66話:3章 発見

 結果として、校内見学は中途半端で終わりました。

 なぜかというと、見学に回るとなぜか女子生徒たちが、わたしを撫でたり抱き締めたりしに来るからです。

 その度にハスタールの陰に隠れ、彼が代わりにハグされ、わたしが嫉妬に駆られ、腕を引いて引き剥がすという行為を延々と繰り返しました。

 見ず知らずの人に抱きしめられたり、頭を押さえ付けられるというこの行為は、わたしにはまだ荷が重かったのです。

 アレクが卒業してまだ一年ですから、在校中の彼の話とか聞いてみたいとは思ったのですが。


 そういうわけで早々に校内から退去し、夕方までの時間を持て余したわたしたちは、服を物色しに行きました。

 海辺の港町で、交易が盛んですから、可愛い服が結構置いてあるのですよ。

 で、衣料品を扱うお店に来たのですが。


「お客様、当店では奴隷の扱いは――」

「いや、彼女は奴隷じゃないから」


 やはり、わたしの首輪を見て怪訝な表情を浮かべる店員さん。

 いくら似合ってると言われても、これは、ねぇ?


「これ、彼女のファッションだから」

「人のせいにしないでください、あなたの趣味でしょう!?」


 何気にわたしのせいにしてくるハスタールに、パンチを一つくれてから店内を見渡します。

 様々な衣料品が置いてますが、やはり一角を丸ごと占めている女性用水着のコーナーが、港町特有の雰囲気を出していますね。


「むぅ、よく考えたらわたし、この間買った水着一着しか持ってないのですよね。妙齢の女性としては、複数持っていた方が良いのでしょうか?」

「妙齢? あ、いや、俺に聞かれても。でも、多めに持っていてもいいんじゃないか? 汚れる時とかあるだろうし」

「汚す前提で話さないでください。でもあなたが選んでくれるなら、わたし何でも着ますよ?」

「なら裸で」

「アホですか」

「ユーリも言うようになったなぁ」

「着るって言ってるでしょう! なぜ着ない方向で即答するのですか!?」


 コルヌスにヌーディストビーチでもあると言うのならともかく。


「え、ありますよ? さすがに街中の海水浴場にはございませんが」

「……マジで?」


 予想外の返答を店員さんからいただきました。

 それは一度行ってみたい。いや、そんなところに行ったら、彼の激情パトスに火が付いてしまいます。

 海水浴にはきっとなりません。浴びるのは海水ではなく、きっと別のナニカになってしまうでしょう。

 興味深そうにしてる彼の爪先を、力一杯踏みつけ、イーグに頭を噛み付かせます。


「いた、いたたた!? 行かない、行かないって! だからイーグを引かせなさい」

「わたしは遊びに行きたいのです、ハスタール」

「アグアグ……」

「わかってるから、イーグを……禿げるじゃないか」

「大丈夫です、きっと今のあなたならイーグの唾液にも勝てるでしょう。ひと月前なら怪しかったですが」


 ひと月前は、鏡の前で増える白髪に溜め息を吐いてましたからね。


「お前、見てたのか!」

「禿でも白髪でも、わたしはあなたが好きですよ?」

「う、いや、今はいいんだ。その問題はすでに解決しているし」


 わたしの告白に、なぜか女性店員さんたちがエキサイトしています。なぜに?

 と言うか、女性同士で抱きあわないでください。男性客の方が羨ましそうに見てますよ?


