65話:3章 アルバイト

 一週間かけて、わたしはイーグの爪や装飾品に付与を掛けていきます。

 発信、加速、強靭、果ては身体強化まで仕込みました。

 これだけやれば、いかに怪盗といえども迂闊に手出しはできないはずです。


「クックック、見ているのです、リヴァイアサン。今にギャフンと言わせてやるのですよ」

「ユーリ、その形容は古い。というかだな」

「なんですハスタール。イーグを守るための労力に、なにか問題でも?」

「素材費用で、すでに旅費が尽きそうだ」

「………………イーグを守るためですよ?」

「ウギュウ~」


 ちょっとやり過ぎたかも知れません。やや泳いだ目で明後日の方角を眺めます。

 両の角に、首と尻尾に銀を台座にした宝石の飾りを付けられ、爪の左右三本には高価な魔術用塗料を用いた各種魔法陣を刻み込んであります。

 胴体にはベストに見立てた服を着せてますが、この裏地には増槽用の魔力維持の術式が銀糸で縫いこんであり、魔力切れに対応しています。

 高機動で大火力を再現した今のイーグは、戦力的にはそこらのワイバーンを遥かに凌ぐでしょう。

 イーグ本人は重そうにしていますが。


「ま、まあリヴァイアサンを捕まえれば、報奨金が出るはずです。フォレストベアからも協力費用が入るはずですし」

「つまり取り逃がせば破産だな」

「か、勝てばよかろうなのです!」


 ぐっと握り拳を作って気合を入れます。

 冷や汗とか流してませんよ? ホントです。


「そもそもにして、イーグが攫われたらわたし正気じゃなくなりますよ? 多分この街焼き払ってでも探し出しますよ?」

「それはさすがに自重しろ」

「むぅ、それでは急遽日銭を稼ぐことにしましょう。ハスタール、なにかないですか?」

「そう言われてもな。むしろ俺よりジャックたちの方が詳しいんじゃないか?」

「そうなのですか?」

「ああ見えてパーティリーダーだし」


 とてもそうは見えないけど、責任ある立場なんですよね、ジャックさん。

 そうと決まれば善はハリーです。早速ジャックさんに、なにか仕事を仲介してもらいましょう。



 宿の食堂に行くと、案の定ジャックさんとケールさんが皿洗いしていました。

 どうやら彼らが生活費を稼ぎ出し、リヴァイアサン捜索はバーヴさんとベラさんに任せているようです。

 ある意味、適材適所といえるでしょう。

 オリアスさん? 巻き添えでウェイターやらされてます。そこそこ渋い外見なので、女性の客受けは良いようです。


「あ、仕事? いきなりそんなこと言われてもなぁ。ああ、そういえば騎士学校の炊き出しの手伝いとかあったぞ?」

「そんな端金はしたがねでどうしろってんです」

「ユーリ、お前もかなり金銭感覚狂ってきてるよな?」

「う……確かに最近無駄遣いが過ぎた気がしますが……」

「まあ、重労働だから銀貨百二十枚は日当で出るぜ?」


 金貨に換算すると一枚と銀貨二十枚。日本円の価値で言うと一万二千円。

 日当で考えるなら、わりのいいバイトではあるのですよね。


「つーか、そんないい仕事あれば俺たちが受けてるよなぁ」

「だよなぁ、俺らいまだに食堂の皿洗いで日銭稼いでるし」


 遠い目をして見せるジャックさんとケールさん。これに懲りたら自棄酒はやめてください?


