92話:4章 壊滅
翌日、わたしたちは五十層の番人を倒しに、迷宮に潜りました。
例によってレヴィさんが居ると戦えないので、彼女は部屋の前で待機。
「五十層はどんなヤツがいるんだ?」
「確か、蜘蛛のオバケやね。名前はボムスパイダー」
「虫系ですか」
わたしは虫系の敵が苦手です。一層のデカイゴキもそうでしたが、虫に耐性の無い現代日本人の本質が、少し残っているからです。
手の平ほどもある蜘蛛すら見たことのない日本人が、二メートルを越える蜘蛛を見て平然としていられるでしょうか?
答えは否。わたしはデカイだけだったヒュージスパイダーを相手にした時ですら、身体が硬直し、まともに戦闘ができなかったのです。
「ボムスパイダーは蜘蛛の巣を張るんやなくて、粘着質の液体を吐きかけて敵を捕らえるんや。一種の射撃攻撃やな」
「虫はバラバラにしても、まだ動くから苦手だよ」
「この液体に掛かったら、身動き取れん様になるで? 元に戻るには酒類で洗い流さな戻られへん。実質の戦闘離脱や」
「たった一発で戦闘終了か……」
「もっとも魔術は撃てるけどな。それで、かろうじて生き延びたって連中の話も聞いたことあるわ。それに連射もでけへん」
唾液の一種だからでしょうか? 貯めるのに時間が掛かるんでしょうね。
となると、初撃を外してからの短期決戦が効果的です。
「せやな。取り巻きはヒュージスパイダーが一緒におったはずや。この階層を突破するのは、一定以上の破壊力を持つ戦力が必要になるんや」
「そこだけは問題なさそうだな」
「ヒュージスパイダーは毒を持っていたな。毒消しの在庫はあるか?」
「はい、ケファの実がまだ十二個残っていますね」
わたしはアイテム袋を漁って在庫を確認しました。
モンスターの毒は即効性と遅効性の二種類に分類されます。
ヒュージスパイダーの毒は遅効性で、戦闘終了する頃になって初めて、震えや悪寒がやってくる程度です。
ケファの実程度の解毒作用でも、充分役に立つでしょう。
「よし、あとは粘液を洗い流すための酒類だが、気付け用のでも可能か?」
「大丈夫やで」
「なら一人分程度の量はあるな」
気絶時や睡眠などの状態異常に掛かった時は、強めのアルコールが気付けになります。
なので彼は常に蒸留酒を持ち歩いています。いつも帰る時に一気飲みしていますが。
「それでは行ってくる」
「気ィ付けてなぁ~」
「そちらも」
この階層になってくると、彼女の認識阻害を無視して、臭いで存在を察知する敵も出てきます。
昆虫系の敵などは視覚の弱い種も居るので、そういった相手には認識阻害は役に立ちません。
とはいえ彼女の身体能力なら、まだまだ余裕を持って対応できる程度の敵なので、あまり心配はしていませんが。
扉の向こうは例によって二十メートル程の広々とした空間。
蜘蛛の部屋だけあって、天井付近には巨大な蜘蛛の巣がそこかしこに張っています。
その巨大な巣には二メートルを超えるヒュージスパイダーが、見た感じだけで五、六匹。
部屋の奥からはガジャガジャと耳障りな足音がして、ヒュージスパイダーに比べると、やや小振りの蜘蛛が這い出してきました。
あれがボムスパイダーなのでしょう。
「な、なんです、あれ。なんか金属っぽい外殻してるんですけど?」
キチン質が更に進化したのでしょうか? その外観は鎧を着た蜘蛛と言う感じです。硬そうです。
不意にわたしのうなじの辺りでカサリという感触がして、モゾモゾと何かが動いていました。
「―― ぴぃ!?」
珍妙な声を上げて飛び上がり、首の辺りを手で払うと、蜘蛛の子供が張り付いていました。
慌てて叩き落して踏み潰します。
ガシャシャシャ――!
