90話:4章 授業参観

  ◇◆◇◆◇



 わたしが学園の入学が決まって、一か月が経ちました。

 ユーリさんたちとの特訓のおかげで、主席入学が果たせたので特進クラスというクラスに配属されました。

 肝心のユーリちゃんが不合格になってしまったのは予想外ですが、わたしはわたし。

 とりあえず、ここで頑張って行こうと思います。


 ですが入学の際の適性試験の結果、わたしには剣士と斥候の適性があると教えられました。

 残念ながら治癒術師の適性は並程度で、『大成は見込めない』だそうです。

 ガックリと落ち込んだわたしを、アレクさんは一晩中撫でて慰めてくれました。


 そして、ここでわたしには二つの選択肢が突きつけられたことになります。


 一つ、村に帰って、父から村長としての役目を学ぶ。

 二つ、学園に残って、剣士なり斥候なりの知識を身に付けて戻る。


 もちろんわたしは後者を選びました。

 わたしはまだ十歳です。村長の仕事を学ぶ前に、他の技術を会得しておいても、損は無いはずです。

 剣を学べば村を守れます。斥候術を学べば、村を安全に出来ます。

 ここで学ぶ知識は、村に戻っても役に立つはずです。



 そんな決意をして入試から一か月が経ち、授業が始まる初日。

 制服や教材の準備を終えたわたしは、改めて学園の門をくぐりました。

 教室の入ったわたしは、甲高い声を耳にします。この声、地味に耳が痛いよ?


「おーっほっほっほっほ! マールさんとやら。あなたもこの特進クラスのようでうすわね!」

「あ、えーっと……」


 試験会場で会った人だ。

 水の聖者さんのお孫さんで、名前は確か?


「ごきげんよう、縦ロール・ブランシェさん」

「マリエール! マリエールですわ!? 後ろ半分しか合ってないじゃないの!」

「そうでした。すみません、わたし人の名前覚えるのが苦手で」

「ぶっくくくく……お嬢さん、それいい。そっちに改名しよ?」

「しません!」


 あ、こっちは確かアルマさんですね。

 正統派剣術を使う凄い人。


「こんにちわ。アルマさんも元気そうで」

「これはご丁寧に。わたしはお嬢さんの護衛役だから、そんなに畏まらなくていいよ?」


 さすが四大賢者のお孫さん。護衛がついてるなんて貴族みたい。



 入学初日から授業が始まりました。

 特進クラスは十人ほどの少人数で、入試の際に、特に優れた技量を示したものが集められているそうです。

 最初は復習と言うことで、試験でも出た歴史や算術のおさらいをして、午前中を過ごしました。

 午後からは体術と体力練成というスケジュールだそうです。


「よし、それじゃ二人組になって、軽く打ち合ってもらおうか」

「はーい!」


 みんな思い思いの相手と組んで、練習を始めました。

 ですがわたしの相手がいません。試験の時の戦い方のせいで、敬遠されてるみたい?


「えーと、スヴェル君、わたしと一緒に――」

「ゴメン、俺ニールとやるから」

「じゃあ、コルト君は……」

「ゴメンね、俺ミナと組むんだ」


 なんだかあからさまに避けられてる?


「こ、これはもしかして、イヂメ!?」

「なわけないですって。試験の時の剣技が圧倒的過ぎて、相手が怖がってるだけ」

「あ、アルマさん」


 うん。アルマさんは背が高くて、運動着もカッコイイね。

 わたしもこれ位伸びるかな? さすがにユーリさんくらいなのは困る。


「わたしも相手がおらんから、一緒に組も?」

「でも、マリエールちゃんは?」

「お嬢さんは運動オンチだから。わたしの相手はツライかなぁ」

「わたしに死ねって言うおつもり!?」


 遠くで別の女の子と短剣で切り結んでいたマリエールちゃんが叫んでます。彼女って結構耳がいいのね。



 翌日は魔術の授業がありました。

 ユーリさんの教えを受けていたので、魔力を巡らせる方法は理解しているんだけど、なかなか上手くいきません。


「よう、お前の相棒はあんなバカ魔術使ったのに、お前はからっきしなんだな!」


 わたしが魔術を使えないのを知ると、男の子がからかってきました。

 あ、昨日剣術練習で、やっつけた子だ。

 上等の生地の、仕立てのいい服を着てるので、貴族なのかもしれません。

 この学園では貴族とかは関係無しに学べるので、ここにいる間は、頭を下げる必要が無いんだ。


「わたしは魔術は苦手だもの。それとユーリさんはバカじゃないよ?」

「バカだろ。設定以上の魔術使って不合格とか、聞いたことねぇよ!」

「バカじゃないもん!」


 ユーリさんは凄い子なんだよ。

 魔術もすぐに開発しちゃうし、強いし、いろんなこと知ってるし!

