4章:迷宮編

73話:4章 パーティを考えます

 この世界の話をしましょう。

 わたしたちの住む大陸は、大きさ的にはアフリカ大陸に匹敵するほどの物があるそうです。

 この大陸の中央やや南寄りの場所に世界樹と言う巨大な樹がそそり立っています。


 その世界樹囲むようにして発展したのが、フォルネリウス聖樹国。

 世界樹を信仰し、保護と管理を目的とした、世界でも最大の宗教国家でも有ります。

 世界樹の迷宮を目指し多くの冒険者が集まる、冒険者ギルド発祥の地でもあり、聖樹信仰の拠点でもある、まさに世界の中心国家です。


 大陸西部には巨大な森が広がり、人間とエルフたちが王国を築いています。

 ここが、ラウム森王国。

 国土の八割が森という、まさにエルフの為に有る土地です。

 多彩な薬草と豊富な木材の産出地でもあり、これが特産として経済が成り立っています。


 大陸東部は切り立った山脈と、その向こうには小さな島々が点在しています。

 山の一つ一つ、島の一つ一つに小さな国が存在し、それらが連合することで、さらに大きな国家を形成しています。

 ここがマタラ合従国。

 ドワーフなどの亜人が主となり、魔力を含んだ鉱石、すなわち魔晶石を特産としています。

 さらにはそれらを利用した武器が名産であり、海産物も有名です。

 総じて細工物の先進国と認識されています。


 そして、南に位置するのが南部都市国家連合。

 つまりわたしたちの住む国ですね。

 大小さまざまな都市国家が、競い合うように成長することで経済力を伸ばしている、経済の中心地でもあります。


 そして最後に、大陸北部。

 大陸のおよそ半分を占めるその地域は、人跡未踏の地とされています。

 もちろん、人が入れないわけではありません。

 その地域は亜人に魔獣、アンデッド、幻獣に至るまでとにかくありとあらゆるモンスターが跋扈しています。

 少数の人間たちの集落は存在するようですが、余り大きくなると逆にモンスターの目に付き、滅ぼされるというサイクルがあるそうです。

 故に『蛮地』とのみ呼ばれ、蔑まれてきた土地です。


 そんな場所に最近降臨したのが――『魔王』

 数年前に突如として現われ、周辺のモンスターを鎮圧し、この北部でも最大の勢力を持つに至ったとされる、暴虐の王。

 もっとも、その様な存在でも無法地帯の秩序となった点では、良し悪しといったところでしょうか?



 さて、一週間コルヌスの街で、ひたすら遊び倒したわたしたちです。

 朝起きてショッピングを楽しみ、昼から海水浴に行ってハスタールに襲われ、夜は日焼け跡に悶絶しながらハスタールに襲われ……あれ、いつもと変わらないじゃないですか?

 まあ、そんな感じで場所は変わっても堕落した毎日を過ごしていましたが、そろそろレヴィさんが焦れてきたようです。


「なあ、そろそろ世界樹に行かへん?」


 とレヴィさんがうるさいので、真面目に考察しましょう。

 まずはパーティ編成です。

 わたしはもちろん後衛です。身体能力が低いので。

 緊急回避的に身体強化の魔術は使えますが、一日精々三回では長丁場の冒険には使えません。

 ハスタールは消去法的に前衛でしょうか?

