74話:4章 予想外の参戦

 とにかくアレクを連れて来ないと、話になりません。

 時間的余裕がまだあるのが救いでしょう。

 馬車があるので送還用魔法陣で帰るわけにはいかず、十日の時間を掛けて戻ることになりました。

 一応三年以上使用している馬車なので、愛着はあるのです。

 フォレストベアの人たちには悪いのですが、詳細は話していません。ただ、レヴィさんの言動はわたしたちを釣り出し、協力を求める為というのは伝えておきました。


 ――嘘は言ってないですよね?


 御者台にわたしとハスタール、後ろの荷台にはイーグとレヴィさんを乗せて、カッポカッポと馬車を進ませます。

 脳裏によぎるのは、やはりパーティ構成。

 わたしは短期決戦はともかく、長期的な戦闘はできません。

 故にこなせる役割は、後衛の魔法火力しかありません。アレクは逆に前衛特化です。

 ハスタールとレヴィさんはその立ち位置を自在に変えられますので、攻撃戦力は充実しているでしょう。

 後はというと。


「やはり回復要員ですね」


 現状、回復魔術が使用できるのは、わたしとハスタールのみ。

 レヴィさんも神才持ちですので、教えればある程度はこなせるでしょうが、信仰心に篤いタイプとはとても思えません。


「どこかに居ないものですかね? 有能な治癒術師」

「そうだな。ユーリは特別信仰心が薄いしな」

「そういう教えで育ったんですから、仕方ないのです」

「そういう教えってどんなんや? やっぱ地方によって違うん?」

「そ、そうですね。やはり地方や種族によって大きく違うかと」


 わたしが異世界人であることはナイショですから、詳しくは言えませんが。

 というか、こちらの世界の人間が信仰心篤いのならば、ハスタールは高位の治癒魔術を使用できるはずなんですが。


「ああ、俺って神は死んだ的な思想の持ち主だから。戦場で神頼みの余裕なんて無いしな」

「そういえばあなた、昔は傭兵だったのでしたね?」

「ああ、幼少時から戦場に出ていたな。隊長に見込まれて学を付けて来いと言われて騎士学校に放り込まれて、そこで魔術に触れて、そっち系に針路変更したクチだ」

「ある意味、人を見る目が有ったのですね」

「仕事を見る目はなかったけどな。無能な指揮官に、トロールの群れに部隊を突っ込まされて壊滅してたし」


 この世界、戦争はそれほど多くないと聞きましたが、その分魔獣やモンスターの来襲が多いですからね。

 仕事の良し悪しを見抜けないと、人より遥かに強いモンスター相手に捨て駒にされてしまうのです。


「まあ、あなたはわたしが守るので、安心していいですよ?」

「それはありがたいな」

「ケッ!」


 わたしはそう言って胸を張ります。彼はそんなわたしの頭を抱え、クシャリと頭を撫でてくれます。

 下品な感じの舌打ちが聞こえてきましたが無視です。


「ああ、わたしもイイ感じの彼氏欲しいなぁ。どっかに落ちてへんかなぁ」

「そういうのは落ちてないと思いますよ?」

「ユーリちゃん、ハスタール君レンタルしてくれへん?」

「ふざけろ、コロスぞ?」


 ユカイな提案は優しく却下しておきます。

 ですが彼女も多い外見とはいえ、なかなかの美少女。ここは予防線を張っておいた方がいいでしょう。


「ハスタール、もし彼女に手を出したら……『指輪抜き』で相手して差し上げます」

「干からびるだろ!?」

「赤玉出るまで搾り出して、腎虚寸前で気絶させて差し上げますわよ?」

「こえぇ」


 まあ、彼がわたしを裏切るとは思いませんが。いや、最近の彼の理性の薄さではわかりませんね?

