85話:4章 異端

 昨夜はレヴィさんに気を使ったので、反省会を開くことができませんでした。なので早朝に行うことにします。

 なお、今日は休息日に当ててますので、迷宮には入りません。


「というわけで、昨日の反省会を開きまーす。どんどんぱふぱふー」

「わ、わーい?」

「昨日の反省といっても、昨日は順調にクリアしたから、特に反省することもないんじゃないか?」

「ハスタール、『自省無き場所に進歩無し』ですよ?」

「それはわからんでもないが」

「あー、でもオレから一つあるよ。昨日は順調すぎて、逆に終盤は疲労に気付かなかったところが危なかったと思う。マールちゃんもいるんだし、無茶な行軍は避けよう」


 確かに彼女は昨日、かなり疲労してた様子でしたね。

 疲れると思わぬミスを誘発することもあります。早め早めの休息は重要案件ですね。


「確かに。ハスタールやアレクは疲れなかったかもしれませんが、わたしやマールちゃんは体力的にかなりキツかったですね」

「ああ、すまない。気付かなかった。俺も夫としてまだまだだな」

「あなたは新婚初心者なので、気が回らなくても仕方ないのですよ?」

「今度から気をつける。この詫びはいずれ性的に」

「台無しです!」


 何かと言うとエロネタに走ろうとするんですから、この人は!


「というか、昨日一日で十六戦闘だっけ? それも大概凄いんやけど、どないしたん?」

「ああ、それはですね……」


 彼女はパーティを組む仲間で、迷宮内ではわたしたちを先導する先輩でもあります。

 探信の魔術のことを教えても問題ないでしょう。

 わたしは術式の詳細を彼女に伝えました。彼女も神才持ちなので、その詳細は正確に理解できたはずです。が――


「な、なぁ……自分ら、トンデモないことしたん理解してる?」

「はぃ?」

「新しい魔術なんて、そんなホイホイ開発できるモンちゃうねんで!」

「ユーリはわりとホイホイ開発してるよなぁ?」

「思いついたらその日のうちにとか、よくあるよね?」

「だって、ユーリちゃんだし」


 でも、そんなものですよね?

 現にわたし、特に問題なく使用してますし?


