言で言うと『爆』です。ダイナマイツです。

 ええ、さっきマールちゃんが重いと言ったのは、あながち間違いじゃないでしょう。

 あれほどのサイズが余分に付いているのですから、重いに違いないのです。

 最近ハスタールの鼻の下が伸び気味なので、適切な処理しておかないと、間違いが起きそうで心配です。


「もちろん、アルマさんのことは……忘れないよ。絶対」

「ええ、二人で取りますわよ、仇を」

「うん」


 二人だからこそマリエールさんは、復讐に狂わずに済んだのでしょう。

 ただの友達から、親友に格上げされるほどに。


「マサヨシたちはどれくらい先を進んでるんだっけ?」

「およそ三十層位ですか? まあ探信とマールちゃんが居れば、すぐ追いつける範囲ではあります」


 もっとも、各階層のボスを考えなければ、ですが。

 さすがに九百層を越えた辺りのボスは強いです。ファブニールクラスとまでは行きませんが、匹敵するくらいのドラゴンとか普通に出てくるのです。

 わたしたちが強化されているとは言え、迂闊には踏み込めないくらいには強敵です。


「ここのボスはなんだろうな?」

「さすがにもうわからへんて」

「ここんところ、ドラゴンっぽいのばかりだったから、普通のがいいな」

「飛んでる敵には当たりませんものね、剣」


 まあ距離を取られたら、それはそれでわたしの遠距離砲撃の的なのですけどね。

 マリエールさんの障壁の魔術とわたしやハスタールの熱閃や風塵でほぼ完封できるでしょう。

 ここを越えれば九百二十層はクリア。あとは八十層を残すのみです。


「よし、それは準備しよう。敵がわからない以上慎重に行くぞ。近接か遠距離か、飛行か地上か、物理攻撃か魔術攻撃か、それぞれの対処は把握しているな?」

「はい、大丈夫です」


 わたしは脳内で多数のシミュレーションを展開してます。多彩な敵に対応して、戦局を作るのはわたしの役目です。


「毒消し、麻痺解除、石化解除、その他薬草類は足りてるか?」

「えっと、ええ問題ないです。ハスタールさん」


 マールちゃんが荷物の中を確認してます。

 彼女の実力が上がったとは言え、この階層では戦力になりません。

 そこで彼女は戦場を駆け回り、薬草やポーション類を使って癒す衛生兵のような役回りをしてもらっています。

 高い観察力があるからこそ任せられる、重要なポジションです。彼女が癒せば、マリエールの手番が増えるのですから。


「マリエールはどうだ? 魔力はまだ余裕があるか?」

「マールに担がせて楽させてもらいましたから、バッチリですわ」

「マリィ重いもん」

「重くありません!」


 マリエールさんはマールちゃんの加入でだいぶ負担が減ってます。

 ここまで順調に節約できた模様。

 それに今では目の前の少年がハスタールだと理解しています。その上で彼に迫らない程度の自制心も育ちました。


「レヴィ、属性の見極めはしっかりとな」

「まっかせといてぇな」


 二属性を使いこなす彼女は、物理一辺倒なアレクと違いどんな敵にも対応できます。

 その汎用性の高さゆえに、敵の見極めが最も重要になるポジションでもあります。

 まあ、そこはわたしが識別でフォローするのですけどね。


「よし、ここで戦ったら一度帰還しよう。最後だからって気を抜くなよ!」

「はい!」


 わたしたちは気合を入れて、ボスの部屋へと進みました。


 ――倒しました。

 イフリートさん乙です。

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