79話:4章 作戦会議

 地図に従い、二階まで最短距離で進みましたが、その後に起こった戦闘は一度だけでした。

 回収できた採取部分は三つ。最初の一つを併せても、まだ四つしかありません。

 初日で一割を採取できたと考えれば、上出来な部類なのでしょうか?


「うーん、予想以上に集まりませんね」

「ここまで二回しか出会わなかったしな。仕方ないさ」

「奇襲さえされなければ、大した相手じゃないんだけどなぁ。ユーリ姉、こうサクッと見つける魔術とかないの?」

「そんな便利な魔術はありません……いや、考えようによっては作れる?」

「わ、わたしはあまり連戦とかはちょっと。あの触手とか、気持ち悪いし」


 マールちゃんはニョロニョロ系が嫌いですか。

 わたしとしては、彼女に絡む触手を見てみたい気持ちも少し……いや、見ても興奮エキサイトできる部分がありませんけどね。

 それに彼女だと捕まったら即死だってありうるわけで……あれ、わたしなら問題ない?


「いやいや、自分が捕まっても嬉しくないのですよ。アレは目で愉しむモノです」

「は? 魔術って愉しむものなの?」

「いや、こっちの話ですヨ」


 ハスタールが変な嗜好に目覚めるとマズイです。それに青少年の教育にも良くないのです。


「でも、よく考えてみれば二階までの最短距離というのは、人通りがもっとも多い場所なわけで。先行してる人たちが狩り尽くしてしまった可能性もありますね」

「あー、それは確かにあるな」

「ここまでの順路をメインストリートと仮称して、採取を行うならば順路を外れた方が良かったかもしれません」

「だが、それはそれで危険じゃないか? 順路にいれば危機に助けが来てもらえる可能性は高いが、外れてしまえばそれも期待できないだろう。ましてや彼女を預かってる身だ。危険なことは避けて行きたい」


 彼はどうやら、マールちゃんを預かっているので過保護になってるようです。

 うらやま……いえ、けしからんですね。


「わたしたちの力量なら、不意打ちさえされなければ問題ないですよ?」

「その不意打ちがねぇ……オレたちって斥候系のスキルは壊滅じゃない」

「無ければ人海戦術に出れば良いのです。アレクは前方、ハスタールは光球の魔術を使って上方と後方監視を厳にすれば、不意は打たれないでしょう」

「光球には維持が組み込まれているから、戦闘になっても問題ないか。よし、それで行こう」


 彼がやる気になったところ悪いですが、水を挿すとします。

 ここまで慎重に進んだので、結構な時間が経っていますから、そろそろ帰還した方がいいでしょう。


「いえ、すでに結構な時間も経っていますし、今日は一旦戻りませんか? マールちゃんも疲れているでしょうし」

「あ、そういえばここまで結構掛かったね。もう三時くらい?」

「帰るまで二時間くらい見て、ちょうどいいくらいかと。探索に慣れれば倍……いえ、三倍は早く進めそうですけどね」

「となると、日帰りできるのは精々四階に上がるまでか。なるほど、駆け出しってのは迷宮内で夜営できるレベルってことか」


 五階までを駆け出しと設定している理由は、それなのでしょうね。

 この、あまりにも巨大な迷宮では、攻略に夜営は必須でしょう。

 迷宮内で安全を確保し、身体を休める技術や知識を得て、はじめて攻略者と認識される。その境目が五階になる、と。


「今日はまだ初日ですし、素材が一割集まったのは及第点としておきましょう。わたしも色々考えることもあるので、できれば帰還したいかと」

「ユーリがそう言うなら仕方ないな。何せリーダーだし?」


 まだ言いますか! しかもニヤニヤしてやがります。

 明らかに、からかう意思が透けて見えます。


「そのリーダーはやめてください。わたしは裏方が好きなのです。そういった派手なのはハスタールかアレクにお願いします」

「俺だって派手なのは困るな。こんな外見になったことだし」

「じゃあ、消去法でアレクがリーダーですね」

「オレは困るって!? そんなのやったことないし」

「大丈夫ですよ。アイデアや指針はわたしやハスタールが出します。最終決定だけしてくれればいいのです。頷きエルフなんて存在もいたことだし」

「頷きエルフ?」

「あらゆるアイデアを無条件に近い状態で承認した、偉大なリーダーの二つ名です」

「そいつぁスゲェ」


 もっとも創作の中の話ですが。それは言わない方がいいでしょうね。


「まあ、それでいいなら……」


 上手く釣れたようですし!