「と、とにかく水着だな。俺は適当に選ぶとして……ユーリは肌が弱いので、あまり露出の多くない物を選んでくれるかな?」

「ア、ハイ。コホン……かしこまりました。ではこちらへどうぞ」

「それでは、ハスタール。また後で」


 女性用の水着を買うとなると、試着とか色々あるので、彼とは別行動と言うことになります。

 あまり資金は残っていないのですが、今日彼が働いた分が余剰になっていますので、銀貨百枚くらいなら使っても良いらしいです。

 イーグを連れて案内されたのは、色とりどりの布地の、華やかなデザインが並ぶ女性用水着売り場。

 さすが港町だけあって、そういったコーナーも設置されている様子です。

 店員さんはいそいそと、いくつかの水着を手に取り――


「お客様は肌がとても白く美しいので、そちらを強調する、このような水着はいかがでしょう?」

「どう見てもマイクロビキニじゃないですかっ!」

「ではこちらとか」

「幼女にスリングショット勧めるなっ!?」

「なかなか手ごわいですね、ではこちらを……」

「フンドシやん! 誰か~、別の店員さんを~!」


 店員さんがダメな人でした。

 駆けつけたフロア責任者の人が、店員さんにシャイニングウィザードを華麗に決めて地に沈めてから、代わりの人が案内してくれるようになりました。


「えーと、わたしは少しお腹がポッコリしてるので、お腹出てるのはちょっと」

「そうですか? 歳相応で愛らしいと思いますが。それでしたら、こちらにワンピースがございますので」

「おおぅ。こんなに沢山あるのですか!?」


 男性用水着とか、釣り棚一つか二つ位しかない店も多いと言うのに、なんですかこの数。

 店の一角が全て水着で埋まるほどのバリエーション、しかも一ジャンルで。わたしは今、女性の買い物が長い理由の一端を理解しました。

 ここからお気に入りを探し出す作業は、さぞかし骨が折れるでしょうとも!


「ふむ。でも白系の色の水着は少ないのですね。透けない素材の開発は、まだまだというところでしょうか」

「そういった布地があるのでしたら、ぜひ教えてください!」

「うゎぉ!?」


 いきなり新しい案内の人がヒートアップしました。デザイン担当してる人なのでしょうか?


「白は私共にとって鬼門の色。透けないように厚くすれば着心地が悪くなるし、薄いままだと透けちゃいますし。この時期は、開発の者がノイローゼになるのですよ」

「あー、わたしは素材系はちょっと知識は無いのです。すみませんが」

「そ、そうでしたか。取り乱して申し訳ありません」

「いえ、なんとなくわかりますので」


 透けない白の素材かぁ。元の世界でもそういうのが出たのは、わりと近年だって聞いたし、やはり悩みどころなのでしょうね。

 そんなことを考えながら、黒っぽいワンピースを手に取り、わたしは硬直しました。


「――こ、これは?」

「ああ、これはその……結構古くからあるデザインでして、流行とは外れるのですが、一定の男性にはなぜか人気がありまして」

「そ、そうでしょうね」

「なので少数ながら、店には置くようにしています」


 手に取ったその水着は、全体的に紺の色合いで、露出も少なく、水抜き穴まで完備してる……いわゆるスクール水着でした。

 しかもサイドに白のラインまで入った、よくある大人な映像作品仕様のヤツじゃなくて、本格的にどっかの学校でありそうな。


「これは……以前転生したヤツは、きっとHENTAIですね」

「は?」

「いえ、コチラの話です」

「オプションでゼッケンを付けるようにと、取扱説明書には書いてありますね」

「取説付き!?」


 なんという念の入れ様でしょう。執念すら感じます。

 しかし、これは……わたしが着るのはちょっと……いや、しかし自分が見る側なら、ぜひ見てみたいですが。

 銀髪幼女のスク水姿とか、ロマンやん?


「でもこれを選ぶと、負けたような気がするのです。なにかこう、いろいろと」

「よく似合うと思いますよ」

「似合うのが問題なのです。きっと」


 きっと似合うでしょう。でもその感性はあっち(地球)の更に特殊な嗜好寄りなのです。

 わたしとしても、どうせならハスタールに可愛いと言われたい訳で……しかし、しかし……!



 お値段、銀貨三十枚なり。オプション込みで三十五枚。

 会計で支払いを済ませ、わたしは男泣きに泣きました。もう女ですけど。

 うん、ロマンには勝てなかったよ。

 でもいいんですよ、彼も露出の少ない水着って言ってましたし。ひょっとして、最初からこれを狙ってたかもしれませんし。

 そういえば店員さん、試着時に『その首輪を外すなんてトンデモない』とか言ってました。首輪になにかロマンでも感じていたのでしょうか?


