64話:3章 魔術素材
さて、夜です!
ハスタールはさすがにベラさんからの説教が
この隙にイーグの装備を作ってしまいましょう。
まずは皮製の首輪ですが、飾りに翡翠が付いてるので、この宝石に付与してしまいましょう。
翡翠の付与枠は四つ。
ここに、内容は微弱な魔力を発し続ける発信の術式と、壊れないように頑強も追加。
更に維持の術式で送信時間を延ばし、未完成部分として強靭でも入れておきますか。
「しかし、これ小さいですね。わたしの腕じゃちょっとキビシ、あぃた!?」
付いている宝石が小さいせいで、魔法陣を刻む作業が難しく、指を切ってしまいました。
ある程度の大きさがあれば、いつものように『焼付け』で刻めるのですが。
「ユーリ、怪我したのか?」
「ええ、少し。でも、すぐ治りますよ」
「黄金比が治してくれるからといって、放置するのは男としてどうかと思うんだがな」
そういって怪我したわたしの指を、パクリと口に咥えます。
あわわわ、指が彼の口に! 舌とか絡めてきて、ちょっと気持ちイ……変な気分に……ハッ!?
「も、もう大丈夫なので、作業に戻ります!」
指舐められるのって、意外と気持ちイイのですね。今度わたしもやってみましょう。
とにかく今は作業優先です。
「ここに刻むのか? 何を刻む予定だ」
「発信、頑強、維持。強靭を未完成で」
一センチもない大きさの小さな翡翠の石版に、四つの魔法陣を組み合わせたのを刻むわけですから、そりゃキビシーってものです。特にわたし、不器用ですから。
それを補うために、焼き付け法を開発したのですけど、それも限度があります。
「その術式なら俺も知っているから、こっちでやろう。その間ユーリは他の作業をしているといい」
「さすがわたしの師匠です。『真面目な時は』頼りになるのです」
「一言多いぞ」
彼の器用さなら、この大きさでも充分でしょう。
魔力を込めるのはわたしがやればいいので、別のアイテムを作りはじめます。
「さて、こっちの耳飾りも何か刻んでおきましょうかね。イーグは何がいいです?」
「ウギュ?」
「早くおっきくなって、わたしを乗せてくださいね?」
魔術の事は判らず首を傾げる彼を抱きしめて、付与する内容を吟味します。
桜貝の耳飾りはとても壊れやすいため、魔道具には適していません。
そこで角にベルトを巻いて、そこに首飾りを飾るようにすれば……これじゃ、耳飾りに付与する必要がないですよね?
「うーん?」
これはもう、魔道具化するのは無理ですよね。となると、別の使用法ということになるのですが。
貝……炭酸カルシウム……塩酸と確か反応したっけ?
「ウン、無理です。理系じゃないわたしでは、有用な利用法が思いつきません。助けてマクガ○バー!」
「誰だ?」
「幼い頃見た、ヒーローの名前です。ナイフ一本でどこにでも侵入して、その場にあるモノを利用して活躍するスゴイ人です」
「それは凄いな。一度会ってみたいものだ」
「絶対無理ですよ」
「なぜだ?」
だって空想の人ですもん。
さて、そんなことより次の作品ですが、ちょっと思いついたことがあるのですよ。
「イーグ、あなた魔力は練れます?」
「ウュ?」
「こう、むーんってして、うにゅーんって感じで巡らせて、みょみょーんって感じで放出するのです」
「その説明は俺でもわからん」
感覚的なモノだから、説明が難しいのですよ。
でも、うーん、オリアスさんの竜爪の杖を見て思ったのですが……
「ここに生きた素材があるのですから、このまま『爪を魔道具化する』と言うのは不可能なのでしょうか?」
「爪をこのまま魔道具化?」
「ええ、爪って神経とか通ってませんし、魔道具の素材としても優秀ですし、このまま使えないかと思ったのです」
「それは考えたことがなかったな。だが、爪は成長していくから、恒久的に魔道具化するのは難しいんじゃないか?」
「一週間後に維持できていればイイのです」
「それもそうか」
そうですね、まず自分の爪で試してみましょう。
ハスタールの時に懲りたのです。同じ過ちは繰り返さないのです。
「爪に光球の術式を浅く焼き付けて……ああ、治ってしまいました!?」
焼き付ける端から黄金比が癒してしまいます。
かすり傷は治さないくせに、爪の形は一瞬で治すとは。部位によって重要度が違うのでしょうか?
