78話:4章 迷宮初戦

 ギルドの受付、レミィさんの薦めに従い、マールちゃんは本登録を済ませてから入学をすることにしました。

 入学受付の締め切りが三週間後に差し迫っているのですが、本登録を済ませた冒険者ならば多少は便宜を図って貰えるそうなので、そちらの方が良いと判断したのです。

 結局全員で迷宮に潜ることになるので、わたしたちは装備を整えることにしました。

 とは言え、ハスタールもアレクも武器防具は店売りの物を遥かに凌駕するものを持っていますので、わたしの防具とレヴィさんマールちゃんの装備くらいです。

 特にこだわりもないので、ロビーにある雑貨屋のような場所で汎用の皮鎧レザーアーマー三つとマールちゃん用の鎚鉾メイスを用意してオシマイです。

 ハスタールとアレクはダミー用の長剣ロングソードを用意していました。

 センチネルやクリーヴァは、いろんな意味で目立ちますからね。


「装備はこれで良いですかね?」

「なあユーリ姉、やっぱり俺の鱗鎧をマールちゃんに……」

「前衛が薄くなってどうするんですか。後ろに抜かれないように努力しなさい」

「いやモチロンそうするつもりだけど、万が一とかあるじゃん?」

「その時はレヴィさんが身を挺して守るので大丈夫です」

「えっ、私なん!?」


 まあ、わたしにハスタール、レヴィさんという魔術の達人が三人も揃ってて、それでもなお押し込まれるとはあまり思えませんけどね。

 その後、野営道具に食料、松明、地図などを仕入れて翌日出発ということになりました。

 一階層はギルドの試験場も兼ねているので、地図などの攻略情報が出回っているのです。


「地図とか見ていいんですかねぇ?」

「いいんじゃない? 出回ってるものだし」


 あまりに難易度下がりすぎて、試験にならないような気もしないでもないですが。

 こんな試験で本当に大丈夫かな?


「大丈夫だ、問題ない、やでぇ」

「……まあいいですけどね?」


 むしろ、なぜそのネタをレヴィさんが知っていたかが気になります。

 その夜は宿に戻って食事を取り、翌朝からアタック開始ということになりました。

 部屋割りはわたしとハスタールで一部屋。マールちゃんはレヴィさんと、アレクはイーグと同室になってます。

 疲労を残すといけないので、彼も今夜は自重しているようです。

 いえ、むしろ緊張しているのでしょうか? この世界の人間にとっては、憧れの迷宮に足を踏み入れるのですから。

 わたしも本物のダンジョンという物に挑戦するとあって、少し興奮気味です。朝が待ち遠しいような、怖いような不思議な気分で夜を明かしました。



 翌朝、とりあえず一日を目処に迷宮に潜ってみて、疲労の具合を確認しようということになりました。

 首都ベリトの中央にある迷宮の入り口に行き、門番の人にタグを見せます。


「これはまた、随分と若い連中だな。いいか、迷宮の中は戦場と一緒だ。絶対無理はするなよ?」

「忠告感謝する。だが俺たちも勝算なしに挑戦しないさ」

「みんな最初はそう言うんだよ。本当に気をつけろよ」


 見かけが若いわたしたちを、門番の人はとても心配してくれました。

 見た目だけなら成人前のアレクが最年長の十四歳。

 次いでハスタールが一、二歳下に見え、その下がマールちゃんの十歳。

 わたしに至っては彼女より下に見えてもおかしくないと……くっ!


