87話:4章 お受験

 そんなこんなで一週間経ち、マールちゃんもほぼ安全圏の能力を身に付けたところで、学園へ『お受験』に行くことになりました。

 ちょっと心配なのは、アレクが担当した『超激甘剣術講座』くらいでしょうか?

 レミィさんに貰った地図に従い、学園の門をくぐります。なお付き添いはわたし一人です。

 ハスタールとアレクは、買い直した剣(連戦で使い潰したと言う設定のため)を受け取りに行く用事があり、レヴィさんはレミィさんとデートだそうです。

 試験会場には十数人の多種多様な種族の子供たちが集まっていました。


「だ、大丈夫かな? ユーリちゃん、わたし合格するかな? ね、どうだろ?」

「落ち着いてください、この一週間わたしたちの英才教育を受けているのですから、大丈夫です」

「でもわたし、試験とか初めてだし」

「受けてみればどうとでもなるものです。『案ずるより産むが易し』といいます。わたしは産むのが難しいですが」


 試験会場でのマールちゃんは、緊張でガチガチです。これはどうにかしないといけませんね。


「マールちゃん、落ち着いて周りを見るのです。ほら、普通の子供ばかりで大したことなさそうでしょう?」

「はわわわ! ユーリちゃん声が大きい!」


 わたしのセリフにビビリ捲くって周囲を警戒する彼女。

 確かに少し声が大きかったのか、周りからちょっとキツ目の視線をいただきました。

 ですが、実際彼女の周りには、十歳から十五歳くらいの少年少女しかいません。

 歳もそうですが、見るからにオノボリさんな田舎モノ風の子供や、貴族のボンボン。果ては金髪縦ロールで高笑いしてる奇妙な子供……なにアレ?

 ま、まあ変なのも一部居るようですが、わたしたちが鍛えた彼女を超えそうな人材は見当たりません。多分。

 そうやって彼女の相手をしていると、試験官が入室してきました。


「おまたせしました。それではこれから、秋季入学試験を始めたいと思います。皆さん近くの席に着いてください」

「は、はじまっちゃったよ!?」

「覚悟を決めてください。盗賊共よりよっぽど怖くないでしょう?」

「でもでも」

「じゃ、わたしは表で待っておきますので、終わったら落ち合いましょう」


 彼女に軽く手を振り、ドアから外に出ようとすると、試験官が立ちふさがりました。


「ちょっ、なにするんですか? どいてください」

「試験を始めると言っただろう。早く席に着かないか」

「わたしは付き添いなのです。受験者じゃないのですよ?」

「君の名前は?」

「ユーリンです」

「名簿に名前があるな」

「ハァ!?」


 試験官の名簿を引ったくり、確認すると、確かにユーリンの名前が。

 同姓同名の別人と思いきや、名前の後の推薦人にはシッカリとハスタール・アルバインと明記されているでは有りませんか!


「なんでですか!」

「私に聞かれても困るな。とにかくこうして名前がある以上受けるだけ受けて行きなさい」

「おかしいですよ、推薦状はマールちゃんの分しか提出していないのです。なぜわたしの名前が――」

「ああ、君はハスタール師の推薦だったか。彼女の推薦状には二人分の名前が書かれていたぞ」

「は、謀ったな、ハスタールゥゥゥ!?」


 えー……こうしてわたしも試験を受けることになりました。



 午前中の三時間を掛けて、歴史伝承・算術・地理・言語の四種の試験をこなしました。

 ここは基礎学力を把握するためのものだそうで、あまり重要視はされません。

 とはいえ高ければ受けはいいのも事実です。自己採点の結果、わたしもマールちゃんも、ほぼ満点を獲得出来たでしょう。

 そして、合否に最も注目されるのは、やはり実技です。

 戦技に斥候技量……そして魔力です。


 最初の試験は斥候技量でした。

 剣を振ったりして指が震えてしまえば、正確な技量がわからないということで、最初の試験となります。

 魔術も同じく、無理に魔術を使って眩暈を起こす生徒が出たために、最後の試験に回されています。


 さて、試験内容ですが、森を模した裏庭を通り過ぎ、中心にある宝箱の中身を持ち帰る、という試験でしたが結果として、この試験ではわたしは大した成績を残せませんでした。

 学んだことが無いので仕方ないですね。

 逆にマールちゃんがわりと好成績を残しています。解除系は惨敗でしたが、注意力が高く周辺への索敵能力が高いとか。

 田舎育ちの野生児なのに、気配り系幼女という属性のせいでしょうかね?