「俺の爪でやってみよう。ユーリ式を刻んでくれ」
「はい。じゃあ部屋が汚れないように光球で」
「頼む」
火力の弱い炎を魔法陣の形に作り出し、彼の爪に式を刻みます。
本来ならこの後に魔力を込めるのですが、刻んだのは魔力を持つ彼の身体。特に込める必要はないでしょう。
「できました。
「わかった、それじゃ行くぞ」
「あ、爆発したりしませんかね?」
「おい、今更か!?」
「冗談です。それに爆発しても指先だけなので、あなたならすぐ治りますよ」
「本当だろうな?」
疑惑の視線をわたしに送った後、彼は指を真っ直ぐに伸ばし、合言葉を唱えます。
「光あれ」
合言葉に反応して魔法陣が一気に展開し、【光球】が前方へ放たれます。
つまり、わたしの眼前に。
「ぬあぁぁぁ! 目が! 目がぁ!?」
展開された光球は彼の最大魔力で放たれ、どこかの大佐の如く、わたしは目を灼かれました。
視界が真っ白に染まり、椅子から転げ落ちて床で悶え苦しみます。
「あ、スマン」
「スマンじゃないですよ! 目が潰れるかと思いましたっ!」
起き上がって彼の方をビシッと指差し、怒りを顕わにします。
「ウギュ?」
「ユーリ、それはイーグだ」
「ああ、すみませんイーグ。まだ見えないのです」
しばらくしてようやく視界が戻り、結果を検証してみることにします。
「ハスタール、怪我はありませんか?」
「無いな。むしろユーリの方が重症だったろ」
「魔力の消費具合はどうでしょう?」
「一度に出せる解放量全てを使って光球を使ったようだな。この辺の微調整はできそうにない」
これ、実は凄いんじゃありません?
魔力を練り、合言葉で起動すれば、身体に刻んだ魔術が自動で発生するのですから。
出力の調整ができないとはいえ、緊急回避用には充分です。
「むぅ」
「ん、どうしました?」
「いや、昔な。肌に刺青で直接魔法陣刻んでる術者は、居るには居たんだが」
「やはり、誰もが辿り着く発想でしたか」
「そいつはこれ程の威力は出せなかったぞ?」
「はぇ?」
術者の力量の差なのでしょうか? それとも触媒にした部位の違い?
爪は魔術の触媒に適していると言うのは、オリアスさんの杖で判明していました。
肌では触媒としての価値が低いとかあるのでしょうか?
「これは、オリアスさんの爪でも試してみますか……」
呼び出して実験して見た結果は、ハスタールほどの出力が無かったという事実です。
術者の力量説が濃厚になってきましたね。
「しかし、爪に術を刻むか……そんな手があったとはな」
「ユーリの思考だからな。なまじ私たちのような常識が無い分、突拍子もない展開を見せてくれる」
「私では出力が弱かったようだが、これはこれで使い道がありますな」
部屋に居ついたオリアスさんは、ハスタールとこの方法の有用性について議論を始めました。さっさと出て行きやがれです。
「ハスタール師ほどの出力があるなら、充分戦力になりますね」
「目潰しには使えるよな」
「私ではそこまではありませんが。ですが質量を伴う魔術なら効果はあるかもしれません」
「水弾か火球辺りか? 確かに目潰しには最適かも知れん」
「手の爪なら十個あるわけですし、別個の魔術を仕込むのも面白いかもしれませんね」
「ふむ、俺も魔力は上がってるから、その分を考慮すると、低威力だが連射が可能になるかも知れんな」
「……あ」
「あ?」
わたしは一つの可能性に思い至りました。
そういえば彼は不死者です。その爪は竜と同等の魔術素材になるかもしれないのです。
「ハスタール、爪切ってもらえますか?」
「爪を?」
「ひょっとしたらあなたの爪、魔道具の素材としては高級品なのかもしれませんよ?」
「なんで……あ!」
彼も気付いたようですね。
不死化の体質変化により、竜の爪と同等の器になったのかもしれないことに。
彼の爪はいつも手入れしているので、あまり大きな物は切れませんでしたが、なんとか切り取った爪に魔術を刻ます。
合言葉を唱え、刻んだ光球を起動。
ゴッと言う音が聞こえそうなほど、強烈な閃光が辺りを照らし、そして消えていきます。
「やはり」
「ですね。これからは爪を切るのも要注意です」
「まさか自分が素材になるとはなぁ」
「でも、これで検証は済みましたよ。イーグの爪も同じく利用できるはずです」
「でもイーグは合言葉を話せないぞ?」
「イメージと発音さえ合えばイイのですよ」
わたしはイーグの爪に一つの魔法陣を刻み込みます。
この子の爪を手入れした事はないのですが、人と同じく神経は通って無いようで安心しました。
しかし、さすがはファブニールの幼生。
ハスタールの爪に焼きこんだ熱量よりも遥かに強力な……ってか、鉄すら焼ききるほどの魔力を注いで、なんとか刻み込めました。
「イーグ、この爪には目潰し用の光球を仕込みました。合言葉は『アギャ』です」
「ひっでぇ合言葉だな」
「んなこたーいいんです。イーグ試してみてください」
「アギャ!」
目が覚めると翌朝でした。
なんですかあれ、スタングレネードですか?
さすが竜種なのです、トンデモないバカ魔力でした。一瞬にして気絶させられ、目が覚めたらお日様が昇っていましたよ。
とにかく、対策の一つは完成しました。こうやって少しずつ対策を整えていけば、一週間後にはきっと何とかなるはずなのです。
「お、おはよう。まさかこんな健康的な朝を迎えるとはな」
「おはようございます、ハスタール。わたしは眠った気が全然しませんよ?」
「う……く……」
まさかハスタールはともかく、オリアスさんと朝を迎えることになるとは思いませんでしたね。
さて、次の手を考えませんと!
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