 わたしを助けるために盗賊と戦ってくれたし、わたしたちを治すためにドラゴンと戦ってくれたし!

 わたしがここに来れたのも、彼女のおかげなんだから!


「うるさいな、お前だって女の癖にナマイキなんだよ!」


 わたしが反抗したので男の子も癇癪を起こし、魔法陣を広げて攻撃してきた。牽制のつもりだったんだろうけど、とても危ない行為だ。

 火弾っていう魔術だ。火属性の一番最初に学ぶ攻撃魔術。


「火よ、集いて敵を焦がせ!」

「ひゃっ!?」


 咄嗟にしゃがんで火弾を避ける。

 そのまま前に飛び出して男の子に組み付き、押し倒しました。


「いきなり攻撃魔術を使うなんて、危ないじゃない。当たったら怪我じゃすまないのよ?」

「離せよ! 平民の子供なんてどうなろうと知ったことじゃないね!」


 やっぱり貴族の子供だったようです。傲慢な考えが身に染み付いてる。

 詠唱できないように、口を押さえようとして揉み合っていると、そばに誰かが来たのが見えました。

 その誰かは貴族の子供を蹴り飛ばし、傲然と言い放ったのです。


「なら、わたしが貴族のガキを氷漬けにしても、なんら問題もないわね。お婆様にとっては貴族の一人や二人、知ったこっちゃないもの」


 マリエールちゃんです。

 胸を逸らし、見下すような視線はちょっと怖い。

 彼女のそばにはアルマさんも一緒にいます。いつものニコニコ顔だけど、なんだか表情に影が差してるような?


「君がどう思ってようと構わないが、この学園で一般生徒に攻撃魔術を放ったというのはいただけないね? 問題になるよ?」

「し、知ったことかよ」

「その態度が問題だと、まだわからないか?」


 その一言は地の底から湧き出すような、重い圧力を放ってました。

 男の子は口をパクパクと動かした後、フンと鼻を鳴らして立ち去っていきました。

 その足が少し震えてるのが、面白かった。


「マールちゃんも無茶をするね。魔術師に対抗するにはコツがいるんだよ?」

「だって、ユーリさんをバカにするんだもの」

「あの子か。今どうしてるのかな?」

「迷宮に潜ってるよ。確か三十層まで行ったって」

「一か月で三十層!?」


 あ、やっぱり凄かったんだ?

 ユーリちゃんと一緒にいると、スゴイの基準がわからなくなるなぁ。


「あれだけの魔術を使える者だもの、当然ね。あの世界樹の枝を木っ端微塵だなんてわたくしでもできませんわ。ナニモノなのです?」

「え、えへへ……それはちょっと……」

「お嬢さん、あれ、やっぱり凄いんだ?」

「小枝とはいえ仮にも世界樹よ? それを砕いたということは、迷宮そのものも砕ける可能性があると言うことね」

「とんでもねぇ」


 ま、まあ、ユーリさんだし。


「それにしてもいい動きだったね。やっぱり君も前衛をこなす為に訓練してたの?」

「ううん、見様見真似だよ? ユーリさんの動きを真似してるの」

「あの子、接近戦もこなせるのか。そんな風には見えなかったのに」

「あはは、あの時は手を抜いてたからねー」


 元々入る気もなかったみたいだし。来てくれると心強かったんだけどなぁ。


「なら、あなたは彼女とパーティを組むわけでは無いのね?」

「うん、わたしは村に帰ってから役立つ技術を学びに来てるだけ」

「だったら、わたくしと一緒に組んでみない?」

「組む?」


 何をだろう、腕を組むのかな?


