77話:4章 冒険者仮登録
フォルネリウス聖樹国首都、ベリト。
世界樹の根元に広がるその街は、この世界において色々な意味を持っています。
神聖樹信仰の拠点。
伝説の迷宮。
冒険者ギルド生誕の地。
この世界に存在する伝説が、その目で直接見て、触れられる場所。
故にこの街を訪れる人は多く、その人通りの多さはソカリスの比ではありません。
世界樹に頭を垂れる、巡礼者。
その内部の迷宮に足を向ける冒険者。
旅行者や冒険者に(由来のわからないアヤシイ)商品を売りつける商人。
まさに人種と職業の坩堝。
ソカリスですら顎を落としたわたしは、まさに目の回る気分を味わっているのです。
「ふぇあぁぁぁ」
「ほら、ユーリちゃん。ギルドはこっちやで」
「迷子になるなよ? さすがにここじゃ探すのは面倒だからな」
「マールちゃん、手離しちゃダメだよ」
「は、はい」
乗ってきた馬車は往来の邪魔になるので、宿に預けました。
ギルドに登録するために徒歩で街を歩いているのですが、規模が……人が……
「うぷ」
「お、おい!?」
「スミマセン、人込みに酔いそうです。いえ、酔いました」
「お前は本当に……」
溜息をつきながら、ハスタールが送風の魔術で風を送ってくれました。
大量の人いきれの影響で少々生ぬるい風ですが、気分がスッキリしてきます。
レヴィさんの案内で冒険者ギルドに到着したわたしたちは、大勢の注目を浴びることになりました。
「おい、『裏切者』じゃねぇのか、あいつ?」
「帰ってきたのかよ」
「あのガキどもが次のカモってわけか?」
「次の死体袋は小さめですむな」
建物に入った途端浴びせられた、嘲笑と侮蔑。彼女の境遇も、かなり厳しいようです。
しかし、言いたい気持ちもわからなくは無いのですが、わたしの『仲間』に対して悪口雑言は許しません。
「――今、何か言いましたか?」
罵声を浴びせた人たちに向き直り、精一杯の威圧感を込めて威嚇しました。
「彼女はわたしの仲間です。罵倒するなら、それ相応のリスクを――」
「よせ、ユーリ。雑魚に構う必要は無い」
「んだと、このガキ!」
ヒートアップしたわたしを諌めようとしたのか、ハスタールが仲裁に割り込んできましたが、どう考えても煽ってますよね?
わたしの前に割り込んだ彼が、激昂した冒険者風の男に胸倉を掴まれます。
少年モードで背の低くなった彼が、半ば宙吊りになってます。
「もう一度言っ――」
そこまで言ったところで男が崩れ落ちました。
男は地に倒れ臥し、泡を吹きながら痙攣をしています。
よく見ると顎の下の辺りに青黒い打撃痕が見受けられます。
「貴様、何しやがった!」
男に胸倉を掴まれた直後に、下から顎を打ち抜いたのでしょう。
狭いスペースから最小の動きで打ち抜いた攻撃は、すぐ後ろに居たわたしですら気付けませんでした。
「何と言われてもな。身を守っただけだが?」
「一般人が……ぶちのめされてぇか」
「一般人だからこそ、彼らに手を出したら罰則がありますよ?」
それまで様子を見守っていたカウンターのお姉さんが、ようやく揉め事に割り込んできました。
「登録された冒険者は通常の市民より遥かに力を持った存在です。一般人に武力を行使する行為は厳しく制限されていますよ。それに、彼らが依頼者だとしても新人にしても、追い返されると我々ギルドの運営に支障が出ます」
確かに依頼者もルーキーも追い返されたとあっては、運営が成り立たないでしょう。
冒険者たちもギルドを相手に回したくないのか、顔をしかめて手を引いていきました。
「覚えてろよ、新入り」
「ええ、忘れませんよ。あなた方の暴言は」
お決まりの捨て台詞を吐いて、ロビーを出て行く男たち。
わたしも軽く牽制を入れながら、わたしたちはカウンターへ向かいました。
「さて……いらっしゃいませ。当冒険者ギルドに何か御用でしょうか? それと、おかえりなさい。一年ぶりね、レヴィ」
なぜか受付のお姉さんの瞳が潤んでるような……そっち系の人ですか?