「料理とかできねーから、こんな仕事しかないんだよな」

「斬った張ったは得意なんだがな」


 ハァと並んで溜め息をつく二人。潰しの利かない戦士職ですからね。

 しかもこの二人は特に不器用そうですし。

 それにしても炊き出しですか。危険はないし、魔術で作業を補助すれば、わたしでも問題なくやれるでしょう。

 銀貨百二十枚あれば、三日は宿で過ごせます。リヴァイアサンが予告した日まで過ごせればいいので。


「まあ、期日的にも丁度いいですし、それ受けてみましょうか」

「なら俺も行くぞ。二人で行けば報酬も二倍だからな」

「ハスタール、料理とか出来ましたっけ?」

「戦場料理は得意だ」


 ああ、そういえば何時ぞやは虫の卵とか食べさせられましたね。

 こういう軍隊料理は、むしろ彼のほうが得意なのでしょう。わたしは家庭料理ばかりでしたし。

 こっそり臨時戦力としてイーグも連れて行きましょうかね?


「では、当座の資金を稼ぎにいってきます」

「おう、できれば俺たちの分も稼いでくれ」

「やなこった、なのです」


 こうして、わたしは郊外の騎士学校へ向かいました。

 アレクの母校ですか。本当ならお客様な感じで訪問したかったですね。



 街の外にそそり立つバカでっかい寮兼用の校舎にやってきました。

 入り口でジャックさんの紹介で来たと伝えると、碌なチェックもなしに食堂に案内されます。

 そんなセキュリティで大丈夫か、心配になります。

 食堂には四十絡みのオバチャンたちが、せっせとジャガイモの皮を剥いてました。


「こんにちわ。今日臨時でお手伝いに来ました、ハスタールです。よろしくお願いします」

「……ユーリです」


 如才なく美少年スマイルで挨拶する彼に、食堂の視線が一斉に集中します。

 そんなに見られると、わたし身が竦みそうなんですが。


「おやまあ、今日は可愛い手伝いが来たね。わたしゃここの料理人のブネってんだ。よろしくね」

「はい。早速ですが、こういう仕事は初めてでして。何から手をつければ良いんでしょう?」

「それはいいが、そっちの嬢ちゃんの首……」


 やはり気になりますよね、首輪。


「彼の趣味です」

「そ、そうなのかい? まあホドホドにね」

「似合ってるからいいじゃないか」


 そういう問題じゃないですよ! というかコレ似合ってるように見えるのですか!?

 ……なら問題ないですね。


「あー、そうさね。やはり主食のジャガイモは大量に消費するんで、その皮剥きから頼もうかね。ちゃんと手は洗うんだよ?」

「了解です。ユーリ、やるぞ」

「はい」


 この世界、基本的にパンが主食で、米も少量ながら流通しています。

 ですが、こういう学校では作るのに手間がかかるパンより、ジャガイモを潰したマッシュポテトなどがメインになる事が多いのです。

 同じ炭水化物で、塩分が運動量の多い生徒たちにはいいのでしょう。

 スモックのような服を頭から被り、髪も帽子に収め、念入りに手を洗います。

 ついでにイーグの身体も丸洗いしておきます。


「ウギャギャギャ!?」


 彼は温泉は大好きでしたが、水浴びは嫌いな模様です。

 そしてクッキングナイフを手に取り、ジャガイモの皮を一つ一つ剥き始めました。

 この世界には、まだピーラーは無いのでしょうかね? ナイフで剥くのは物凄く手間がかかります。

 チラリと周囲を見渡すと、皆さん必死に皮剥きに励んでいます。

 この状況でいきなり工作を始めたら、顰蹙ひんしゅくを買ってしまいますね。


「仕方ない、自力でがんばるのです!」

「アギャ!」


 イーグも応援してくれてます。

 昔テレビで見た、桶に水を入れて芽を取ったジャガイモを浮かべ、グルグル掻き回せば皮が剥けるという機械を作ってみたくはありましたが、ここは我慢です。

 わたしも主婦歴は五年あるのです、ジャガイモくらいへっちゃらなのです!



