82話:4章 登録完了
無法冒険者共を追い払ったあと、事の顛末を報告するためにギルドに寄りました。
ついでに課題素材の提出も行うことにしましょう。
「あら、いらっしゃい。今日はレヴィと一緒じゃないのね」
「今日は迷宮から直接こちらに来たので、彼女は宿で留守番だな」
「そう? 無駄話を楽しめると思ったのに、残念。それであなたたちは何の用かしら?」
「仕事しなよ、受付嬢」
無駄話ができないとかいいながら、ハスタールやアレクと充分無駄話をしてるレミィさん。
今日も彼女が受付カウンターに座ってます。
ハスタールは彼女にクリーピングベインの素材四十個を提出しながら。
「今日は課題の提出と、問題冒険者の報告があってな」
「課題? まだ四日目よ、もう達成したの!?」
「早いか? こんな物じゃないのか」
「普通は根を詰めても一週間は掛かるわね。二週間くらいが平均じゃないかしら」
「二週間? 意外と掛かるんだな」
アレクの推定では、四日は普通に掛かりそうな期間だと思っていたのですが?
「初日に潜って一匹ずつ二・三回戦闘して怪我して、治すのに二日ほど休んで、ってのを三回ほど繰り返せば達成できる難易度だから」
「普通はそういう感じなのか? オレたちはあまり怪我とかしないで済んだから早かったんだろうな」
「人数が多いと、回収率は落ちるけど怪我の危険が減って、連日潜れるのが強みとはいえ、四日かぁ」
怪我する余地すらなく蹂躙してましたからね。
ハスタールとアレクの前衛陣は磐石です。そこにわたしの魔術支援砲撃が入るのですから、正面戦闘では楽勝でしょう。
「たまーに腕利きの傭兵上がりとかが、モンスターの大群に突っ込んで一日でクリアしちゃう例もあるけど、四日は早いわよ、これは有望ね」
「それは……幸運なのか、不運なのかわかりませんね」
「大抵その後で、激戦の傷を治すのに十日以上掛かっちゃうものね」
ケラケラと笑い話のように語るレミィさん。いや、そこ笑いごとじゃないですって。
ギルドの受付とかやってると、人死には日常茶飯事なのかもしれませんが。
「その様子だと私たちもあまり心配はされてなかったようだな」
「してないわよ? だってレヴィの紹介だもの。タダモノのはずが無いじゃない! 案の定、倍以上の速さでクリアしちゃったし。その証拠に……ほれ、これが本登録証よ。前もって用意しておいたわ」
彼女はカウンターの下から世界樹を模した意匠のカードを取り出し、わたしたちに配りました。
おや、レヴィさんのとは少しデザインが違います?
「準備いいな」
「レヴィの腕は信用してるもの」
「これ、レヴィさんのとデザインが違うようですが?」
具体的に言うと、カードの縁取りが赤いです。レヴィさんのは黄色い縁取りが付いていた気がするのです。
見せてもらった時は比較物が無かったので、気に留めてませんでしたが。
「ほほぅ、お嬢ちゃんなかなか目敏いわね? 縁取りはギルドの貢献度を表しているわ。七段階に分かれていて、虹と同じく赤から始まり、橙・黄・緑・青・藍・紫と変わっていくの。攻略階層の深さと四段階の評価だけじゃ、実力を見分けにくいからね。後付でこういう区分も付けちゃったのよ」
「なぜそんな面倒な……」
「到達階数なんてなんとでもなるからよ。入るときは六人の制限があるけど、中で合流しちゃう連中も居るから。過去には、大量の奴隷を買って撒き餌にしつつ上階を目指した屑も居るのよ。そんなのとレヴィみたいなソロでガンバる子が同じ力量と見做されるのも癪じゃない?」
「酷い奴も居たものですねぇ」
わたしとかそんなのに捕まってたら、いい釣り餌にされてましたね。死なないから、何度でも使えますし。
リリスの生き埋め事件と比べて、どっちがマシかは比較できませんが、想像するだけで背筋が寒くなりました。
ブルリと震えたわたしの肩を、ハスタールがポンポンと叩いて安心させてくれます。
「俺たちはそんな真似しないから」
「もちろん、それはわかってます」
ですが、いざという時はわたし自らその役を買って出る覚悟は、しておいた方がいいのでしょうね。
こんなこと、彼には話せませんけど。
レミィさんはそんなわたしたちの様子を見ながら、サラサラと書類を何枚か仕上げ、ファイルに挟んで別の係の人に渡してました。
片手間に書類仕事をこなせる辺り、事務能力は高いようですね。
「はい、これで本登録処理完了っと。改めてようこそ、世界樹の迷宮へ!」
「ああ、よろしく頼む」
「ま、バンバン攻略してやるから、期待してなって」
「よろしくお願いしみゃす!」
「ん、よろしく」
それぞれが儀礼的に挨拶を返し……マールちゃんは噛み癖でもあるのでしょうかね?
