63話:3章 準備開始

 翌日、わたしが心身ともにドロドロのヌチャヌチャ状態から脱したのは、昼過ぎになってからでした。

 バハムートの使っていた浄化・蒸発・送風の三段活用で部屋を掃除して(宿の人、ごめんなさい)、こっそりお風呂に入ってから着替えて食堂に向かいました。

 食堂にはすでに、強制労働状態から脱したジャックさんとケールさん、見回りを済ませたバーヴさんとベラさんが待っていました。

 あと、オリアスさんとハスタールがお酒飲んでいます。なぜ飲んでるですか?

 そういえば昨夜はイーグがいつの間にか部屋から居なくなっていましたね。ハスタールが暴走始めたところで気を利かせてくれたのでしょう。

 ですがあなた、狙われているんですから、単独行動は控えてください。わたしが言うのもなんですけど。


「よう、遅かったな嬢ちゃん!」

「久し振りだな、ユーリ。昨日は挨拶できなくて悪かったな」

「話があるって聞いたのに、これまたゆっくりな登場だな」

「女の子の身嗜みは時間が掛かる物なのよ、バーヴ」

「先に一杯やらせてもらってるよ、ユーリ君」

「海沿いの街は酒が美味いと聞いたが、本当だな。ユーリも一杯飲んでみるといい」

「アギャ!」

「……おはようございます、みなさん」


 なんだか恨めしい視線を送るわたしに、それぞれ声をかけてくれました。

 痛む腰を押さえながら席に着くと、ベラさんが気遣ってくれます。


「大丈夫? なんだかキツそうだけど」

「ええ、毎朝のことなので慣れてます」

「ハスタールさんも容赦ないのね。もう少し身体を気遣ってやらないと」

「あー、その……すまん」


 ベラさんたちはわたしがすでに成人しているのは知っていますので、責めたりはしないようです。

 彼の気遣いのなさは指摘されてますが。


「で、でもユーリも悪いんだぞ。裸で寝て、私を抱き枕代わりにしたりするから。理性が飛んでも仕方ない」

「それは……ユーリちゃん?」

「……あぅ」

「自業自得じゃない、ホントに!」

「えぅ、ベラさんは元気そうですね?」

「バーヴはちゃんと私を気遣ってくれるもの」


 さらっと惚気を入れるベラさん。頬を両手で押さえ、まるで乙女のような仕草です。

 そんな彼女の様子にバーヴさんも落ちつかない様子。これは、どっちが大人なんだか良くわからないですね。

 そしてそんな二人を見て、ジャックさんとケールさんが酒盃をあおってます。見るからに『やってらんねぇ!』って雰囲気です。


 しかし、これはいけません。

 なんだか矛先がこっちに向かいましたので、話を逸らしましょう。と言うか、本題はこっちなのです。


「えーと、昨夜夜回りに出た時の話ですが」


 昨夜起こったリヴァイアサンとの一件を、余す所なく伝えます。

 鬼ごっこの顛末で、生温い視線が投げかけられましたが、それは無視なのです。


「次の標的、コイツなのか」

「クソナマイキにもそう断言しました。絶対ぶっちめてやるのです」

「まあレアではあるが、『こんなの』手に入れてどうしようってんだ?」

「ウチの子を『こんなの』とか言うなです!」


 イーグはとても良く出来た子なのです。

 気が利くし、真面目だし、親(わたし)想いだし!