「えーか? 新しい魔術ってのは、普通何年も研究を重ね、実験を重ねてやっと試作品ができあがるねんで? それを思い付きでホイホイ作れるなんて知られた日にゃ」

「あー、そう言われるとユーリの身柄が危ないな。どっかの研究機関とか、喉から手が出るほど欲しがるぞ」

「コンセプトさえ説明しておけば、詳細はアレンジして即日完成。国が動くレベルやねぇ」

「存在自体が戦略兵器レベルなのに、更に価値を上げるか。さすが俺の嫁だな」


 二人して言いたい放題ですね? 神才持ちはわたしだけじゃないでしょうに。

 というか、ギフト的にわたしにできることは、レヴィさんにもできるはずなんです。


「好き放題言ってくれますが、神才があるならレヴィさんも可能なんじゃないですか?」

「私はそこまでの知識や応用力があらへんし。それに魔力もそんなに高くないからなぁ。あくまで冒険者の余技レベルやもん」


 むぅ、言われて見れば探信の魔術は元の世界の知識がベースですし、その辺のアドバンテージは確かに有るかもしれません。

 他にもアニメやSFの映像を再現しようとして、開発した怪しげな魔術がチラホラ。これは自重しないといけませんか。


「うう、わたしの反省点はそこにしておきましょう。今後はあまり人前で使わないように自重するのです」

「俺もあまり人付き合いが多い方じゃなかったから気付かなかったが、やはりユーリの開発力は異常だったか」

「疑惑に思ってたなら教えてくださいよっ!」

「確信がなかったもので」


 わたしの周りの人といえば、半ば世捨て人のハスタールに、脳筋アレク、あとはマールちゃんですか。魔術の常識なんて知ってる人がほとんどいませんでした。

 そりゃあ、非常識な魔術師にもなろうってもんですね。


「と、とにかく。ひ、非常識な部分は直せば良いのですよ。ここは前向きに考えましょう、前向きに!」

「ユーリ、視線が泳いでる」

「気にしないでください」

「わたしたちが知ってる魔術師って、ユーリちゃんとかハスタールさんくらいだったものね」

「オレも騎士団のほうに何人か知り合いはいるけど、見習い上がりはこの程度なんだなぁって思ってた」

「やっぱりハスタールさんは凄い術者で、ユーリちゃんは非常識な術者だったんですね」

「そうだね」

「納得すんなー!?」


 なんだかわたしをイヂる会になってきたので、この辺で切り上げておきましょう。

 これ以上は形勢不利なのです。


「まあ、早く気付いて良かったってしとこか?」

「そうですね。わたしも人前で使うのは風弾とか風刃のような単純なものに限定しておきます」

「私たちは武器だな。アレクも私も、いつまでも安物の剣では怪しまれるかも知れん」

「適当なの見繕いに行きますか、師匠」


 おっと、それともう一つ。確認しておかなければならない問題がありますね。


「マールちゃんは本登録証を手に入れたことですし、学園の試験受けに行くです?」

「今日はまだ疲れがあるので、明日行こうかと。それに試験勉強とかあるなら、しておきたいですし」

「ではギルドに行って調べてもらうのはどうでしょう? 上手く行けば過去問題集とか有るかもしれません」

「あ、それいいですね」


 というわけで、昼からハスタールとアレクは武器屋へ、わたしとマールちゃんとレヴィさんはギルドへ向かうことになりました。

 奇しくも男女別行動になってしまいましたね。



「あら、今日は女三人なのね? レヴィも久し振り」

「こんにちわ、です」

「ええやん、毎日顔出すもんでもないし」

「レミィさん、今日も受付ですか?」


 この人、いつも受付にいるような気がするんですが。


「ま、私が見張ってないと、冒険者を消耗品みたいに使うどっかの役人さんがここに来ちゃうからね」


 彼女はチラリと後ろを振り返りました。

 その視線の先には神経質そうな制服に身を包んだ、どこか浮いた感じの職員がいます。


「この街は冒険者の数が多いからね。私たちが余計な真似しない様に、国の方から監視がついてるのよ」


 彼女がこっそり耳打ちしてくれました。

 冒険者が集まるこの街では、確かにその勢力は侮れないでしょう。

 ましてや、彼らを総括するギルドの存在は、フォルネリウス本国にとって一瞬で敵に早変わりするかもしれない、制御不能な存在です。

 監視を置き、その勢力が国の制御を外れないよう干渉するのは当たり前かもしれません。

 冒険者の勢力を削ぐ。それには、冒険者を死地に追いやり数を減らすのが一番簡単です。

 ギルド直営で動いているレミィさんにとっては、厄介極まりないと言えるでしょう。


「考えはわからなくもないですが、生臭いですね。いい気分はしません」