「うん、なんかね。こないだから感覚が鋭くなった気がしてたんだ。迷宮に入ったおかげかな?」

「わたしは全く成長してないんですけどねぇ」

「だってユーリちゃんは、元から強いから」

「わたしは強くないですよ。通算で見ると負けが込んでるくらいです」


 ハスタールに何度助けられたことか。『強い』というのは難しいことですね。

 待ち時間の間、彼女と無駄話に興じていた時、やや甲高い声が響いてきました。


「もう! わたくしは治癒術師なのですから、こんな野蛮な試験は向いてないのですわ!」

「そーですねー、私も剣しか学んだことが無いですから、サポートできずに申し訳無いですねー」

「アルマのせいではございません。適性の問題です。合わないというのに無理に受けさせるのは理に適いませんもの!」

「まー、お嬢様は魔力試験までゆっくりされるといいですねー」


 プリプリと怒りながら森から出てきたのは、金髪縦ロールの少女。

 試験前の教室で耳障りな高笑いを上げていた子ですね。

 わたしたちはそれどころでは無かったので、気になりませんでしたが……あの笑いは神経質な子には癇に障ったでしょうね。


「それ以前の問題だ。森の中を高笑いを上げて進むな。これを何の試験だと思ってる?」


 ジト目の試験官が彼女に注意をしていますが、聞き入れる雰囲気ではなさそうです。

 いるんですねぇ、空気の読めない子供って。



 次の試験は戦技試験でした。

 剣・槍・斧・戦槌ウォーハンマー槌鉾メイスといった模造武器でお互いに立ち合い、勝敗を含めた技量を見ると言うものです。

 変わったところでは、杖や連槌フレイルといったジャンルの模造武器まで置いてあるところが本格的ですね。

 こちらもわたしの試験結果は惨敗。

 身体強化を使えば、勝とうと思えば余裕で勝てるのですが、そもそもわたしは合格する気すらありませんし。

 逆にマールちゃんはここでも好成績を残しました。

 ……というか、短剣一本で五人抜きはやりすぎでしょう?


「マールちゃん、いつの間に。ってか、なんです、その戦闘スタイルは!?」


 片手に短剣を構え、地を這うような低姿勢から一気に懐に飛び込む姿は、まるでスパイ〇ーマン。

 相手を嘲笑あざわらうかのように攻撃を躱し、反転しつつ急所に斬撃を浴びせる様は、本業の暗殺者を彷彿とさせます。

 純朴な彼女に、こんなえげつない戦闘法を教えるだなんて、アレクは帰ったらオシオキです!


「え、これユーリちゃんのマネだよ?」

「は? わたし、そんな戦闘してましたっけ?」

「アレクさんとの模擬戦で」


 そういえば何度かアレクと訓練した際に、身体強化使って相手したような?

 とすると、あの低姿勢は地面を踏み抜かない為に三点姿勢を保った、わたしの戦術?


「マールちゃん、カッコイイです!」


 ビシッとサムアップを送り、手の平を返します。

 細かいことに拘ってはいけないのです。勝てばよかろう、なのですよ。


 なお、戦技試験は勝敗がはっきり出るため、首位が明確にわかりました。

 マールちゃんと同じく五人抜きをしたアルマという女性が、首位を分け合っていました。



 そして最後の魔力試験です。

 試験場の前には枯れた巨木が置かれ、その威容を晒しています。


「最後はあの木に向かって魔術を撃ちこむことが試験となる。見ての通り枯れているので、攻撃魔術でも治癒魔術でも効果は出るだろう。その直接的な影響力で魔力の大きさを測る」


 試験官が内容を解説していますが、性質が悪いですね。

 あの枯れ木、識別によると世界樹の枝の枯れ木です。しかも頑強を施した逸品。

 あれを受験生レベルでどうこうしろと?

