94話:4章 死闘

 翌日、マールちゃんとマリエールさんは結局わたしたちの『家』へ移送されました。

 ギルド内部で保護するには、危険があると判断されたからです。


 理由はハンス君の父親。

 貴族である彼は、跡取りを殺害されたことで逆上し、魔王マサヨシの殺害を強硬に主張しました。

 ですが、それが叶わないのは本人も理解するところだったのでしょう。

 蛮地を平定した魔王は、フォルネリウス聖樹国全軍を動かしてすら、倒せるかどうかわからぬほど人物なのです。

 故に彼の怒りは、矛先を変えました。


 息子を守れなかった仲間たちへ。

 おめおめと生き残った、息子じゃない者たちへ。

 貴族を守らなかった平民共へ。


 子を殺された親の怒りは、わずかなりとも理解できます。

 ですが、その怒りを無関係の者に向けるのは、明らかに間違っています。

 ギルドの人たちも、彼女たちを死なせるのは筋が違うという認識だったのでしょう。

 彼女たちを貴族から守るべく、絶対に危害を加えないであろう人物、つまりわたしたちの元へ送ることで保護しようとしたのです。


 それと後一つ。

 彼の殺意の矛先が、聖者の弟子マリエールにも向かっているのも、問題だったのでしょう。

 すでに事態は大きく報じられ、事の成り行きは万人とは言わずとも、内部の人間に問えば把握できる程度には広まっています。

 彼の八つ当たりで孫娘が殺されたと知れば、オンディーヌはどう思うでしょう?

