95話:4章 決意
目を覚ました場所は、やはり迷宮の回廊でした。
魔王はわたしが不死とは知らなかったのでしょう。知ってたら、お持ち帰りされていたかもしれません。
その状況を想像すると、背中に氷を流されたような悪寒を感じます。
生理的にダメな人はいるのですね。まあ、あれはそれ以前の問題でしたが。
周囲を見回して観察すると、ハスタールも肉体の再生は終えたようです。
仕方ないとはいえ、身体を砕いてしまったのは後ろめたいです。
わたしは彼の身体を抱え、まずは探信の魔術で周辺を捜索。
戦闘から一時間は経過しているはずですから、すでに魔王たちは存在しません。
その場に残っているのはライカンスロープ二体の死骸と、リビングメイルの残骸だけ。
アレクが投げたセンチネルも存在しませんね。持ち逃げされましたか?
「あれがわたしたちの敵……ですか……」
わたし一人では彼を抱えあげて帰還するのは不可能ですので、彼が目を覚ますまでここで夜営しなければなりません。
ひょっとしたらアレクたちも戻ってくるかもしれませんし、すぐに動けるようにしておいた方がいいでしょう。
とはいえ、服はズタボロ。荷物も火球で燃え尽きてしまいました。幸い、封魔鏡と首輪は頑強が掛かっていて、無事です。
壊れないように改良してくれたハスタールに感謝です。首輪のギフト封じは壊れても良かったと思いますが。
キャンプ地として水壁と氷結を併せた壁を作り、敵の侵入を防ぎます。
彼の身体も服が残っている状態では無かったので、増槽用マントを掛けておきます。
一息吐いた所で、先ほどの戦闘を振り返ってみましょう。
「クリーヴァを叩き壊すほどの豪腕と、魔術を弾き返す完全耐久。実にシンプルで……バカ強いギフトですね」
よほど遠慮なく神に要求したのでしょうね。最強の武器と鎧。不死が無いのが救いですか。
こういうのは、自分で自分を攻撃させるのがお約束の攻略法なのですが。
「それをするには、武器も防具もつけてないのが逆に厄介ですね」
戦闘中に自分の拳で自分を殴らせるというのは、何か不可能なような気がします。
それに、護衛に付いていたあのリッチ。そして攪乱してきたヴァンパイア。
どちらもかなりの手練れと見ました。戦い慣れている感がヒシヒシとします。
「ライカンスロープとリビングメイルを潰せたのは幸いだったのですが、厄介ですねぇ」
善戦して攻略法でも、という思惑でしたが、手も足も出ずに蹂躙されたとしか思えません。
あれと競い合うと考えただけで、溜め息が漏れます。
そこへ、時間を見計らったアレクたちが戻ってきました。
「師匠、ゴメンなさい」
「逃げろと言ったのは私だ。謝る必要は無いぞ」
彼は師匠と姉代わりの人を置いて逃げたことが、負担に思ってるようです。
問題なのはそっちじゃないですけどね。
「むしろ逃げろと言った時に、すぐ逃げなかったことの方が問題です。わたしたちと違って、あなたは再生できないんですよ?」
「そりゃわかってるけど……」
「まあ、その気持ちもわからんでもないがな。次からはちゃんと指示に従うようにな」
「はい、師匠」
彼は今、アレクの着替えを借りてます。
わたしもズタボロだったので、レヴィさんの着替えを借りました。
シャツの丈がワンピース並だとか、胸元が余りすぎて上から覗けるレベルだとか、まあ、そんなこともありましたが。
「ここに居座るのは危険かもしれんが、家で会議するのも危ない気がするから、ここで少し話し合おうか」
「なんで危険なんや?」
「レヴィ、今俺たちの家にはマリエールがいるんだぞ? 魔王の攻略会議なんて聞かせて、大人しくしていると思うか?」
「無理やねぇ」
「他にも聞かせたくない連中もいるしな。息子を殺された貴族とか」
「家の中で会議はでけへん。家の外なんてもってのほか、か。しゃーないね」
こうして迷宮の回廊に出来た氷の家で、魔王対策会議が開かれました。
