91話:4章 戦闘準備

 この街に来て、およそ二か月が経過しました。

 わたし達は三十層を突破し、四十層も残り一層を残すのみとなっています。

 この高速制覇の裏には、ギルドの開発した(とされる)迷宮内冒険者輸送ゴーレム、通称『トレイン』の普及が大きく関わっています。

 各階層を一日十往復のペースで駆け抜けるこのゴーレムは、土系を得意とする魔術師に新たな雇用を生み出しました。

 更に特急と称して五十層単位で駆け抜けるゴーレムや、急行という十層単位で突っ走るゴーレムも現れ、最前線がぐっと近づいて来たのです。

 格安とはいえ料金も取っているので、ギルドの財政もウハウハだとか?


「というわけで、今度奢ってください、レミィさん」

「お礼として、こうして料理手伝ってあげてるじゃない?」


 グニグニと、小麦を練って、叩いて、伸ばして、丸めて、また練って……

 わたしの横では、レミィさんが練り上げた小麦を布に包んで踏んでます。

 今日の晩ご飯はおうどんなのです。

 わたしだと体重が軽いので、上手く踏めないんですよね。


「しかしこれ、食べ物なのに踏んじゃっていいの?」

「そういう料理なので。踏まなきゃならないくらい、強く延ばさないといけないのです」


 明日には五十層へ挑戦する予定ですので、今日は前祝いに久し振りの料理に挑戦しています。

 コルヌスへ飛んで、魚を乾燥させて燻製にした簡易カツオ(っぽい)ブシと昆布っぽい海草(クリーピングベイン)で出汁を取り、柚子の代わりに柑橘系の果物の皮を削り、醤油っぽいソースをベースにスープを作ります。

 油揚げが無いのは残念ですが、代わりにシメジを始めとした山菜をたくさん使用しました。


 さて、引っ越した先の家なのですが、実はこの家、予想以上に危機的状況でした。

 根っこが通っているのは、屋根の上だけかと思っていたら、室内にもそこかしこに繊毛せんもうのような根が張っていたのです。

 繊毛と言っても、そこは世界樹。太さが五センチくらいあるので、通常なら住める環境ではなかったでしょう。

 わたしは速攻で、壁や柱に頑強を施し、倒壊を防ぐことにしました。

 そして世界樹の根ですが……実は、これはこれで使い道があったのです。

 根と言うだけあって、この内部は結構な勢いで水が流れているので、わたしはそこに目を付けました。

 根に傷を付け、蛇口を取り付ければ、あっという間に水道の完成です。

 毎日水汲みする必要も無く、水道代もタダです!


「まあ、わたしはいつも魔術で水汲んでましたけどね?」

「なに?」

「いえ、なにも?」

「それにしても、この水道? 便利ね。私の部屋にも欲しいわ」

「レヴィさんの部屋でよければ、存分にどうぞ」


 部屋自体は余ってますしね。地下は入室禁止にさせてもらいますが。

 キュッと栓を閉め蛇口を閉じてから、火を起こし、刻んだ麺を茹でます。

 レミィさんと二人掛かりで捏ねたうどんは二キロを遥かに超えます。

 ハスタールとアレクと……実はレヴィさんもかなりの大食漢です。そしてもう一人。


「ねーねー、ごはんまだー?」

「もう少しですから待ちなさい、バハムート」

「あの……その、あれ……本当に?」

「ナイショですよ?」


 三キロ捏ねた方がよかったでしょうか? あれ、出せば出すだけ食べちゃいますし。


「レヴィさんにも手伝わせた方がよかったですかね?」

「あの子に料理とかやめておきなさい。きっと毒物作成のギフト持ってるわよ?」

「持ってませんでしたって。せめて饂飩踏みくらい……」

「震脚ぶち込むわね、きっと」


 そこまで非常識ですか? ウン、非常識でしたね、彼女。

 まあ、足りなければ、店売りのパスタでも茹でてしまいましょう。そっちはこの世界でも普及しているのです。



「ふぇ、ふぁふのひょひぇいふぁふぁ……」

「ハ……アル、口の中のモノを飲み込んでから話してください」


 レヴィさんが居るので、偽名モードです。

 ですがバハムートがいるのに、偽名を使う意味があるのでしょうか?


「むぐっ、ん、ゴホン。スマンな、急いで食べないと俺の分が無くなってしまいそうで」

「アル君が喋ってる間に、残りイタダキィ!」

「やらん!」


 ハスタールとバハムートの無駄にハイレベルな剣技(ナイフ)の応酬を横目に見ながら、わたしは溜め息を吐きます。

 横でアレクに食べさせてあげてるマールちゃんに、ちょっぴり嫉妬。

 これはもう、食後までは明日の会議は無理ですね?