 魔王だけでなく、聖者まで敵に回す可能性があるのです。

 そして四大賢者のネットワークから、フォルネリウス聖樹国が彼ら全てを敵に回す可能性すら発生してしまいます。

 ギルドの人たちは知らないでしょうが、少なくともハスタールは確実に敵に回るでしょう。そして現賢者であるわたしも。

 ギルドとしても、それは避けたい事態なのです。

 特に魔王の精鋭を、その身の内に抱え込んでしまっている現状では。



「マリエールさんはこの部屋を使ってください。二階の客間は全部埋まっているので、申し訳無いですが」

「かまいませんわ。それに一階の方が出入りは楽ですものね」

「その、しばらく冒険は――」

「大丈夫です、自重する程度の理性は残ってますわ」


 彼女としても自分の状況は理解しているのでしょう。

 魔王が迷宮に現れた事実。その精鋭に復讐を誓っている現状。

 冒険者の間では、その情報は稲妻のように駆け巡りました。

 結果、彼女と組もうとする冒険者は一人として存在しなくなりました。

 一人では敵わない。その事実を、彼女は身をもって知っています。

 故に彼女は仲間を求めます。そして、その最有力候補がわたしたちです。

 わたしが、その存在に負けぬ程非常識な魔術を使う場面を、彼女は入試試験の時に目撃しましたから。


 彼女が越して来て、一週間が経ちました。

 アルマさんの葬儀も済ませ、その事実を受け止めると共に、家内の空気はどんどんと重くなっていきます。

 恐怖で、部屋から出ようとしないマールちゃん。

 逆に迷宮に付いて行こうとするマリエールさん。

 恐怖と殺意に染まった二人から逃げるように、わたしたちは迷宮に潜り続けます。

 マリエールさんにはマールちゃんを看てもらうように、言い訳しておきました。

 命の恩人である彼女を放置することもできず、彼女は大人しくお留守番をしてくれてます。

 念のため、イーグも見張りに付けておきました。


「今日はイーグの上方監視が無いから、いつもより慎重にな?」

「了解です」

「あの二人、大丈夫かなぁ」

「まあ無茶はせんやろ。マールちゃんは恩人やし?」


 五十一層へ向かう特急に乗り、重い空気を振り払うように今日の計画を話し合います。

 かなりの速度で成長し、高速で中層へ到達したわたしたちは結構な有名人で、馴染みの同乗者から声を掛けて貰いました。

 曰く――


「今日は羽トカゲは居ないのか?」

「彼女は大丈夫なのか?」

「魔王なんての、本当に実在したんだなぁ」


 実力主義である冒険者にとって、将来有望なわたしたちとのコネは得難いものでもあります。

 まあ、中にはやっかみ半分な罵倒も混じっていましたが。


「やはり『裏切者』は疫病神だな。今度は同居人の仲間を殺しやがったぜ」

「お、おい!」

「ハッ、いいだろ別に。本当のことなんだからよ」


 そんな悪口も、もう慣れました。

 どれほどレヴィさんを罵倒したとしても、彼女がトップランナーに参加すれば、それが収まるであろうことも知っています。

 だから、一刻も早く上層へ到達しないと。そんな風に考えながら、三十層に到達した時――


 彼らが現れました。




「おう、悪いな。この馬車上まで行くんだろう? 俺たちも乗せてってくれよ」


 まるでヒッチハイクでも頼むかのごとく、気軽な口調。

 迷宮探索を疑うほどの軽装。そして、典型的な日本人顔。


「あなた、魔王マサヨシ……?」

「なんだ、俺のことがもう知れ渡ってるのか? いや、デキル男は辛いね……って、銀髪幼女きたー!?」


 わたしを見て、変な感じにテンションを上げる彼。ガッツポーズまでしています。


「しかも首輪付き? 何、ひょっとしてもう誰かに買われてんの?」

「ひっ!?」


 唾が掛かるほど近くまで詰め寄るマサヨシ。

 わたしは思わず悲鳴をあげ、ハスタールの後ろに隠れました。


「彼女は私の妻だ。済まないがあまり馴れ馴れしくしないでくれないか?」

「なんだよ、中古かよ」

「その発言は取り消せ」

「あ、そっかそっか。自分の女がビッチとバレちゃいい気しねーもんな? すんませーん、反省してまーす」


 ひらひらと手を振りながら、軽薄に喋る彼。

 なんです、この世の中舐めきったガキの如き態度は?


「きさま……」

「なんだよ、謝っただろう? それともなにか? お前、俺とやる気か?」

「妻の尊厳を傷つける気とあれば、な」


 ――ちょ、ハスタール! 相手は魔王ですよ? ここは穏便に。


 わたしは袖を引いて注意を促しますが、彼も頭に血が昇っているようです。

 どうも彼は、わたしのこととなると平静ではいられない様子。

 それは平時なら嬉しいのですが、この状況では!?

 頼みのアレクもセンチネルの柄に手をやって、攻撃に備えています。

 考えてみれば、マールちゃんの仇なのですから、彼にブレーキ役は期待できなかったですね。

 レヴィさんもいつもと違い、双剣に手を置き、殺気を撒き散らしています。


「どうしたんですか、皆なんだか変ですよ!?」

「マール君とマリエール君を傷つけ、その上ユーリまで侮辱したんだ。許せるはず無いだろう」

「――ですが!」

「怖いなら後ろで『見て』いればいい」


 その一言で彼の真意を悟りました。

 ここで倒せるならばそれでよし、ダメだとしても識別で能力を丸裸にしておけ、ということなのでしょう。


 即座に識別を起動。彼の能力と、最も重要なギフトを探ります。

 所持しているのは、豪腕、完全耐久、魔術の才能。


 豪腕はドラゴンすら一撃で叩き伏せる、怪力を得るギフト。

 完全耐久は剣も魔術も通じない肉体を保持。

 魔術の才能、これは神才より一段下のモノですね。神才の様に能力の最適化や理解力の強化を行わない代わりに、全属性の適性のみを与えるギフトの様です。


 気が付けば、同乗者の面々は停車した馬車を降り、遠巻きに様子を窺がっています。

 いつでも逃げ切れる態勢を取り、優勢ならば助勢する。そんな雰囲気が見て取れます。


「相手してやんよ。降りろ、馬車の上じゃやりにくいだろ」

「……………………」


 無言で馬車を降り戦闘態勢を取るわたしたちに、彼らもまた、態勢を整えます。

 露出の高い女の背からは、コウモリのような翼が。

 ひょろりとした軽装の男達は、爪を伸ばし、全身が獣の如く。

 そしてローブの男は、その顔を骸骨へと変貌させて……

 もう一人のローブの男は……生物ですらありませんでした。

 全身が金属の鎧で包まれ、その双眸は空洞……いえ、あれは顔自体が存在しない?

 その足音と、響く空洞音からすると中身すら無いのでしょう。


 ライカンスロープ二匹、ヴァンパイア、リッチ、リビングメイル……そして魔王。

 これが魔王のパーティだったのです。



 動き出したのはどちらからだったのか。ほぼ同時だったと思います。


「グルアッァァァッ!」


 雄叫びを上げ爪を振りかざし迫る、ライカンスロープ。

 それに対する、アレクは防御を固めず、むしろ一歩大きく踏み込みました。

 背後ではリッチが魔力を練り、ヴァンパイアの目が妖しく輝きます。

 おそらくは魅了。ですが、わたしたちは『精神抵抗の指輪』を装備しています。

 リッチの魔術に対抗すべくわたしは魔力を練り、レヴィさんももう一体のライカンスロープへ剣をはしらせる。

 ハスタールは、魔王本人への吶喊を敢行します。


「おおぉぉぉぉぉ!」


 雄叫びと共に振り下ろされるクリーヴァ。

 その一撃はリビングメイルの装甲によって止められ……根こそぎ叩き潰しました。


「おお、すっげぇな」


 緊迫感無く呟く魔王。これで五対四。

 そしてライカンスロープの側も変化がありました。

 爪の攻撃範囲の内側に踏み込んだアレクが、センチネルの重量を使って敵を押し戻し、蹴りで突き放します。

 もう一体のライカンスロープは、自身の速さすら越えるレヴィさんの剣速に押され、片腕を飛ばされました。

 そこに発動するリッチの火球の魔術。


 ――術の規模のわりに、発動が早い!


