83話:4章 友人

 突発的に別荘の購入で話が盛り上がってしまいましたが、他にもやることがあったのを思い出しました。

 わたしはハスタールの背負い袋から、コボルドの毛皮を十二個取り出します。

 その姿がまるで、親猿によじ登る子猿の様だったとか後で言われましたが、この際無視です。


「レミィさん。もう一つ用事があったのです。この毛皮を買い取ってくれると聞きました」

「コボルドの毛皮? 結構な量じゃない。あなたたち、今日だけで何回戦闘してきたのよ?」


 彼女の問いかけにわたしたちは顔を見合わせ、指折り数え始めます。

 正直、もの凄い勢いで乱獲していたので、正確には覚えていなかったのです。


「えーと、コボルドが三回で、海草が十三回だっけ?」

「違うぞアレク、コボルドは四回戦ってるはずだ」

「アレクさん、海草は確か……十二回じゃなかったですか? 午前に四回、午後に八回だったから」

「じゃあ合計で十六回かな?」

「……ぱーどぅん?」


 わたしたちの戦闘回数を聞いて、レミィさんが遠い目をしています。周囲にいた冒険者も、その回数に驚きの表情を浮かべます。

 ……と言うか、英語?


「普通の冒険者って、一日では精々五回の戦闘が限度よ? それを三倍? 四日でノルマクリアするはずだわ」


 五回というと少ないように聞こえますが、仮にも命のやり取りをするのです。双方必死なので、時間はやはり掛かってしまいます。

 それに戦闘後は治療や素材の回収、更に索敵などの作業があるため、ゲームのようには数をこなせません。

 日に十六回の戦闘というのは、まるで何処かの戦場並みの回数なのです。

 ところがわたしたちはロクに怪我もしないし、索敵も魔術一発で終わらせて一直線に次の戦場に向かいましたから、ありえない回数をこなすことができたのです。


「大きな群れにぶつかって、数を稼げたのかと思ったけど、違うみたいね?」

「えーと、その辺は企業秘密と言うことで」

「企業? まあ、ナイショにしたい技ってのはどのパーティにもあるものだから、無理には聞かないけど。ちなみに有用な方法だったら、ギルドが買うかもしれないわよ?」

「……むぅ?」


 探信の魔術は確かに有用でしょう。嗅覚強化と併せて二人の術師が分担すれば、こなせないわけではありません。

 ですがこれは……危険な魔術なのです。

 少なくとも嗅覚強化は、ハスタールの浮気(未遂)を見抜く程度には危険なのです。

 探信だって、泥棒さんにはとても有用な魔術でしょう。厚さ五十センチくらいの壁ならぶち抜いて、向こう側の様子を探れるのですから。

 それにわたしたちはお金にはあまり苦労していませんし、ここはナイショにしておくのが正解ですかね。


「スミマセンが、やはり内緒でお願いします」

「そう? まあ、しかたないかな。それじゃ、コボルドの毛皮は一つで銀貨七十枚、十二枚あるから八百四十枚ね、いいかしら?」

「充分だ。引っ越すまでの当面の宿代にはなるしな」

「金貨混じりで払う? それとも銀貨オンリー? ギルドで預かるなんてもできるけど?」

「預金ですか」


 貨幣の種類が少ないこの世界では、お金の運搬は非常に重要な問題にもなります。

 エルリクさんの様に初めて向かうコネのない場所で取引するには、やはり現金が必要になるので、大量の金貨や銀貨を持ち運ぶ必要があるのです。

 ですが冒険者ともなれば、その重量が命取りになりかねない程なのです。

 何キロもの財布を背負って冒険するということが、どれほど危険でナンセンスかは、想像に難くないでしょう。

 そこで各種ギルドが資産を預かり、別の街で引き出す、などという方法が広まってるそうです。


「預金はまだいいですね。金貨六枚混ぜて、残りは銀貨でお願いします」


 金貨六枚と銀貨二百四十枚。

 これでも充分重いのですが、細かいものもあった方が生活には便利なのです。

 四人で一人金貨一枚と銀貨五十枚を分け、残った金貨二枚と銀貨四十枚で宿代を払うことにします。

 三部屋取っているので、三日分程度でしょうか。引越しまでなら充分な額のはずです。


「ほい、これが報酬ね。他にも指定部位があれば……ああ、それはレヴィから直接聞けばいいわね?」

「そうですね、彼女が一緒なのは心強いです」


 わたしの言葉に、周囲から吐き捨てるような舌打ちの声が響きます。

 一瞬、あの男たちがいるのかと思いましたが、そうではありませんでした。

 やはり『パーティを裏切って壊滅させた』という疑惑は根深いようです。

 あまりその話を続けても揉め事に発展しそうな雰囲気だったので、早々に切り上げて宿に戻ることにしました。


「あ、ちょっと待って。宿に戻るなら彼女にこれ渡しておいて?」


 レミィさんが足元から瓶を一本取り出し、渡してきます。

 瓶の銘柄は……東方のマタラ合従の酒造メーカー? 結構高いお酒だったはずですね。


「ほう、いい酒だな?」

「未成年は飲んじゃダメよ、アルくん。それとこの手紙も渡してくれるかしら?」

「手紙ですか、中身は――」

「見ちゃダメ! もう、あなたたちはプライバシーとか持ってないの!?」


 すみません、最近そういうのと無縁の性生活を送っていたもので。


「ま、彼女が分けてくれるなら飲んでもいいけど、ちゃんと渡しておいてよ?」

「安心しろ、そこまで非常識じゃないつもりだ」

「師匠、酒に目が無いからなぁ」

「そういえばアルくんの方が年下に見えるのに、バーンくんは師匠って呼ぶのね?」


 見た目的にはアレクの方が年上に見えるので、やはり違和感があるのでしょうね。


「剣の手ほどきをしてくれた人だし、なにより命の恩人だからね」

「へぇ、そういえば二人とも剣を提げてるものね。でも十六回も戦闘してるんだから、ちゃんと手入れしておきなさいよ? 下手したら今日一日で寿命になってるかもしれないんだから」