いや、冗談ですけどね。
「騒々しくてすまんねぇ。新人を案内してきたんや」
「構わないわ。今のところ大きな依頼もないし」
何事も無かったかのように会話を送るレヴィさん。どうやらお知り合いのようです。
「あいつらは?」
「そこの子が言ったように、雑魚ね。まっ昼間からここでクダ巻いてるようじゃ、ね」
「そら手厳しいわ。相変わらずやねぇ、レミィ」
カウンターで気安く会話するレヴィさん。彼女はレヴィさんに悪印象は持っていないようですね。むしろかなり親密そうでしょうか?
「仲いいのですか?」
「そやねぇ、名前が似てるってこともあって、私が登録した当初から良うしてくれてるで」
「この子、実力のわりにそそっかしいから、放っておけないのよ」
そう言って彼女はわたしたちを見回し……
「少し幼いんじゃないかしら?」
「登録するのはこっちの三人で、この子は学園に入るねん。それにみんな見かけは若いけど腕は立つで」
「それはさっきの一発を見たらわかったわ。私ですら見落としたもの」
レミィさんとやらはカウンターに三枚の書類を用意しながら、わたしたちに差し出してきます。
「冒険者ギルドへようこそ。仮登録はこの書類に書き込むだけでいいわ。ただし本登録になるには試験があるわよ?」
「試験、ですか?」
カウンターが高すぎるので、机の下から首だけ出しながら質問を返します。
大人の身長にあわせているのでしょうが……くっ!
「もちろん。登録するということは私たちがあなたたちを信頼しているという証でもあるの。だからその実績を示してもらわないとね」
「さっきのみたいのもいるのに?」
「それを言われると厳しいわね。まあ、人は変わるものだし。それに悪人や無能を採用しても私たちギルドにはペナルティが無いから、甘くなってるってところもあるのよ」
「試験の意味無くないですか?」
「カウンター対応してるのも、私だけじゃないしねぇ」
頬に手を当て、困ったように首をかしげるレミィさん。妙に色っぽい仕草です。
見た目二十歳ほどの女性がすると、可愛さと色っぽさが両立してズルイです……乳もでかいし。
「とにかく仮登録してもらえるかな。この後の予定もあるんで」
とか言いながら、視線が胸元に向いているハスタール。許せませんね。
「イーグ、GO!」
「なんでだ!?」
「セクハラは禁止なのです」
「みんな字は書けるかしら?」
「あ、大丈夫。俺はマールちゃんに書いてもらうし」
賑やかに騒ぎながら仮登録を済ませました。片手のアレクはマールちゃんに代筆してもらってます。
ついでに仮登録証をもう一枚用意してもらって、マールちゃんも登録しておきました。
今ならわたしたちと一緒に行動して、登録できますので。
取れる資格は取っておくと便利です。
「はい、四人分確かに。えーと……アル君にバーン君、ユーリンちゃんにマールちゃんね」
彼女は何か機械を取り出し、書類を見ながら打鍵していきます。
機械が入力されたデータに従い何かを撃ち込むような金属音を発し、一枚のドッグタグのようなものが出てきました。
「これが仮登録証の代わりになるわ。世界樹の迷宮の一階層なら入れるようになるの。それより上は本登録が必要になるから注意してね」
「おお~」
いや、事前に聞いてはいたんですが、なにかこう、本物を見るとやはり感嘆の声が出てしまいます。
「仮登録といえど、冒険者は一般市民に直接的な暴力行為を行った場合、かなり厳しい処罰が待ってる上に登録取り消しになるから、これも注意」
「はい」
「仮登録の期間は一か月あるわ。その間に本登録の試験をクリアすること。さもないと仮登録も取り消し」
「再登録はできないのか?」
「一度仮登録すると、一年は再登録できない仕組みになってるわ。修行しなおして来いってことね。でも偽名で登録する人も居るから、あまり意味は無いかな?」
「そ、そうですか。偽名はいけませんネ、偽名は」
偽名と聞いてビクリと反応するアレクを膝蹴りで黙らせるわたし。ハスタールもなんだか口調がぎこちないです。
「本登録の試験は……そうね、この一階層にいる薬草採取が定番だし、これにしましょうか」
「ここでも薬草採取ですか。ん? 『いる』?」
「そう。『いる』」
「『ある』じゃなくて?」
「『いる』のよ。ターゲットはクリーピングベインと呼ばれる海草みたいな食虫植物。ゆっくりと歩くこともできるし、人も襲うわ」
さすが世界樹。しょっぱなから人外魔境ですね。
ですがいきなり討伐系とは、激しくないですか?