 ハスタールが桶二つ分のジャガイモを剥く間、わたしは一つの四分の三までしか剥けませんでした。がっでむ。


「何でそんなに手際良いのです?」

「ジャガイモの皮剥きなんて基本だぞ、基本」


 ふふん、と軽く胸を張るドヤ顔のハスタール。ちょっとイラッときましたよ。

 妻として、水周りの勝負で負けるわけにはいきません。ここは意地を見せる時です。


「あんたたち、思ったより手際良いねぇ。家でも手伝ってたのかい?」

「俺たちの家は二人しかいないから、なんでも自分でこなしてたんだ」

「ああ、それは……悪いことを聞いちまったね」


 悪いこと? ああ、両親を亡くした兄弟が一緒に住んでいるとでも思われたのでしょうか?

 残念ながら、『なくなった』のは両親ではなく、ハスタールの良心です。ついでに自制心も。


「じゃ、疲れてるところ悪いけど、嬢ちゃんは次はこっちの玉ねぎの皮を剥いておくれ。剥き終わったら櫛型に刻んでいく」

「了解です、ボス」

「ああ、兄ちゃんの方は倉庫から小麦の袋を取って来てくれないかい」

「承知した。イーグも来い、暇そうだから手伝え」

「ウギュ!」


 こうして昼まで下拵えに時間を費やし、そして昼になると戦争が始まりました。



 スモックをエプロンに着替え、必死にフライパンを振ります、

 大人数用のそれは大きく、分厚く、重く、そして大雑把でした。それはまさに鉄塊でした。


「ぐぬぬぬ!」


 両手を使って必死に鍋を振り、およそ五人分はあろうかという野菜炒めを仕上げます。

 ハスタールはパン粉をまぶしたフリッターを揚げる作業をしています。

 ……筋力的に担当逆じゃないですかね?


「イーグ、火」

「シャー!」


 周囲の視線が向いてないのを確認し、イーグに手伝ってもらいました。

 ごばーっと鍋の野菜に炎を浴びせ、水分が染み出す前に一気に火を通し、塩胡椒で味を調えます。

 皿にどさっと盛り付け、大鍋からスープとパンと半分に切ったリンゴをトレイに乗せて、完成です。


「野菜炒め、あがりましたー!」


 普通だと五人前、わたしだと八人は食べられそうなこの野菜炒め、実はたった三人前なのです。

 恐るべし、成長期の少年少女たち、です。

 ひょっとして、わたしの出したアレクの食事とか、少なかったのでしょうか?

 いやいや、彼にはマールちゃんがついていました。きっと差し入れとかで飢えを凌いでいたはずなのです。


「おお、今日はその子が作ってくれたの?」

「マジ? 幼女の手料理か!」

「俺も野菜炒め頼む!」


 お前ら、加減しろ。いや、してください。

 こうして、その日は昼下がりまで、わたしがフライパンを振る羽目になったのです。

 なおハスタールの作ったフリッターは女性騎士たちに人気だったとか。

 ……寄るな、ソレはわたしのだ。



「いや助かったよ。あの野菜嫌いの男共があれだけ食べるとはね! 明日も来てくれないかい?」

「いや、他にも用事があるので。申し訳ありませんが」

「そうかい? 残念だねぇ。女共は油がどうとか肥満がどうとか文句言うし、男共は野菜嫌いだしで、好き嫌いの激しい連中がなにも言わずに食ってくれたのは、実にありがたかったんだがね」

「運動が足りてるから、みんな健康的ないい子ばかりでしたよ」

「……うむむ」


 わたしは鶏がら並の細さですから、適度に肉の付いた彼女たちは、彼には新鮮に映ったのでしょうか?

 もしくは、修行時代のアレクを懐かしんでいたのかもしれません。


「イーグ、わたしたちも明日から運動しましょう」

「ウギュ?」

「ん? まあいいさ。また暇になったら手伝いに来ておくれよ」

「ハハ……お手柔らかにお願いします」


 さすがの彼も、今日の作業は堪えたのでしょう。

 微妙な冷や汗を流しているのを、わたしは見逃しませんでした。



 報酬は二人で銀貨二百四十枚の予定でしたが、二百五十枚が支払われました。

 そして夕方まで、校内を見学していいとの許可も貰いました。

 今からほんの二時間ほどですが、校内見学です。

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