 腹心が三流とは思いませんでしたが、この術式展開は想像よりも速い!

 わたしはかろうじて水壁を展開し、火球を防御します。

 炸裂したその威力は、迷宮を揺るがすほど。水壁が間に合ったので事無きを得ましたが、直撃していれば一瞬で押し潰されていました。


 ――この威力をあの短時間で編み上げたのですか!?


 後手に回ると不味い。その思いで攻撃に転じようとして……ヴァンパイアに邪魔されました。

 影に沈むような、独特の動き。


 ――トーニさんと同じ動きなら……背後!


 わたしは咄嗟にサードアイを引き抜き、首元をガード。

 その弓に彼女の牙が突き立ちます。

 続いて鋼鉄矢を引き抜き、同時に身体強化を施し、噛み付かせたまま弓を引きます。

 ですが矢を放つと同時に、彼女の姿は掻き消えていました。


「ユーリ!」

「こっちは、大丈夫、です!」

「おい、よそ見してる余裕あんのか?」


 わたしが攻撃されたことによる、一瞬のハスタールの隙。

 そこに魔王の拳が襲い掛かりました。

 彼は防御せず、クリーヴァによるカウンターを狙い……ゴバッと言う破砕音と共に、クリーヴァが砕かれました。


「なっ!?」

「おい、かってーな、その石ころ! ちょっと痛かっただろ」


 冗談でしょう? 頑強と強化を施したクリーヴァが砕かれる?

 どこまでデタラメなんですか!

 ハスタールは予備の剣を引き抜きながら、戦況を分析してます。


 レヴィさんはやや有利ですが、ハスタールは圧倒的不利。

 わたしとアレクは膠着状態で、リッチがフリー。

 総合的に見て、こちらが不利でしょうか?


 その隙にもアレクとレヴィさんに向けて、リッチの光矢が飛びます。

 その大きさは、もはや光の槍。

 わたしは動きを止めて、土壁を作り相殺します。

 光矢は防ぎましたが、一撃で土壁も粉砕。

 そこへヴァンパイアが再度襲い掛かってきますが、何とか回避。


 アレクはライカンスロープの速さに手間取っています。

 彼はパワーファイターなので、小回りの聞く相手は苦手です。

 対して速度勝負と化したレヴィさんは、有利に戦いを進めています。


「アレク、レヴィ! ここは退け!」

「師匠置いて逃げれるかよ!」


 戦いの最中になると、やはり彼は冷静になりますね。できれば戦う前に、そうなって欲しかったです。

 剣で魔王を切りつけますが、相手は避ける気配すら見せません。


「アレク、落ち着いてください。あなたたち二人に『二度目』は無いんですよ!」

「――くっ!」


 死んでも蘇ることができるのは、わたしとハスタールだけです。

 わたしは攻撃を受けるのと承知で、アレクの前のライカンスロープに熱閃の魔術を放ちます。

 これに対応するようにリッチが土壁を立てますが、その障壁を物ともせず頭部を粉砕することに成功しました。

 そしてヴァンパイアがわたしを攻撃し、左腕が根元から千切れ飛びます。


「あぐぁ!」

「ユーリ姉!?」

「ぐっ、い、いいから……早く!」


 ハスタールは切りつけた剣の方が砕け、レヴィさんもライカンスロープの再生能力で膠着状態に陥りつつあります。

 アレクがレヴィさんの前のライカンスロープにセンチネルを投げつけ、一瞬の隙を作りました。

 そこへハスタールが風刃の強化版である風塵を叩きつけ、ズタズタに引き裂きます。

 そして彼は……魔王の魔術によって氷漬けにされたのです。

 精神抵抗の指輪を着けた彼の抵抗力を突破し、氷結を成功させたのでしょう。


「ハスタール!?」

「師匠!」

「あかんて! 今は退くんや!」


 彼の元に駆けつけようとするアレクを、レヴィさんが抑え、引き摺るように引き上げていきます。

 わたしは血を吐くような思いで、彼の周辺に光矢の雨を降らせました。


「なんという……!」


 魔力の限界まで消費して撃ち出したそれに、リッチが驚愕の声を上げます。

 ほんの数秒。それだけで周辺を焼け野原にするほどの数を撃ち放ち、直撃を与え、それでも無傷な魔王の姿を確認しました。


「バケモノめ――」


 世界樹の通路が抉れるほどの火力を受けて、なお無傷ですか。

 失血で目の前が暗くなりながら、わたしは反撃の火球の直撃を受けました。

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