「で、改めて明日なんだが……」


 食後のお茶を嗜みながら、五十層前のボスについてお話します。

 五層ごとのボスを倒して行っていますので、明日はレヴィさんは途中までしか参加しません。

 特急を利用すれば飛ばせるのですが、せっかく戦えるのだったら殺ってしまおうという結論に達しています。


「そろそろ装備も、考えなきゃいけないと思うんだよ」

「装備ですか? それぞれがほぼ最強クラスの武器持ってると思うんですが?」


 ハスタールはクリーヴァ、アレクはセンチネル、わたしはサードアイ。

 製作以降も、地味に改良を加えていってますので、そこらの神話級武器並みの性能を持っているはずです。


「武器じゃなくて鎧だな。俺とアレクはともかく、ユーリはまだ皮鎧のままじゃないか」

「あー、そういえば? でも、わたしの方に攻撃が来る事なんて滅多にありませんし」


 来ても平気ですしね。死んでも蘇るので。


「『死んでも蘇る』って顔してるが、お前に死なれると危険度が跳ね上がるからな?」

「ユーリ姉、自分が後衛の要って自覚ある?」

「うっ!?」


 ハスタールが最前線に張り付いてる以上、後衛はわたし一人になってしまいます。

 魔術による支援が必須ならば、わたしの死はそのままパーティの瓦解につながる、というのも、まあ大げさな話ではないわけで。


「でも、わたしの筋力だと重い鎧はむしろ危ないですよ?」

「そこなんだよなぁ」


 関節部の動きをを制限してしまう金属鎧は元より、なめした皮鎧すら、わたしには重量オーバー気味なのです。

 わたしの荷物は基本ハスタールに持ってもらってます。

 サードアイとショートボウ、鋼鉄矢十本に、普通の矢十二本。これだけで精一杯なのです。


「四十五層の時も思ったんだが、そろそろ相手側も遠距離攻撃の手段を用意してる気配がしてる。ユーリにも安全を確保して欲しいんだが」

「ですがわたしの筋力を勘案すると、余計な武具は着けないほうがまだマシと言うか?」

「前にベラさんに作った様な、マントじゃダメか?」

「それくらいなら、なんとか」


 それを聞いて、彼は荷物袋をごそごそと漁り始めます。


「俺たちも何度も迷宮に潜って、それなりにアイテムとか集めてるが……っと、あった」


 取り出したのは一つの古ぼけたマント。

 ところどころに葉っぱが付いて……いえ、これはマントから生えてる?


「どうやら世界樹の蔦で作られたシロモノっぽいな」

「あ、それ」

「マールちゃんは心当たりがあるのですか?」

「はい、こないだの授業参観の時に出たアイテムです。防御力がそれほどないので、みんな要らないって」


 ふむ? すこし識別で見ることにします。



 ―― 水蔦のマント

 特殊能力:火炎耐性

 付与枠:残り3



 水分をたっぷり含んだ蔦で編まれたマント。火炎に強い耐性を持つが、防御力自体は並。


「結構壊れ性能じゃないですか、これ?」

「そうか? 防御力があるでもないし、火炎も無効化するほどじゃない。平均だと思うが?」

「……? ハスタール、このマントどう見ます? いえ、見えます?」


 わたしとしては、付与枠:残り3ってのが凄い性能だと思うのですが?

 ここに強靭なり強化なり組み込めば、普通に金属製の鎧並みの防御力になるじゃないですか?


「ん、えーっと、水蔦のマントだな。防御力は通常のマント並で、火炎耐性有り程度」

「付与枠の残りとか見えません?」

「そんなものは見えた試しが無いぞ?」


 ということは、この項目は識別のギフトの恩恵ですね。

 これほどの良品が浅い階層に出てもいいのでしょうか?


「いいんじゃない? 普通、付与永続化なんてやる冒険者は居ないもの。キミの言う『良品』ってのはキミの技術があって初めて成り立つものだよ?」

「バハムートにはできないんですか?」

「やったことが無いね。と言うか、これまで必要も無かったね。人間の頃はそもそもそれ程の技術はなかったし」


 確かに、追加で付与できるわたしでないと、あまり良い品では無いのかもしれません。

 しかし、これもある意味、未完成品が転がってるんじゃないですかね?


「これ、付与枠が残り3つ空いてます。これは強化しておいて、わたしよりマールちゃんが着けた方がいいです」

「え?」

「マールちゃんも最近は迷宮実践とかで潜ってるようですし、重装備の必要性はわたしより急務でしょう?」

「で、でも……」

「ハスタール、いいですね?」


 わたしは少し上目遣いに、媚を含めて『お願い』してみます。


「うぐ、いや、しかし……ユーリの安全には代えられないわけで……」

「そもそもわたし、マントは増槽用の奴を装備しています。二枚は付けられませんよ?」


 最もサードアイの全力斉射でもしない限り、使うことはありませんが。

 あのマント防御強化系の付与は掛かってませんし、確かに防御力は不安ではあるのですけど、彼女の安全の方が、わたしとしては上位に来るのです。

 わたしにとって最優先はハスタールの安全。次がアレクとマールちゃんです。

 レヴィさんは悪いですがその次で、最後がわたし自身でしょうか?

 正直、死んでもやり直せるハスタールの優先順位は下げてもいいのかもしれないですが、そこはほら、『それはそれ、これはこれ』です。


「仕方ない、ではこっちの小盾バックラーを」

「わたし弓使いなのに、盾装備するのですか?」


 弓は両手を使うので、基本盾は装備できません。


「ならせめてこっちの靴を」

「あまり足が重くなるのは、好きでは無いのですが」


 彼が取り出したのは、靴と言うか脛当てですね。

 なんだか、赤み掛かったまるで昆虫の甲羅のような?

 装備してみると意外と軽いです。


「これは?」

「ウッドクラブという虫の甲羅で作られた脛当てだそうだ。ウッドクラブは……ヤシガニみたいなものか?」

「へぇ……」


 念のため識別でも性能を確認しておきました。

 魔力付与はされていないし、付与枠はありませんが、とても軽く、また金属に準ずるほどの硬度を持っています。


「これなら……うん、悪くない、ですね」


 脛当てを装備し、スカートを軽く持ち上げた状態で、クルクルと動いて動きを確かめて見ます。


「ああ、悪くないな」


 ウンウン、と頷いているハスタール。なんだか悪い予感がしたので、スカートを持っていた手を離します。

 じっと睨みつけてあげると、彼は視線を逸らせました。油断も隙も無いのです。



 とにかく、これで準備は完了なのです。

 明日こそ、晴れて中級者の仲間に入ってみせますよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る