それは怒りの声だったのでしょうか? それとも、ただの威嚇音だったのかよく判りませんが、わたしの行動がボムスパイダーを刺激し、突進してきました。
五十層、攻略の開始です。
そして夕刻。
ボムスパイダーを攻略したわたしたちは、一層上に登ってから特急ゴーレムに乗って戻ってきました。
現在、輸送ゴーレムは十層ごとに駅を作っていますので、五十一層はちょうど使い勝手のいい階層といえるのです。
ボムスパイダーの外殻部分を、ギルドに提出する証明部分として回収しておきます。これを提出すれば、晴れてわたし達は中層攻略者の仲間入りです。
二か月での中層到達は、ほぼ最速だそうですね。まあゴーレム輸送網の影響もあるのですが。
「そっれにしても、ユーリ姉のあの叫び声ったら」
「黙るのです、アレク。あれは驚いただけなのです」
「もうちょっとこう、女性っぽい悲鳴でも良かったんじゃない?」
「ウチはユーリちゃんっぽくて、ええと思うけどなぁ?」
「どんなだと思ってたのか聞かせなさい、レヴィさん」
殲滅速度重視。
わたしたちがその手段に出た時の破砕速度は、他に類を見ません。
襲い掛かってきたボムスパイダーは射程範囲に入るや否や粘液を飛ばしてきましたが、これはアレクのセンチネルの腹で受け止められました。
そのままハスタールが吶喊してクリーヴァの一撃を放ち、上半身粉砕。
上空から落ちてきたヒュージスパイダーはセンチネルの薙ぎ払いで粉々。
巣に残っていた残党はわたしの魔術で焼き払って終了しました。
戦闘時間、およそ二十秒。圧勝です。
「それをいったら、扉を開けたときのレヴィさんの顔だって、お笑いだったのですよ?」
「そりゃしゃあないやん。扉が閉じて、一分もせんうちにまた開いたんやで? 顎も落ちるってもんやで」
勝利の余韻に浸って、わたしの慌てっぷりなどを話のネタにしながら、ギルドの扉をくぐります。
「んぅ? なんか今日のギルドはざわついてますね?」
すぐさま気付いたのが、その雰囲気。
職員が何度もあちこちを行きかい、見慣れぬ制服の人も慌しく……あれは学園の教員でしょうか?
「学園の教師? なぜこんな場所に」
「ああ、何か妙な雰囲気だな」
とにかく報告もありますし、まずはレミィさんを探して……居ました。
「レミィさん、何か慌しいですね?」
「あ、ユーリンちゃん、大変なのよ!」
「落ち着いてください、何があったのです?」
彼女はそこで一息吐いて……ですが沈痛な表情のままで、告げました。
「マールちゃんのパーティが……壊滅したって……」
「――なっ!?」
嘘でしょう!?
学園の生徒は五層以下しか潜れないようになっています。その為、六層への入り口には見張りすら常駐されています。
彼女たちの実力なら、五層以下の敵なんて目じゃないはずなんです。
マールちゃんだけじゃありません。マリエールもいますし、アルマという剣士だってかなりの腕でした。
それにわたしが付与しておいた武装もあるのです。彼女にはコボルドレベルの敵など、刃も通らないはず。
「なんでだ! あのパーティは中層級とは言わないけど、低階層ならば問題なく探索できるほどの実力はあったはずだ!」
「ええ、私も報告書を見てそう思ったわ。だけど相手は……冒険者だそうなのよ」
「そんな、なぜ――」
マールちゃんは温和な性格で、それでいてパーティの信頼も厚かったです。
表面上のリーダーはハンスという貴族が指揮していたようですが、彼女の発言は無視できない程度には信頼されていました。
マリエールも高慢な口調で誤解されがちですが、恨みを買うような子じゃありません。
アルマさんも監督役のトーニさんも好戦的な性格ではなく、むしろ穏やかな性質といっていいはず。
「くそ、誰だよ!」
「こないだ登録した新規の冒険者よ。リーダーの名前は……マサヨシ・カネダ? 妙な名前ね」
「――っ!?」
名前に聞き覚えはありません。
ですがその名前、明らかにこちらの世界とは違う、その発音。
「転生者……?」
だとすれば、わたし同様に強力なギフトを持っていてもおかしくありません。
――先ほども振るったわたしの魔術。その威力が彼女に向かって?