「ユーリ、奴のギフトは?」
「豪腕、完全耐久、魔術の才能の三つです。殺せば死ぬのが救いですね。だからこそ、ここを登っているのでしょうけど」
ついでギフトの内容詳細も伝えておきます。
「クリーヴァを砕くほどの怪力か。ありえねぇ」
「剣で切りつけても傷一つ付かなかったぞ」
「わたしの光矢の雨でも、火傷一つ負ってませんでしたね」
「手に負えへんやん!」
神様もトンデモない物を与えた物です。しかもあの最低の人格者に。
「性格的には、あれはガキだな。それも躾のなってない、もっともタチの悪いタイプだ」
「同意ですね。本人に悪意は無いのでしょうけど、邪魔になったら味方ごと踏み潰すのも躊躇わないタイプの人間です」
「俺のセンチネルまで持っていきやがって」
センチネルを奪われ、クリーヴァを破壊されたわたしたちは、戦力が大幅にダウンしたと言ってもいいでしょう。
ですが、あの武装はまた作れます。
対して、魔王たちはライカンスロープを二体倒され、リビングメイルも破壊しました。
おそらくリビングメイルはリッチが再生すると思いますが、戦力はダウンさせたはずです。
「できればヴァンパイアくらいは倒しておきたかったか」
「すみません」
「いや、ユーリのせいじゃない。むしろあの状況でアレクのサポートと、リッチの相手、ヴァンパイアの囮と良くやってくれた」
彼がわたしの頭に手を伸ばし、胸に抱き寄せてくれます。
「そう言ってもらえれば……」
「ウチがもっと早う、あの獣を処理できてたらなぁ」
「それを言ったら、オレはいいところが無かったしなぁ」
「なんにせよ、最低限の情報収集は出来たので『良し』とするさ。ギフトの詳細がわかったのは大きい。性格もな」
あの性格じゃ、挑発すれば一発で乗ってきそうですものね。
そこを罠にでも掛ければ何とか……なるでしょうか?
「それと、やはり四人では人手が足りないということも、な」
この迷宮は六人パーティが基本です。
四人と言うのは、さすがに少なすぎると言えるでしょう。
わたしの負担が大きくなったのは、人数が少なかった影響もあります。
「それじゃ……マリエールさんを誘う気ですか?」
「本音を言うと気は進まない、だが戦力としては申し分ない。しかし、今の彼女じゃ連中と出会った瞬間暴走するだろうし」
「あいつらと会わないように立ち回る? こっちがコソコソするのは、それこそ気が進まないんだけど」
アレクが不満そうな顔で異論を挟みます。
ですがマリエールさんを仲間に入れた場合、彼らとは会わないように立ち回らないと、顔を合わせた瞬間に今日のような乱戦になってしまうでしょう。
「それもまた仕方ないな。こっちは敗者なんだから。それに」
「それに?」
「……屈辱に耐えている方が、それを忘れずに、済む」
ギリリと歯を食いしばる音。
今回の件で彼は相当頭に来ているようです。
「あいつらとやり合うのは五年後、それまで屈辱に耐えろ。俺たちは最後の最後に勝てば、それでいい」
搾り出すような声音。
武器を奪われ、壊され、敗走させられ、強さへの自信を砕かれた。
マールちゃんを傷付けられ、師を見捨てざるを得なかったアレク。
わたしを侮辱され、報復すらできなかったハスタール。
彼を殺され、一矢すら報いることすらできなかったわたし。
わたしたちが弱かったが故に、煮え湯を飲まされました。
敵の力を計るためだったとはいえ、負けるつもりなんて毛頭無かったのです。
成り行きに任せてここまで来たわたしたちでしたが、彼らのおかげで動機ができました。
世界樹の新芽を掻っ攫って逃げるだなんて、とんでもない。
この怒りは直接連中をぶちのめさないと収まりません。
「強く……ならないと、ですね」
「ああ、もっとな」
わたしたちは決意を新たにして、迷宮から出たのでした。
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