75話:4章 迷宮へ出発

 マレバからフォルネリウスの首都ベリトまでは、ソカリスまでの倍近い距離があり、普通に旅すると一か月近く掛かってしまいます。

 ですがわたしは、ソカリスに転移魔術の魔法陣を配置しておきましたので、半分の距離を一気に飛び越えることができるのです。

 まだ覚えたてで、実験レベルの物なので不安なのですが。


「まあ、帰還用の方陣をこっちに用意しておきましたし、すぐに戻ってきたら成功、一時間で戻ってきたら失敗ということなのです」

「便利だな、不死」

「何度も死にたいですか?」

「前言を撤回する」


 状況適応が無い人間だと、二、三回死んだらきっと気が狂うでしょうね。

 それにしても、帰還してすぐ出立ですか。オークの体液研究は後回しになってしまいましたね。

 瓶詰めしたソレは地下の封印庫に放り込んでおきました。

 こんなものを盗む人は居ないとは思いますが、念のためです。


「今回は五年の長期スパンになるから、旅費は多めに持って行こうと思う。それと月に一回、グスターの所に指輪を卸しに行かないといけないので、その時はマールちゃんも一緒に来るといい。ご両親を安心させて上げなさい」

「はい!」

「アレクも報告とかあるだろうから、結局はみんなで月一で戻らねばならないかな?」

「帰る必要の無いのって、ひょっとしてわたしだけですか?」


 わたしの質問に、プイと視線を外す彼。

 ぼ、ぼっちじゃないもん!


「いいんです、人は一人で生きていけるんですから」


 えぐえぐ泣きながら魔法陣を起動するわたし。

 眩い起動光が収まると、そこはソカリス近郊の森の中でした。どうやら魔術は成功のようです。

 周辺の安全を確保し、術式を再度確認します。

 覚えたての頃に作ったものなので、多少未熟な点は有りますが、特に問題はなさそうです。

 強いて言えば無駄な回路が多いため、サイズが大きくなっていることでしょう。


「よし、では帰還用の魔法陣をっと」


 隣の地面を土壁で固め、頑強で補強してから、転移の術式を焼き付けます。

 完成したら再度術を起動し、マレバの庵に帰還しました。


「術式に問題は有りませんでした。ソカリスまではショートカットできそうです」

「ああ、よかった」

「そうですね。十日は短縮できますね」

「ユーリ姉、そうじゃないよ。師匠は『無事に帰ってきたから』よかったって言ってるの」

「へ? ああ、ええ。その、ありがとう、ございます」


 改めて、心配されていたというのがわかるのは、嬉しいものですね。

 ちょっと機嫌が直りました。


「フンフンフフ~ン♪」

「目に見えて上機嫌ですね、ユーリちゃん」

「基本、単純だからね。ユーリ姉は」

「けっ! リア充は爆発したらええねん!」

「そこ! くっちゃべってないで早く準備しなさい! 出発しますよ?」


 後、レヴィさんは、のちほど折檻です。わたしの耳は性能がいいのです。



 ソカリス近郊の森の中に転移したわたしたちは、魔法陣を木の葉や枝などでカムフラージュし、他者が利用できないように隠しておきます。

 ここで活躍したのがレヴィさん。罠解除のギフトは、逆に言えば罠設置にも通じます。

 素人どころか、プロでも見破れないレベルのカムフラージュを施してくれました。

 もっとも見つけたところで、転移に使用する魔力はかなり多いので、そこらの魔術師には起動できないでしょう。


「ラーホンの町を経由していないけど、いいんですかね?」

「むしろ入国を隠せるから好都合じゃないか? 俺たちはまだマレバにいることになってるからな」

「そういえば偽名で登録するんでしたね。でも学園に入学するマールちゃんは困るでしょう?」

「それもそうか。彼女だけは正規で入国させた方がいいな」

「では、わたしが彼女を連れて入国審査を受けてきましょう。あなたやアレクでは騒ぎが起きるでしょう?」


 わたしも前回作った入国監査証を持ってますが、使用しなければ一般市民として入国できます。

 まあ、ハスタールも外見が大幅に変わっているので、気付かれる可能性は低いと思いますが。


「お前だって……ああ、監査証を使わずに入国するつもりか」

「ハスタールの紹介状があれば、問題なく入れると思いますよ?」

「それはそうだが、心配だな。レヴィ、付いていってくれるか? 中級の冒険者が一緒なら問題も起き難いだろう」

「そやね。子供二人旅となると、さすがに怪しまれるかも知れへんしね」

「わたしはもう成人してるんですよ?」


 そうは見えないのは理解していますが、何か釈然としない気分です。

 これから先も保護者付でないと旅行できないのでしょうかね?