「でもドジは別にして、舐めて掛かれない相手ではあるのですよ? 少なくともわたしと同等の才能は持っている訳ですし」

「魔術の神才か」


 大抵の魔術は一目見るだけで術式を把握し、魔力の届く限りで再現し、正確に行使する。

 そんな能力を持ち主に与えるギフト。

 成長に至るまで魔術に特化させてしまうのが難点ですが、彼女も解除可能になっていたようですし、ある程度は自由が利くのでしょう。


「しかも、わたしと違って身体能力もかなり高かったです。飛翔の魔術から逃げ切るくらいには機敏でした」

「そうなると正面から捕まえるってのは難しくなってくるな」

「しかし待ち受けようにも顔がわからない。認識阻害のギフトだったとはね」

「なにそれ、捕まえ様が無いじゃない」


 バーヴさんとオリアスさん、ベラさんは相手の厄介さにすぐに気付いたようです。


「そんなの、コイツを盗みに来たところをドーンとぶっ飛ばせばいいじゃん」

「そうそう、メンドくせーのは力押しに限るぜ?」


 この二人は戦力外ですね。

 そもそもなんでそんなに困窮したのです? 盗賊退治の時にかなり儲けたはずでしょう。


「あー、それな。あれ、毎日見せ付けられてみ? 自棄酒でも呷ろうってモンだろ」


 そう言って指差すのは、バーヴさんとベラさん。

 会議の場だってのに二人寄り添って、あーでもないこーでもないと議論してるようですが、その手はしっかり重ねられてます。


「ちくしょう。お前ら、爆発しろ」

「アンタが言うなよ」


 ハスタールの膝の上に座ったわたしに、何か問題が?

 ついでにわたしの膝には、イーグが座ってたりします。時折朝食を食べさせてあげてます。

 テーブルが狭くて椅子が足りないんです。だから仕方ないんです。

 仕方ないことですから、ハスタール、お尻の下でもぞもぞ動くのはやめてください。


「正直、まともに遣り合うとバカを見る相手ではあるな。罠を仕掛けて捕らえるのが最善手か?」

「でも罠解除のギフトもありましたよ? 素人の罠じゃあっさり突破されそうです」

「ユーリらしくもない、真っ当にギフトを捕らえすぎだな」

「はぃ?」

「そいつのギフトは罠解除で罠発見ではないのだろう?」

「……ああ、なるほど」


 そうか。彼女の能力は確かにあらゆる罠を突破できる。しかし、その罠が『どこにあるのか』がわかるギフトでは無いのです。


「ふむ。とにかく、来週までに対策を立てておかねばなりませんね」

「そうだな。まずは自衛かな? イーグには色々と仕掛けておこう」


 とりあえず罠を仕掛ける。その方向で対策を立てることになりました。



 まずはイーグに迷子札を付けねばなりません。場所がわかれば、攫われてもすぐに奪還しに向かえるのです。

 発信機のような魔術を開発できますが、その為にはまず、仕掛けるベースになるアイテムを用意せねばなりません。

 そこで、昨日の可愛い耳飾りを使用しようと思いましたが、所詮は貝殻。強度的にやはり問題が出てしまいました。


「むぅ、これはせめて鉄製の何かじゃないと耐え切れないですね」

「なら買い出しに行くか? 俺も『精神抵抗の指輪』が切れたところでな。このままじゃ今晩辺り、命が危ない」

「我慢してくださいよ!?」


 脳裏には彼が不老不死になった時の惨状が浮かびます。

 わたしを愛してくれるのは良いですが、命懸けはゴメンです。もうあんなのは勘弁なのです。


「なに、不死化で抵抗力も上がっているから、数時間位なら指輪無しでもきっとなんとか……」

「絶対ダメです! 指輪入手するまでは全力で抵抗しますからね」

「まあ、俺も無茶はするつもりは無いさ」


 そんなわけで、買い出しに行くことになりました。

 ハスタールは銀の指輪(削り出し)を、わたしはイーグの首輪やらなんやらを買うためです。

 どうせならデザインも可愛い物がいいので、昨日の露店商のお姉さんのところに行くことになりました。


 時刻は日差しの最も強くなる昼下がり。

 白のノースリーブのワンピースで良家のお嬢様風に決めたわたしは、彼と再び街に出ることになりました。

 日差しが強いので、レースの日傘もベラさんに借りてきました。

 そういえば、街に来た時は海水浴行こうと思っていたのでしたね。水着なんかも捜してみようかな?