「彼に可愛い水着を見せるより、自分の欲求を優先させてしまうとは……これでわたしもHENTAIの仲間入りですね。ハハハ」


 『スク水』『銀髪』『首輪』『眼鏡』『幼女』が完成してしまったのです。要素多すぎでしょう?

 試着した時の事を思い出し、わたしは空虚な笑いを発しながら、ハスタールのところに向います。

 彼は上着を脱いで、水着姿でなんだかポーズを取っていました。

 周囲にはマッチョ系の店員さんお姿が――


「えーと……こうか?」

「そう、そうよ! 素晴らしいわ、坊ちゃん!」

「次はこの水着を。ああ、そっちのは私が買うから」

「ズルイわよ! それは私のモノよ!」


 あれは……不味い、早く連れ出さないと!?


「ハスタール、買い物は終わりましたか? 早く次へ行かないと日が暮れるのです」

「お、おう。そうだな、なんだかモデルみたいなのやらされてて、気が付かなかったぞ」

「早く避難、いえ、店を出て食事でもして帰りましょう。イーグも待ちくたびれてるのです」

「ああ、悪かったな。ではこの水着を頼む」

「もう行っちゃうの? 残念だわ」


 女性のような言葉遣いですが、もちろん店員さんは男です。

 この世界、ホモォな人が多いのでしょうか?




 ハスタールの水着は銀貨二十枚。

 わたしの分とあわせても、まだ五十枚ほど余裕があったので、水着に合う小物を彼が買ってくれることになりました。

 そういうことで、良い出物が置いてあると話題のレヴィさんの露店にやって来ました。


「おや、いらっしゃい。毎度やでぇ。首輪、よう似合におうとるで」

「また来ました。今日は水着に合うアクセサリーが欲しいのです」

「水着? 泳ぎに行くん? ええねぇ。それやったら、こんなんどないやろ?」


 彼女は道具箱からヒョイヒョイとブレスレットやアンクレット、パレオに使えそうなスカーフに麦藁帽子まで取り出してくれました。

 相変わらず凄い品揃えです。一体どこから仕入れてるのでしょう?

 使われてる物も、貝殻や小石、ビーズなどの安いものから、高価な宝石付きのものや銀糸をふんだんに使ったものまで、実に多彩です。


「相変わらず準備がいいですね」

「夏場は結構売れ筋商品やねん。そら用意してるよ」

「あまり予算が無いので、銀貨三十枚くらいの品でお勧めはありますか?」

「コレなんてどないやろ?」


 彼女が勧めてくれたのは、赤と緑の小石の付いたアンクレットです。

 石自体は高価なものでは無いのですが、色合いが素朴で、可愛らしい感じがします。


「ユーリちゃんは子供ガキっぽ……まだ幼気な外見やから、こんな感じの方が似合うんとちゃう?」

「ナニカ聞こえたような気がしましたが?」

「な、なんでもあらへんよ?」


 お得意様になんて口利きやがるですか。

 それにしても、手作り感がいい感じですね、コレ。


「これはレヴィさんが作ったのです?」

「そやで? ウチ手先が器用やから、こんなん得意やねん。元手タダで結構売れるし、オススメやね」

「その一言がなければ、素直に感心したのに……」


 小さな石の中心に的確に穴を開けて繋いだそれは、職人が作るレベルと比べても全く遜色がありません。

 ひょっとして細工師のギフトとか持っているのでしょうかね?

 だとすれば、魔道具製作者としてよしみを通じておくのもやぶさかではないです。

 チラリと覗き見て識別を掛けてみます。


 ――名称:リヴァイアサン 年齢:十六歳 性別:女 職業:怪盗

   ギフト:認識阻害(解除可能)・魔術の神才(解除可能)・罠解除


 …………ここに居やがったし。

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