72話:間章 海水浴に行こう
海・水・浴・ですっ!
レヴィさんの事件が解決して、晴れて自由の身になりましたので、早速遊びにきました。
ギラギラと照りつける太陽の下でわたしは腕を広げ、大きな声で叫びました!
「暑い! っつーか痛いです! 脱いでられるかっ!?」
……強烈な日差しは、最早凶器でした。
「せっかく海まで来て何をしているんだ、お前は」
「日差しが暑くて痛くて、肌が真っ赤になるので隠れているんです」
大き目の傘をビーチパラソル代わりに立てて、その下でハスタールのシャツ(大人版)に包まっているわたし。今日の彼は久しぶりのオジサマバージョンです。
もっともわたしが日傘の下に篭っているのでは、彼の海水浴気分が台無しなのも、無理ないでしょう。
「この世界にはサンオイルとか無いのでしょうか?」
「オイル? 肉でも焼くのか?」
「その発想は間違っていますが、一部では正しいですね」
まだ、肌を保護するという概念はあまり無いのでしょう。
それに、砂浜の熱で歩くこともままなりません。
「まあ、確かにここにいれば暑いだけだしな。水の中に入れば涼しいぞ」
「それはそうなのですが……ああもうメンドーです。ハスタール連れて行ってくれますか?」
「しょうがない奴だな」
彼はわたしのシャツをポイと剥ぎ取り……ええ、もうわたしを脱がすのなんて手馴れたモノですね。お姫様抱っこで海まで連れていってくれます。
「あ、なあ、私はどないするん?」
「レヴィはそこで留守番」
「殺生な!?」
「じゃあ、イーグも付けてやろう」
「色気もクソもあらへんやん!?」
「シャギャー!」
文句があるのかとばかりに威嚇の声を上げるイーグを置いていきます。
これで荷物は安泰でしょう。彼は温泉は大好物ですが冷たい水は苦手なようなので、不満は無いはずです。
「せっかく気合入れた水着着てきたのに」
「わたしも気合入れましたよ?」
「その水着は反則やろ」
わたしのスク水になにか問題が? ちゃんと迷子札(ゼッケン)も付けてますよ?
ちなみにレヴィさんは、ナカナカにスタイルがよろしいです。
敏捷さを殺さぬよう鍛えられた体形は、低めの身長と相まって猫のようなしなやかさ雰囲気を持っています。
胸とかも大きくはないのですが、きちんと存在を主張する程度にはあって、背の低ささえなければモデル体型といっても問題は無かったでしょう。
表情は陽溜りに眠る猫の様で、身体がしなやかな野生の猫のようで……猫耳付けたいですね。にゃーにゃー。
そんな彼女が露出の少ないビキニな水着着ているわけですから、周囲からの視線も痛いほど集まっています。
「これは後で一緒にお風呂に入らねばなりませんね、ぐふふふ」
「なら俺も」
「ハスタールはダメです。あなた、お風呂ではビーストモードになるでしょう?」
「彼女なら見せつけてもいいかな?」
「わたしがあなたを見せたくないのですよ」
「おまえら爆発せぇ!」
フフフ、持たざるものの嘆きが心地イイのです。
そんな彼女を残し、わたしは水辺までやって来たのですが。
「そういえばユーリは泳げるのか?」
「わたしは内陸育ちですが、小学校当時で二百メートル以上泳げていたのです。問題ないです!」
「その自信が逆に不安だ」
「言いやがりましたね? わたしの華麗なる泳ぎを見て驚愕するがいいですよ」
そう言ってわたしは彼から飛び降り、沖に向かって泳ぎ始めました。
「……気は済んだか?」