 高い身体能力に、魔法と戦技のバリエーションを持つスタイルは、実に多彩です。

 そしてレヴィさん。

 身体能力は高いですが、彼女は罠担当の探索者と判断すべきでしょう。

 問題なのは発見能力まで高くは無いこと。

 『空間』への認識を使えば、罠の存在がわかるので、あとは彼女に任せればよいのでしょうが……

 あれは常時使えるものではありませんので、結局感知能力を磨かねばなりません。

 しかし、やはり三人では、人手が足りないでしょうか。


「むぅ、人が足りませんね」

「三人だけじゃな。フォレストベアの連中でも引き抜くか?」

「やめた方がいいね。あのレベルの腕だと死にに行くようなものだよ」


 突然割り込んでくる、第4の声。

 そういえば、世界樹の迷宮といえばこの人が居たのですね。


「いらっしゃい、バハムート。相変わらず神出鬼没ですね」

「こんばんわ。世界樹と聞いたらボクの出番でしょ」

「っ!?」


 突然隣の席に少年が座っていたという事態に、声も無く驚愕しまくるレヴィさん。

 さもありなん。


「こ、この子誰なん?」

「彼はバハムートと言って……まあ、世界樹のスペシャリストですね」

「伝説の英雄と同じ名前なんやね」

「当人ですから」


 しれっと答えてあげると、壁にまで飛び退き、張り付いてしまいました。

 そこまで驚きますか? いや、これはわたしたちの方が免疫できてしまったのでしょうね。


「あなたがいれば、前衛は安泰ですね」


 わたしがそう言うと、ハスタールがむっとした表情を見せます。

 もちろん一番頼りにしてるのはあなたですから、そんな顔しないでください。


「ハスタールが危ない目に遭わずに済みます。彼には中衛に回ってもらえると、戦力が安定しますし」

「それがね、そう上手く行くものでもなくてねぇ」

「というと?」


 肩を竦めたバハムートは、ひょいとわたしのカップを手に取り、自分で香茶を注ぎます。

 ハスタールは相変わらず、険悪な目で彼を見ています。


「この世界の迷宮は、ある意味生き物だからね。世界樹の迷宮も例外じゃない」

「それがどうした?」

「生物である以上、免疫というものがあってね。一度侵入し、クリアしたボクはもう迷宮には入れないんだ。いや、入れはするんだけど要所の守護者が現れなくなってしまう」

「それはいいことなんじゃないです?」

「いや、守護者を倒せないと上層への通路が現れないんだよ。だから僕がいると上へ登れない」

「面倒だな。地図を書くとかそんな協力もダメなのか?」

「迷宮はその構造自体が免疫の一種とも言われていてね。派手に、とまでは行かないが、刻一刻と微妙にその姿を変えるそうだよ。だからこそ、迷宮探索の冒険者たちが後を絶えないわけだけど」


 そうなると、やはり千層を地道に突破する必要があるのでしょうか。面倒ですね。

 わたしもレヴィさんも渋い顔をしていると、突然バハムートが懐から一枚の石板を取り出しました。


「まあ、そこでこれだね!」

「それは?」

「ボクが探索した時に、念の為に設置しておいた転移魔法陣」

「転移? ですが免疫機構を持っているなら、それも無効化されていてもおかしくないのでは?」

「そうだね、使用していればね」


 そこではたと気付きました。

 彼は一度の探索で千層を突破しているのです。つまり、転移魔法陣は一度も使用されていないことになります。

 使用されていないなら、免疫は発生していない?


「つまり――まだその魔法陣は生きている?」

「だね。設置したのは九百層の辺り。『ここで撤退ってなったら、後々シンドイな』って思って、置いてったんだよ」

「じゃあそれを使えば!」


 バハムートの発言に目を輝かせるレヴィさん。そんな彼女を見て残念そうに両手を挙げて見せる彼。

 なんでこう、言動がアメリカンなんでしょうね?


「残念だけど、今の君たちじゃ実力不足な領域だよ」

「俺やユーリでもか?」

「君たちでも、だね。正面切っての戦いならかなり強いんだろうけど、舞台は迷宮だよ? 実力不足に経験不足、何より人手不足だね」

「人……か」


 やはりそこに行き着きますね。

 実力者と言うことは、やはりアレクを連れて行くしかないのでしょうか?