学園で面接試験とかあったら、ちょっと危ないかもしれません。
「それで? 問題冒険者の報告ってなに?」
「ああ、そっちもあったな。この間、ここで絡んできた連中、迷宮内で襲い掛かってきてな」
「あいつら――!」
「まあ、大した腕じゃないんであっさり撃退して追い返しておいた」
「あっさりって、あの連中、一応五十階層レベルの中級よ? よく勝てたわね」
アレで五十階層ですか? この迷宮実は大したことないんじゃ……いや、バハムートが難攻不落と言うくらいですから油断はいけませんね。
高い身体能力と神才を持つレヴィさんが百二層なんですから、難易度は推して知るべし、なのです。
「証拠代わりに連中の登録カードを押収しておいた。今頃はこの街から逃げ出してる頃だと思う」
「了解、一応手配は回しておくわね。まあ、目立った動きをしなければ、見つからないとは思うけど……いいの?」
「この街に入れないなら問題ないさ。そこそこ長く居座るつもりだからな」
「そうだ、師匠。五年も居るんだから、宿を取るより家とか買った方が安くない?」
アレク……あなた、家がどれ位するかわかってるんですか。あなたの住んでる掘っ立て小屋とはレベルが違うんですよ?
ですが、月一回マレバまで転移する手間が必要なわけですから、拠点はあった方がいいのは確かですね。魔法陣隠さないといけないし。
「それもそうだな。二、三階建てくらいの適当な物件の紹介とか、ここでして貰えるのか?」
「一応冒険者の支援が仕事だから、そういう話も受け付けてはいるけど、高いわよ? ここ、まがりなりにも一応首都だし」
「月金貨百枚までなら問題ない」
「ぶはっ!?」
事も無げにトンデモ価格を提示したハスタールに、レミィさんは吹き出してます。月百万円の借家を希望したようなものですから、さもありなん、です。
そういえば彼、金銭感覚が崩壊してた人でしたね。
あと彼の顔に唾を吹きかけないように。そこはわたしが舐める場所です。ぺろぺろ。
「あ、あなたたちって実は良い所のご子息か何か?」
「俺は傭兵上がりの孤児だな」
「オレは商人の息子だよ」
「わたしは……身元不明の美少女と言うことで」
「わたしは一応村長の娘? なの、かな?」
マールちゃんは一応、良い所のお嬢様として通用するのでしょうかね?