「そうなるとユーリにも紹介状を書かないといけなくなるか。いっそユーリも学園に入学するか?」

「何でわたしが、今更学園なんぞに行かなきゃいけないんですか」

「コミュ障の治療に」

「いいんですよ。わたしはあなたさえ一緒なら、生きていけるんですから」

「そ、そうか? そうなのか、それなら」

「いや良くないから。師匠も誤魔化されないでくださいよ」


 アレクが余計な口を挟んできました。

 わたしは本当に、彼と一生イチャコラして過ごすつもりだというのに。


「だがアレク、ユーリだぞ? 学園に入学してモテまくった挙句、彼氏とかできたりしたらだな」

「師匠、その心配は夫じゃなくて父親の心配でしょう?」

「だって、ユーリだし。うっかり眼鏡を落としたりすれば、それで済まない可能性だってだな?」


 わたしが学園でこの『封魔鏡』を外してしまえば、周囲を容赦なく魅了しまくってしまいます。

 いつぞやの冒険者のように、理性を失って襲い掛かってくる可能性は高いでしょう。そうなると、薄い本の展開待ったなしです。

 もっともあの頃と違って、わたしには自衛手段がありますけど。


「いっそ、眼鏡という形態を変更してしまうか」


 外れやすい眼鏡という形を変えることには賛成しますが……ハスタール、なぜその視線がわたしの『首輪』に向いているですかね?

 不穏な気配を感じたので、とにかくこの場を立ち去ることにしましょう。


「まあ、それもこれも入国してからの話です。ほら、さっさと紹介状を書いてください。とにかくレヴィさんを連れてラーホンで入国処理してきますから」

「あ、ああ」



 ハスタールに紹介状を書いてもらい、わたしはマールちゃんの『妹』として、フォルネリウス聖樹国に入国することになりました。

 わたしのほうが背が低いからだそうです。納得できません!

 ラーホンから再度ソカリスに転移したわたしが見たものは――


「首輪でいいんじゃないか?」

「足枷で『ギフト封じ』作ったこともあるんでしょう?」

「あれはブーツを履くと見えなくなるしなぁ。こう、私の所有権を明確に主張できるものに付与したいんだ。いっそ水着の素材を作り変えて全身で封じてしまうか?」

「手枷とかロープってのはどうでしょう? サディスティックな感じで」

「アレク、その趣味はちょっと特殊だと思うぞ。マールちゃんも大変だな」

「師匠ほどじゃないですよ! それに彼女にはそんな格好要求したりしま……いや、まあ」

「否定はできないか?」

「ゴホン、なら全部作っちゃうのはダメですか」

「それだ!」

「『それだ!』じゃありません!」


 なんだか馬鹿な会話をしてるハスタールとアレクの二人でした。

 ホント男って二人きりにすると、くだらないことを話すんですから!

 まあ、わたしも性転換しなければ、きっと参加していたでしょうけど。

 このままじゃスク水・手枷・足枷・首輪・ロープ緊縛の上に服を着て生活することになりかねません。


「おかえり。別に上に服着なくてもいいんだぞ?」

「風邪引きますよっ!?」

「引かないだろ。状況適応があれば」

「ぐ、ぐぬぬ」

「まあ、冗談だけどな」


 確かにあのギフトのせいで病気知らずですけどね!

 ここは損害が軽微なうちに、妥協点を提供しておくべきでしょうか?


「まあ、首輪程度なら妥協しなくも無いですが」

「そうか? ならそっち方向で設計してみるか」


 さり気無く返したようですが、顔がにやけてますよ、ハスタール。


「ユーリちゃんも大変なんやね」

「やっとわかってくれましたか。彼は凝り性でエスカレートしていく癖があるのです」

「そっち方向に凝っていくのは勘弁やなぁ」

「アレクさん、ハスタールさん、不潔ですっ」


 ところでなぜ、わたしたちの会話ではなくマールちゃんの一言にショックを受けてるですかね、二人とも。

 というか当たり前です。十歳児の前でする会話じゃないでしょう!?


「まったく、子供が聞いたらトラウマ物です。二人とも反省するように!」

「すまん」

「ご、ごめん!」

「でもアレクさん、二人きりの時なら、わたしガンバリますから!」

「頑張るなぁ!?」


 しばらく会ってなかったのですっかり忘れてましたが、彼女は結構耳年魔でした。

 この子を真っ当な道に育てるためには、わたしがキッチリ『まともな大人のお付き合い』を見せてあげねばなりませんね。

 後アレクはハスタールの影響を受け過ぎです。

 このままではあなた達、駄賢者&駄剣士のコンビになってしまいますよ。


「とにかく! ソカリスに寄って馬車と必需品を調達して出発しましょう。あと二週間近は旅をしないといけないんですから」

「ああ、それならすでに馬車を用意しておいた。いつでも出れるぞ」

「おお、さすが。無駄話だけしてたわけじゃなかったのですね」


 わたしたちが入国審査してきた時間は一時間少々だというのに、手際がいいのです。

 わたしが尊敬の目で見ていると、彼は何か居心地悪そうに小さな袋を腰の後ろに隠しました。

 ジャラリという聞きなれた、澄んだ金属音……これは、銀?

 そこでふと思い至りました。削り出しの銀製品で作られる魔道具の存在を。


「ハスタール、あなたという人は……」

「ほら、この先いつ入手できるかわからないし。それに普通に冒険の必需品だし」


 確かに『精神抵抗の指輪』は冒険者の必需品です。

 最近、本来の目的とは別の使用用途ばかり目に付きましたので、疑心暗鬼になってしまいました。


「そうでしたか。申し訳ありません、最近別の用途ばかりに使用していたので、勘違いしてしまいました」

「いや、謝る必要は無いぞ。もちろんそっちにも使うから」

「………………」



 と、とにかく、わたしたちは、こうして再び旅を始めたのでした。

 ああ、駄賢者を更正させる方法は、何か無いものでしょうか?

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