62話:3章 初手合わせ

 聞き込みの成果も無いまま、夜になってしまいました。

 今夜は夜の街に慣れる意味を兼ねて、夜回りに出ることにします。


 時間はかなり遅く、色っぽい感じの店以外は閉まってしまう時間帯。

 人目を避け闇に紛れるように、黒色のミニのワンピースに、同色に染めた増槽用のマント。脚も黒のニーソックスを装備し、全身黒ずくめです。

 とんがり帽子とマフラーで顔を隠し、万全装備。イーグがまるで、魔法少女物のマスコットのように傍を飛んでいます。

 今日は帽子を被ってるので、頭に乗れないからですが。


「…………暑いです」


 夏にする格好じゃなかったですね。汗がダラダラ流れ出しますよ。

 特にマントとマフラーは失敗でした。熱が篭って蒸れていけません。

 肌が露出しているのは顔の上半分(メガネ付き)と絶対領域のみ。いつもより露出は少ないのですが、なぜかハスタールの視線に危険を感じました。

 いつもと違う魔法少女風と言うのがいけませんでしたね。危うくそのまま夜戦に突入してしまうところでした。

 なので、いつ襲い掛かってくるかわからないハスタールは、物理的にお留守番にしておきました。グルグルの簀巻きです。


「とにかく、街を一望できる所に行きましょう。高い場所の方が涼しそうですし?」

「アギャ!」


 高台にある世界樹を祀った教会。その鐘楼の上に飛翔を使って一気に駆け上がります。

 槍のように尖った屋根に掴まりながら、夜風を浴びて暑さを吹き飛ば――


「――せませんね。なんですか、この生温い風!」


 そういえば、ここは港町。湿度と潮風がハンパ無い街なのです。

 生温くべた付いた風が、身体に纏わりつく様にに吹き抜け、不快感は更に増加します。


「わたしは生前でも内陸育ちでしたから、この感覚は初体験なのです」

「ムギュ~」

「イーグ、あなた冷たいブレスとか吐けませんですか?」

「ウギュギュ!」


 ブンブンと、無茶言うなと言わんばかりの否定を返してきました。

 これは、風通しのいい衣装と言うのも考えねばなりませんね。

 軽くイーグと無駄話に興じた後、街の観察を開始します。


 まずは通常の視力で、街の概観を把握。

 衛士たちが街角に松明を配置しているので、真っ暗ではありませんが、やはり闇に沈んだ街路が多く見受けられます。

 目抜き通り以外には入り組んだ街路も多く、逃げ道には困らなさそうです。


「逃げる側からすれば、この街は逃げやすい造りなんでしょうね」


 シンと静まり返った夜の街は思ったより音が響き、まだ営業している色街の喧騒すら聞こえてくるほどです。

 ここまで音が響く物なんですね。喧騒に満ちた日本の都会では信じられない。

 次に遠視を掛けて、街角を詳細に眺めます。

 やはり夜ということで窓はほとんど閉まっており、人目は少なそうです。

 しかも昼には気付きませんでしたが、この街は予想以上に起伏に富んだ構造で、死角が多くできていました。


「うーん、ここで追いかけっこするとなると、追う側が不利ですねぇ。イーグの上空監視が成功の要になりそうです」

「アギャ!」


 任せろ、とばかりに胸を張るイーグ。しかも飛びながら。この子の芸はどこまで増えるのでしょうか?

 とにかく仕事優先です。昼のうちに買っておいた街の地図を取り出し、大雑把に死角や暗所を書き込んでいきます。


「へぇ、仕事熱心だね。お嬢ちゃん」


 突如背後から掛けられた声に驚き、メモ帳を取り落としてしまいました。


 ――ここ、鐘楼の上なのに、背後!?


 振り返ると、そこには中空に立つ女性の姿。

 年の頃はわたしと同じ十四、五歳くらいでしょうか? いえ、わたしの外見は度外視してくださいよ?

 一見して愛らしいと容姿に、黒の身体にピッタリとした服装。


 そう、あくまでも『思われる』なのです。

 彼女は明確にわたしの前に存在します。なのに顔が把握できない。表情がわからない。


「常動型の認識阻害、ですか? 怪盗リヴァイアサン」

「残念、少し違うかな」

「違う? ではアクティブに使用していると? 長時間効果の持続するタイプですか?」

「それもハズレ。答えは……教えたげない。それより、そっちの子。少し怖いから下げてくれない?」


 突如現れた不確定要素に、イーグは警戒態勢を取り、ブレスをいつでも吐ける状態になっています。

 このまま攻撃させるのもいいのですが、発動維持でも常動でもない魔術には興味あります。もう少しお話したいのです。


「イーグ、『まだ』控えてください。聞き出したい話があるのです」

「シャギャ」


 わたしの意を汲んで、ブレスの準備態勢を解くイーグ。代わりにわたしの胸元に飛び込んできて抱えられます。

 いざという時は盾になってくれる、との意思表示でしょう。健気な子です。


「まずは、はじめましてと言っておきましょう」

「ウン? そうか、そうだね。はじめましてユーリちゃん」


 え、名前を知られてる? どこで? 誰から?