開拓村の代表の娘なので資産は余りありませんけど。商人のグスターさんの方がお金は持ってます。
「村長の娘と商人の息子ね。ナルホド、一般の人よりはお金持ってて当たり前か。ねえキミ、私と付き合わない?」
「いや、両親はすでに死んでるから、オレ無一文だよ?」
「ダメですっ!」
資産持ちと聞いて速攻手を出そうとする辺り、このお姉さんも侮れません。さすがに冗談だろうと思いますが。
それに実際お金を持ってるのはハスタールですしね。
今も『精神抵抗の指輪』の代金などで月三百枚近い金貨を稼ぎ出してますから。
最近はわたしも七百枚近く稼いでますし、その他にも例の『クーラー』や『照明石』の特許料(?)がチラホラと入ってきています。
金貨百枚なら何の問題もなく払えるでしょう。
現在、庵には月千二百枚程度の金貨が流れ込んでます。もっとも素材費用として二百枚以上が消費されますが、それでも金貨千枚。一千万円ですか。
使う当てが無いのが惜しいですね。
「まあ冗談だけど。それだけあるなら家より先に『精神抵抗の指輪』とか買っといたら? 五十層より上は『恐慌』を誘発する敵が結構要るわよ? あいつらも、それで行き詰っちゃったんだから」
「いや、それはいいから」
わたしたちの強み、それは『精神抵抗の指輪』を自前で用意できることですね。
ハスタールは製造法を隠匿していないので、他の術者も作れることは作れるのですが、彼が込める魔力量はそこらの術者とは桁が違う為に、一般術者では実用になる品にはならず、結果として彼の専売となっていたのです。
ましてや今は『竜の血』と『心臓』の効果で魔力が数倍に跳ね上がっていて、指輪の耐久性も実は上がっていたりしてます。
「なら武器や鎧――って、鎧は結構いいの着てるわね? それ飛竜の鱗?」
「ああ、まあ」
まさか古代竜の鱗とはいえませんしね。
「その割りには武器はおざなりよねぇ。そっちを優先したら一気に五十層は行けるんじゃないかしら」
「そっちはおいおいと、な」
……迷宮内でこっそりド派手な武器に持ち替えてる、とはいえませんし。
「まあ、どうしてもと言うなら、この辺りの家がオススメかしらね」
レミィさんは棚から一冊のファイルを取り出し、中からいくつかの風景が書かれた紙を提示してくれます。
写真が無いので、風景画でロケーションを描き出しているのですね。
「こっちのは迷宮に近い場所にあるから、往復に便利よ。こちらのはちょっと遠いけど、家の作りは前のより上。こっちは『根』のせいで日当たりがちょっと悪いかしらね」
次々と物件を解説してくれます。
この街は街中を放射状に世界樹の根が走っており、中央にはドンと世界樹がそそり立っているので、中心に行けば行くほど日当たりが悪くなったりします。
あと根の位置なんかもあるので、立地条件というのは結構重要だそうです。
彼女の説明を聞きながらファイルをパラパラと見てると、妙な絵が目に留まりました。
宙に盛り上がった根の下に潜り込む様にして作られた一軒の家。
「レミィさん、これは?」
「あー、これね。最初は三階建ての家のつもりで作ってたんだけど、『根』が伸びてきてね。屋根の上を通っちゃったのよ。で、仕方ないから二階建てにして代わりに地下室を増築した奴。あまりお勧めしないわよ? 日当たり悪いし、いつ根の重さで潰れるかわからないし」
「造りはどうです?」
「建築してまだ三年だから、家自体は新しいわ。『根』のせいで入居予定の人たちが逃げちゃったから、新築も同然よ。お値段も新築なのに金貨五百枚で買取りだけど、潰れても苦情は受け付けないわ」
借家じゃなくて売却、しかも新築ですか。金貨五百枚なら充分予算の範囲内です。
普通なら、いつ潰れるかわからない家に五百枚はそれでも高いのでしょうが、わたしなら家全体に頑強を掛けてしまえば、潰される心配はなくなるでしょう。
しかも屋根は世界樹の根ですから、雨漏りの心配はまったく有りません。
地下室と言うのもポイントが高いですね。転移の魔法陣を地下に隠しておけますし。
部屋数も一階六部屋、二階四部屋、地下四部屋と、数も多いです。風呂・トイレも完備。
もう一つ気になる点は……
「学園との距離はどうでしょう?」
「学園? そうね、そんなに遠くないわね」
マールちゃんが学園に通う以上、そことの交通の便も考えねばなりませんが、それも悪くないようです。
これ、実はお買い得物件では無いでしょうか?
「ハスタール、この家見てみたいです」
「ん、あー、そういえば雰囲気が庵に似てなくもないな」
地下室があり、二階建てで、日当たりが悪い。そういえば似てますね。
「ふむ、そうだな。壁や屋根は補強すればなんとかなるだろうし、俺たちなら問題なく暮らせるか。レミィさん、この家キープで。後で実物を見て問題なければ購入するかもしれない」
「おお!? 本当にいいの? これ、結構問題の訳有り物件だったんだけど」
「逆に私たちには都合が良いものでもあるんでね」
「やった、じゃあキープしておくから、絶対入ってね!」
「いや、まだ決めたわけじゃないし」
そんなこんなで、期せずしてベリトに別荘が出来ました。
フフフ、新婚で新築の家もゲットですよ?
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