80話:4章 術式開発

 翌日、この日は想像以上に疲労してたマールちゃんを気遣って、お休みになってます。

 ハスタールもわたしも、思ってた以上に気疲れしてたらしく、夜はいつもの睦言抜きで熟睡してしまいました。おかげで体調はバッチリです。

 彼は情報集めといって朝から出かけています。対してわたしもやることがあるので、結局休みになってない気がするのです。


 さて、迷宮で探索するには、索敵の効率を上げないといけません。

 定番はやはりレーダーなのでしょうが、わたしレーダーの仕組みとか、まったく知りません!

 レールガンのような有名どころはともかく、レーダーなんて元文系モヤシ男が知ってるはずないじゃないですか。しかもこの世界にはウィキペディアは無いのです。

 というわけで、自前の知識で探索能力を広げる方法を考え出さねばならないのです。


「やはり暗闇の中と言うと赤外線センサーでしょうかねぇ?」

「ウギュ?」

「ですが、それだと結局視界の範囲しかカバーできないわけで、索敵の効率という点では除外でしょうか」

「ウ、ウギュ……」

「やはり見えないところまでフォローするとなると、超音波ですかね?」

「ウギュ~」


 わたしと一緒にお留守番のイーグを相手に、魔術式を考察します。

 彼はまったく理解できてない気がしますが、気にしたら負けです。一人だと寂しいので話し相手が欲しいのです。


「でも赤外線視覚もあれば便利ですよね。付与する術式は暇になったら考えておくとしましょう」

「アギャ」

「あと使い物になりそうな術式というと、嗅覚強化とかでしょうか?」

「フシャー」

「イーグ鼻息荒いです。あなたの肺活量はわかりましたから、落ち着きましょう」


 『肺活量なら自信はある!』とばかりに鼻息を荒くするイーグをたしなめておいてから、紙に候補を書き出します。

 この世界は紙が普及してて本当に良かったですね。質はわら半紙みたいですが、書ければ良いのです。


「人の持つ五感といえば、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。味覚と触覚はレーダーには使えそうにないですし、やはり残りの三つに由来するモノを考えた方がいいですね」


 トントンと指で机を叩き、リズムを刻みます。

 わたしの考える時の癖ですが、リズムを刻むことでアイデアが零れ出てくることもあるのです。


「やはり視覚は障害物がネックですね。壁をぶち抜いて見れるなら、充分アリかもしれませんが……」


 『空間』への識別を使えば、隠れてる敵も見抜いてしまうので索敵には使えるのですが、あれは常時使用すると頭への負担が半端無いのです。

 十分も使えば鼻血を吹き出すような方法では、実用的とはいえません。

 長時間迷宮に篭る探索では使いにくいでしょう。


「やはり昨日のマールちゃんみたいに、音をメインに索敵した方がいいでしょうかね。潜水艦とかも音だけが頼りですし……ん?」


 そういえば潜水艦は常時周辺を探知するパッシブソナーの他に、自ら進んで音を発信することで高精度で周辺を探るアクティブソナーとかいうのがありましたね。

 あれの場合は、音を発信することで相手からも探知できるから危険を伴った方法なのですが、今回の場合だと相手に探知能力は無いですから、安全に使用できるじゃないですか?


「ふむ、常時探知しようとするから無理が出るわけで、数百メートル単位で一気に探知してから定期的に発信すれば負担は少なくなりますね」


 さらに嗅覚強化を維持しておけば、万全じゃないでしょうか?

 嗅覚強化はすでに術式が存在してますので、それを長時間維持できるように改造し、ついでに効果も強化してみます。

 音波探知の方は完全に自作になりますね。コウモリの生態などで一応の知識はあるので、そちらを流用しましょう。

 イーグのときに使った、動的に魔力を発信する発信と受信をアレンジして、全方位からの受信が必要になるので、魔力の膜を薄く広げるように……

 こうして夕方までかけて、二つの術式を完成させました。



 二つの術式を完成させたといっても、試運転無しではさすがに怖いです。

 ですので街の外に出て、試験をしてみることにしました。

 街の外で行うのは、探知できる範囲の広さと、視界に入らない虫なども探知できるかどうか調べたかったからです。


「ここなら壁にぶつかって探査網が狭まるなんてことはありませんよね」

「アギャ!」


 周囲は広い平原で、まばらに木も生えています。

 空には鳥も飛んでいるのが見えますし、試験には丁度いいロケーションでしょう。


「行きます!」

「ウギュ!」

「響きあう風の音よ、世界の有り様を示せ――探信ソナー


 開発した探信の魔術を起動、イメージを明確にするために呪文詠唱も行います。

 出来るだけ広い範囲を調べたいので出力は全力で――

 起動した瞬間、ガァン! という強烈な音が周辺に響き渡りました。

 結構遠くの木々の葉が舞い散り、上空の鳥が気絶して落下していくのが見えた気がします。

 わたしはというと……耳から血を噴き出して、気絶していました。



「し、死ぬかと思いましたっ!」

「アギュ~」

「なにか言いましたか、イーグ? まだ耳の調子が良くないのです」


 一応黄金比のギフトの効果で再生はしているのですが、機能が上手く接続できてないような感覚がするのです。

 まるで緩めの耳栓をして話を聞いてるような感じです。


「これは実は攻撃魔術じゃないですかね? 無差別なので使い道はありませんが」

「シャー!」

「ええ、わかってますよ。使いませんって。でも効果としては成功でしょうか? 落ちる鳥とか葉っぱとか、きちんと探知できましたし。というわけであの辺に鳥が落ちたので拾ってくるのです、イーグ」

「アギャ!」


 鳥と聞いて勢い込んで飛んでいきました。食欲旺盛ですね。

 飛んで行くイーグを見ながら、再度探信を起動してみます。今度は出力を絞っておくのは忘れません。

 カァンという金属のような音を発する超音波と、それを受け止める受信膜を展開し、周囲の状況を把握します。


 足元にある草、そのせせらぎ。

 地に落ちた鳥。

 草木に隠れる虫。

 風に揺れる木の葉。

 背後に迫る蛇。


 ――ウン、完璧……じゃなくて!?