「わたしもハスタールも色白ですし、健康的に肌を焼くのもいいかもしれませんね」

「ユーリは日焼けしないじゃないか」

「すぐ治るわけじゃないですよ。黄金比は怪我の重さに比例して治癒力が上がるわけですし」


 骨折や脱臼、部位欠損などだと、ほんの数十秒で治るのですが、掠り傷だと半日くらい治らないのです。

 さらに外観に影響しない怪我などは治らなかったりするのです。

 ええ、その……あれやこれやとか……治らなくてよかったです。毎回『初めて』は経験したくないので。


「まあでも、水着か。ありだな、うん」

「少し前まではわたしを着飾ることには無頓着だと思っていたのに……」

「そりゃ一緒に暮らす少女が可愛くなると、色々と困るだろう? あの当時でも結構我慢していたんだ」


 我慢する必要がなくなったので、暴走開始したのですか。

 そんな無駄話をしながら、レヴィさんの露店に到着しました。


「こんにちわ、また来ました」

「いらっしゃい、ユーリちゃん。歓迎するでぇ」

「街中なので、この子に首輪付けてあげたいのですが、何かいい出物ありませんか?」


 一応わたしの言うことは聞くのですが、この子も『表向きは』羽付きトカゲというモンスターと見られています。

 食肉にも使われている生物なので、いざこざに巻き込まれないよう、所有権を主張する首輪を付けておいた方がいいでしょう。


「それやったら、こんなんどないやろ? コモドドレイクの皮で出来た首輪やで」


 コモドドレイクとは岩山なんかに生息する大型のトカゲです。地球基準でいうと、外観はワニみたいな感じです。

 表皮はかなり柔軟で強靭なので、皮鎧なんかに使われることもあります。

 特に背中の皮は、光沢を出す処理をすれば結構いい色に輝くので、高級バッグや靴に使われることもありますね。


「本来はブレスレットにするためのモンやけど、この子の首やったら丁度ええ太さかな」

「ブレスレットですか?」

「なに、気に入らん?」


 ブレスレットには、あまりいい思い出が無いので。飛び込み自殺するオッチャンに絡んだりするし。

 そういえば、あのブレスレットも妹のお土産にと思ってたんだよな。


「いえ、それをいただきましょう。これもなにかの縁かもしれません」


 妹に渡せなかったブレスレットの代わりを、イーグに渡す。そういうのも、いいかも知れないじゃないですか。

 少ししんみりした気分で、代金を支払います。


「あれ、この腕輪、宝石が付いているのですね?」

「元はブレスレットやからねぇ。装飾品としてやけど、気に入らんかな?」

「いえ、これはいいですね。翡翠でしょうか?」

「翡翠やね。それほど高い物じゃないよ」


 翡翠の付与上限数は銀と同じ四つ。

 信号と頑強の他に充填用の魔術一つと、後一つ付与できますね。


「ふむ、なににしましょうか」

「え、まだ何か買うてくれるん?」

「ああ、いえ。そうではなく」

「なら銀の指輪は無いかな? できれば削り出しで作ったものがいいんだが」


 そこへハスタールが割り込んできました。彼の目的の物はそっちですから。

 しかし、こんな露店市に銀製品とかあるんでしょうか? 置いてるとすれば無防備すぎませんかね?


「あー、幾つかあったで。えーと……」


 あったようです。この娘も大概無防備ですね。

 取り出したのは六つほどのシンプルな指輪。銀製品だけど、凝ってないが故にそれほど値段はしなさそうです。


「ではそれを全部」

「全部!?」

「あと、こういうのが他にあれば仕入れておいてくれないか? 百個くらいまでだったら買うから」

「彼女へのプレゼントじゃないんかいな」

「ああ、そうか。ユーリにも何かいいモノがないかな?」


 ハスタール、あなたいい様に乗せられてませんか?

 ところでレヴィさん。なぜ大型犬用の首輪をわたしに勧めたですか? 特殊な趣味でもある人でしたか?

 わたしは小一時間ほど問い詰めたい気分で彼女を睨みました。あとハスタールまでハァハァするのはやめてください。


 こうして、この日は買出しだけで一日が潰れてしまいました。

 なお、水着もちゃんと買いに行きましたよ。

 一件が片付いたら、彼を浜辺で悩殺してやるのです。平たいけど。

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