 さすがにわたしが捨てられる事態は無いでしょうが、肉欲の欲求に負けることは充分にあるので。


「……ふむ。しばらくは、ちょっとキツ目に抜いておきますか?」

「おいィ!?」

「まあそれは冗談として。お二人にはイイ感じの治癒術師の知り合いとか、居ないんですか?」

「ウチはおれへんなぁ。怪盗家業やとお友達とかはなかなか作られへんねん」

「俺も居ない……いや、二人ほど心当たりが……ないこともないか?」

「お、あるのですか!」


 心当たりがあるというのに、なぜか渋面のハスタール。

 何かを思い出すような仕草をしては、首を振っています。


「いやいや、アレは無いな。腕はピカイチだが、性格的に問題がありすぎる」

「この際、多少の性格難は目を瞑りますよ?」

「無理だ。アレはパーティという行動自体が不可能だ。むしろアレを引き込んだ段階で危険度が増す」

「あなたにそこまで言わせるとは。参考までに、誰なんです?」 

「『水の聖者』オンディーヌ・ブランシェと、その弟子で孫娘のマリエール・ブランシェ」


 聖者……わたしたち以外の『賢者』ですか。

 でも性格的に難があるって?


「どんな難があるのです?」

「オンディーヌは……俺をライバル視していてな。彼女は水系魔術と治癒術においては他の追随を許さない腕前なのだが」

「ライバルって、ハスタールはどっちかというと脳筋ですよね?」

「さらっと酷い事言うな? いや、確かに俺の実績は戦場働きが主だが。逆に彼女は後方での治癒・支援が主体でな。まあ前線にいた分、派手な戦果を上げて人目に付くのは俺の方が圧倒的に多かったので、嫌われたんだよ」

「でも、治癒術師なら尊敬も集まったでしょうに」

「若い頃は、一部で『青の天使』とまで呼ばれていたのになぁ」

「ちなみにあなたに別名は?」

「……『黒の死神』。ギフトとか持ってないのにな」


 彼の別名にわたしは目を輝かせます。


「すごいじゃないですか! 十四歳くらいの感性にビンビンと響いてきますよ!」

「なんだそれ。実は褒めてないだろう?」


 そういえばアレクも十四歳でしたね。なんだったら、彼にその『死神』の称号を譲ってはいかがでしょう?


「お薦めはしないぞ? 傭兵ってのは血の気の多い連中ばかりだからな。俺も何度勝負を挑まれたことか」

「でも勝ったのでしょう?」

「自慢じゃないが剣で勝ったことはほとんど無いな。近づく前に風刃で剣を跳ね飛ばしたか、それを避けられた時は逆に踏み込んで、体術で殴り飛ばしてた」

「それで剣より体術の方が得意だったのですね」


 修行初期の頃、いきなり体術を学ばされたのは、そういう背景があったからですか。


「そんな経験もあってな。二つ名をアレクに譲るのはお勧めしない」

「で、では孫娘ってのはどこが問題なんです?」

「あー、彼女は……いや、いい子なんだがなぁ……」


 非常に言い辛そうに口籠もる彼。なんですか?


「そもそも、いい子ってことは結構幼いのですか?」

「ああ、歳はアレクより一つ下かなだった?」


 十三歳という事は中二病真っ盛りですか。という事は彼女の持つ『難』とは、そっち系なんでしょうか?


「その、彼女はとても惚れっぽくてな。かくいう俺も何度か目を付けられた経験があってだな」

「……あぁ?」


 ……ハスタールに目を付けた、だと?


「わかりました。まずはそのマリエールとやらを殺しましょう」

「落ち着け、昔の話だ」

「これが落ち着いていられるかぁっ!」


 御者台の上で立ち上がり、腕を振り上げて抗議の念を表現するわたし。

 狭い御者台で立ち上がったせいで、雨除けの屋根に頭をぶつけ、振り上げた腕を強打してしまいました。


「いたたた。この痛みもマリエールのせいですね」

「いや、それはさすがに逆恨み」

「ユーリちゃんってわりとアホなんやね」

「ダマレ、犯すぞ」

「ユーリちゃんやったら……ええよ?」

「うわっ、こっち寄るなですっ!?」


 変な感じでしな垂れかかって来るレヴィさんを蹴り飛ばしておきます。

 結構本気で蹴飛ばしたのに、ぺちんとしか言わないわたしの体力がニクイ。


「恋に恋する年頃、というかな。オンディーヌにガッツリ箱入り教育されたせいでもあるんだろうが、男性というモノに物怖じせず近づいていってな」

「確かに、あの時期のあなたに惚れる気持ちは、わからなくはありませんが……」


 ストイックでダンディなチート賢者でしたからね。

 今はすっかり『賢者タイム』が板についてますが。


「まあ、オンディーヌは俺に特別な感情があるし、マリエールは惚れっぽいので、どこに向かって進みだすかわからないので、仲間に呼び込むのは止めた方がいいな。下手したら魔王とやらに惚れ込みかねん」


