76話:4章 到着

 ソカリスから旅立って二週間、旅は順調すぎるほど順調に経過しました。

 もちろんトラブルが無かったわけじゃありません。

 盗賊、魔獣の襲撃、崖崩れなどの街道のトラブルなど、むしろソカリス旅行の時より多かったかもしれません。

 しかし、それらを物ともしない解決力がわたしたちに備わっていたのです。


「オラ、通りたかったら相応の物を出してもらおうか!」

「そこの女でもいいぞ? 野郎は出す金次第かなぁ?」

「ガキは奴隷にでもすりゃ多少は儲けになるかぁ」

「やれやれ」


 溜息を吐いてアレクとハスタールが前に出ます。

 手入れのされていないチャチな剣を見せびらかしながら、盗賊どもがわたしたちを取り囲んでますが、そんな屑鉄一歩手前のシロモノ見せられても、呆れるだけですよ?


「ユ、ユーリちゃん」

「あ、はい。大丈夫ですよ」


 わたしたちで表立って武装しているのは、サードアイと小弓ショートボウを装備しているわたしと、小剣ショートソードを二本装備したレヴィさんだけです。

 ハスタールとアレクは鱗鎧を着ているとはいえ、武装はしていません。

 しかもアレクは片腕です。

 レヴィさん以外は未成年に見えるわたしたちは、さぞかし美味しそうなカモに見えたでしょう。


「めんどくさいから、ちゃっちゃと片付けるぞ、アレク」

「了解、師匠」

「アホやなぁ。狙う獲物くらい見極めんかい」

「それ、あなたが言いますか?」

「テメェラ、馬鹿にして――ヒィ!?」


 緊張感の無いわたしたちに、頭を沸騰させた盗賊たちがいきり立ち、そして悲鳴を上げました。

 ハスタールとアレクが武装を召喚したからです。

 対人とか使い勝手とか一切考えず、威力のみをひたすら追求した、凶悪な超重兵器を見て、腰が引けてます。


「今なら見逃してやらんことも無いが?」

「言っとくけど、これ、当たると痛いぞ?」

「ガ、ガキに脅されて退いたとあっちゃ、こちとらやってけねぇんだよ!」

「そんな見せ掛け武器に脅されるかよ!」


 蛮勇に物を言わせて、襲い掛かってくる盗賊たち。

 勇気の使いどころを間違っていますねぇ。


 そこから先の出来事はもう……スプラッタとしか言いようがありませんでした。

 たった二振り。ハスタールとアレクが一回ずつ振っただけで六人が肉塊と化しました。

 残った二人のうち一人が、わたしたちを人質に取ろうと近付いたところをレヴィさんに迎撃され、こちらも滅多斬りにされてボロ雑巾のようになって死亡。

 この一人は逆に、一瞬で何度斬られたのか判らないくらいズタズタにされました。

 やはり素早いですね、彼女。

 ようやく相手の力量を悟った最後の一人が逃げ出しましたが、ここで逃がすと逆恨みが怖いので、わたしが背後から風刃の魔術を撃ち込んで終わらせました。



 そんな感じでトラブルを物ともせずグイグイと旅程を消化した結果、目の前にはフォルネリウス聖樹国の首都ベリトの城壁がありました。


「首都です! 樹、でっかいです! 壁、でっかいです!」

「見ればわかるから落ち着け?」

「田舎者丸出しやねぇ」

「ユーリさん、ちょっと、その……静かに」

「ユーリ姉は、相変わらず恥ずかしいなぁ」

「誰が『相変わらず』ですか!」


 ちょっとあまりのでかさに混乱して取り乱したのも、田舎者なのも認めますが、『相変わらず』の部分には異を唱えずにいられません。

 わたしがいつ、恥ずかしいことをしたというのですか!

 アレクの膝をベシベシ蹴たぐリ、トドメに靴の泥を塗りつけて差し上げますわよ?