「せやなぁ、あいつらの出すクエストって、力量ギリギリのキビシめの依頼ばっかりなんや。やから皆から好かれてへんねん」

「ユーリンちゃんも、あいつらには気をつけてね。ってわけで、それじゃ本業に戻るわ。今日は何の用かしら?」


 きりっと顔を引き締め、本業に切り替えるレミィさん。この辺りはさすがプロです。

 それ以外は少々フレンドリー過ぎる気もしますが。

 とにかく、今はマールちゃんの試験が先決です。


「彼女が学園に入りたいのは知ってますよね? 実は過去にどんな試験が行われたのか、傾向とか対策を調べたいのです。そういった情報がここに無いかと思いまして」

「ほうほう、ユーリンちゃんはギルドの使い方を心得てるわねぇ。もちろん過去の試験内容もこちらで把握してるわよ」

「では、それを――」

「もちろんタダじゃないのも知ってるわよね?」

「ぐぬっ!? いくらですか?」


 さすが百戦錬磨の受付嬢、勢いでタダにしてくれるとかは無かったですか。


「えー、レミィケチやなぁ。こんな子からお金取るん?」

「こんな子だろうとどんな子だろうと、ギルドの業務に関わるなら融通しないわよ。とりあえず銀貨十枚で概要。詳細は銀貨三十枚」

「半分くらいに負からん?」

「貴女が差分を埋めてくれるなら、半分でもいいわよ」

「あかん、最近収入ないねん」


 レヴィさんの援護射撃は、あえなく撃沈。

 昨日の報酬で払える額とはいえ、結構しますね。まあ三十枚なら問題ないでしょう。


「では三十枚払いますので、詳細を――」

「あ、ユーリちゃんわたしが払うよ」

「これくらいなら別に負担じゃありませんよ?」

「わたし、今回全然役に立ってないんだから、お金まで出してもらったら悪いよ」


 役に立って居ないとかご冗談を。初日の奇襲を防いだのは値千金なのです。

 彼女は注意力が高いので、大雑把なハスタールやアレクより遥かに警戒範囲が広いのです。

 そういえば彼女、八歳にして隠れている山賊を見つけ出して、攫われたんでしたっけ。


「初日の奇襲を防いだのはマールちゃんのお手柄なのです。役に立ってないとか、とんでもないですよ」

「だとしても、これはわたしの為の出費だもの。わたしが出すのが筋でしょ?」


 むむぅ、筋と来ましたか。ここで無理にわたしが支払うのも、彼女の気分が悪いでしょうし、譲るとしますか。

 あまり過保護にすると、お客様扱いされていると思われてしまいます。

 お客様扱いは、さすがに彼女もいい気はしないでしょう。


「わかりました。でも、これはマールちゃんを一人前の仲間と認めるから譲るんですよ?」

「ありがと、ユーリちゃん」


 本来ならガッシリと握手でもするシーンなのでしょうが、まだマールちゃんは気安く触れないので、却下です。残念です。

 対人恐怖症もかなりマシになって来てはいるんですけどね。完治は遠いです。


「いいわねぇ、女同士の友情。青春よねぇ」

「あれ、私らの間にもあったやろ?」

「なんのことかしら?」

「ほら、手紙の……」

「わたし、過去は振り返らない主義なの」

「なんやそれ! わたしの感動返せ、コラ!?」

「面と向かって言ったら、恥ずかしいじゃない」


 そっちもそっちで、充分青春してますよ?



 レミィさんから渡されたファイルには、過去五年の学力試験の問題と、体力試験や魔力試験の課題などが記載されていました。

 もちろん全てをクリアする必要は無く、まず適性を調べ、希望を聞き、それから試験を行い進路を決める、という方針だそうです。

 その結果、希望した進路の試験結果がノルマクリアしていれば合格、していなければクリアした進路に変更するか、出直すかを選ぶやり方です。


「学力試験は、わたしとハス……アルが教えれば問題なさそうですね。体力や武術はアル任せでしょうか。アレ、ゴホン……バーンは教えるの下手ですから」

「そんな事ないですよ? ア、バーンさんは教師に向いてるかもしれないくらい上手です」

「そうなんですか? それじゃそっちはバーンに任せて、試験受けるの一週間後くらいにしませんか? その間にきっちり仕込みますので」


 それくらいあれば、明確に鍛えた効果が出てくる頃のはずです。

 最悪、間に合わなければ『竜の血』を飲ませてでも……


「レミィさん、それでも間に合いますか?」

「締め切りは三週間後だから、充分間に合うわよ」

「じゃ、そういう事で。迷宮に潜りつつ体力修練。休日にはわたしと歴史や魔術のお勉強です」

「はい!」


 というわけで、マールちゃんのお受験に向けてガンバルことになりました。

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