 帰りの道中も何の問題も無く、一度だけ戦闘がありましたが、あっさりと殲滅。

 回収した素材は二つなので、合計は六つですね。

 わたしたちは夕食後、宿の一室に集まって反省会を開きました。


「それでは、第一回迷宮攻略反省会を開きたいと思います」

「えー、初日で六つは充分な戦果やと思うでぇ?」

「お留守番は口を挟まないでください」

「ハスタール君、ユーリちゃんが酷いねん」

「諦めろ」


 戦力外の人を黙らせておいて、本日の結果を集約します。


「今日の戦果は素材六つ。初戦で二つ無駄にしてしまったのは惜しいですが、結果としては充分でしょう」

「十日掛からずにクリアできるペースですね」

「七日です、マールちゃん。さて、結果は上々ですが反省点がないわけではありません」

「そうかなぁ?」

「いかなる時も、自省を忘れては進歩がありませんよ、アレク」

「ユーリもな」


 ハスタール、そのツッコミは無しにしていただきたい。


「今日の反省をするとすれば、やはりルートの選択ミスと奇襲への対処の甘さだな」

「そうですね、明日からは少し順路を外れた場所を選んで回ってみましょう」

「問題は奇襲だね」

「そうですね。幸いわたしたちは人数が居ますので、個別に前方と上方、それに左右の壁も警戒しておけば完璧かと」

「壁まで?」

「天井から奇襲されたのですから、壁から奇襲されることだってあるんじゃないですか?」


 相手は海草オバケです。どこにでも貼り付けるでしょう。

 それに居るのがあれだけとは限りませんし。


「そういえばレヴィさん。一階層で出る敵の情報をください。タダで」

「いや、お金なんて取らへんて。一層ではクリーピングベインの他には、クラックワームがおるね」

「クラックワーム?」

「一言で言えば……でっかいゴキや」

「ハスタール、庵に帰りましょう」

「帰るな」


 だって、主婦としてはもっとも見たくないモンスターですよ!?

 小さいサイズだって触りたくありません!


「お前は魔術で殲滅すればいいが、アレクなんて剣だぞ」

「アレク、出会ったらわたしに寄らないでくださいね?」

「ひっでぇ!?」

「あの、アレクさん……わたしもちょっと」

「………………」


 マールちゃんにまで拒絶され、さめざめと泣き出すアレク。

 生理的に受け付けないので仕方ないのですよ?


「ま、まあそれはアレだ。そいつは魔術勢に頑張ってもらうとして、他には居ないのか?」

「後は野生化したコボルドくらいやね。大したのはおらへんよ」


 コボルドは直立した獣人の一種ですね。

 身長も一メートルくらいしかないので、身体能力的にも人間より低いくらいのモンスターです。


「となると、問題になりそうなのはクラックワームだな」

「あの外見は特に、なのです」

「能力的にも侮れないぞ? ゴキを基準に考えると、素早いし、タフだし、空も飛べる」

「うっ!?」


 巨大なゴキが高速で迫り、羽を広げ、あの不気味なお腹を見せて顔面に襲い掛かって来る姿を想像して、吐き気を覚えました。

 いや、確かに身体能力的には凄まじい物があるそうですが……むしろ、その身体能力と外見的プレッシャーが合わさり無敵に見える?

 それにゴキは羽を動かす能力を失っているそうですが、生命の危機に陥るとそれを思い出して唐突に飛んだりするそうです。

 いつもは飛ばないだけに、急に飛び出した時のインパクトは絶大極まります。


「ちなみにコボルドは毛皮が、クラックワームは触角が買い取り対象になってるで」

「触角なんて、なにに使うんですか?」

「しなりと弾力ある素材が色々使えるそうやで?」


 あの外見の虫すら材料にしてしまうのですか。異世界、恐るべしです。

 この世界に来て五年、今になって恐怖を覚えました。


「そもそも昆虫の素材は使えるところが多いねんで? カマキリの鎌とか、蜂の針とかは立派な武器になるし」

「連中って一点特化な進化遂げてますからね」

「相手にすると厄介なんだよな。一芸に特化してる分、その土俵で戦うと強いの何の」


 アレクも村の防衛なんかで、何度か昆虫系のモンスターと戦ったことがあるそうですが、やはり苦戦したようです。


「とにかく、索敵は徹底的にしないと危ないな。クラックワームもクリーピングベインも、壁を這うのには何の問題もない連中だ」

「では前方をアレク、上方と後方は光球を使えるハスタールが見るのは確定として、左右の壁はわたしとマールちゃんで警戒するとしましょう」

「四人で進むんだから、その辺が妥当か。後方の担当が兼任なのは少し心許無いが」

「ああ、それもそうですね。では上方はイーグがお願いします。あなた、夜目が効きましたよね?」

「ウギュ?」


 いきなり話を振られて、驚いたように顔を上げるイーグ。

 あなた、寝てましたね? まあ、まだ子供だから仕方ありませんが。


「イーグが上方を監視してくれれば、ハスタールは後方を警戒できるでしょう」

「ああ、そうだな。しかしイーグまで戦力に使うと、なにか反則の様な気もしないでもないな」

「使える戦力は使うのです。わたしたちは初心者なんですから。それと次の問題ですが」

「まだ何かあるのか?」

「索敵です。今日の探索で最大の問題だったのは、敵が見つからないことです」


 敵を早く見つけられれば、狩りの効率も上がりますし、敵を避けて動くことも可能なはずです。

 敵より早く正確に発見するのは、元の世界でも共通した、戦闘の基本なのです。


「これに関しては魔術でなんとかなるかもしれません。ただ、術式の開発に少し時間が掛かりそうなのです」

「ふーん、なら明日は休みにしてその間に開発しておけば? 迷宮に入るのは二日に一度でも充分間に合いそうなペースだし」

「そうして貰えると助かります」

「そんな簡単に開発できるもんかねぇ?」


 レヴィさん、わたしの開発力を甘く見ていますね? まあ、いいですけど。

 七日あれば四十個溜まるペースなら、二日に一度でも倍のマージンを取れることになります。

 索敵の術は、今は必要でなくともどうせ必要になりそうですし、ゆっくり開発してもいいでしょう。


 こうして初日の反省会は終了しました。

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