「新人に任せて大丈夫なんですか、それ」
「大丈夫、かな? 動きも遅いし、ちょっとした心得があれば充分対応できるわ。この植物の捕食部分の粘膜を煎じておくと、よく効く傷薬になるの。この粘液部分を一人十個採ってくる。これが試験ね」
わたしたち全員だと四十個ですか。
マールちゃんも一緒に登録して置いてよかったですね。彼女一人で討伐なんかには向かわせられませんし。
「試験は何人でも組んで参加することはできるわ。ただし経験者の補助は不可。レヴィはお留守番ね」
「しゃーないなぁ」
「単独で向かえといわれなくて安心したな。四人で行っても問題ないか」
「それこそ無茶って物よ。ソロで潜るなんて、この街でもこの子以外いないもの」
レミィさんはレヴィさんをペンで指しながら、ケラケラ笑ってます。
笑えるってことが逆に信頼の証になっている、ということでしょうか。レヴィさんも『ペンで人を指すなや』と怒る振りして流してますし。
ひとしきり彼女をからかったところで、さらに説明が続きます。
「持ってくる部位は人数分必要になるから、あまり大人数で組むと逆に大変になるわよ。期間は一か月以内。逆にいえば一か月もあるんだから、無理しないで勝てないと思ったら戻ってくること。ある程度修行すれば誰でも勝てるようになるはずだから」
「誰でも、か。ユーリ姉を知らなければ、言えないセリフだな」
「失敬な!」
「ん、ユーリ?」
「い、いやユーリン! ユーリってのが愛称なんだ」
うっかり本名を言って慌てるアレク。この子は本当に腹芸ができないですね。
「そう? それと迷宮の中はとても広いの。中層より上に行くなら泊まり込みで登るようになるのよ。一階層でも夜営が必要になることがあるから、そういった装備はちゃんと持っていくこと」
「いいのか、そんなことまで教えて」
「いいのよ。どうせ誰かに聞くことだし。説明はこのくらいかな? 他に何か聞きたいことあるかしら?」
「えーと、迷宮に関しては特に。学園に入る場合はどこに行けばいいのでしょう?」
「それは東区の受付に行けばいいわね。今年の締め切りは三週間と少し先かな? あまり時間は無いわね。先にここで本登録済ましておくと、試験官の受けもよくなるし、ある程度便宜も図ってもらえるわよ?」
「それはいいこと聞きました。マールちゃん、先に本登録済ませちゃいましょうか」
「え、いいのかな?」
正直言って、彼女の学力は一般の村人と大して変わりません。
アレクの様にハスタールに英才教育された訳ではないので、そこが不安だったのです。
先に冒険者資格を取り、それから入学する方が、色々と箔も作って物でしょう。
そんなわけで、わたしたちの迷宮チャレンジが始まったのです。
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