「一人はアレクを連れて行くとして、何人くらい必要なんでしょう?」

「今は六人までなら同時に入れるようだね。世界樹もケチ臭くなったよ」

「ケチとかそういう問題じゃ無い気もしますが。とにかく、これで四人……後二人ですか」

「前衛は俺とアレク、後衛はユーリとレヴィ。魔法火力と物理火力は問題なさそうだな」

「後は探索系と治癒術師ですね」


 わたしが知る治癒術師なんて、フォレストベアのベラさんと、ヴァルチャーズネストのマックさんだけです。

 やはり募集を掛けるべきでしょうか?


「まあ慌ててパーティを組む必要もないさ。この転移魔法陣を使えば、一か月もあれば頂上まで行ける。つまりあと五年は猶予があるんだから」

「それまでに誰かを育てろと?」

「世界樹の麓にはギルドの他に、冒険者の育成学校もあるし。そこで将来性あるのを見繕って育てれば、充分間に合うよ」


 ありがたい話です。ですが、ヤケに協力的ですね?


「そりゃ、ボクの仲間が増えるかもしれないんだよ? 今のところ、キミたち二人だけだし、仲間は多いほうが楽しいじゃん!」

「…………他には?」

「こんな楽しそうなことに首を突っ込まないなんて、有りえないし」

「そんなこったろーと思いました」


 それにしても育成ですか。それに冒険者ギルドの学校……うーん?


「ハスタール、これはギルドに登録しないとダメな流れでしょうか?」

「そうだな、確か世界樹の迷宮の出入りは、ギルドに加入した冒険者でないとできなかったはずだ」

「わたしやあなたが参加したら?」

「大騒動になるだろうな。世界でも有数の戦力だし」

「ですよねぇ」


 どうしたものでしょう。コミュ障のわたしとしては、できるだけ注目を浴びるのは避けたいです。

 しかも、リリスでは殺人犯として殺されて埋められましたし。


「別にギルドは偽名で登録しても問題ないんよ?」

「そうなのですか?」

「わたしも登録してるしぃ」


 レヴィさんはそう言って懐から1枚のカードを取り出します。

 世界樹を模した紋様のカードには――



 登録者:レヴィ・アータン 所属:フォルネリウス聖樹国ベリト本部

 中階級探索者

 最大探索階数:百二階



 と書かれていました。


「もうちょっとマシな偽名は無かったのですか?」

「あんまりひねり過ぎると、自分で反応できへんようになるやん」

「記載情報は少ないのですね?」

「要は信頼できる冒険者かどうかのチェックだけやしね。信頼して登録を許可したのが何処か、どの階層まで登れたかが大事なんよ」

「身体能力の数値よりも、実績を重視するのですね」

「せやな」


 ふと思ったのですが、冒険者は世界樹を登る人ばかりではないでしょう。そういう人にはどうなんでしょう?


「基本的に、冒険者ギルドの設立目的が世界樹制覇やからね。それ以外やと、各支部の認証が記載されてるだけになるね。世界樹に挑んだことのない冒険者は一段軽く見られる風潮もあるねんで」

「ふむ。では、ヴァルチャーズネストが中級止まりだったのは?」

「多分、世界樹に挑んだ経験が無いから。それと大仕事をこなした実績が無いのもあるやろうね。加入期間が長いから中級まで上がれたんやろうけど」

「なるほど。この中級とは?」

「まあ、大雑把な力量の目安やね。初級・中級・上級・最上級の四段階しか分けへんことによって『より多くの人材が交流できるように』やって」

「登録したてだと、レヴィさんと組めないのですか」

「あー、そうなるなぁ。でもユーリちゃんやったら、中級くらいすぐやて」


 新人を育成する、と言う目的ならば、わたしたちの階級が低いのはむしろ好都合かもしれませんね。


「アレクを連れてナベリウスへ赴き、偽名でギルドに登録し、五年の間でめぼしい人材を探し、育成する。こういう方針で問題ないですか?」

「問題なかろう。かの悪名高い魔王が不老不死を狙っているとなれば、致し方あるまい」



 こうして、わたしたちは迷宮に挑むことになりました。

 まずはマレバに戻らないと、ですね。

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