「大丈夫ですよ門番さん、パインサラダでも作って待っていてください」

「何で俺がそんなもん作らないといけないんだよ」

「様式美の挨拶というものです」

「はぁ?」

「この子の言うことは気にしないでくれ。まあ地図も持ってるし無茶はしないよ」


 迷宮の中に一歩踏み込むと、すぐに闇に包まれます。ゲームの光苔のような便利な物は無いようですね。

 迷宮内の通路は広く、大人が三人並んで武器を振り回しても余裕があるほどです。

 直径数キロメートルにも及ぶ幹の内部なのですから、当然なのかもしれませんが。

 わたしたちはランタンを用意し、油に火をつける代わりに光球の魔術を付与した照明石を中に放り込みます。

 ランタンにはシャッターがついているので、光量を調整できて便利なのです。


「照明石にこんな使い方があったとはな」

「ゲーム知識も馬鹿にできないものですね」

「ゲーム? チェスかなにかか?」

「いえ、故郷のテーブルゲームで」


 そういえば、ハスタールにはわたしが転生者であることはまだ話していませんでしたね。

 ですがそれを話すと、生前のわたしについても話さないといけなくなるわけで。ウン、しばらくは内緒にしておきましょう。

 こうして夫婦の間に秘密ができていくんですね。


「最前線はアレクでお願いします。中央にわたし、マールちゃん、イーグ。最後尾はハスタールでお願いします」

「アギャ!」

「俺が後ろに付くのか?」

「あなたは近接戦闘も魔術攻撃もこなせます。平時は背後からの襲撃に備えつつ、戦闘に入れば魔術でアレクの補助ができますし、そこが一番能力を活かせるかと」

「わかった。なんか堂に入った指示だな?」

「えーと、いめーじとれぇにんぐがバッチリなのです」


 完全にゲーム知識ですが、本当に役に立つでしょうかね。

 マールちゃんを中心に十字に配置した形です。


「我々はインペリアルクロスの陣形で戦う」

「何か言ったか?」

「いえ、言ってみたかっただけですので。マールちゃんはランタンをお願いします。重要な光源ですので、絶対に手放さないように」

「ひ、ひゃい!」


 彼女も初の迷宮とあって、非常に緊張してる模様。言葉が噛み噛みです。

 元々がただの村娘なので無理は無いかもしれません。


「ついでにわたしも松明を用意しましょう」

「明かりは一つでいいんじゃないか?」

「こんな入り口付近には無いと思うんですが、魔術を無効化する罠とかあったら困るじゃないですか」

「そんな罠が……いや、あってもおかしくないか。なにせここは世界樹だしな」


 警戒はしておいて損は無いでしょう。『警戒のしすぎ』という言葉は、怠け者の言い訳です。


「ユーリ姉、よくそんな罠を思いつくなぁ」

「経験が違うのですよ、若造」

「オレと大して違わないじゃん!」

「さて、それではリーダー。どっちに向かう?」

「はぇ? リーダー?」

「さっきの指揮振りをみれば、当然だろう」


 いやいや、この場合普通はハスタールがリーダーになるものでしょう!?

 最年長者が、なに楽しようとしてるんですか!

 あとマールちゃん、コクコク頷かないでください。


「実戦経験ならハスタールが一番でしょう? わたしの指揮なんて、しょせん空想で鍛えたものに過ぎないのですよ!」

「俺の経験は戦場での正面戦闘とか、魔獣との正面からのぶつかり合いとか、決闘での正面から斬り合いとか、そんなのばっかりだぞ」

「……あなたが脳筋であることはよくわかりました。とにかく武装はしておいてください」


 わたしの指示で、センチネルとクリーヴァを呼び出す彼ら。


「今後の事も考えて上層への通路は知っておいた方がいいでしょうし、そっちの方へ向かいましょう。どうせ行き先なんて決まってないのですし」

「了解した。ならこっちだな」


 標的のクリーピングベインはこの階層全域を徘徊しているそうです。

 それゆえ、どこに向かえばいいかという指標はまったく存在しません。

 とにかく迷宮内を歩き回り、見つけ、戦い、勝利し、数を集める。そういう試験なのです。



 わたしたちはしばらく何事も無く迷宮の通路を進みましたが、一向に何も起きません。

 安全なのはいいですが、このまま収穫なしというのは少し寂しいですね。

 最初の緊張感もすでに薄れ、欠伸すら出そうになった時になった頃、マールちゃんがピクリと反応しました。


「ん? どうかしましたか?」

「ユーリちゃん、今何か聞こえなかった?」

「なにかって?」

「気のせいかも知れないけど……カサって音がしたような」

「アレク、警戒しろ」


 彼女の言葉に、即座にハスタールが警戒を促してきます。

 しかし、光源の範囲にわたしたち以外の影は無く……いや――


「上です!」


 十メートルを超えるほどの広い幅の通路。そして広いだけではなく……高さも相応にあるということ。

 人の注意というのは、地面から自分の視線の高さを基準にしてしまう、という話を聞いたことがあります。

 自分の目線より高い位置は、最も簡単に手に入る死角になり得るのです。

 わたしの叫びが相手を刺激したのか、頭上から三つの影が落ちてきました。

 わたしは松明をその場に捨て、マールちゃんを突き飛ばすようにして、その場から退避しました。


「きゃあ!?」

「しょっぱなから頭上攻撃とか、初見殺しもいいところですよ!」

「マールちゃんこっちへ!」

「センチネルを振り回すんですから、そっちに行けるわけが無いでしょう! わたしたちを巻き込まないように攻撃してください!」


 彼もこういった戦闘は初めてなので、焦っていたのでしょう。

 落ちてきたのは絡まりあった緑の蔦の塊が三つ。おそらくはあれがクリーピングベインです。

 動きの遅い蔦は態勢を立て直した彼らの敵ではなく、あっという間に大質量に叩き潰されます。

 結局、ハスタールとアレクが1匹ずつ、イーグが一匹ブレスで焼いて、戦闘はあっという間に終了しました。

 わたしはその間、光球の魔術を天井付近に飛ばし、他に伏兵がいないか確認しておきます。


「まったく、これが初戦とはな」

「まさかいきなり奇襲とは思いませんでした。さすがに一筋縄ではいきませんね」

「マールちゃん、よく気付いたね?」

「わたし、耳はいいみたいです」


 彼女の警告が無ければ、わたしたちは頭上からかっぷりでしたからね。お手柄なのです。

 わたしとハスタールで討伐部位を剥ぎ取ろうとして気付きました。


「コナゴナじゃん」

「あー、スマン?」


 クリーヴァの大質量攻撃で、クリーピングベインはコナゴナのペシャンコになっていました。

 これでは捕食器の粘液部分は回収できないでしょう。

 センチネルの方はかろうじて回収できましたが、イーグのブレスで焼かれた方も回収は難しそうです。


「師匠の武器はこの試験には向いてないみたいだね」

「これは迂闊だったな」

「クリーピングベインが出てきたら、魔術主体で戦いましょうか」


 これが迷宮での初戦になりました。

 初戦からこれでは、先が思いやられるのです。

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