「ぜひゅー、ぜひゅー……」
「そもそも百メートルも走れないお前が、二百メートルも泳げるだなんて、土台無理がある話だよな?」
「ガボッ、ゲホッゲホッ」
「ちなみにまだ二十メートルも来てないが」
「あ、足っ! 足が付かないのです!?」
「あ、今俺にしがみついたら、ビーストモードになるからな」
「鬼ですかっ!?」
「冗談だ」
さすがにプライドとかあった訳ですが、溺死は嫌なので彼の肩にしがみつかせて貰います。
二十メートルほど泳いだのですが、水深は一メートルを超えたくらいでしょうか。
わたしの身長は百三十センチほどですので、この水深でも足が付きません。
普通の人には泳ぐには丁度いい深さなので、周囲はまだ人混みだらけです。
「まあ、ここまで泳げたことには、正直驚いた」
「どこまで運動オンチと思われてますか? わたし体力は無いですが、運動は結構得意ですよ?」
「嘘は通じる人に言うべきだな」
「くっ、反射神経はそれほど悪くないというのにっ!」
実際、この身体は動体視力も動的反射もかなり鋭い方でしょう。
なのに走ればこけて、物を持てばぶちまける様は不思議としか言いようがありません。
「単にユーリの注意力が低いだけなんじゃないか?」
「わたし、観察力は鋭いほうですよ!」
「注意力と観察力は別物だからな」
「ぐぬぬぬぬ」
でも確かにわたしの注意力は不足気味かもしれません。
現に今、わたしたちは周囲から物凄く注目されています。
ええ、海の中で正面から抱き合って、イチャついてれば注目もされるでしょうとも!
「はわわっ!?」
周囲の視線に焦って彼を突き放し、再び溺れ掛けるわたし。
彼は呆れたように背中を差し出し、負ぶさる様にしてくれます。
「仕方ないから、足の付く所まで運んでやろう」
「うぅ、すみません」
すっかり肉付きの薄くなった彼の体にしがみついて、浅瀬まで運んで貰いました。
筋肉の量は以前と変わらないのに、ドラゴンの血肉の効果で筋力は以前よりあるのですよね。不思議です。
細マッチョで頑健な彼の背に身を委ねてると、少しドキドキしてきます。ちょっとウットリと目を閉じていたとしても仕方ないでしょう。
仕方ない事なのです、が。
「ハスタール、沖から戻るのは良いのですが、なぜ浜の端の方に寄って行くです?」
「波に流されたせいだな。他意は無いぞ」
目を開けたわたしは周囲の人が減ってきているのに気付きました。
前方にはなんだか人気の無さそうな岩場も見えます。
「進行方向に、なんだか人目の無さそうな岩場が見えるんですが」
「端に寄ったから、そういうのも有るだろうな」
「人、いなさそうですよ?」
「岩場は泳ぐのに適して無いしな」
「なぜ泳ぐのに適してない場所に向かうです?」
「…………人目が無いから、かな」
しまった、すでに彼はビーストモードです!?
そういえばわたしを背負う彼の手が、なんだか不吉な感じに腿やらお尻やらを撫で回す感触が!?
「せ、せめて帰るまで我慢を」
「ユーリ、水着って変な感じに興奮するよな?」
「なに言ってんですか! 最近、駄賢者振りが加速してますよ?」
「見てるのはユーリだけだからいいんじゃないかな」
「良くないで――あひゃ!?」
お尻を支える彼の手が、水着の隙間に滑り込んできました。これはもうダメです。
結局レヴィさんの元に戻ったのは、数時間後になりました。
身体を洗う水には困らないのが、せめてもの救いでしょうか?