 確かに。魔王に惚れた治癒術師とか、そのシチュエーションだけで、ありえそうな気がしてきました。

 いくら有能でも敵に裏切りかねない存在はいただけません。


「都合のいい人材というのは、転がっていないものですねぇ」

「むしろ俺たちが都合よすぎるんだよ」


 そんな会話をしながら、マレバへの帰途を進みました。



 懐かしの庵に着き、旅装を解いて荷物を片してから、アレクの家に向かいました。

 時間はすっかり遅く日も暮れてますが、晩御飯とお土産を持っていくので、許してもらいましょう。

 案の定、彼の家に入り浸っていたらしいマールちゃんをまじえ、事情を説明しました。

 ドアを開けたら、なんだか飛び退って二人が離れていたのは、気にしないことにしましょう。


「うん、いいよ?」

「あっさり答えますね。相手は魔王と呼ばれるに足る存在なのですよ?」

「直接戦うわけじゃないでしょ。要は先に世界樹を登って新芽を取って逃げちゃえばいいんだから」

「それもそうですね」


 そうでした。目的はあくまで魔王に新芽を取らせないこと。戦う必要なんて無いのです。

 新芽の出る五年後に合わせ、タイミングよく登頂すれば、充分先んじることが可能でしょう。

 誰が取ったかを内密にしてしまえば、魔王も追いようが無いでしょうし。


「でも世界樹は罠が凄いって聞くよ? その辺は大丈夫なの?」

「彼女は……レヴィさんはこう見えても罠解除のギフト持ちです。発見さえしてしまえば、彼女が大抵何とかしてしまえます」

「うーん、そこそこええ男やけど、ハスタール君にはちょっと及ばんかなぁ?」

「レヴィさん、聞いてます? あと彼に色目使うのはやめてください。マールちゃんの目が怖いことになってます」


 というかさっきのセリフ、マールちゃんだけでなく、アレクやわたしにも喧嘩売ってますよね?


「あ、うん。大丈夫、大丈夫! 任せといてぇや」

「じゃあ、そういうわけでマールちゃん、アレクをしばらく借り出します。定期的にこちらに戻るようにしますので――」

「わたしも行きます!」


 はぁ?


「なに言ってんですか、危険なんですよ」

「でも、ベリトに有るのは迷宮だけじゃないんでしょう。学園もあったはずです。わたしは治癒術師として、そこに入学したいです」

「な……なんですと?」

「考えていたんです。この村には治癒術師が居ません。怪我をしたら、ハスタールさんの薬かユーリさんの回復術に掛からなければなりません」

「それは、まあ」

「開拓村ですし、危険は多いです。わたしが治癒術師になれば、怪我の負担は軽くなるんじゃないですか?」


 確かに開拓村だけあって、魔獣やモンスターの襲撃や、害獣の駆除などで怪我することが多いです。

 それに彼女が治癒術をおさめれば、アレクの腕だって治せる可能性もあります。

 いえ、彼女の場合そっちが本命なのでしょう。ですが結果としては同じこと。


「確かに村に治癒術師がいるのは、村にとってもかなり有益だが、なろうとしてなれる物じゃないぞ?」

「才能が無いとわかれば、村に返してもらってもかまいません」


 才能が有れば治癒術師として育て、無ければ村に返す。ふむ、村にとっても不利益なことは無いですね。

 資金的な問題はわたしたちが負担すればよいだけで、問題にはならないです。

 この村に転移の魔法陣を設置しておけば、定期的に村に戻ることも可能なはず。

 問題は彼女の安全ですが……それはまあ、わたしたちが付いていれば、ほぼ安全でしょう。イーグも付けて置けますし。

 それに彼女には、切り札が残っています。彼女はまだ『竜の血』を使用していないのです。

 チラリとハスタールの方を窺がえば、彼も同じことを考えていたのでしょう。視線が合いました。

 一つ頷いて、彼女に告げます。


「わかりました。ならベリトまで一緒に行きましょう。ただしハルトさんにはキチンと許可を取ること」

「やった!」


 後日……村長のハルトさんからすれば、娘と会えなくなるという問題を別にしてしまえば、いいこと尽くめの提案です。

 家族会議の結果、結構簡単に許可が下りたのでした。


 こうして、旅のお供が一人増えました。

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