「ほら、この学園には迷宮実践実習があるでしょう? その資格を取るために一層に潜る仲間を探しているのよ」

「マールちゃんは斥候の才能があって、そっちも勉強してるんだよね? わたしたちはどっちも前のめりだから、手伝ってくれると嬉しいな」

「あ、ごめんなさい。わたしもう本登録証持ってる」

「えっ!?」


 確か、本登録になった人は手伝っちゃいけない決まりだったはず。

 わたしは、あれから一度も使用していない本登録証を二人に見せます。


「うん、ほらこれ」

「うわぁ、本当だ。すっげぇ」

「ユーリさんたちに手伝ってもらったんだけどね」

「それでも凄いよ。ん、『たち』ってことは他にも仲間いるんだ?」

「うん、アレ……えと、バーンくんと、アルくんと、レヴィさん」


 偽名で登録してるんだから、こっちじゃないとダメだよね?

 ユーリさんの名前を出したのは失敗だったかな? でもハスタールさんの推薦状がユーリ名義だったし、しかたないよね?


「で、ユーリって子と四人か。お嬢さん、これは諦めたほうがええで」

「なに言ってるんですか。本登録さえ済ましてしまえば、あとは自由に組めるのですよ? 資格試験の時は無理でも、実習の時に一緒に組みましょう」

「あ、そか。うん、それだったらいいよ!」

「よし、斥候ゲットですわ!」


 む、その言い方だとわたしの技術だけが目当てみたいじゃない?

 わたしがそう告げると、彼女は顔を紅くして、手を振って否定していました。

 ユーリさんとは別の方向で可愛い子だね。



 それから十日くらい経ったあと、彼女たちはハンスくんと言う、さっきの貴族の子を仲間に入れて、本登録証を入手していました。

 まだ生徒なのに、二週間切るなんてスゴイ。

 学園のパーティは同じクラスで四人まで、そこに一人か二人上級生が入って安全を確保するやり方です。

 ユーリさんんは『ぱわーれべるんぐだ、こっちにもあるんですね』って言ってた。


「でも本当にいいんですか?」


 わたしはチラリと後ろを振り返ります。

 アルマさんは気楽に『いいの、いいの』と手を振ってます。

 わたしたちのパーティは、わたしとマリエールちゃん、アルマさん、ハンスくんの四人。

 ここに上級生の魔術師、トーニ先輩が参加して五人です。

 このことを皆に話したら、『じゃあ一人分、参加枠が余ってるね!』って言って、半ば無理やり。


「なに? 私と一緒じゃマール君は気に入らないのかな?」


 そこでニコニコ歩いていたのはハスタールさんです。

 よりによって、ユーリさんのパーティの、最大最強戦力がそこに存在していたのです。

 それも少年の姿で。マリエールちゃんは元々知り合いらしいけど、若返ったハスタールさんをそれと認識できていないみたい。


「いえ、なぜそこにいるのかなって」

「規約にも学則にも違反してるわけじゃないさ。まあ、授業参観とでも思ってくれたまえ」


 そりゃ『学外の人と組んじゃいけません』なんて校則は無かったけど。


「上級生が監督についているし、私が参加しても問題無いだろう?」

「そうだけど……」

「それはいいけど、腕は確かなんでしょうね? わたくしたちは腕利きですわよ?」

「問題ない。これでも三十層クラスだ」


 そう言ってクリーヴァを一振りして見せます。片手で。

 その風切り音は『ブン』ではなく、『バォン!』という感じで、もう風圧だけでダメージを受けそう。

 でも、それ人前で見せちゃっていいのかな?


「そ、そう? それなら、いいわ……」


 マリエールちゃんは強がってそう答えましたが、脂汗が浮いてるのが見えちゃいました。

 一メートル近い鉄の塊を槌頭にしたクリーヴァは、存在するだけで威圧感があります。

 それを片手で振り回すのですから、もはや恐怖しか湧かないレベルです。


「確かにそれを片手で振れる達人なら、戦力としては問題ないけど、なんでそんなに後ろなん?」

「授業参観だからね? というのは冗談で、私は魔術も使えるからここが適任なんだよ。それに後ろからの方が君たちの動きもよく見える。ウチの子を預かってるわけだから、今日はたっぷり観戦させてもらうよ?」

「あうぅぅぅ」


 その日一日、わたしは凄く居心地が悪かったです。

 次の授業参観はアレクさんだとか? 勘弁してください。



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