「それはもちろん。命に関わるからな」

「バーンくんは片腕なんだから、アルくんに代わりに手入れしてもらって――」

「大丈夫だって、もう慣れたから」


 実際使ってる武器は、そんな大量生産の剣じゃないですけどね。

 センチネルもクリーヴァも、多少刃が欠けたところで威力は落ちません。

 それより、あまり長居すると色々ボロが出るかもしれないので、早々に立ち去るとしましょう。

 事細かく心配してくれるレミィさんに軽く手を振って、ギルドを後にしました。



「おかえりー、今日の収穫はどないやった?」

「バッチリですよ。本登録証ゲットです」


 先に食堂で夕食をつついていたレヴィさんに、入手したばかりの登録証を見せます。


「うぉ、もうノルマクリアしたんかいな!? 今日で三十四個も集めたん?」

「三十六個だな。ユーリの新魔術が実に有効でな」

「ふふん!」


 ちょっと鼻高々ですよ? 腰に手を当てて胸を張ったりします。


「ユーリ姉も早く席に着きなよ、先に飯にしようぜ」

「アレクさん、荷物とかいいんですか?」

「いいのいいの。オレ腹減っちゃってさー」

「ああ、これ。レミィさんからだそうだ」


 ……スルーすんなや。

 ちょっと涙目になりながら、わたしも席に着きます。


「レヴィさん、手紙にはなんと?」

「ん、ちょっと待ってなぁ」


 ガサガサと手紙を開き、目を通すレヴィさん。

 わたしたちはその間に注文を通しておきます。と言っても、夕食つきの宿泊なので、メニューはある程度固定なんですが。

 追加で一品頼むくらいですかね?

 一通り注文を通し視線を戻すと、レヴィさんがポロポロと涙を流していました。


「ちょ、どうしたんです?」

「いや、なんでも無いねん。ちょっと友情の厚さに感動しただけやねん」


 彼女によると、手紙には復帰した彼女を祝う言葉が添えられていたとのこと。お酒はその祝いの品だとか。


「私は二年前にこっちに来てな。右も左もわからんルーキーを、良う教育してくれたもんや。くだんのパーティも彼女の斡旋やねん」


 『件』とは、罠で壊滅してしまった人たちでしょう。


「ちょっと抜けた私をフォローできるよう、大らかな気質の連中を選んでくれたんや。その分、他のパーティの連中にも気に入られとってなぁ。私には恨みもひとしおやろうな。

 ……私はほら、剣も魔術も罠もある程度こなせるやろ? 仲間も『いい斥候が入った』言うて喜んでくれてたんや。

 気も合うたし、毎日のように迷宮に潜ってな。おかげで私も仲間もドンドン腕上がっていって……せやから油断してもうて……」


 そこで彼女はグスッと鼻を鳴らし、酒杯をあおります。

 残っていた酒を一気に飲み干し、贈り物の瓶の栓を抜き、空いたグラスに注ぎました。


「ハスタールさんも飲む? これ結構いい酒やで」

「頂こう」

「……レミィは歳も近いし、名前が似てるってのもあって、当時からよく話しててん。

 私があのミスのショックでなかば引退してからも、ちょくちょく顔出してくれて。

 それが辛うて、逃げる様にこの街を出てな。本当はちょっと会うのが恥ずかしかったんやけど、私の気のせいやったわ。戻ったのをこんなに喜んでくれてるんやもん」

「それはよかったな。友情に乾杯だ」

「乾杯や」


 カチンとグラスを合わせる二人。

 ハスタールも戦場に出ていたそうですから、そういう話には感じ入るものがあるのでしょう。

 それからもしんみりと酒を酌み交わす二人を見て……わたしは話に入れず料理を貪っていました。

 いえ、わたしだけじゃありませんよ? アレクとマールちゃんも、出された料理を片っ端から貪り食っています。


「ま、大人の会話は、わたしたち子供にはわからないですしね?」

「ユーリさん、成人したんじゃなかった?」

「そこを使い分けられるのが、この年代のいいところなのです」

「空腹で酒を飲むとか、師匠もよくやるよな。俺だったら悪酔いしちゃうよ」

「オマエラ、空気読めよ」


 ハスタールがジト目でわたしたちを見てきます。

 だって、わたしはお酒付き合えないんですもん。それに今日はさすがに連戦が過ぎて、疲れているのです。

 その証拠に、日頃は行儀よく食べるマールちゃんですら、スゴイ勢いなんですから。

 酒の飲めないわたし達は早々に食事を済ませ、席を立つことにしました。早くお風呂で汗を流したいですし。


「レヴィさん」

「ん、なんや?」

「飲み相手に『それ』貸してあげます。でも手を出しちゃダメですよ?」

「俺は『それ』扱いか」

「はは、ユーリちゃんには敵わんわ。安心してえーよ、他人のモノには手を出さへん主義やねん」

「元怪盗がなに言ってんですか」


 イーグを盗もうとしたのは、死ぬまで忘れてあげませんからね?

 わたしはわりとよく死んでる気もしますが。


 こうして、わたしは珍しく一人寝をすることになりました。

 ま、それくらいの計らいはするのですよ。

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