 試験官たちもどうにかなる物じゃないと思っているのか、叩きつけられた炎や氷の魔術で付いた傷の大きさを測る程度しかしていません。

 受験生達はそうとも知らず、『枯れ木なんて吹き飛ばしてやるぜ!』と息巻いていましたが……無理でしょうとも。


「そんな仕掛けしてあるの?」

「真面目になるだけ損ですよ、あれは」

「まあ、わたしはまだ魔術が使えないから、リタイヤだけどね」


 戦技や斥候技量と違い、魔術は使えるか使えないかが明確に分かれていますので、使えない者は早々にリタイヤしています。

 参加しているのは、およそ半数の七人。

 すでに四人が試験を終了し、掠り傷をつけた程度で終わっています。


「おーほっほっほっほ! ついにわたくしの出番が回ってきましたわね!」

「あ、縦ロールさんだ。彼女も魔術使えるんですねぇ」

「そこ、失礼ですわよ!」


 ビシッとこちらを指差してきます。

 どうやら、聞こえてしまったようなのです。


「この水の聖者の一番弟子、マリエール・ブランシェの手に掛かれば、このような枯れ木など!」

「ぶっふぁ!?」


 ままま、まりえぇる!?

 あのハスタールが『ヤメトケ?』と遠い目をした、あの彼女ですか!?


「四大賢者の弟子がなんでこんなところにいるんですか!?」

「ユーリさんがそれを言うの?」

「この学園に入れば、迷宮探索の本登録証をもらえるからですわ!」


 正確には違います。

 この学園に入れば、迷宮探索実習の為に本登録証を否応なく取らされるだけです。

 つまり、彼女は……勘違いでこの場にいる、と?


「――アホの子だ」

「重ね重ね失敬なお子様ですわね。まあいいでしょう、刮目なさい! わたしの超魔術を!」


 彼女はそう言って魔法陣を展開。その数なんと……三重!?

 見た感じでは水と光と生命活性系の術式ですか。

 しかし、込められた魔力は充分以上。しかもお互いが干渉しあい、強化し、枯れ木が見る見る若返っていきます。

 枯れた巨木が根を張り、枝を伸ばし、葉を繁らせ……術が終わったそこには、十数メートルにも及ぼうかという、小規模な世界樹が存在していました。

 その効果に試験官はペンを取り落とし、顎まで落とさんばかりに驚愕しています。


「ほーっほっほっほっほ! どうです、素晴らしい効果でしょう! これこそがわたくしの真骨頂!」


 高笑いを上げるだけの事はあります。

 枯れて死ぬ寸前だった枝をここまで復活させるなんて、信じられません。

 水の聖者、治癒と回復を専門とする賢者。その一番弟子。


「名乗るだけはありますねぇ」

「わかりましたか! もっと褒め称えてもよろしくてよ?」

「まぁ、次はわたしなので、そこどいてくださいな」

「あ、ごめんなさい」


 思ったより素直に場を譲る彼女。根は悪い子じゃないようですね。

 さて、わたしの番ですが……元々合格する気なんてサラサラ有りませんでしたが……あれほどの魔術を見せられたとなれば、対抗心も湧いてきます。

 ましてや現役の『風』です。負けるわけにはいきません。


 場に立ったわたしは、腕を天にかざし、空を仰ぎ見ます。

 雲ひとつ無い快晴。いいでしょう、悪くありません。


 体内にで練り上げた魔術を空に向かって放出。

 直後、天空に展開される、巨大な六つの魔法陣。


「六重ですって!?」


 縦ロール……もとい、マリエールの驚愕に染まった声が聞こえてきました。

 残念ですが、六つじゃないんですよ?

 各魔法陣をつなぎ合わせ、全体でさらに七つ目の魔法陣を出現させます。

 空気中の水分を凝縮し、加速させ、回転させ――魔術によって加工された水滴はイオン化し、やがて音速すら軽々と突破し、プラズマ化して強大なエネルギーを孕みます。



「――粒子加速陣シンクロトロン!」



 天空でたっぷりと蓄えたエネルギーを成長した世界樹に向けて叩き落します。

 荷電粒子砲や電磁加速砲に興味を持った時に、一緒に見つけた知識。

 一つ一つの魔法陣で粒子を加速し、残った五つが連結して更にブーストする。全体を束ねる七つ目が形状を保持。

 電磁加速砲レールキャノンがバハムートに効かなかったので、更に威力を追求して考案した術式です。

 これ以上の威力を再現するなら、核を作るしかないでしょう。

 目も眩まんばかりの閃光が地に届き――


 目の前が白に染まりました。

 振動もあったでしょう。

 ですが、音は聞こえませんでした。


 気がついた時は、広場にいた全員が吹き飛ばされ、気絶していました。

 世界樹の枝? 跡形もありませんでしたとも。

 何人か重傷者も出ましたが、幸い死者は出ませんでした。

 マリエールさんを含め、駆けつけた治癒術師の人が総動員で治癒して回っていました。


 結果、わたしは不合格になりました。

 状況判断力に難あり、だそうです。

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