 慌てて前転の要領で飛び退きました。

 足のあった空間に勢いよく噛みついてくる蛇。

 マムシじゃないですか! いや、確か別名がこの世界にもありましたが、マムシと同じ種類の蛇です。

 奇襲さえ避けてしまえば、対処は簡単です。再度飛びかかられる前に風刃の術を起動し、首を刎ね飛ばしてしまいます。

 使い慣れた風刃はすでに無詠唱で起動することが可能です。蛇に態勢を立て直す隙なんて与えません。


「ふう、いきなり実戦になってしまいましたか。ですが背後の奇襲に対応できるんですから、術は成功と言っていいですね」


 脳裏には術の残響がまだ残っており、マップの様に周囲の様子が把握できてます。

 これは意外と気持ちいいかもしれません。

 三十秒ほど経って、反響が収まってくると、脳裏のマップが徐々に消えていきました。

 予想外だったのは、地面の下三十センチほどの深さまで探知範囲に入っていたことです。

 ひょっとすると壁の向こうとかも、見れるかもしれませんね。音が鳴るので不意打ちには使用できませんが。


「モギュ?」

「おかえりなさいイーグ。つまみ食いしちゃダメですよ?」


 獲物を確保してきたイーグを出迎え、次に二つ目の術式をテストするとします。

 こちらは嗅覚強化を更に強化したものです。

 嗅覚強化は本来、毒などの警戒をするために使うもので、常時展開する為にそれほど大きな強化はされていません。

 強い臭いを放つ毒しか探知できず、無味無臭の毒の存在も有って、気休め程度の術と言う認識が広がっています。

 ですが、わたしの魔力容量なら更に強化した物を維持しても問題ないのです。

 嗅覚を犬並みに……むしろそれ以上に強化した改造した術式をおもむろに展開。


「うぐっ!?」


 うっかりしていましたが、そばにはイーグが獲物を取って来ていたのでした。


 その鳥の身体から滴る血の匂い。

 噛み砕かれた臓物の臭気。

 腹から押し出された糞尿の臭い。

 イーグの身体から出る硫黄のような臭い

 わたしの身体に残るハスタールの匂い。


 そういった『生臭い』臭気が一気に押し寄せてきました。


「うぐぇっ! えほっ! ごほっ!」


 不意を突かれて、耐えられずに思わず吐き戻してしまいます。

 そしてその吐瀉物の臭いまで明確に嗅ぎ取って、さらに嘔吐を繰り返す。

 それを何度も繰り返し、胃液だけの状態になって、ようやく術を解除することに成功しました。


「こ、これは……使用する時は……覚悟して使用しないといけないですね」

「ウギュ~」


 息も絶え絶えに地に倒れ伏したわたしを、イーグは心配そうに覗き込んできます。


「大丈夫ですよ。とりあえず、目途は立ったと見ていいでしょうかね?」


 この二つを併用すれば、迷宮内でも奇襲を受ける事態はほぼ無くなるでしょう。

 ちょっと失敗してしまいましたが、成果は上々です。

 わたし達は意気揚々とベリトの街へ戻ることにしました。



 宿に戻って得意顔でハスタールを出迎え、彼に成果を報告します。


「それが本当なら凄いな」

「本当に決まってるじゃないですか! なんだったら試してみますよ?」


 疑問系で答えた彼に、意地になって反論しました。

 この世界の人間である彼には、超音波の探信音とか言われてもピンと来なかったのでしょう。探信音ピンガーだけに。

 探信の魔術を弱めに、そして並行して嗅覚強化も行います。

 天井裏の鼠の位置すら把握して……んむ?


「ハスタール」

「ん、なんだ?」

「……なぜ女性の匂いがするのですか?」

「はぇっ!? い、いやそんなことは……」


 突然の指摘に、目に見えて慌てふためく彼。まさか浮気とかじゃないでしょうね?


「今のわたしは嗅覚強化で犬並みの嗅覚を持っているのです。香水と化粧の匂いは見逃しませんよ?」

「こ、これは……」

「マールちゃんは化粧するにはまだ早いですし、レヴィさんがいつも付けている物とも違うようですね?」


 レヴィさんの使う香水の匂いはさすがに慣れて覚えたのです。


「いや……これは、その……酒場でな」

「ほう、酒場で?」

「ちょっと女給の人がしなだれ掛かったりして……いや、本当に後ろ暗いことはしてないぞ!」

「…………手の平からも香水の匂い、しますね?」

「あ、あぅ……スマン、ちょっと……胸とか、触った」


 彼の白状を聞いて、わたしはニッコリと微笑みます。

 浮気じゃないようですが、わたし以外の女性の胸に触ったと?


「ハスタール」

「ハイ」

「オシオキ、です。あなたの身体の匂い、全部わたしが上書きしてあげます」

「お、お手柔らかに」


 その日の夜はちょっとハードでした。

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