「うわ、きったねぇ! せっかくマシな服に着替えたんだから、やめてくれよ!?」


 アレクの悲鳴にころころ笑って返し、ハスタールの背後に逃げ込みながら、少し世界樹を見上げます。

 五年後、この樹を登りきるのですか。気が遠くなりそうですね。


「お前ら、テンション上がってるのはわかったから少し落ち着け」

「うっ、すみません師匠」


 どうやら、アレクも少し興奮してたようですね。

 冒険者の本場、世界最大の迷宮、そして冒険の起源。

 少年ならば胸躍るキーワードてんこ盛りの、まさに伝説の舞台が目の前にあるのですから、無理もありません。

 周囲ではそんなわたしたちの様子を、和やかに眺めています。


「失礼、巡礼の方ですかな? それとも学園にいらした?」

「いえ、冒険者登録に。あなたは?」


 危険の欠片も感じさせないわたし達の様子に、行商人風の男性が話しかけてきました。

 少々草臥くたびれた感はありますが、質の良い布で作った、落ち着いた雰囲気のセンスのいい服を着ています。


「これは失礼を。私は食料をあきなっております、マルコ・ホールトンと申します。宿に卸す品を買い付けた帰りでしてね」

「これはご丁寧に。私はハス……アルと申します。冒険者を志し、こちらのレヴィ殿に師事して参りました」

「レヴィです。どもやでぇ」

「あ、俺はアレ――ふぐぅ!?」


 相変わらず、空気を読まずに本名名乗ろうとしたアホの子を、急所への真空飛び膝蹴りで黙らせておきます。

 彼が偽名を名乗ったのですから、あなたも偽名を名乗りなさい。


「あ~、地に沈んだコレはバーンといいます。冒険者志望ですが、見ての通り、まだまだヘッポコです」

「わたし、ユーリン、です」


 悶絶したアレクに代わり、ハスタールが偽名を告げます。

 おそらく彼もアルバイン姓からアルと名乗ったのでしょうし、アレクもバーンズ姓から取ったのでしょう。

 片腕大剣使い中二病少年なんていう目立つ存在なのですから、隠しておいたほうが面倒無くていいです。

 ついでにわたしも少しだけひねっておきます。


「わたしは、えと……えと……」

「彼女はマールちゃんです。彼女は学園に入学しに来たのです」


 わたしたちが次々と偽名を名乗ったので、彼女は混乱してしまったようです。

 知名度のあるわたしたちと違い、彼女は正真正銘の村娘なので、隠す必要はありません。


「これはご丁寧に。私はこの街の大樹の小鳩亭に食料を卸しているので、良かったらぜひ食べてやってください」

「それはもう。この街は初めてなので、ぜひ寄らせていただきます」

「初めてですか。ここは見所の多い街ですから、きっと気に入ると思いますよ」

「ええ、街に入る前から、この威容ですからね」


 あまりに高く、頂上の見えない大樹。

 その幹もまた太く、雄雄しく……直径だけで数キロメートルは軽くありそうです。

 根も四方八方に広がり、地上に出てる分の太さだけで数十メートルはあるでしょう。

 それが街をいくつにも区分けしています。

 一説によると、あの根は大陸全土に広がっているとか。さすがに眉唾物ですけどね。


「攻略の調子はどないやろ? 二百三十二層は超えれたん?」

「いえ、なかなかに手強いようですね」


 レヴィさんが言うには、現在の現役冒険者の最高峰が二百三十二層まで進んだことがあるそうです。

 五層以下までしか進めていない者を駆け出しと呼び、五十層以下のものは初心者と呼ばれます。

 迷宮は五層ごとに強めの魔獣が門番のように立ち塞がっているとかで、最初の五層を越えることが一人前への壁となっているそうです。

 五十層から百五十層までを中級者と呼び、ここが一番人口が多い階級ですね。

 百五十から二百層までは上級者と呼ばれ、ここまで到達したことのある冒険者はほんの一握りしか存在しないそうです。

 そして二百層以上まで進んだ最前衛の数人のトップランナーたちは超級者と呼ばれ、街の尊敬を一身に集めています。


 そう、超級者ですら二百三十二層まで。

 千ある迷宮の四分の一にも満たないのです。

 これを制覇したバハムートが、如何にトンデモナイ存在だったのかが、よくわかるというモノでしょう。

 もっとも彼の知識はすでに時代遅れのレベルを超越し、役立たずと化していますが。


「レヴィさんは百二までクリアしたんでしたっけ?」

「そやね。腰据えたらもう少し上まで行けたやろうけど、一人やとどうしてもなぁ……」

「一人で百層越えですか!?」

「おかしい?」

「普通はパーティを組んでようやく到達する高さを……いや、お見逸れしました。登録証の記述など当てにならないものですなぁ」

「アレに書かれてるんは、単純に到達した高さだけやからねぇ」


 登録証にあるのは到達階だけです。

 つまりどんなパーティで挑んだのかとか、何人で挑んだのかは記述されないのです。

 レヴィさんのように、単独で挑む人はさすがに少数ですが、それである程度の高さまで到達しているとなると、かなりの腕という証にもなります。


「というか、やっぱりボッチだったんですね。レヴィさん」

「やかましいわっ」

「組んでくれる人、居なかったんですか?」


 ギフト持ちの彼女なら、引く手数多だと思うのですが。


「あ、うん。いや、前は組んでたんよ?」」

「なら、なんで……」


 彼女のギフトは認識阻害と罠解除と魔術の神才の三つ。

 敵に見つからない斥候としての能力、あらゆる罠を解除する能力、卓越した魔術師としての能力。

 その上、さらに図抜けた身体能力も併せ持ってます。

 迷宮を攻略する上で、どれか一つだけでも垂涎の的となるものが三つもあるのです。

 この迷宮という舞台では、わたしのギフトよりの人気があるかもしれないギフトです。

 それなのに、なぜソロ攻略なんて危険な真似してたのでしょう?


「それなぁ。最初に組んだパーティがうっかり罠踏んでもうてな。私が新しいパーティに移る為に『わざと』踏んだ思われたんや」


 彼女が罠関係のギフトを持っているのが知られていればいるほど、罠に掛かったことに不審を抱かれてしまったのですね。

 罠発見のギフトでは無いので、見つからない限りは彼女にはどうしようもないというのに。


「以来、ウチは『裏切者』扱いや。そんな過去があるから、その後組んだ連中はウチを使い捨ての斥候扱いにしよる。ホンマかなわんで。そやから街の外に逃げたんや」

「で、魔王が世界樹を狙ってると聞いて復帰。とはいえ街の外だと冒険者の質は一段も二段も下が……ああ、だからわたしたちですか」

「そやね。腕利きで、野に埋もれたままの魔術師。狙わんわけにはいかへんやん?」

「いい迷惑ですけどね」



 そうして無駄話をしている間に、わたしたちの検閲の番が回ってきました。

 ついに冒険者の本場、ベリトに到着したのです。

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