その光景を想像して、身震いがしました。
「彼女は……マールちゃん、は……?」
「わからないわ。迷宮の奥で半壊した彼女たちを見つけた冒険者からの報告なの。届いてる情報は生存者二名。三名戦死とだけ」
三名……六割の被害。そこに、マールちゃんが、含まれて?
わたしは、目の前が暗くなった気がしました。
「くそっ!」
「アレク!?」
居ても立ってもいられなかったのでしょう。アレクが迷宮に向かって駆け出そうとして――
「どけ! 急患だ、道を空けろ!」
ギルドの職員によって、担架で運ばれてきた、五人。
うち三つは死体用の袋に入っています。
あそこに、マール、ちゃん、が?
「あと二人来るぞ! 一人は重傷、一人は魔力枯渇だ」
続いて運ばれてきた二人。そこにはマールちゃんとマリエールの姿がありました。
二人共ぐったりとして、意識は無いようですが、マールちゃんの口元には吐血の跡が見えます。
ですが、胸は上下していて……生きていました。
「マールちゃん!」
「あ、あぁ……」
叫んで後を追うアレク、安堵で脱力してその場にへたり込むわたし。
どうやら、彼女は一命を取り留めていたようです。
マールちゃんは肺に重大な損傷を受けていました。
それをマリエールが必死に治癒したのでしょう。その結果、彼女も魔力枯渇で気絶。
迷宮内で全員が意識を失うという大惨事になってしまった様です。
彼女たちはまだ目を覚ましません。
わたしはアルマさんの遺体を見ようと思いましたが、『子供が見るべき物じゃ無い』と断られてしまいました。
せめてどのような状態だったか聞き出したのですが。
アルマさんは頭部粉砕で即死。
ハンス君は体が三つに裂かれていました。
トーニさんは体中の血液がなくなってミイラ化。
どれもこれも、酸鼻極まる有様だそうです。
何をどうやったら『あんな殺し方が出来るのか』と、職員の人が言っていました。
わたしは、次にマールちゃんたちの装備を検分します。
アルマさんの長剣は粉々になっていました。
わたしたちの様に付与品ではありませんが、それでもかなりの逸品だったとわかります。
それが砕かれた。折れているのではありません、粉々に粉砕されているのです。
おそらく、これで頭部を守ったのでしょう。それでも守りきれなかった。
次にマールちゃんの水蔦のマント。
昨日わたしが付与して、彼女に渡した物。
それも強大な力を受けたのか、捻じ切れ、千切れ、ボロ布のような有り様になっていました。
アルマさんの様に肉体まで砕かれなかったのは、これが頑張ってくれたからでしょうか?
ですが、強靭に火炎耐性を追加で付与したこのマントが、ここまでボロボロになるなんて。
ハンス君の皮鎧は上質ではありますが、通常の物でした。
通常、と言ってもそれを肉体ごとバラバラにするなんて、とんでもない事態です。
なめし、強化した皮はまるで紙の様に千切れていました。
それも杖ごとです。
魔力を強化するための杖は、鉄製の物でした。
トーニさんの装備……これは中でも一番マシな方かも知れません。
遺体の状況は一番悲惨でしたが。
彼の装備には、傷一つ無りませんでした。
唯一、遺体の首筋に二つの穴が開いていただけだそうです。
まるで吸血鬼、ですね。
遺体の状況や装備の損傷から、敵の情報を探り出そうとして、気がつけば夜が空けていました。
そして、マールちゃんが目を覚ました、という報告を受けました。
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