「自己紹介の必要はなさそうです。どなたからお聞きになりました?」

「質問が多いよぉ。でもまあ、それもナイショかな? そーす元のぷらいばしーの保護とかなんとか言ってみたり」


 胡散くさい態度にジトリとした視線を送ります。もちろん、この視線はフェイク。

 呆れた視線を送るフリからの識別です。


 ――名称:リヴァイアサン 年齢:十六歳 性別:女 職業:怪盗

   ギフト:認識阻害(解除可能)・魔術の神才(解除可能)・罠解除


 ギフト持ち! それも三つ。しかもわたしと同じ魔術の神才と来ましたか。

 それにしても……なるほど、認識阻害は魔術ではなくギフトの効果だったのですか。

 これで謎は一つ解けましたか。それにしても怪盗なのに隠行おんぎょうとかは無いのですね。


「直接会いに来るとは驚きました。何のご用でしょう?」

「うん。これ、渡しに」


 ポケットから一通の封書を取り出し、わたしに投げます。

 危うい手付きで受け取り、中を確認し――


「あなた、イーグを……」

「そう。次の獲物は彼さっ! ワイバーンの子供なんて超レアじゃない!」

「この子はわたしの家族です。絶対に渡しません!」

「みんなそう言うよ。でも私の手からは逃げられないのさっ」


 イーグを盗むだなんて……そんなことはさせませんよ!

 あと、あなた、仕事を一度も成功させたことがないでしょう?


「させませんよ……絶対」

「ま、今日は予告だけだからね。本番は一週間後。それまでに名残を惜しんでおくといいよ」

「今捕まえれば、あなたに一週間後は無いですよね?」

「うーん、それはコワイなぁ。怖いから今日は逃げる!」

「逃がしませんっ!」


 瞬時に魔法陣を展開。飛翔の魔術を使ってリヴァイアサンに飛びかかります。

 彼女は避けるのではなく、飛翔を解除することで地上へと逃れました。


「このぉ!」


 腰からサードアイを抜き出し、飛翔を維持したまま身体強化を行い、上空からの砲撃を開始です。

 ドゴン、ズドンと洒落にならない着弾音を立てて、地面に幾つものクレーターを作ります。


 ――当たれば死ぬ? 知ったこっちゃないですね!


 わたしの家族に手を出そうだなんて輩は、死ねばイイのです!


「うっひゃあぅわぁぁぁぁ!? 容赦なさすぎぃ!」


 奇声を上げて矢を躱しながら逃げるリヴァイアサン。その隙にわたしも地上付近まで降りて追跡開始です。

 高台から続く階段を、まるで平地のように駆け下りる姿は、ドジっ子怪盗にはとても見えません。

 わたしだったら問答無用で転がり落ちるので、飛翔を解除せず低空飛行で追いかけます。

 なお、標的がイーグとわかった以上、傍から離すのは危険なので背中に張り付かせています。


「大人しく当たりなさい!」

「当たったら死ぬじゃん!?」


 こちらを振り返りながら駆け出す彼女。声を掛けられたら振り返るのは彼女の癖でしょうか?

 それにしても、とんでもなく足が速いです。陸上選手並です。

 速度はこっちの方が速いのですが、こけない様に飛翔しているので、細かな機動ができません。

 リヴァイアサンは、右へ左へと回避行動を取りながら路地裏の方へと駆け込んでいきます。


 ――あ、あれは……!


 彼女の逃げる先に『ある物』を見つけたわたしは、彼女に声を掛けます。

 ベタな手ですけど、ドジな彼女なら引っかかるかも知れません。


「リヴァイアサン、待てと言ってるのですよ!」

「待てと言われて待つ悪人はいないんだよ~」


 案の定、こちらの声に反応して振り返り……


「って、ひゃわぁぁぁぁ!?」

 

 そのまま蓋が開きっぱなしの側溝の中に落ちました。やっぱりバカだ、コイツ。

 彼女のあまりのバカっぷりに、一瞬わたしの気が抜けました。

 彼女を捕縛するために着地し、その瞬間――


 地面に落ちてたゴミを踏んづけ、盛大に転倒したのです……後頭部から。

 目の前に巨大な星が飛び散りました。視界が真っ白になり、次に意識が真っ暗に。



 気がついた時には、リヴァイアサンの姿はありませんでした。

 強打した後頭部にはなぜか包帯が巻かれ、キチンと応急手当してあるところが……また憎たらしいったら。おのれぇ!



「おう、ユーリ。お帰り」

「ただいまです、ハスタール」


 ベッドに簀巻きにされたままの彼に挨拶を返し、部屋に戻ります。

 彼が心配するので、頭の包帯は外してます。


「街の様子はどうだった?」

「一通りは目を通しました。問題は発生しましたが」

「問題? 何かあったのか」

「リヴァイアサンが現れました。次の標的はイーグだそうですよ」


 彼女から貰った封書をテーブルの上に投げ出して、マントとマフラーを外します。

 部屋の中には即席で作った『クーラー』を設置しましたので、とても涼しいです。


「おい、危険なことはしなかっただろうな」

「してませんよ。軽く追いかけっこしましたが」

「無事ならいいんだが……それで、結果は?」

「むぅ、引き分けということにしておきましょう」

「逃げ切られたんなら、負けじゃないのか?」


 無力化はしたんですよ! ちょっとその後の処理を誤っただけで。


「話したくないので、お風呂に入ってきます。汗もかきましたし」

「なあ、これ解いてくれない?」

「ダメです。お風呂の時間のあなたは野獣ですから。今夜はわたしの抱き枕になるがいいのです」

「それ、生殺しじゃないか!」

「たまには我慢も身体にイイのですよ?」

「そんな話聞いたことないぞ」


 まあ、詳しい話はオリアスさんも交えて、翌朝にすればいいでしょう。

 今のわたしは怒り心頭で、冷静な判断ができませんので。



 こうして風呂上りのわたしは、ハスタールを抱き枕にして存分に癒され、眠りについたのです。

 明け方、我慢の限界に達した彼が身体強化でロープを引き千切り、ケダモノと化したのは、当然の帰結だったかもしれません。

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