ハードな運動を終えたわたしたちは、疲労を癒すために食事をとることにしました。
彼に負ぶわれながら屋台で注文し、テーブル席で一緒に食べることになります。
海といえばカレー、ラーメン、大きめのソーセージ、焼きもろこしなのですが、カレーもラーメンもこの世界にはありません。
代わりにパスタを使用した麺類と、パエリアのようなチャーハンがあります。
「ハスタール、わたしは余り重いものは……なんで一直線にソーセージの屋台に並ぶです?」
「いや、なんとなく」
「パエリアとか好みなのです」
「ああ、この間押し倒された時に、ちょっと新たな世界に目覚めてな。舐めてるのとかいいなぁと」
「忘れろー!!」
「あそこの氷を棒状に凍らせた菓子でもイイぞ?」
あの時は我を忘れたわたしが、大人な感じの映像作品に出そうな感じのプレイを一通りこなしてしまったのです。
それで味を
いや、女性だって抵抗あると聞きます。
「ウン、だから代替行為だな」
「そんな代替は要りませんよ」
「もう一回しないか?」
「ふ・ざ・け・る・な!」
とか怒りつつも結局氷菓子を舐めてあげる辺り、わたしも、もうダメかもしれません。
最後は、なるだけ凶暴に噛み砕いて見せてあげました。予防線です。案の定、彼は冷や汗を流していました。
あ、そうだ。イーグたちにお土産を買っていくのもいいですね。
疲労で震える膝はまだ回復しませんが、とりあえず一息つけました。そしてお土産を持って彼と一緒に荷物の所に戻ると、そこは逆ハーレムが築かれていました。なにごと?
マットに寝そべり、数人の男たちを従えてドリンクを堪能する彼女と、砂浴びで引っ繰り返って身を捩らせるイーグ。
イーグは水着姿の女性達にお腹を撫でられ上機嫌のようです。
レヴィさんは『せくしぃぽーず』とか言いながら、男性客に媚びています。
「おまえら、何してやがるです?」
「あ、おかえりなさい?」
「保護観察の身でありながら、逆ハーレムとはふてぇ野郎ですね」
「なんで膝カクカクしてるん?」
「ダマレ」
ハスタールの腕に
「泳ぐのは体力使うのですよ。ちょっぴり遊びすぎただけです」
「ああ、たっぷり堪能したな。うん」
のうのうと告げる彼のボディにガスガスとパンチを送り込みます。
実際はぺちぺちって感じですが。
彼は、わたしにボディを叩かれながら、取り巻きの男性たちに話しかけます。
「今日はそろそろ帰ろうと思う。すまないが、観客諸君はお引取りを」
「あン、なんだお前。オッサンとガキは他所で泳いでろよ」
彼女を落とせると思っているのでしょうか? ガラの悪そうな客がハスタールに噛みついてきます。
彼女に、そんな気はまったく無いのでしょうに。
「彼女は我々の保護観察下にあるのでね」
「|スカしてんじゃねぇつってんだろ」
「レヴィ、取り巻きの質は、もう少し考えた方が良いぞ」
「このジジィ!」
激昂し、ハスタールに殴りかかる男性。
彼は余裕を持って待ち構え……その必要がなくなりました。
「シャギャー!」
急に険悪になった雰囲気を察し、警戒していたイーグがブレスを彼の足元に放ったのです。
高温の吐息に晒され、砂浜の一部がガラス状に融け、その飛沫が男の足に飛びます。
「ぐあっ、熱っ! ひっ、足が……!?」
熱せられた飛沫を浴び、斑点状の火傷を負ってへたり込む男性。
その前にイーグが雄々しく立ちはだかります。少し親に似てきましたか?
「グルルル……」
「ま、待て! わかった、帰るから、帰るから!」
腰を抜かし、這いずりながら立ち去る男性。もちろん他の観客達もドン引き状態です。
「よくやった、イーグ。それじゃ帰り支度を始めるとするか」
「アギャッ!」
何事も無かったかの様に、支度する彼にわたしもちょっと引きますよ?
「イーグ君は意外と過激なんやねぇ」
「フシャ?」
「イーグ、やりすぎじゃないですか?」
「ウギュ?」
「ああいう輩は強めに脅しておいた方が、後腐れなくていいさ。どうせ他でも迷惑掛けているだろうしな」
三々五々に去っていく観客を眺めながら、彼が言い放ちます。
普通にコミュニケーションを楽しんでくれた方には申し訳ないです。
「ま、今日はこれ位にして……明日もまた来るか?」
「え、いいんですか?」
「まだ着てない水着もあるんだろう?」
「目的はそっちですね?」
「おう」
この調子じゃ、明日もわたしは腰を抜かしそうです。
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